第8章 ~新たな決意を胸に~
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「教授、お疲れさまでした~」
「ああ、お疲れさん。みんな気を付けて帰ってね」
東都大学理学部にある森の研究室では、学生や研究生達が帰り支度をして部屋を出て行く。賑やかだった室内が徐々に静けさを取り戻していた。
「あれ、教授はまだ帰らないんですか?」
研究生の大石が森に声をかけた。
「あ、ああ。この資料だけ読んだら帰るよ」
デスクに置かれた書類の束を指さし、森が笑顔で応える。
「教授〜、資料確認もいいけど無理しちゃダメですよ。今は星川さん居なくて大変なのに教授まで具合悪くなったら俺らが困ります!」
大石と一緒に帰り支度をしていた深田がぷぅ〜っとふくれるのを見て、森が苦笑いをした。
「分かってるよ。そんなに遅くまではやらないつもりだよ」
「なら良いんですけど……」
じゃあ俺たち先に帰りますよ、とバッグを引っ提げた大石と深田が踵を返す。
「ああ、お疲れさん」
森は笑顔で彼らを見送った。
三十分後——
帰り支度をしてコートを羽織った森が、理学部の玄関ドアを開けた。冷たい風に首をすくめ、足早に正門へと向かう。
その後ろ姿をジッと見つめる一つの影——。建物からやや離れた木の陰に身を潜めていた。
鋭い目で森を見据え、耳に差し込まれたワイヤレスヘッドセットに手を当てた。
「こちら風見。森教授が理学部を出た」
『こちらA班、了解』
『B班了解』
耳に差し込まれたヘッドセットから部下の返事が聞こえる。
「尾行に気付かれるなよ」
彼らに念押しして風見は通信を切った。
(我々はあなたを信じていた。いや、今だって信じている。どうか《白》であってくれ……)
次第に小さくなる森の後姿を、風見は祈るような気持ちで見送った。
大学を出た森がタクシーに乗り込むと、A班が覆面パトカーで後を追う。B班の車も追随するように車を発進させた。
『こちらA班。教授の乗ったタクシーは自宅方面ではなく、市街地へと向かっているもよう』
「こちら本部、了解した。そのまま尾行を続けろ」
『A班了解』
「B班聞こえるか?」
『こちらB班、聞こえます』
「聞いての通り、教授の車は市街地に向かっている。同じ車が長く追跡していると尾行に気付かれる恐れがある。途中A班の車と入れ替われ」
『B班了解』
風見は大学に停めていた車に戻り、指示を出す。膝の上に置いたノートパソコンを開いた。部下の車が画面のマップ上に表示される。
(森教授はこの時間自宅に帰らず、いったいどこへ……⁉)
イヤな汗が風見の額に浮かぶ。信頼していた人物が《白》なのか《黒》なのか。風見の緊張は否応なしに増していった。
その後、何度か前後の車を入れ替えて、公安の覆面パトカーが森教授のタクシーを追う。
やがて、ある場所でタクシーが停車し森が降りた。A班の助手席に乗っていた捜査官も車から降り、森の尾行を開始する。
歓楽街の高級な店が立ち並ぶ通りを、森は迷うそぶりも無く歩き続けた。
やがて一件のナイトクラブの前で森は立ち止まる。真剣な顔で店の看板を見上げると、吸い込まれるように中へと入っていった。
『A班より本部へ』
「こちら本部。A班どうした?」
『教授は古宿区の歓楽街を通り、たった今ナイトクラブへと入っていきました』
「ナイトクラブ? で、その店の名は?」
『店の名は——』
捜査官が店の看板を見上げた。
「な、なんだとッ⁉」
部下からの報告に風見は愕然とした。部下の口から伝えられた店の名は、アロン・モーリスの店だったからだ。
(確認されているアロンの店は四件。うち一件は以前公安がガサ入れをして、もう一件は殺人事件の現場になった。稼働しているのは残り二件のみ……)
そのうちの一件に森が入っていった。
(いったいなぜ? 何のために?)
森の疑惑が色濃くなり、パソコンのキーの上に置いた風見の手が、カタカタと小刻みに震える。
『風見さん、どうしますか? 中に入って確認しますか?』
部下が次の指示を仰いだ。
「い、いや。今日は止めておく。深追いは危険だ。各自バディと合流して待機。A班、B班それぞれ店の前と裏口を見張れ」
『了解』
通信が切れたことを確認して、風見は大きく息を吐いた。車のシートを少し倒し、目を閉じる。
(降谷さんに報告しないと……)
そう思いながらも体が動かない。誰が味方で誰が敵なのか。正直分からなくなった。風見は車の窓越しに夜空を見上げる。
(報告したら降谷さんも広瀬も、きっとがっかりするだろうな……)
今日何度目かのため息をついた。
それから二時間後——
ナイトクラブを出た森はタクシーに乗り、自宅へと帰った。
尾行をしていた捜査官が全員戻ったことを確認すると、風見は「ご苦労だった」と声をかける。もうしばらく森教授の行動確認が続くことを伝え、解散した。
***
「どうだ、リュ・スンホの所在は割れそうか?」
間接照明が灯されたアジトの一室。
そこでジンはソファーに座り、足を組んでいる。ポケットからタバコを取り出した。
その隣ではウォッカがPCのキーボードを打っていた。
「いいえ。まだ有力な情報は入っていませんぜ。いったいどこに雲隠れしたのやら……。下手すりゃ、もうどこかで粛清されて、海にでも捨てらてるんじゃないですかい?」
諦め顔のウォッカがため息をつく。それを見てジンが鼻で笑った。
「フン。そう簡単に手を引く連中じゃぁ無いだろう。虎視眈々とこちらの喉元を狙って、埃っぽい廃ビルかなんかに潜伏しているはずだ。
ま、どこに居たって俺たちが釣り上げてやるがな」
特に焦る様子も無く、余裕の表情を見せるジンに、ウォッカが首を傾げた。
「あら、ウォッカは知らないのね」
ウォッカの質問に、ベルモットがニヤリと笑った。
「スンホはね、ここのところず〜っと、私の行動をつけ狙っているのよ。つまり、常に私の近くに彼がいるの」
「えっ? じゃあ、ヤツは生きて……」
ウォッカは驚いて声を上げた。そして、ハッと何か思い至る。
「安心しろ、ウォッカ。ここのアジトは割れてねぇ。それより、そろそろヤツにエサを撒いてやろうと思ってな」
「エサ……ですかい?」
驚いたり安心したり、今日は何かと忙しいウォッカは、ジンの思惑が分からず、さらに問いかけた。
「ああ。ヤツにとって喉から手が出るほど欲しいエサだ。アロンの暗殺も拉致も、そしてラスティーの暗殺にも失敗し、アジトも失くした。
失敗続きのヤツに下される指令と言ったら……あとはベルモットに張り付いて、こちらの手の内を探るくらいだろう。ヤツが飛びつくエサをバラまき、肥え太ったところを——」
そこまで言うと、ジンは自身の首元に親指を立て、横に引いた。いわゆる(死)を意味するハンドサイン。
それを見て、ウォッカがゴクリと唾を飲み込む。
「フフフ……どんな魚が釣れるか楽しみだ」
部屋に充満する紫煙の向こう側で、ジンの目がギラリと光った。
「ああ、お疲れさん。みんな気を付けて帰ってね」
東都大学理学部にある森の研究室では、学生や研究生達が帰り支度をして部屋を出て行く。賑やかだった室内が徐々に静けさを取り戻していた。
「あれ、教授はまだ帰らないんですか?」
研究生の大石が森に声をかけた。
「あ、ああ。この資料だけ読んだら帰るよ」
デスクに置かれた書類の束を指さし、森が笑顔で応える。
「教授〜、資料確認もいいけど無理しちゃダメですよ。今は星川さん居なくて大変なのに教授まで具合悪くなったら俺らが困ります!」
大石と一緒に帰り支度をしていた深田がぷぅ〜っとふくれるのを見て、森が苦笑いをした。
「分かってるよ。そんなに遅くまではやらないつもりだよ」
「なら良いんですけど……」
じゃあ俺たち先に帰りますよ、とバッグを引っ提げた大石と深田が踵を返す。
「ああ、お疲れさん」
森は笑顔で彼らを見送った。
三十分後——
帰り支度をしてコートを羽織った森が、理学部の玄関ドアを開けた。冷たい風に首をすくめ、足早に正門へと向かう。
その後ろ姿をジッと見つめる一つの影——。建物からやや離れた木の陰に身を潜めていた。
鋭い目で森を見据え、耳に差し込まれたワイヤレスヘッドセットに手を当てた。
「こちら風見。森教授が理学部を出た」
『こちらA班、了解』
『B班了解』
耳に差し込まれたヘッドセットから部下の返事が聞こえる。
「尾行に気付かれるなよ」
彼らに念押しして風見は通信を切った。
(我々はあなたを信じていた。いや、今だって信じている。どうか《白》であってくれ……)
次第に小さくなる森の後姿を、風見は祈るような気持ちで見送った。
大学を出た森がタクシーに乗り込むと、A班が覆面パトカーで後を追う。B班の車も追随するように車を発進させた。
『こちらA班。教授の乗ったタクシーは自宅方面ではなく、市街地へと向かっているもよう』
「こちら本部、了解した。そのまま尾行を続けろ」
『A班了解』
「B班聞こえるか?」
『こちらB班、聞こえます』
「聞いての通り、教授の車は市街地に向かっている。同じ車が長く追跡していると尾行に気付かれる恐れがある。途中A班の車と入れ替われ」
『B班了解』
風見は大学に停めていた車に戻り、指示を出す。膝の上に置いたノートパソコンを開いた。部下の車が画面のマップ上に表示される。
(森教授はこの時間自宅に帰らず、いったいどこへ……⁉)
イヤな汗が風見の額に浮かぶ。信頼していた人物が《白》なのか《黒》なのか。風見の緊張は否応なしに増していった。
その後、何度か前後の車を入れ替えて、公安の覆面パトカーが森教授のタクシーを追う。
やがて、ある場所でタクシーが停車し森が降りた。A班の助手席に乗っていた捜査官も車から降り、森の尾行を開始する。
歓楽街の高級な店が立ち並ぶ通りを、森は迷うそぶりも無く歩き続けた。
やがて一件のナイトクラブの前で森は立ち止まる。真剣な顔で店の看板を見上げると、吸い込まれるように中へと入っていった。
『A班より本部へ』
「こちら本部。A班どうした?」
『教授は古宿区の歓楽街を通り、たった今ナイトクラブへと入っていきました』
「ナイトクラブ? で、その店の名は?」
『店の名は——』
捜査官が店の看板を見上げた。
「な、なんだとッ⁉」
部下からの報告に風見は愕然とした。部下の口から伝えられた店の名は、アロン・モーリスの店だったからだ。
(確認されているアロンの店は四件。うち一件は以前公安がガサ入れをして、もう一件は殺人事件の現場になった。稼働しているのは残り二件のみ……)
そのうちの一件に森が入っていった。
(いったいなぜ? 何のために?)
森の疑惑が色濃くなり、パソコンのキーの上に置いた風見の手が、カタカタと小刻みに震える。
『風見さん、どうしますか? 中に入って確認しますか?』
部下が次の指示を仰いだ。
「い、いや。今日は止めておく。深追いは危険だ。各自バディと合流して待機。A班、B班それぞれ店の前と裏口を見張れ」
『了解』
通信が切れたことを確認して、風見は大きく息を吐いた。車のシートを少し倒し、目を閉じる。
(降谷さんに報告しないと……)
そう思いながらも体が動かない。誰が味方で誰が敵なのか。正直分からなくなった。風見は車の窓越しに夜空を見上げる。
(報告したら降谷さんも広瀬も、きっとがっかりするだろうな……)
今日何度目かのため息をついた。
それから二時間後——
ナイトクラブを出た森はタクシーに乗り、自宅へと帰った。
尾行をしていた捜査官が全員戻ったことを確認すると、風見は「ご苦労だった」と声をかける。もうしばらく森教授の行動確認が続くことを伝え、解散した。
***
「どうだ、リュ・スンホの所在は割れそうか?」
間接照明が灯されたアジトの一室。
そこでジンはソファーに座り、足を組んでいる。ポケットからタバコを取り出した。
その隣ではウォッカがPCのキーボードを打っていた。
「いいえ。まだ有力な情報は入っていませんぜ。いったいどこに雲隠れしたのやら……。下手すりゃ、もうどこかで粛清されて、海にでも捨てらてるんじゃないですかい?」
諦め顔のウォッカがため息をつく。それを見てジンが鼻で笑った。
「フン。そう簡単に手を引く連中じゃぁ無いだろう。虎視眈々とこちらの喉元を狙って、埃っぽい廃ビルかなんかに潜伏しているはずだ。
ま、どこに居たって俺たちが釣り上げてやるがな」
特に焦る様子も無く、余裕の表情を見せるジンに、ウォッカが首を傾げた。
「あら、ウォッカは知らないのね」
ウォッカの質問に、ベルモットがニヤリと笑った。
「スンホはね、ここのところず〜っと、私の行動をつけ狙っているのよ。つまり、常に私の近くに彼がいるの」
「えっ? じゃあ、ヤツは生きて……」
ウォッカは驚いて声を上げた。そして、ハッと何か思い至る。
「安心しろ、ウォッカ。ここのアジトは割れてねぇ。それより、そろそろヤツにエサを撒いてやろうと思ってな」
「エサ……ですかい?」
驚いたり安心したり、今日は何かと忙しいウォッカは、ジンの思惑が分からず、さらに問いかけた。
「ああ。ヤツにとって喉から手が出るほど欲しいエサだ。アロンの暗殺も拉致も、そしてラスティーの暗殺にも失敗し、アジトも失くした。
失敗続きのヤツに下される指令と言ったら……あとはベルモットに張り付いて、こちらの手の内を探るくらいだろう。ヤツが飛びつくエサをバラまき、肥え太ったところを——」
そこまで言うと、ジンは自身の首元に親指を立て、横に引いた。いわゆる(死)を意味するハンドサイン。
それを見て、ウォッカがゴクリと唾を飲み込む。
「フフフ……どんな魚が釣れるか楽しみだ」
部屋に充満する紫煙の向こう側で、ジンの目がギラリと光った。