第1章 ~運命の再会そして…~
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ラボに潜入し、ギムレットとの死闘を終えてから2週間近くが過ぎた。
りおのケガもだいぶ良くなり、日常生活はほぼ普通にこなせている。最近では食事の用意もできるようになり、昴と一緒にキッチンに立つことも多い。失声症は相変わらずだが、少しずつリハビリもしているようだ。
ちりり~ん
「はいはい、どうしました?」
『昴さん、棚の上のお皿をとってもらえますか?』
「ああ、これですね。はいどうぞ」
『ありがとう』
ちりり~ん
ちりり~ん
「どうしました?」
『昴さん!見て見て! 先日植えた花、咲きましたよ!』
「ホントだ。予想通り白でしたね!」
コナンからもらったキーホルダーも大活躍だ。
ふたり揃って花に水やりをしている姿は、見ている者まで幸せな気分にさせる。
博士の家に遊びに来ていたコナンも、楽しそうな昴とさくらを見ていて思わず笑顔になる。こんな日々が長く続いて欲しいと願わずにはいられなかった。
その日の午後
昴とりおは街へ買い物に出かけた。
大通りの一部が歩行者天国になり、イベントが行われている。特設ステージではちょうどライブが始まったところだ。
『まずデパートの紳士服売り場に行きましょう。昴さんの夏物の服、もう少し買わないと。さすがに暑いですよね』
工藤邸に来る前に住んでいたアパートが火事になったため、昴の服は季節の変わり目ごとに買わなければならない。7月に入る前にも本人は少し買ったようだが、今年は梅雨が長く肌寒い日が多かったため数枚しか持っていない。
『夏物のハイネックなんて紳士ものであるかしら…?』
「さすがに無さそうですよね…」
昴も心配顔だ。
首元を隠す紳士服が有るか無いか…そんな会話を手話と口話でしながら、東都デパートへ行くために歩行者天国をふたりが横切っている時だった。
「!!」
『!!』
ほぼ同時にふたりは狙撃の気配を感じる。
どこから?
誰を?
あたりに鋭い視線を送りながら、デパートの入口に向かってダッシュした。
バスッ!!
サイレンサーを付けた銃からの狙撃だったのか、銃声はほとんどしなかった。だが弾丸は、ステージで歌っていた男の右胸を貫通する。さくらは走るのをやめ、着弾した男の方を見た。一瞬のことで撃たれた本人は呆然としている。
左手で胸を押さえた。瞬く間に右胸は真っ赤に染まり、男は肩で息をする。
バスッ!!
次の着弾で男は頭を打ち抜かれ、後ろに倒れた。周りが一斉に悲鳴をあげ、周辺はパニックになった。
撃たれた男の一部始終を見ていたさくらは目を見開き、その顔からはみるみる血の気が引く。呼吸するのを忘れ、震えだした。組織内で見た赤井秀一の死ぬ瞬間を捉えた映像。偶然にもまったく同じ状況が今、目の前で起きたのだ。
フラッシュバックが起こる。
まさかここまでとはな
こんなにうまくいくなんて
肺を撃ち抜いた
頭だ
血まみれになった赤井の顔
頭が吹き飛んだギムレットの死体
「か…は……ふぅ…ッ…」
心臓のあたりがギュッと痛み、息ができない。さくらは胸を押さえ体がぐらりと傾く。
「さくら! さくら! こっちを見ろ! 俺はここだ!」
肩を掴まれて赤井の声で呼ばれるが、もはや目の前はブラックアウト寸前で何も見えない。声はないが真っ青になった唇がわずかに動く。
「しゅ、…しゅ…う…い…」
その名を全て口にすることなくさくらは意識を失った。
白昼起きた狙撃で周りは大パニックになっていた。逃げる方向も分からず、大勢の人が右往左往と走り回るため、あちらこちらで転んだりぶつかったりしている。ここにいるのは危険極まりなかった。
昴はさくらを抱き上げ、細い路地に逃げる。博士に電話をかけ、近くまで迎えに来てもらうことにした。
15分ほどして、歩行者天国から1本向こうの通りで博士と落ち合うことができた。
博士は車を飛ばし、さくらを新出医院に運ぶ。連絡を受けていた先生が外で待っていてくれた。
「こちらへ」
新出はすぐに処置室へと誘導してくれた。
「さくらさん、私が分かりますか?」
新出はさくらに声をかけながら診察を始める。
さくらの呼吸は浅く、脈も弱い。血圧を測ると上が60を切りそうだった。新出は適切な指示を看護師たちに出していく。
あっと言う間にさくらの体には点滴とモニターが取り付けられた。
新出がさくらの顔を覗き込む。
「可哀想に…。君の心の闇はどこまで深いんだ…」
さくらの目元には涙がたまっていた。新出はそれを切なげに見つめていた。
待合室では昴と博士が待っていた。ふたりとも黙ったまま緊張した面持ちでイスに座っている。そこへ新出が姿を現した。
「極度の緊張とストレスによる迷走神経反射だと思われます。命に別状はありませんのでご安心ください」
それだけ説明して、再び処置室へと戻っていった。
新出の説明を聞き、ふたりの表情も少し緩む。ようやく博士が事のいきさつを昴に訊ねた。
「いったい何があったんじゃ。歩行者天国はパニック状態じゃったし。ニュースでは狙撃があったと盛んに…」
「全く同じだったんですよ」
「なにがじゃ?」
「赤井秀一が死ぬ動画とね」
「?!」
昴の説明ですべてを悟ったのか、博士の表情はわずかに動揺していた。
昴はポケットからスマホを取り出すと、場所を変えジョディに電話をかける。
「ついさっき東都デパート近くの歩行者天国で起きた狙撃事件を大至急調べてくれないか。……ああ、頼む」
電話を切り「ふぅ…」と小さく息を吐く。
待合にいる博士の元へ戻ろうとした時、向こうから新出が歩いてくるのが見えた。
「さくらさんが目を覚ましましたよ」
博士と二人で処置室に入る。ベッドの上でさくらがぼんやりしていた。モニターを見ると血圧は82を表示している。だいぶ回復したがまだまだ低い。
「さくら…」
名を呼び手を握る。
「す…ば……さ…ん」
声はもちろん出ていないが懸命に、口を開いているという状態だった。
「いい、無理して喋らなくていい」
最近はずっと調子が良かった。穏やかな日常がさくらの心を癒し、赤井もまた、さくらとの生活に心が穏やかになるのを感じていた。
だから忘れていた。いや、忘れているフリをした。
赤井秀一の死の場面を、さくらは目の当たりにしているということを。どこにでもある普通の幸せから、自分たちの本来の場所に連れ戻されたように感じる。日の当たる場所から闇の中へと…。
(俺たちに安息の時は無いということか…)
自ら選んだ道だった。後悔は無い。だが彼女の存在が、すでに自分の中で大きなものになっているのも確かだった。大事だと思えば思う程、その関係性をどうするか赤井は迷っていた。
「血圧もだいぶ戻ってきました。点滴が終われば帰れますよ」
昴の憂いとは対照的に、新出がにっこり微笑んでいた。