最終章 ~未来へ向かって~
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今日は朝から雲が広がり、北風がガタガタと工藤邸の窓を揺らす。天気は下り坂で午後には雨の予報が出ていた。
昼過ぎ——予報を裏切って未だ雨は降らず空は曇ったまま。強い北風が相変わらず吹いていて気温は低い。そんな中、工藤邸の呼び鈴が鳴った。
「体調はどうだ?」
リビングに通された冴島はコートを脱ぎながらりおに訊ねた。
冴島が部屋に入ったタイミングを見計らったかのように雲の合間から日が差し込む。さすがは晴れ男、といったところか。
「もうだいぶ良いんですよ。爆発の圧力波を受けはしましたけど、だいぶ距離がありましたし。内臓へのダメージはそんなに大きくはなかったですから」
ソファーに座り、ひざ掛けをかけたりおはニコリと微笑む。
それを見て冴島は大きなため息をついた。
「そんなに大きくない訳ないだろう? 三日も生死を彷徨うってどういうことか分かっているのか? この寒い時期、冷たい海に飛び込むだけでも体には相当負荷がかかるというのに……。
沖矢くんが駆けつけた時も熱を出していたそうじゃないか」
冴島は呆れたようにりおを見るとソファーに座る。そこへ昴が「どうぞ」とコーヒーを差し出した。
「すまんな、沖矢くん。このじゃじゃ馬娘の為に、ずいぶん苦労しているんじゃないか?」
冴島は労わるような目で昴を見る。
「ええ。でもまあ、今に始まったことでは……」
向こう見ずなところは今さらなんで、と昴は良く分からないフォローをした。
「まったくお前というヤツは……いったいどれだけみんなに心配かけたら気が済むんだ……」
握った拳をブルブル震わせながら、冴島は目を吊り上げた。
「う、わぁ……《鬼の冴島》が…」
警察学校時代《鬼》と言われるほど厳しかった冴島の姿が重なり、りおは青くなった。
「ま、まぁまぁ…冴島さん落ち着いてください。それについてはりおも反省していますし、彼女なりに勝算があって海に飛び込んだわけですから……」
二人の様子を見ていた昴が止めに入る。これ以上は本当に雷が落ちそうだった。
「……今回は沖矢くんに免じてここまでにしておくが、今度同じことをしたら……分かっているな?」
「は、はい……」
りおはソファーの上で正座をし、小さくなって返事をした。シュンと分かりやすく下を向く。
ようやくお小言が終わったかとホッとしたのもつかの間——
「りお」
再び名を呼ばれ、まだ何かあるのかとりおは顔をあげる。冴島の顔を見てハッとした。
「ホントに…お前はバカだ……お前に何かあったら……俺は広瀬たちに何て言って謝れば良いんだ…」
膝に置かれた冴島の手はグッと握りしめられ、そこに涙の雫が落ちる。
二人の親友とその家族の死を目の当たりにしてきた冴島にとって、りおは何物にも代えがたい宝物だ。その宝物すらも遠くへ行ってしまったら——。
「ご、ごめんなさ……」
肩を震わせて泣く冴島に、りおはただ謝ることしか出来なかった。
「取り乱して悪かった」
涙も落ち着いて、ようやく穏やかな気持ちで顔を合わせた。照れくさそうに冴島が頭をかく。
「いいえ……。私もりおと病院で再会した時は同じ反応でしたよ。本当に心配しましたから」
昴は冴島にミルクと砂糖を勧めながら微笑む。
それを受け取りながら、冴島も「そうか」と恥ずかしそうにつぶやいた。
「ところで俺に『訊きたいこと』があるそうだが……」
やや甘めのコーヒーを一口すすり、冴島が問いかけた。
「ええ。りおの両親に関わることで、一つお伺いしたいのですが……」
手に持っていたカップを置き、昴は冴島を見る。
「前に伺った際に広瀬夫妻は亡くなる直前、組織に命を狙われた人物を助けた、とお聞きしました。その助けた人物の事を詳しく教えて頂けませんか?」
昴は丁寧な口調で冴島に訊ねた。
「ああ、その人物のことなら良く覚えているよ。名前は……確か『園城寺衛』。代々伝わる名家の当主で、彼自身は一級建築士の資格も持っている。
彼の会社では美術館の建設などを手広くやっていて、中には自身がオーナーになっているところもあるんだ。財力もある上に美術品の目利きも出来るから、組織からスポンサーにならないかと誘われたらしい。
しかし彼はまっとうな人間だったんでね。得体のしれない組織や人物に金は払えない、と突っぱねたんだ。それが当時の幹部たちの怒りを買い、殺害対象になったと聞いている」
「やはり園城寺さんが……」
「やはり?」
りおのつぶやきを聞いて、冴島が問いかけた。
「え、ええ。実はたまたま、園城寺さんとは近所の子どもたちを通じて知り合いになったんです。先日、子どもたちがパーティーに誘われて園城寺さんのお屋敷に行った時、私の事を訊ねてきたというので、もしかしてと……」
「そうだったのか。世間はせまいな」
冴島はやや驚いた顔でりおの説明を聞いていた。
その後の冴島の説明によれば、ほぼ昴が推理していた通りだった。
りおの父からの指示によって、実際に衛の安全確保に動いたのは母親だったようだ。衛はりおの母親の説得に応じてその日の予定を変更し、車をそのままにして自宅に戻った。
その間に父親は爆破処理のエキスパートを手配し、解体処理を行えたのだという。
暗殺を阻止した後は、身の安全のため公安監視の元、衛は一家でしばらく日本を離れた。
当然、衛本人には広瀬夫妻の事は内密にするよう口留めされた。
「きっとそれが『約束』なんでしょうね」
話を聞いていた昴が納得したようにつぶやいた。
「ああ。彼が日本を離れて数年後、幹部たちは別のスポンサーを見つけて組織に引き入れた。
組織の上層部も一部入れ替えがあったらしい、という情報も入り、園城寺一家は日本に戻ったんだ。
もちろん、しばらくは公安も警護を付けていたが、ここ数年の間にそれも解除された」
そこまで話すと、冴島は再びコーヒーに口をつけた。
「でも、それならなぜ、子どもたちに私の事を訊ねたのでしょう? 公安との約束で父や母の事は口止めされているのに……」
りおが首をひねる。
「……似ていたから、じゃないかな」
冴島がりおの顔を見て微笑んだ。
「その琥珀色の瞳もそうだが……成長すればするほど、お前はルナさんに似てきている。まるで生き写しだ。しかも不思議なことに、笑った顔は一真に似ているんだ。やっぱり親子なんだなぁ……」
りおの顔にかつての親友の面影を見て、冴島は目を細めた。
「それで思わず子どもたちに訊いてしまったのかもしれませんね。しかし……園城寺さんはその後、広瀬夫妻の死についてはご存じなんでしょうか?」
昴がさらに問いかけた。その質問に冴島は首を横に振る。
「いや、知らないはずだ。あの件に関しては報道されていないし、車が爆発炎上した事すら、公安が全てもみ消した。その後、園城寺氏とのコンタクトは別の公安警察官が受け持っている。広瀬のことについても、この時に口留めさせられたはず……」
冴島の説明に昴が眉を顰める。
「そうなると、園城寺さんは広瀬夫妻が今でも生きて、どこかにいると思っている可能性がありますね。
となれば、公安に口止めされている彼が、かつての命の恩人と似ている人物を見たからといって、彼の性格上安易に声をかけるのは少々不自然です。
もしかすると、りおが夫妻の子どもなら居場所を知っているかもしれない——そう思ったのかもしれません」
今になって、広瀬一家を嗅ぎまわる理由は何だ?
昴が険しい顔で腕を組んだ。冴島もまた、アゴに手をやり考え込む。
「ああ、確かにな。どうやら『懐かしさ』や『似ていたから』という単純なものではなさそうだ。だが、りおの記憶は未だにハッキリしていない所も多いし、それを根掘り葉掘り探られるのも別の意味で厄介だ。
彼が何を考えて、いったい何をしたいのかも分からない。しばらく距離を置いた方が良いだろう」
「はい……」
二人の意見を聞いて、りおもうなずいた。
昼過ぎ——予報を裏切って未だ雨は降らず空は曇ったまま。強い北風が相変わらず吹いていて気温は低い。そんな中、工藤邸の呼び鈴が鳴った。
「体調はどうだ?」
リビングに通された冴島はコートを脱ぎながらりおに訊ねた。
冴島が部屋に入ったタイミングを見計らったかのように雲の合間から日が差し込む。さすがは晴れ男、といったところか。
「もうだいぶ良いんですよ。爆発の圧力波を受けはしましたけど、だいぶ距離がありましたし。内臓へのダメージはそんなに大きくはなかったですから」
ソファーに座り、ひざ掛けをかけたりおはニコリと微笑む。
それを見て冴島は大きなため息をついた。
「そんなに大きくない訳ないだろう? 三日も生死を彷徨うってどういうことか分かっているのか? この寒い時期、冷たい海に飛び込むだけでも体には相当負荷がかかるというのに……。
沖矢くんが駆けつけた時も熱を出していたそうじゃないか」
冴島は呆れたようにりおを見るとソファーに座る。そこへ昴が「どうぞ」とコーヒーを差し出した。
「すまんな、沖矢くん。このじゃじゃ馬娘の為に、ずいぶん苦労しているんじゃないか?」
冴島は労わるような目で昴を見る。
「ええ。でもまあ、今に始まったことでは……」
向こう見ずなところは今さらなんで、と昴は良く分からないフォローをした。
「まったくお前というヤツは……いったいどれだけみんなに心配かけたら気が済むんだ……」
握った拳をブルブル震わせながら、冴島は目を吊り上げた。
「う、わぁ……《鬼の冴島》が…」
警察学校時代《鬼》と言われるほど厳しかった冴島の姿が重なり、りおは青くなった。
「ま、まぁまぁ…冴島さん落ち着いてください。それについてはりおも反省していますし、彼女なりに勝算があって海に飛び込んだわけですから……」
二人の様子を見ていた昴が止めに入る。これ以上は本当に雷が落ちそうだった。
「……今回は沖矢くんに免じてここまでにしておくが、今度同じことをしたら……分かっているな?」
「は、はい……」
りおはソファーの上で正座をし、小さくなって返事をした。シュンと分かりやすく下を向く。
ようやくお小言が終わったかとホッとしたのもつかの間——
「りお」
再び名を呼ばれ、まだ何かあるのかとりおは顔をあげる。冴島の顔を見てハッとした。
「ホントに…お前はバカだ……お前に何かあったら……俺は広瀬たちに何て言って謝れば良いんだ…」
膝に置かれた冴島の手はグッと握りしめられ、そこに涙の雫が落ちる。
二人の親友とその家族の死を目の当たりにしてきた冴島にとって、りおは何物にも代えがたい宝物だ。その宝物すらも遠くへ行ってしまったら——。
「ご、ごめんなさ……」
肩を震わせて泣く冴島に、りおはただ謝ることしか出来なかった。
「取り乱して悪かった」
涙も落ち着いて、ようやく穏やかな気持ちで顔を合わせた。照れくさそうに冴島が頭をかく。
「いいえ……。私もりおと病院で再会した時は同じ反応でしたよ。本当に心配しましたから」
昴は冴島にミルクと砂糖を勧めながら微笑む。
それを受け取りながら、冴島も「そうか」と恥ずかしそうにつぶやいた。
「ところで俺に『訊きたいこと』があるそうだが……」
やや甘めのコーヒーを一口すすり、冴島が問いかけた。
「ええ。りおの両親に関わることで、一つお伺いしたいのですが……」
手に持っていたカップを置き、昴は冴島を見る。
「前に伺った際に広瀬夫妻は亡くなる直前、組織に命を狙われた人物を助けた、とお聞きしました。その助けた人物の事を詳しく教えて頂けませんか?」
昴は丁寧な口調で冴島に訊ねた。
「ああ、その人物のことなら良く覚えているよ。名前は……確か『園城寺衛』。代々伝わる名家の当主で、彼自身は一級建築士の資格も持っている。
彼の会社では美術館の建設などを手広くやっていて、中には自身がオーナーになっているところもあるんだ。財力もある上に美術品の目利きも出来るから、組織からスポンサーにならないかと誘われたらしい。
しかし彼はまっとうな人間だったんでね。得体のしれない組織や人物に金は払えない、と突っぱねたんだ。それが当時の幹部たちの怒りを買い、殺害対象になったと聞いている」
「やはり園城寺さんが……」
「やはり?」
りおのつぶやきを聞いて、冴島が問いかけた。
「え、ええ。実はたまたま、園城寺さんとは近所の子どもたちを通じて知り合いになったんです。先日、子どもたちがパーティーに誘われて園城寺さんのお屋敷に行った時、私の事を訊ねてきたというので、もしかしてと……」
「そうだったのか。世間はせまいな」
冴島はやや驚いた顔でりおの説明を聞いていた。
その後の冴島の説明によれば、ほぼ昴が推理していた通りだった。
りおの父からの指示によって、実際に衛の安全確保に動いたのは母親だったようだ。衛はりおの母親の説得に応じてその日の予定を変更し、車をそのままにして自宅に戻った。
その間に父親は爆破処理のエキスパートを手配し、解体処理を行えたのだという。
暗殺を阻止した後は、身の安全のため公安監視の元、衛は一家でしばらく日本を離れた。
当然、衛本人には広瀬夫妻の事は内密にするよう口留めされた。
「きっとそれが『約束』なんでしょうね」
話を聞いていた昴が納得したようにつぶやいた。
「ああ。彼が日本を離れて数年後、幹部たちは別のスポンサーを見つけて組織に引き入れた。
組織の上層部も一部入れ替えがあったらしい、という情報も入り、園城寺一家は日本に戻ったんだ。
もちろん、しばらくは公安も警護を付けていたが、ここ数年の間にそれも解除された」
そこまで話すと、冴島は再びコーヒーに口をつけた。
「でも、それならなぜ、子どもたちに私の事を訊ねたのでしょう? 公安との約束で父や母の事は口止めされているのに……」
りおが首をひねる。
「……似ていたから、じゃないかな」
冴島がりおの顔を見て微笑んだ。
「その琥珀色の瞳もそうだが……成長すればするほど、お前はルナさんに似てきている。まるで生き写しだ。しかも不思議なことに、笑った顔は一真に似ているんだ。やっぱり親子なんだなぁ……」
りおの顔にかつての親友の面影を見て、冴島は目を細めた。
「それで思わず子どもたちに訊いてしまったのかもしれませんね。しかし……園城寺さんはその後、広瀬夫妻の死についてはご存じなんでしょうか?」
昴がさらに問いかけた。その質問に冴島は首を横に振る。
「いや、知らないはずだ。あの件に関しては報道されていないし、車が爆発炎上した事すら、公安が全てもみ消した。その後、園城寺氏とのコンタクトは別の公安警察官が受け持っている。広瀬のことについても、この時に口留めさせられたはず……」
冴島の説明に昴が眉を顰める。
「そうなると、園城寺さんは広瀬夫妻が今でも生きて、どこかにいると思っている可能性がありますね。
となれば、公安に口止めされている彼が、かつての命の恩人と似ている人物を見たからといって、彼の性格上安易に声をかけるのは少々不自然です。
もしかすると、りおが夫妻の子どもなら居場所を知っているかもしれない——そう思ったのかもしれません」
今になって、広瀬一家を嗅ぎまわる理由は何だ?
昴が険しい顔で腕を組んだ。冴島もまた、アゴに手をやり考え込む。
「ああ、確かにな。どうやら『懐かしさ』や『似ていたから』という単純なものではなさそうだ。だが、りおの記憶は未だにハッキリしていない所も多いし、それを根掘り葉掘り探られるのも別の意味で厄介だ。
彼が何を考えて、いったい何をしたいのかも分からない。しばらく距離を置いた方が良いだろう」
「はい……」
二人の意見を聞いて、りおもうなずいた。