第8章 ~新たな決意を胸に~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
一週間後——
赤井は朝目覚めると洗面所へ行き、顔を洗う。
その足でダイニングに向かい、冷蔵庫からいくつか食材を手にして、キッチンカウンターへ。
ケトルでお湯を沸かし、フライパンにハムや卵を入れ、トースターにパンを放り込んだ。
「おっと…野菜が無いな。また、りおに怒られてしまう」
赤井はハムやパンを焼いている間に、もう一度冷蔵庫に行って、野菜室を覗いた。
残っているのはレタスと小松菜、ミニトマトくらいか。
「小松菜…レンチンで一品できると教えてもらってたな」
赤井はフム、とアゴに手を当てて記憶をたどる。まな板の上で小松菜を切って、耐熱容器に入れて……
教わった通りの手順を踏めば、副菜が一品完成した。
タイミング良く焼きあがったおかずを皿に載せ、コーヒーを淹れる。
それらをテーブルに運んで席についた。
いつも通りの朝食。
こだわりの豆で淹れたコーヒー。
ただ一つ違うのは、隣にりおが居ない事だった。それでも必ず帰ってくると信じて。
「いただきます」
りおとしていた通りに、挨拶をして食べ始めた。
ペンダントの確認からすでに一週間。スンホの自爆から十日。未だりおの安否は分からない。
初めは夜を徹して行われていた捜索も、次第に規模が小さくなり、今日にも打ち切られるという。
一週間前、あんなに活気づいていた公安の捜査チームも、今はまるでお通夜のように暗い。
それでも赤井はあきらめていなかった。
安室にあの日言われた通り、いつりおが戻って来ても良いようにと、食事に気をつかい、部屋を片付け、できるだけいつも通りを心がけた。
今朝だって、りおが見たら満点をつけてくれそうな朝食が出来上がったのだ。
けれど——
どれも喉を通らない。食べても味がしない。
もう十日も使われていないりおの箸。りおのマグカップ。シンクの隣にある水切りかごには、あの日使って洗ったまま——。
捜索打ち切りの知らせは、少なからず赤井のメンタルにダメージを与えていた。テーブルの上に置かれた赤井の手に力がこもる。
もう二度と会えないんじゃないか——そんな不安が日増しに色濃くなった。
「くそっ!」
ダンッ!
絶えず湧き出る胸の痛みをどうすることも出来ず、握った拳でテーブルを叩いた。
この一週間、堪えていた感情が堰を切って溢れ出す。
「りお……りお……ッ……」
ただ名前だけを呼びながら、赤井は涙をこらえた。零れそうになった涙を誤魔化すように顔を上げた。
ふと、ダイニングに置かれた車のキーに赤井の視線が向く。先日ジョディが使って、そのまま置きっぱなしになっていたものだ。キーに付いている小さなチャームをジッと見つめる。
『離れてしまっていても、この空を見るたびにあなたと私は繋がっている』
『ターコイズは昔、旅の安全を願うお守りだったんだって。危険な仕事をする二人に、ボクからのプレゼント』
いつか聞いたりおの想いと、お揃いのチャームを貰った時のコナンの言葉が頭をよぎった。
そして、つい最近りおと交わした約束も——
『あなたの生まれ育ったイギリスも、あなたがFBIを目指したアメリカも、私の仲間が眠るマレーシアも…。
いつか、全てが終わったら一緒に見に行きましょう』
『これからもたくさん…あなたとの約束事を作るの。どんなにピンチになっても〈約束を守ろう〉と思えば、生きて帰る事を諦めないでしょう?』
りおは海に落ちる直前、諦めてしまったのだろうか。自分(赤井)と共に生きる未来を——
ターコイズのチャームを見つめ、赤井は唇を噛んだ。あの日あの場に居た人々を守る為、りおは決死のダイブをした。
自分の命と引き換えに……。そう考えて赤井は首を横に振った。
あの約束は、言葉は、全部嘘だったのか?
赤井はやり切れない思いで、固く握った拳を再びテーブルに打ち付けた。
『昴さん!』
「ッ!」
その瞬間、何かが脳裏をかすめた。
スンホとりおが海に落ちる直前——。りおが自分に向かって、何かを言って微笑んではいなかったか、と。
(あの時、間違いなくりおの唇は動いていた……俺に何か言っていた!)
赤井は両手で頭を抱えた。
思い出せ! あの時、りおは俺に何と言ったんだ?
ギュッと目を瞑り、当時の記憶をたどる。
デッキにいるたくさんの客
威嚇射撃をしたスンホ
楽しい休日が悪夢に変わった瞬間の客の顔
息を乱さぬスンホ
危機的状況の中、二人の連係プレー
互いの無事を確認した時の、りおの体温
そして——
倒したはずのスンホが自爆しようとした。それを止めに入ったりおが、羽交い絞めにされて——
『必ず生きて帰る』
「ッ!!」
声は無かったが、確かにりおの唇はそう動いていた。
痛みと、そしてその後の出来事が余りにもショッキング過ぎて今の今まで忘れていた。
「あの時、りおは何か勝算があって、あの行動を取っていたとしたら……」
赤井は思わず立ち上がる。ちょうどその時、工藤邸の前に一台の車が停まった。
***
雑居ビルが立ち並ぶ東都の街。狭いビルの隙間は朝日が届かず、どこか薄暗い。そんな路地裏を男が一人歩いていた。
「……そうか。まだ見つからないんだな」
耳にスマホをあて、男は誰かと電話をしていた。目深にかぶったキャップとパーカーから、わずかに金髪が見え隠れする。
『ルークさんの方も収穫ナシですか……。こちらも手を尽くしているのですが、情報は皆無です。
降谷も私達とは別で動いているようですが、特に連絡はありません』
電話の相手の声も暗く、重いため息を吐く。
「トール(透)の方も連絡ナシか。だがユーヤのところにも、さくららしい遺体が上がったという連絡はないんだろう?」
最近になって風見を《ユーヤ》と呼ぶようになったルークが問いかける。
『ええ。一週間前に別の人物の遺体が上がって以降、遺体発見の連絡は来ていません。
ただ、あのあたりは潮の流れも速く、発見はかなり難しい場所でして……。今日にも捜索打ち切りになると、連絡が来ました……』
風見の声は今にも消え入りそうだった。
もし爆発から難を逃れていたとしても、ケガをしているかもしれない。そうなれば時間が過ぎれば過ぎるほど、生存の可能性は低くなる。
事件からすでに十日。諦めきれない気持ちがある一方で、現実問題として状況は絶望的。海上保安庁が出した決定を覆すことはできない。
ただ、ルークは何か引っかかりを感じていた。
(船にはたくさんの一般人。状況的にかなり不利だった。だとしても! あのさくらが、シュウの目の前で死を覚悟して、海にダイブするだろうか……)
かつて大切な仲間を、初恋の相手を、目の前で失った。その時の悲しみや絶望を一番知っているのはさくらだ。その彼女が、愛する男に同じ思いをさせるとは思えない。
しかし、目の前に突きつけられた状況は変わらない。
『生きていて欲しい』
ただその思いだけが強くなる。
風見との通話を切ったルークは、眉間にしわを寄せ、グッと拳を握りしめた。やり切れない思いを胸に、暗い路地を進む。
すると再びスマホが震えた。
「トール?」
電話に出たルークは、相手と短い会話をしてすぐに通話を切った。無造作にスマホをポケットに突っ込む。
「ふぅ……」
白い息を吐いて、朝日が照らす表通りへと消えていった。
一週間後——
赤井は朝目覚めると洗面所へ行き、顔を洗う。
その足でダイニングに向かい、冷蔵庫からいくつか食材を手にして、キッチンカウンターへ。
ケトルでお湯を沸かし、フライパンにハムや卵を入れ、トースターにパンを放り込んだ。
「おっと…野菜が無いな。また、りおに怒られてしまう」
赤井はハムやパンを焼いている間に、もう一度冷蔵庫に行って、野菜室を覗いた。
残っているのはレタスと小松菜、ミニトマトくらいか。
「小松菜…レンチンで一品できると教えてもらってたな」
赤井はフム、とアゴに手を当てて記憶をたどる。まな板の上で小松菜を切って、耐熱容器に入れて……
教わった通りの手順を踏めば、副菜が一品完成した。
タイミング良く焼きあがったおかずを皿に載せ、コーヒーを淹れる。
それらをテーブルに運んで席についた。
いつも通りの朝食。
こだわりの豆で淹れたコーヒー。
ただ一つ違うのは、隣にりおが居ない事だった。それでも必ず帰ってくると信じて。
「いただきます」
りおとしていた通りに、挨拶をして食べ始めた。
ペンダントの確認からすでに一週間。スンホの自爆から十日。未だりおの安否は分からない。
初めは夜を徹して行われていた捜索も、次第に規模が小さくなり、今日にも打ち切られるという。
一週間前、あんなに活気づいていた公安の捜査チームも、今はまるでお通夜のように暗い。
それでも赤井はあきらめていなかった。
安室にあの日言われた通り、いつりおが戻って来ても良いようにと、食事に気をつかい、部屋を片付け、できるだけいつも通りを心がけた。
今朝だって、りおが見たら満点をつけてくれそうな朝食が出来上がったのだ。
けれど——
どれも喉を通らない。食べても味がしない。
もう十日も使われていないりおの箸。りおのマグカップ。シンクの隣にある水切りかごには、あの日使って洗ったまま——。
捜索打ち切りの知らせは、少なからず赤井のメンタルにダメージを与えていた。テーブルの上に置かれた赤井の手に力がこもる。
もう二度と会えないんじゃないか——そんな不安が日増しに色濃くなった。
「くそっ!」
ダンッ!
絶えず湧き出る胸の痛みをどうすることも出来ず、握った拳でテーブルを叩いた。
この一週間、堪えていた感情が堰を切って溢れ出す。
「りお……りお……ッ……」
ただ名前だけを呼びながら、赤井は涙をこらえた。零れそうになった涙を誤魔化すように顔を上げた。
ふと、ダイニングに置かれた車のキーに赤井の視線が向く。先日ジョディが使って、そのまま置きっぱなしになっていたものだ。キーに付いている小さなチャームをジッと見つめる。
『離れてしまっていても、この空を見るたびにあなたと私は繋がっている』
『ターコイズは昔、旅の安全を願うお守りだったんだって。危険な仕事をする二人に、ボクからのプレゼント』
いつか聞いたりおの想いと、お揃いのチャームを貰った時のコナンの言葉が頭をよぎった。
そして、つい最近りおと交わした約束も——
『あなたの生まれ育ったイギリスも、あなたがFBIを目指したアメリカも、私の仲間が眠るマレーシアも…。
いつか、全てが終わったら一緒に見に行きましょう』
『これからもたくさん…あなたとの約束事を作るの。どんなにピンチになっても〈約束を守ろう〉と思えば、生きて帰る事を諦めないでしょう?』
りおは海に落ちる直前、諦めてしまったのだろうか。自分(赤井)と共に生きる未来を——
ターコイズのチャームを見つめ、赤井は唇を噛んだ。あの日あの場に居た人々を守る為、りおは決死のダイブをした。
自分の命と引き換えに……。そう考えて赤井は首を横に振った。
あの約束は、言葉は、全部嘘だったのか?
赤井はやり切れない思いで、固く握った拳を再びテーブルに打ち付けた。
『昴さん!』
「ッ!」
その瞬間、何かが脳裏をかすめた。
スンホとりおが海に落ちる直前——。りおが自分に向かって、何かを言って微笑んではいなかったか、と。
(あの時、間違いなくりおの唇は動いていた……俺に何か言っていた!)
赤井は両手で頭を抱えた。
思い出せ! あの時、りおは俺に何と言ったんだ?
ギュッと目を瞑り、当時の記憶をたどる。
デッキにいるたくさんの客
威嚇射撃をしたスンホ
楽しい休日が悪夢に変わった瞬間の客の顔
息を乱さぬスンホ
危機的状況の中、二人の連係プレー
互いの無事を確認した時の、りおの体温
そして——
倒したはずのスンホが自爆しようとした。それを止めに入ったりおが、羽交い絞めにされて——
『必ず生きて帰る』
「ッ!!」
声は無かったが、確かにりおの唇はそう動いていた。
痛みと、そしてその後の出来事が余りにもショッキング過ぎて今の今まで忘れていた。
「あの時、りおは何か勝算があって、あの行動を取っていたとしたら……」
赤井は思わず立ち上がる。ちょうどその時、工藤邸の前に一台の車が停まった。
***
雑居ビルが立ち並ぶ東都の街。狭いビルの隙間は朝日が届かず、どこか薄暗い。そんな路地裏を男が一人歩いていた。
「……そうか。まだ見つからないんだな」
耳にスマホをあて、男は誰かと電話をしていた。目深にかぶったキャップとパーカーから、わずかに金髪が見え隠れする。
『ルークさんの方も収穫ナシですか……。こちらも手を尽くしているのですが、情報は皆無です。
降谷も私達とは別で動いているようですが、特に連絡はありません』
電話の相手の声も暗く、重いため息を吐く。
「トール(透)の方も連絡ナシか。だがユーヤのところにも、さくららしい遺体が上がったという連絡はないんだろう?」
最近になって風見を《ユーヤ》と呼ぶようになったルークが問いかける。
『ええ。一週間前に別の人物の遺体が上がって以降、遺体発見の連絡は来ていません。
ただ、あのあたりは潮の流れも速く、発見はかなり難しい場所でして……。今日にも捜索打ち切りになると、連絡が来ました……』
風見の声は今にも消え入りそうだった。
もし爆発から難を逃れていたとしても、ケガをしているかもしれない。そうなれば時間が過ぎれば過ぎるほど、生存の可能性は低くなる。
事件からすでに十日。諦めきれない気持ちがある一方で、現実問題として状況は絶望的。海上保安庁が出した決定を覆すことはできない。
ただ、ルークは何か引っかかりを感じていた。
(船にはたくさんの一般人。状況的にかなり不利だった。だとしても! あのさくらが、シュウの目の前で死を覚悟して、海にダイブするだろうか……)
かつて大切な仲間を、初恋の相手を、目の前で失った。その時の悲しみや絶望を一番知っているのはさくらだ。その彼女が、愛する男に同じ思いをさせるとは思えない。
しかし、目の前に突きつけられた状況は変わらない。
『生きていて欲しい』
ただその思いだけが強くなる。
風見との通話を切ったルークは、眉間にしわを寄せ、グッと拳を握りしめた。やり切れない思いを胸に、暗い路地を進む。
すると再びスマホが震えた。
「トール?」
電話に出たルークは、相手と短い会話をしてすぐに通話を切った。無造作にスマホをポケットに突っ込む。
「ふぅ……」
白い息を吐いて、朝日が照らす表通りへと消えていった。