第8章 ~新たな決意を胸に~
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「さてと、これで買う物は全部かな」
店を出てすぐ、さくらは買い物袋の中を覗き買い忘れが無いか訊ねた。
「うん、大丈夫だと思うよ。アップルパイの材料も、灰原と一緒に確認したしね!」
コナンが笑顔で答える。隣では哀と歩美は、この後のことを想像しながら楽しそうにおしゃべりしていた。
「時間もちょうどいいね。あれ? 博士たちの方が早く済んだみたいだよ」
コナンが待ち合わせ場所の方へ視線を向けると、こちらに手を振る元太達に気付いた。
「ホントだ! 三人とも急ごうか」
「「うん」」
「そうね」
四人は一斉に駆け出した。
その時——
『ね、ねえ! あの人なんかヤバくない!?』
さくらの左横から若い女性の声がした。
『げっ! ホントだ……なにあれ、なんか変な薬でもやってんの⁉』
ざわつく人々の視線の先へ、さくらが顔を向ける。彼らが見ていたのは——
ブツブツと口の中で何かを言っている若い男。
フラフラと目的もなく歩く姿は異様で、男の周りからは潮が引くように人が離れた。昴たちも男の存在に気付き、注視している。
そのうちに男はフラフラと、まるで吸い寄せられるように、ある一点を目指して歩みを速めた。
『なにあれ。急にどうしたの……?』
男の行動の意味がわからず、周りはヒソヒソと話しながら男の動向を見ている。
(ッ! ちょ、ちょっと待って。そっちは……)
男の進む先を見て、さくらが焦り出した。
さくら達が待ち合わせに選んだ広場は高架になっていて、下には交通量の激しい車道と、さらに先には線路がある。
まるで何かに引き寄せられるように歩く様子は、落下防止の手すりで止まるようには思えない。
「ちょっと、あなた! 待って!」
さくらが男の後を追う。昴もさくらを追うようにダッシュした。
人混みの中は思うように進めず、さくらは人と人との間を縫うようにして追いかける。対して、周りに人がいない男は、難なく手すりまでたどり着いた。
まるで周りの事など見えていないかのように、男は手すりに手を掛けた。
「ッ‼」
さくらが息を飲む。周囲の人たちも「えっ」と言ったまま固まった。そんなことはお構いなしに、男は少しの躊躇もなく手すりを越えた。
手すりのむこう側のわずかな隙間に立つ。ほんの数秒動かずにいたが、ゆっくりと体が前に傾いた。
それはまるで背の高いシャンパングラスが倒れていくような——スローモーションで見ているかのように、ゆっくりゆっくり倒れていった。そして男の姿が視界から消える。
直後——
ドシャッ!
キキキキ——ッ!!
ドンッ!
ドカッ!
男が地面に叩きつけられた音とともに急ブレーキ、そして何かが車にぶつかる音が、複数回聞こえた。
キャァァァ——!!!
その場にいた人々から悲鳴が上がる。
「さくらッ! それ以上近づくなッ!」
手すりの数メートル手前で、昴はさくらの手首を掴んだ。
「人が落ちたぞ!」
「車に轢かれた!! 誰か救急車を!!」
「車同士の事故も起きてる!」
手すりから下を覗き込んだ人達が、口々に叫んだ。
「自死か⁉」
「最近多くね?」
「やべーモンやってたんじゃねーの?」
さくらの周りで様々な憶測が飛び交っている。
「え……な、なに…今、の……」
動揺し震え出すさくらを、昴が抱き寄せた。
「なに、なにがあったの⁉ さっきのお兄さん、どうしたの?」
人混みでほとんど見えなかったものの、何かを感じ動揺している歩美の肩に、哀がそっと手を置く。
元太たちも言葉を発することが出来ず、立ち尽くしている。
(クソッ! 一体今のはなんなんだ! 最近多くねぇか?)
コナンは何一つ分からない歯痒さから、ギリリと奥歯を噛み締めた。
(ッ!)
ふと、人混みの中でウエーブのかかった、ブロンドの髪が揺れるのを見た気がした。
慌てて周りを見回すが、そんな人物は見当たらない。ハッとして、コナンは哀の方へ振り返った。
「は、灰原……⁉」
哀もまた何かを感じたらしく、怯えた表情を浮かべていた。コナンの袖口をギュッと握り、小刻みに震えている。
コナンの脳裏に、あの組織の顔が浮かんだ。
(なんだ⁉ この何とも言えねぇ不安は! いったい何が起きているんだ⁉)
コナンは騒然とする人々を見つめながら、固く拳を握った。
「少し呼吸が浅い。ベンチまで移動しましょう」
「う……う、ん…」
昴は、さくらを抱えるようにして声をかけた。このままでは過呼吸発作を起こす可能性がある。体の緊張を解き、気持ちを落ち着ける場所が必要だ。
二人が現場に背を向け、ゆっくり博士たちの方へ歩み始めた直後。
(ッ!)
とあるビルの屋上でキラリ、と何かが光る。昴はビルの方へ視線を向けた。
(狙撃か⁉)
とっさに昴は身構える。
光は短い間に何度かキラ、キラ、と光って、少し動いているようにも見えた。
「狙撃じゃ…なさそう…。多分……双眼鏡か、何かが…反射……して……」
さくらが呼吸を整えながら、そっと耳打ちをした。建物の方向と光の動き、そして角度。どこを見ていたかは分からないが、自分たちのいるエリアも、十分視界の中に入る。
「いったい誰が、何の目的で……」
さくらの肩を抱いたまま、昴が光の方を見つめる。
「目が合うと…マズい、わ……昴…さん、あまり…見ない、方が……」
さくらに言われ、昴は「ああ」と視線を落とした。
「子どもたちを連れて早く帰った方が良いな」
青い顔をしているさくらを見て、昴は顔を上げる。コナンと目が合い、二人は小さくうなずき合った。
***
子どもたちのことは博士にお願いして、昴は工藤邸に帰り着くと、りおを部屋に寝かせた。
一人リビングに戻りテレビをつける。
ニュース番組にチャンネルを合わせると、ちょうど先程起きた出来事がニュースになっていた。
『たった今入ったニュースです。本日昼前、古宿区の広場で若い男性が高架から飛び降り、走行していた乗用車にはねられて死亡しました。警察では自死と見て調べています。
都内では今回のように遺書も無く、また、事前に自死をほのめかすような言動も無かった人が突然命を絶つ事件が増えています。警察ではこれまでの事件に関連性があるかどうか、調べを進める方針です』
(自死……か。確かに最近多い。しかも、どの現場でも遺書や自死に繋がる原因が分からない。偶然なのか、それとも……)
昴は眉根を寄せてニュースを見ていた。
ブー、ブー、ブー…
「!」
ポケットに入れていたスマホが震える。画面を見ると相手はコナンだった。
「もしもし?」
『あ、昴さん? 今話してても平気?』
博士の家のリビングをコッソリ抜け出したらしく、ヒソヒソと声を潜めてコナンが問いかけた。
「ああ。どうした?」
『さっきの件だけど……実はあの時、人混みの中でベルモットを見た気がしたんだ』
「なに?」
コナンの言葉に昴は眉根を寄せた。
『ちゃんと見たわけじゃないから確証はないんだけど、灰原も一瞬だけ組織の気配を感じたって言うんだ。偶然居合わせただけかもしれないけど……』
「ああ。その場にいたのがベルモットだとすれば、ただ単にさくらを心配して様子を見に来ていただけかもしれん。だが、引っかかるのは今日は【米花町】ではなく【古宿区】だったことだ。
普段彼女が行かないエリアだし、尾行された形跡もない。他に何か意図があってそこにいたと考えた方が良いかもしれない」
あえてラスティーが普段行かないエリアをベルモットが選んだのではないか、と昴は感じていた。
「最近自死者が多いのも気になる。組織が関係しているかどうかはまだ分からないが、用心するに越したことは無い」
『うん、そうだね』
まだ何も掴んではいないが、何か引っかかるものがあるのはお互い同じようだ。
やがて『コナン~! どこだ~⁉』という元太の声が電話越しに聞こえた。
『やべッ! 呼ばれた! じゃあ昴さん、またね』
「ああ」
電話を切った昴は、スマホを置くとリビングの窓辺に近づく。やや雲が多くなった空を、黙って見つめていた。