第8章 ~新たな決意を胸に~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
埠頭周辺は物々しい雰囲気となり、パトカーや消防車が何台も停まっている。現場となったクルーズ船には規制線が張られ、デッキに居合わせた客たちは皆、毛布を肩に掛けて船を降りていた。
ブロロロロ……
現場から程近い総合病院の駐車場——。そこに白のRX-7が低いエンジン音を響かせて入り込んだ。
安室が病院に到着した時、すでに爆発から1時間半ほどが経過していた。
直接危害を加えられた客は居なかったが、気分を悪くした人も複数いて、病院内は船の客やその家族、警察官などでごった返していた。
「スミマセン、ちょっと通してください」
安室は人混みをかき分けて、救急外来の待合室に入る。キョロキョロと視線を動かすと、胸部に包帯を巻かれ、ジャケットを肩に掛けた昴の姿が目に留まった。
「あか……沖矢さん!」
慌てて言い直して昴に駆け寄る。名を呼ばれた昴は、安室の姿を一瞬だけ見ると再び視線を落とした。
「さくらさんが行方不明だと聞きました」
「ああ……俺の…目の前で…」
呆然と座る昴——いや赤井は、まるで魂が抜けたようだった。
質問に対する答え以外言葉は無く、ただ床をボンヤリと見つめている。
あまりにもいつもと違うその様子に、安室もなんと声をかけていいか分からない。なにより、こんな姿の昴(赤井)を見ていられなかった。
「ケガは? 帰りはどうしますか?」
「……ケガはたいしたこと無い。近くに車もある。大丈夫だ」
自力で帰れると聞いて、安室はホッと息をつく。しかし再び表情を険しくしてクルリと踵を返した。
去り際にほんの少し振り返り、昴の方を見る。
「あなたは家でおとなしく待っててください。必ずさくらさんを、あなたの元に連れて帰ります」
それだけ言って、安室は病院を後にした。
安室が事件のあった埠頭に到着すると、大勢の警察官が関係者から話を聞いていた。スッと物陰に隠れ、風見に電話をかける。
『はい』
「風見か。今、近くまで来ている。分かっていることを教えてくれ」
『分かりました』
風見は他の警察関係者から距離を取り、安室が隠れている場所に近づくと、取ったメモに視線を落としながら状況を説明した。
風見の影に隠れるようにして話を聞く安室も、時々「そうか」と相槌を打つ。しかし、りおとスンホが海に落ちた時の状況を聞いた時、安室の顔色がサッと変わった。
「ちょ、ちょっと待て。ということは、広瀬とスンホが海に落ちて、すぐに爆発があったということか?」
「はい。目撃者の証言から、スンホが所持していた爆弾の量を算出しましたが、恐らくスンホの体はほぼ吹き飛んでいて、回収は不可能だろうとのことでした。
となると、あとは広瀬がどの位置で爆破に巻き込まれたか……。それによって生存率が変わると……」
風見の声は震えていた。動揺を上司に気取らせまいと、必死に感情を押し殺しているのが分かる。しかしそれは、安室も同じだった。
「話は分かった。すでに海上保安庁が捜索に当たっている。風見たちも聞き込み終了後、現場付近の捜索に当たってくれ」
「了解しました」
安室は風見から距離を取り、他の警察官に見つからないよう現場から離れる。RX-7を停めた駐車場へと向かう道すがら、最悪の事態が脳裏をよぎった。
(また僕は大事な仲間を失うのか……?)
車に乗り込んだ安室は、苦し気に目を閉じた。かつての友の顔が一人また一人——まぶたの裏に浮かんでは消えた。
***
埠頭での事件から一日経ち、二日経ち、すでに三日が過ぎようとしていた。
海上保安庁は昼夜を問わず巡視船を出し、懸命な捜索を続けているが、りおは未だに見つかっていない。
公安部も事件の後処理に追われながらも、りおの無事を信じ、時間を見つけては交代で海岸線を捜索していた。
一方工藤邸では——。
ジョディたちFBIの仲間は、赤井を心配して毎日誰かが彼の顔を見に来ていた。
当の赤井はというと——元からおしゃべりな方ではないので、その心中を計り知ることは出来ない。が、明らかに覇気が無く、上の空だった。
今日もジョディが話していても、ボンヤリしていて返事もしない。時々『シュウ、聞いてる?』と確認されるほど。
目元のクマも濃くなり、眠れていないのは一目瞭然だった。
「ねえ シュウ。あなた最近、睡眠取れて無いでしょう?」
さすがに心配になったジョディが声をかけた。
「ああ……まぁ……」
曖昧な返事をして、赤井はボンヤリとソファーに座っている。今日はまだ、変装はおろか着替えもしておらず、胸の包帯も替えていないようだった。
「ほら、一人で包帯替えるの大変でしょ? 手伝ってあげるから服脱いで。ついでに着替えちゃいましょ」
救急箱を持ち出し、ジョディが服を脱ぐよう促す。赤井は「ああ…」と言って、のそのそとTシャツを脱いだ。
「ちょっ…あなた、夕べは湿布しないで寝たの?」
Tシャツを脱いだ赤井の肌には包帯はおろか、湿布すら無い。おそらく夕べシャワーを浴びたまま、何も処置せず寝たのだろう。
内出血を起こして色を変えた皮膚は痛々しく、余計に赤井の顔色を悪く見せた。
「ダメじゃない! アバラにヒビが入ってたんだし、打撲もひどいのよ?」
ジョディが目を吊り上げて𠮟責した。
「……が……い……から…」
消え入りそうな声で赤井がつぶやいた。
「え……?」
思わずジョディが訊き返す。
「りおが………居ない…から…」
「ッ! シュウ……あなた…」
ジョディはそれ以上何も言えず黙り込んだ。
サカモトビルに潜入してケガをした時も、カルト集団に乗り込んでりおと戦った時も、プロカメラマンの前島翔太から暴行された時も——。
いつも赤井がケガをすると、その処置も食事の世話も、ずっとりおがしていた。
しかし今、赤井のそばにりおの姿は無い。おそらくケガの処置はおろか、食事すら取っていないのだろう。
「ちょっと、シュウ! しっかりして! このままじゃ体を壊すわ!」
ジョディは床に膝をつき、目線を合わせて赤井に訴える。だが、赤井の表情は変わらない。
「部屋のどこにも居ないんだ……。キッチンにも、りおの部屋にも。このリビングにも。朝も、昼も、夜も。りおが居ない」
無表情なまま、赤井は小さな声でつぶやいた。
「冷蔵庫に、あの日りおが作った作り置きのおかずがあったんだ。
そのままにしておくと腐ってしまうから、夕べ食べようと……でも……」
「……でも?」
ぽつり、ぽつりと話す赤井の話を、ジョディは静かに聞いていた。
でも、と言ったまま黙り込んでしまった赤井に、優しく問いかける。
「一人で食べるのがこんなに寂しくて、侘しくて、切ないだなんて……」
赤井は左手で自身の目元を覆う。それ以上の言葉は出てこない。堪えきれなかった涙がポタリと、ポタリと頬を伝って落ちた。
奥歯を噛みしめ、声を押し殺し、赤井はジョディの前で泣いていた。
「シュウ……」
こんなに打ちのめされた赤井を、ジョディは初めて見た。
以前、りおが赤井のことを忘れてしまった時でさえ、人前で涙は見せていない。
なによりも——
FBIにいる彼は、どんな時でも沈着冷静で鋼のような心を持っていた。
時に組織の工作員《ライ》として
時にFBIきっての《凄腕スナイパー》として
必要とあらば銃のトリガーを躊躇なく引く。感情は心の奥底に隠し、表に出すことはほとんどなかった。
(本当のシュウは、きっと繊細で誰よりも優しい。それを絶対、人には見せなかっただけ。
ただ一人——さくらを除いて)
家族にすら自身の生存を隠している赤井にとって、彼の本当の顔を知っているのは、りおだけなのかもしれない。
肩を震わせ静かに涙する赤井を見て、ジョディは成す統べなく立ち尽くした。
ブー、ブー、ブー、ブー……
「「!!」」
突然テーブルの上のスマホが鳴り出した。画面には『安室』の文字。赤井が慌てて電話に出る。
「も、もしもしッ?」
『……ッ…赤井か?』
やや緊張した安室の声が聞こえた。
「何か分かったか?」
赤井は躊躇なく安室に問いかけた。そして相手に分からないように小さく息を吐く。良い知らせでも悪い知らせでも。どちらも受け入れる覚悟を決めるために。
『赤井…今から警視庁に来れるか?』
「警視庁へ?」
『確認して欲しいものがあるんだ』
終始緊張して言葉を選ぶ降谷の態度に、悪い知らせだと察知した。
返事をしようとして「ひゅ」と喉が鳴る。赤井はもう一度深呼吸をした。
「わかった」
一言だけ答えて電話を切る。
電話を切った赤井の右手は固く握られたまま、小刻みに震えていた。
埠頭周辺は物々しい雰囲気となり、パトカーや消防車が何台も停まっている。現場となったクルーズ船には規制線が張られ、デッキに居合わせた客たちは皆、毛布を肩に掛けて船を降りていた。
ブロロロロ……
現場から程近い総合病院の駐車場——。そこに白のRX-7が低いエンジン音を響かせて入り込んだ。
安室が病院に到着した時、すでに爆発から1時間半ほどが経過していた。
直接危害を加えられた客は居なかったが、気分を悪くした人も複数いて、病院内は船の客やその家族、警察官などでごった返していた。
「スミマセン、ちょっと通してください」
安室は人混みをかき分けて、救急外来の待合室に入る。キョロキョロと視線を動かすと、胸部に包帯を巻かれ、ジャケットを肩に掛けた昴の姿が目に留まった。
「あか……沖矢さん!」
慌てて言い直して昴に駆け寄る。名を呼ばれた昴は、安室の姿を一瞬だけ見ると再び視線を落とした。
「さくらさんが行方不明だと聞きました」
「ああ……俺の…目の前で…」
呆然と座る昴——いや赤井は、まるで魂が抜けたようだった。
質問に対する答え以外言葉は無く、ただ床をボンヤリと見つめている。
あまりにもいつもと違うその様子に、安室もなんと声をかけていいか分からない。なにより、こんな姿の昴(赤井)を見ていられなかった。
「ケガは? 帰りはどうしますか?」
「……ケガはたいしたこと無い。近くに車もある。大丈夫だ」
自力で帰れると聞いて、安室はホッと息をつく。しかし再び表情を険しくしてクルリと踵を返した。
去り際にほんの少し振り返り、昴の方を見る。
「あなたは家でおとなしく待っててください。必ずさくらさんを、あなたの元に連れて帰ります」
それだけ言って、安室は病院を後にした。
安室が事件のあった埠頭に到着すると、大勢の警察官が関係者から話を聞いていた。スッと物陰に隠れ、風見に電話をかける。
『はい』
「風見か。今、近くまで来ている。分かっていることを教えてくれ」
『分かりました』
風見は他の警察関係者から距離を取り、安室が隠れている場所に近づくと、取ったメモに視線を落としながら状況を説明した。
風見の影に隠れるようにして話を聞く安室も、時々「そうか」と相槌を打つ。しかし、りおとスンホが海に落ちた時の状況を聞いた時、安室の顔色がサッと変わった。
「ちょ、ちょっと待て。ということは、広瀬とスンホが海に落ちて、すぐに爆発があったということか?」
「はい。目撃者の証言から、スンホが所持していた爆弾の量を算出しましたが、恐らくスンホの体はほぼ吹き飛んでいて、回収は不可能だろうとのことでした。
となると、あとは広瀬がどの位置で爆破に巻き込まれたか……。それによって生存率が変わると……」
風見の声は震えていた。動揺を上司に気取らせまいと、必死に感情を押し殺しているのが分かる。しかしそれは、安室も同じだった。
「話は分かった。すでに海上保安庁が捜索に当たっている。風見たちも聞き込み終了後、現場付近の捜索に当たってくれ」
「了解しました」
安室は風見から距離を取り、他の警察官に見つからないよう現場から離れる。RX-7を停めた駐車場へと向かう道すがら、最悪の事態が脳裏をよぎった。
(また僕は大事な仲間を失うのか……?)
車に乗り込んだ安室は、苦し気に目を閉じた。かつての友の顔が一人また一人——まぶたの裏に浮かんでは消えた。
***
埠頭での事件から一日経ち、二日経ち、すでに三日が過ぎようとしていた。
海上保安庁は昼夜を問わず巡視船を出し、懸命な捜索を続けているが、りおは未だに見つかっていない。
公安部も事件の後処理に追われながらも、りおの無事を信じ、時間を見つけては交代で海岸線を捜索していた。
一方工藤邸では——。
ジョディたちFBIの仲間は、赤井を心配して毎日誰かが彼の顔を見に来ていた。
当の赤井はというと——元からおしゃべりな方ではないので、その心中を計り知ることは出来ない。が、明らかに覇気が無く、上の空だった。
今日もジョディが話していても、ボンヤリしていて返事もしない。時々『シュウ、聞いてる?』と確認されるほど。
目元のクマも濃くなり、眠れていないのは一目瞭然だった。
「ねえ シュウ。あなた最近、睡眠取れて無いでしょう?」
さすがに心配になったジョディが声をかけた。
「ああ……まぁ……」
曖昧な返事をして、赤井はボンヤリとソファーに座っている。今日はまだ、変装はおろか着替えもしておらず、胸の包帯も替えていないようだった。
「ほら、一人で包帯替えるの大変でしょ? 手伝ってあげるから服脱いで。ついでに着替えちゃいましょ」
救急箱を持ち出し、ジョディが服を脱ぐよう促す。赤井は「ああ…」と言って、のそのそとTシャツを脱いだ。
「ちょっ…あなた、夕べは湿布しないで寝たの?」
Tシャツを脱いだ赤井の肌には包帯はおろか、湿布すら無い。おそらく夕べシャワーを浴びたまま、何も処置せず寝たのだろう。
内出血を起こして色を変えた皮膚は痛々しく、余計に赤井の顔色を悪く見せた。
「ダメじゃない! アバラにヒビが入ってたんだし、打撲もひどいのよ?」
ジョディが目を吊り上げて𠮟責した。
「……が……い……から…」
消え入りそうな声で赤井がつぶやいた。
「え……?」
思わずジョディが訊き返す。
「りおが………居ない…から…」
「ッ! シュウ……あなた…」
ジョディはそれ以上何も言えず黙り込んだ。
サカモトビルに潜入してケガをした時も、カルト集団に乗り込んでりおと戦った時も、プロカメラマンの前島翔太から暴行された時も——。
いつも赤井がケガをすると、その処置も食事の世話も、ずっとりおがしていた。
しかし今、赤井のそばにりおの姿は無い。おそらくケガの処置はおろか、食事すら取っていないのだろう。
「ちょっと、シュウ! しっかりして! このままじゃ体を壊すわ!」
ジョディは床に膝をつき、目線を合わせて赤井に訴える。だが、赤井の表情は変わらない。
「部屋のどこにも居ないんだ……。キッチンにも、りおの部屋にも。このリビングにも。朝も、昼も、夜も。りおが居ない」
無表情なまま、赤井は小さな声でつぶやいた。
「冷蔵庫に、あの日りおが作った作り置きのおかずがあったんだ。
そのままにしておくと腐ってしまうから、夕べ食べようと……でも……」
「……でも?」
ぽつり、ぽつりと話す赤井の話を、ジョディは静かに聞いていた。
でも、と言ったまま黙り込んでしまった赤井に、優しく問いかける。
「一人で食べるのがこんなに寂しくて、侘しくて、切ないだなんて……」
赤井は左手で自身の目元を覆う。それ以上の言葉は出てこない。堪えきれなかった涙がポタリと、ポタリと頬を伝って落ちた。
奥歯を噛みしめ、声を押し殺し、赤井はジョディの前で泣いていた。
「シュウ……」
こんなに打ちのめされた赤井を、ジョディは初めて見た。
以前、りおが赤井のことを忘れてしまった時でさえ、人前で涙は見せていない。
なによりも——
FBIにいる彼は、どんな時でも沈着冷静で鋼のような心を持っていた。
時に組織の工作員《ライ》として
時にFBIきっての《凄腕スナイパー》として
必要とあらば銃のトリガーを躊躇なく引く。感情は心の奥底に隠し、表に出すことはほとんどなかった。
(本当のシュウは、きっと繊細で誰よりも優しい。それを絶対、人には見せなかっただけ。
ただ一人——さくらを除いて)
家族にすら自身の生存を隠している赤井にとって、彼の本当の顔を知っているのは、りおだけなのかもしれない。
肩を震わせ静かに涙する赤井を見て、ジョディは成す統べなく立ち尽くした。
ブー、ブー、ブー、ブー……
「「!!」」
突然テーブルの上のスマホが鳴り出した。画面には『安室』の文字。赤井が慌てて電話に出る。
「も、もしもしッ?」
『……ッ…赤井か?』
やや緊張した安室の声が聞こえた。
「何か分かったか?」
赤井は躊躇なく安室に問いかけた。そして相手に分からないように小さく息を吐く。良い知らせでも悪い知らせでも。どちらも受け入れる覚悟を決めるために。
『赤井…今から警視庁に来れるか?』
「警視庁へ?」
『確認して欲しいものがあるんだ』
終始緊張して言葉を選ぶ降谷の態度に、悪い知らせだと察知した。
返事をしようとして「ひゅ」と喉が鳴る。赤井はもう一度深呼吸をした。
「わかった」
一言だけ答えて電話を切る。
電話を切った赤井の右手は固く握られたまま、小刻みに震えていた。