第8章 ~新たな決意を胸に~
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同日、明け方。とある臨海都市——
賑やかな街の外れに建設途中で工事がストップし、そのまま廃墟となってしまったビルがある。
周辺の都市開発もとん挫したその一帯は近隣住民からも文字通り『ゴーストタウン』と呼ばれ、普段はあまり人が寄り付かない。そんな廃屋の二階部分に、男が一人潜り込んでいた。
わずかな武器と銃弾、小さな懐中電灯、そしてタブレットが男の近くに置かれている。
ガランとした部屋は隙間風が吹き込み、ヒューヒューと風切り音が響いた。男はコンクリートが剥き出しになった壁に背を付けて座り、まるで死んでいるかのように動かない。
ピロン!
突然タブレットが着信を告げる。それに気付いた男——リュ・スンホは、気怠そうにそれを手に取ると、来たばかりのメールを確認した。どうやら斥候部隊の仲間が物資を届けてくれるらしい。
特に返信することも無く、スンホはタブレットを置くと半分諦めたように天を仰いだ。
超大国アメリカを手中に収めるため、まずはこの日本を手に入れねばならなかった。日本国民を人質としてアメリカを黙らせ、ヨーロッパ諸国、果ては全世界に我が将軍様のお力を知らしめる。
そしてありとあらゆる国と地域を我らの属国とし、地球上の人間全てが将軍様の前にひざまずく——。
それこそが彼らの目指す理想の国だった。
『神の化身といわれる将軍様が、この世界を全て浄化し、理想国家を創り上げる——我々はその礎を築くために生まれて来たのだ』と幼い時から教育されてきた。将軍様の為に誇り高く死ぬ。それこそが選ばれし戦士の役目なのだ、と。
それがどうだ。アメリカどころか日本を掌握することも出来ず、挙句に足掛かりとなるはずだったアジトを破壊されてしまった。
(せっかくソジュン様に最後のチャンスを頂いたのに……)
スンホは力なくうなだれた。
あの時——ジンの言葉にのせられ、思わず自爆を思いとどまったことを後悔した。
「そんな情報……あるわけがない」
C国の最高指導者と会えるのは、『エリート中のエリート』といわれるオドゥムの大幹部のみ。しかもその幹部は全員、国の要職に就いている。
彼らが将軍様と密談を交わしたとて、疑われるものは何も無い。
まして、オドゥムの諜報活動や暗殺は国家機関と完全に切り離され、そこに所属する多くの戦闘員は幼少期より特殊な訓練と教育を受けている。
C国の首都から遠く離れた荒れた地で、毎日受ける訓練はまさに命がけ。そこで生き延びた者だけが工作員として将軍様のために働けるのだ。
将軍様との直接的な接点は微塵もない。あるのは忠誠心のみである。
(ふん…、まんまとジンに騙されたか…)
あの場でアジトの爆弾が解除できないと分かった時、自分はその場で全ての責任を取って死ぬつもりだった。
しかし直後にソジュンから送られたメールには『その場から退避せよ』とあったのだ。
なぜ自分を生かしたのか——スンホは全く見当がつかなかった。
「指令に失敗した部隊長(自分)を、見せしめに公開処刑するおつもりだろうか……」
声に出して言うとさらに惨めになった。スンホ自身も自国で見たことがある。
作戦に失敗した挙句、ヘタな言い訳をしたために将軍様の逆鱗に触れた幹部がいた。その幹部は大勢の人々が集まる中、自動小銃で小さな肉片になるまで撃ちぬかれた。
以後——将軍様に逆らった者はいない。
(何故こうなってしまったんだ…)
思えば最初から、全ての計画が思うようにいかなかった。
来日したばかりのアロン暗殺にも失敗し、アロンの拉致とラスティーの殺害もし損ねた。その上、絶対にバレないと思っていたアジトが短期間で見つかってしまった。
(全ての計画に部隊の精鋭を送っていたし、アジトの防御もカンペキだったはずだ。しかも万が一に備えて工作員も配置していた。それなのに、何故……)
スンホは頭を抱えた。ふと、アジトでジンに言われたことを思い出す。
「ジンはあの時、アジトを割り出したのはラスティーだと言っていた。
確か……ウジン様だけでなく、ウジン様の敵討ちと称してラスティー暗殺を指示された工作員も、アロン拉致も、全てあの女に阻止されている。やはりカフェで殺しておくべきだった……」
今更遅いがな、とスンホは力なく笑う。
こんな風にあっけなく自分の人生が終わるなどと想像していなかった。せめて同じ死ぬなら、刺し違えてでも一矢報いたい。
スンホの顔が落胆で曇る。
死の恐怖など無い。将軍様のお役に立てなかった事が唯一悔やまれた。
その時——
ジャリ……
「ッ!!」
何者かの足音がした。
スンホが音のした方を見ると、胸に青いバッチを付けた工作員がこちらを見ていた。
「お前は……」
見知った顔にスンホは一瞬驚く。男はかつての部下であり、その高い能力を買われてソジュンの直属へと異動になった男だった。
「スンホ様、お久しぶりでございます。早速ですがソジュン様からの伝言を預かって参りました」
そう言うと、男はスンホの前にひざまずいた。
「『ジンはアジトに残された我々の情報には目もくれず、あの場を爆破した。それはすなわち、奴らに【そんな情報など手に入れなくてもオドゥムを潰せる】という自信があるということ。
奴らの【ビジネス】は我々にとって脅威だ。
スンホよ、今回のミス…取り返すにはこの【ビジネス】を暴くしか道はないと思え。
出来なければ——』」
「……ぎょ、御意……!」
伝達の最後の言葉を聞いてスンホはひれ伏した。正真正銘、これが最後のチャンス。失敗すれば、自分は何の役にも立たないまま破滅の道を行くしかない。
「確かにお伝えいたしました」
全てを伝え終えた男は、手にしていた食料や武器の入ったケースを置くと、再び闇の中へと消えていった。
***
翌日——
赤井はテレビをつけ、昨晩の倉庫街での出来事をニュースで確認した。
しかしどのテレビ局でも、報じられたのは倉庫街で火事があったということだけ。死者が出た事すら報道されなかった。
(公安が情報を止めたのだな。まあ……死者は組織の構成員とC国の諜報員や工作員。世間に公表すればパニックになりかねん)
妥当な決断と言えるだろう。他に目新しいニュースも無く、赤井はテレビを消す。無造作にリモコンをテーブルに置いたのと同時に、リビングのドアが開いた。
「りお……起きたのか?」
「うん。もう大丈夫。心配かけてごめんね」
りおはリビングのドアを閉めるとソファーへと座った。
「昨日の倉庫街での事は報道されていなかったでしょ。さすがに首都高の真下で組織とテロ集団が争っていた、なんて国民に知らせるわけにはいかないものね」
りおはため息交じりにそう言うと、悲し気に視線を落とす。
「でも……結局リュ・スンホは行方不明。赤外線で捉えた人物は影武者だったわ。どこかで彼は生きている。
オドゥムが粛清の措置を取らなければ、彼はまた次の機会を狙うでしょうね」
それは今回と同じ犠牲が払われるかもしれない。場合によっては一般人を巻き込む可能性すらある。それは絶対に避けねばならない。
「焦りは禁物だ。お前はひとりで戦っているわけじゃない。みんな同じ気持ちなんだ。
俺たちはそれぞれが今出来ることを全力でやるしかない。そして、お前が今出来ることは何か……分かるな?」
赤井はりおの肩に手を置き、その顔を覗き込む。
「お前はまず、心を治療することが最も重要な事だということを忘れるな。
幼い時の辛い記憶を取り戻した。古傷から血を流しているのと一緒なんだ。無理はするな」
「うん……分かったわ。これでしばらくは治療に専念できると思う」
素直にりおはうなずく。それを見て、赤井の顔にもわずかに笑顔が戻った。
賑やかな街の外れに建設途中で工事がストップし、そのまま廃墟となってしまったビルがある。
周辺の都市開発もとん挫したその一帯は近隣住民からも文字通り『ゴーストタウン』と呼ばれ、普段はあまり人が寄り付かない。そんな廃屋の二階部分に、男が一人潜り込んでいた。
わずかな武器と銃弾、小さな懐中電灯、そしてタブレットが男の近くに置かれている。
ガランとした部屋は隙間風が吹き込み、ヒューヒューと風切り音が響いた。男はコンクリートが剥き出しになった壁に背を付けて座り、まるで死んでいるかのように動かない。
ピロン!
突然タブレットが着信を告げる。それに気付いた男——リュ・スンホは、気怠そうにそれを手に取ると、来たばかりのメールを確認した。どうやら斥候部隊の仲間が物資を届けてくれるらしい。
特に返信することも無く、スンホはタブレットを置くと半分諦めたように天を仰いだ。
超大国アメリカを手中に収めるため、まずはこの日本を手に入れねばならなかった。日本国民を人質としてアメリカを黙らせ、ヨーロッパ諸国、果ては全世界に我が将軍様のお力を知らしめる。
そしてありとあらゆる国と地域を我らの属国とし、地球上の人間全てが将軍様の前にひざまずく——。
それこそが彼らの目指す理想の国だった。
『神の化身といわれる将軍様が、この世界を全て浄化し、理想国家を創り上げる——我々はその礎を築くために生まれて来たのだ』と幼い時から教育されてきた。将軍様の為に誇り高く死ぬ。それこそが選ばれし戦士の役目なのだ、と。
それがどうだ。アメリカどころか日本を掌握することも出来ず、挙句に足掛かりとなるはずだったアジトを破壊されてしまった。
(せっかくソジュン様に最後のチャンスを頂いたのに……)
スンホは力なくうなだれた。
あの時——ジンの言葉にのせられ、思わず自爆を思いとどまったことを後悔した。
「そんな情報……あるわけがない」
C国の最高指導者と会えるのは、『エリート中のエリート』といわれるオドゥムの大幹部のみ。しかもその幹部は全員、国の要職に就いている。
彼らが将軍様と密談を交わしたとて、疑われるものは何も無い。
まして、オドゥムの諜報活動や暗殺は国家機関と完全に切り離され、そこに所属する多くの戦闘員は幼少期より特殊な訓練と教育を受けている。
C国の首都から遠く離れた荒れた地で、毎日受ける訓練はまさに命がけ。そこで生き延びた者だけが工作員として将軍様のために働けるのだ。
将軍様との直接的な接点は微塵もない。あるのは忠誠心のみである。
(ふん…、まんまとジンに騙されたか…)
あの場でアジトの爆弾が解除できないと分かった時、自分はその場で全ての責任を取って死ぬつもりだった。
しかし直後にソジュンから送られたメールには『その場から退避せよ』とあったのだ。
なぜ自分を生かしたのか——スンホは全く見当がつかなかった。
「指令に失敗した部隊長(自分)を、見せしめに公開処刑するおつもりだろうか……」
声に出して言うとさらに惨めになった。スンホ自身も自国で見たことがある。
作戦に失敗した挙句、ヘタな言い訳をしたために将軍様の逆鱗に触れた幹部がいた。その幹部は大勢の人々が集まる中、自動小銃で小さな肉片になるまで撃ちぬかれた。
以後——将軍様に逆らった者はいない。
(何故こうなってしまったんだ…)
思えば最初から、全ての計画が思うようにいかなかった。
来日したばかりのアロン暗殺にも失敗し、アロンの拉致とラスティーの殺害もし損ねた。その上、絶対にバレないと思っていたアジトが短期間で見つかってしまった。
(全ての計画に部隊の精鋭を送っていたし、アジトの防御もカンペキだったはずだ。しかも万が一に備えて工作員も配置していた。それなのに、何故……)
スンホは頭を抱えた。ふと、アジトでジンに言われたことを思い出す。
「ジンはあの時、アジトを割り出したのはラスティーだと言っていた。
確か……ウジン様だけでなく、ウジン様の敵討ちと称してラスティー暗殺を指示された工作員も、アロン拉致も、全てあの女に阻止されている。やはりカフェで殺しておくべきだった……」
今更遅いがな、とスンホは力なく笑う。
こんな風にあっけなく自分の人生が終わるなどと想像していなかった。せめて同じ死ぬなら、刺し違えてでも一矢報いたい。
スンホの顔が落胆で曇る。
死の恐怖など無い。将軍様のお役に立てなかった事が唯一悔やまれた。
その時——
ジャリ……
「ッ!!」
何者かの足音がした。
スンホが音のした方を見ると、胸に青いバッチを付けた工作員がこちらを見ていた。
「お前は……」
見知った顔にスンホは一瞬驚く。男はかつての部下であり、その高い能力を買われてソジュンの直属へと異動になった男だった。
「スンホ様、お久しぶりでございます。早速ですがソジュン様からの伝言を預かって参りました」
そう言うと、男はスンホの前にひざまずいた。
「『ジンはアジトに残された我々の情報には目もくれず、あの場を爆破した。それはすなわち、奴らに【そんな情報など手に入れなくてもオドゥムを潰せる】という自信があるということ。
奴らの【ビジネス】は我々にとって脅威だ。
スンホよ、今回のミス…取り返すにはこの【ビジネス】を暴くしか道はないと思え。
出来なければ——』」
「……ぎょ、御意……!」
伝達の最後の言葉を聞いてスンホはひれ伏した。正真正銘、これが最後のチャンス。失敗すれば、自分は何の役にも立たないまま破滅の道を行くしかない。
「確かにお伝えいたしました」
全てを伝え終えた男は、手にしていた食料や武器の入ったケースを置くと、再び闇の中へと消えていった。
***
翌日——
赤井はテレビをつけ、昨晩の倉庫街での出来事をニュースで確認した。
しかしどのテレビ局でも、報じられたのは倉庫街で火事があったということだけ。死者が出た事すら報道されなかった。
(公安が情報を止めたのだな。まあ……死者は組織の構成員とC国の諜報員や工作員。世間に公表すればパニックになりかねん)
妥当な決断と言えるだろう。他に目新しいニュースも無く、赤井はテレビを消す。無造作にリモコンをテーブルに置いたのと同時に、リビングのドアが開いた。
「りお……起きたのか?」
「うん。もう大丈夫。心配かけてごめんね」
りおはリビングのドアを閉めるとソファーへと座った。
「昨日の倉庫街での事は報道されていなかったでしょ。さすがに首都高の真下で組織とテロ集団が争っていた、なんて国民に知らせるわけにはいかないものね」
りおはため息交じりにそう言うと、悲し気に視線を落とす。
「でも……結局リュ・スンホは行方不明。赤外線で捉えた人物は影武者だったわ。どこかで彼は生きている。
オドゥムが粛清の措置を取らなければ、彼はまた次の機会を狙うでしょうね」
それは今回と同じ犠牲が払われるかもしれない。場合によっては一般人を巻き込む可能性すらある。それは絶対に避けねばならない。
「焦りは禁物だ。お前はひとりで戦っているわけじゃない。みんな同じ気持ちなんだ。
俺たちはそれぞれが今出来ることを全力でやるしかない。そして、お前が今出来ることは何か……分かるな?」
赤井はりおの肩に手を置き、その顔を覗き込む。
「お前はまず、心を治療することが最も重要な事だということを忘れるな。
幼い時の辛い記憶を取り戻した。古傷から血を流しているのと一緒なんだ。無理はするな」
「うん……分かったわ。これでしばらくは治療に専念できると思う」
素直にりおはうなずく。それを見て、赤井の顔にもわずかに笑顔が戻った。