第8章 ~新たな決意を胸に~
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現場からだいぶ離れた小さな公園の脇に黒いバンが停まる。安室はサイドブレーキを引き、小さく息を吐いた。
警察からの追跡を撹乱するために、組織の車はそれぞれ違う方角へと散り散りになって退却した。安室とさくらの乗った車の他に、同じ方角へ逃げた組織の車はない。
安室はポケットからハンカチを出すと公園の水飲み場でそれを濡らす。ギュッと絞って助手席に近づいた。
「大丈夫ですか?」
薄っすらと目を開けたさくらに、安室は声を掛ける。
「はい……だいぶ良くなりました。スミマセン。ご迷惑をかけて……」
か細い声でさくらは答えた。
安室はさくらの様子を伺いながら、濡らしたハンカチを額にのせる。するとわずかばかりさくらの表情が和らいだ。心なしか顔色も先ほどより良くなっているように見える。
「よかった……」
その様子を見て、安室は安堵したように息を吐く。近くで購入したお茶をさくらに差し出した。
「起き上がって飲めますか?」
「ええ……ありがとうございます」
安室からペットボトルを受け取ったさくらは体を起こし、それを少しずつ飲んだ。しかしその手はまだ震えていて、力が入らないのか両手でペットボトルを持っている。
(やはり今の彼女に組織の任務は負担が大きい……)
ペットボトルをホルダーに置き、再び冷たいハンカチを額にのせてさくらは横になる。安室は心配げに彼女を見つめた。
「このまま工藤邸に送りますね」
少し落ち着きを取り戻したさくらを見て、安室が優しく声をかけた。
工藤邸へと送り届けられたりおは、自室へと連れられ眠っている。リビングでは安室と赤井が向かい合わせで座り、話をしていた。
「実行部隊のリーダー、リュ・スンホといったか。そいつをジンは殺し損ねたのだな?」
「ええ。ここへ到着する前にジンから連絡がありました。
消火活動で混乱する現場で、組織の末端がスンホの死体を探したそうですが見つからなかったそうです」
安室はジンからの報告と、掃討作戦の全容を赤井に報告した。
「あちらもカフェの報復が近いうちにあるだろうと読んでいたのでしょう。スンホは【酸化ニッケルサマリウム】での隠れ蓑まで用意していました。
全方向監視赤外線装置による追跡が出来なければ、抜け穴の多いあのアジトではザルで水を汲むようなものです」
【酸化ニッケルサマリウム】と聞いて赤井の片方の眉が動く。
「【酸化ニッケルサマリウム】だと? アメリカでも商品開発までこぎつけてはいない。それを奴らが?」
赤井の問いかけに安室はうなずく。僕も驚いたんだ、と両手を広げた。
「高度な研究ゆえ一国で研究開発したとは考えにくい。どこか支援をしている国があるか、もしくは……」
安室は一度言葉を切ると表情を険しくした。言い辛そうに唇を噛むと一瞬だけ間をおいて再び口を開く。
「アメリカの研究資料が盗まれている可能性も捨てきれない」
「ああ」
赤井も険しい顔をしたままうなずいた。
「アメリカへのサイバー攻撃は年々激しさを増している。FBIも手を焼いているのは確かさ。
個人のハッカーのみならず、ジン達のような犯罪組織、そして国家ぐるみの奴らがアメリカの重要機密を狙っている。軍事機密に相当するとはいえ、そこは他のセキュリティーに比べるとやや甘い。そこに付け入られた可能性もあるな。
【酸化ニッケルサマリウム】の研究がC国に狙われたとしても不思議ではない」
赤井は腕を組み淡々と話す。数々のサイバー攻撃にも柔軟に対応しているアメリカでさえ、こうやって抜け穴は存在する。これが日本だったらと考えると、他人事ではいられない。
「いよいよ僕たちは目には見えない《サイバー攻撃》にも本腰を入れて備えなければならないのか……」
日本のセキュリティーの甘さを知る安室は重いため息をついた。
「日本もそろそろ対岸の火事ではいられない、ということだな。
まあそれはさておき、スンホの死体が見つからなかったとなれば、ヤツはアジトから逃げたことになる。行き先は特定できそうか?」
赤井は安室の心配に同調しつつ、話題を変え問いかけた。
「いえ。今回の掃討作戦で潰したアジトが奴らにとって現在一番大きな拠点。
今後は都内に無数にあるオドゥムの潜伏場所を当たることになるでしょうが、規模も小さく数も正しく把握していません。難航するのは必至でしょう。
ただ分からないのは、なぜその場でスンホは自決しなかったか、ということです。奴らにとって作戦失敗は死を意味するはずだ。
取りあえずその場から逃げ、もう一度チャンスを乞うつもりだったのでしょうか?」
安室はアゴに手を当てて考え込む。自分で可能性を提案しながら、それは無いな、と首を横に振った。
「いや、オドゥムは冷酷です。アジト焼失の罪は重い。いくら命乞いをしたところで——セオリー通りならば、彼は粛清されてしまうでしょうね」
苦虫を潰したような顔をして、安室は赤井を見た。
「ああ、その可能性はあるな。だが、ジンとしてはビジネスに影響を及ぼさないために、なんとしても粛清されたスンホの死体を拝みたいところだろう。となれば、君もスンホ探しに駆り出されるんじゃないか?」
今回、組織側も多くの損害を出した。スンホ捜索はジンにとっても最大の関心事だ。バーボンにその手の任務を与えられる可能性も無くはない。
「ええ、確かにそうですね。出来れば公安の仕事に注力したいので、そういった任務は御免こうむりたいところですが……」
安室はため息をつきながらうなずいた。諜報活動ならまだしも、スンホの死体探しなど考えただけで気が重い。
そんな時間があるなら、オドゥムのアジトから回収された資料に目を通したいくらいだ。
「死体探しも憂鬱だが、実はもう一つ考えられる可能性があるんだ」
表情を変えず、赤井はさらに自身の見解について話し始めた。
「警察もそしてジンも、今回の失態でスンホは粛清されると思っている。しかし君も感じている通り、ヤツがアジトから逃げ出したというのがどうにも解せない。
警察や組織の認識を逆手にとって、オドゥムの幹部がスンホにラストチャンスを与える可能性もあるんじゃないか?
そうなれば、捨て身のスンホは何をしでかすか分からない。組織のアジトを割り出し、同じように吹き飛ばしに行くか、ジンやラスティーをターゲットにして暗殺を企てるかもしれない。
最悪——都内のどこかで自爆テロを起こすことだってあり得る」
スッと赤井の顔が険しくなり、安室が息を詰めた。
「確かにそれも考えられます。奴らの斥候は組織を常に監視している。裏をかかれる可能性は十分にあります。
あなたが言う通り、それはこちらにとっても、あまり歓迎できない方法で……」
「ああ。気を付けた方が良い。奴らは何を考えているか分からん。
しかも自らの命を差し出し、差し違えてでも自分たちの最高指導者に従う。恐ろしい連中だ」
赤井の言葉を聞いて、安室も険しい顔でうなずいた。
同じ頃——
組織のアジトへと戻ってきたジンは忌々しそうにソファーへと腰を下ろした。
オドゥムの拠点を潰せたのは大きな収穫だ。しかし実行部隊長の死体を確認できなかったのは想定外だった。
ハッタリをかまして自爆することを思いとどまらせたが、この借りをどう返してやろうか——。
「大きな拠点をやられた落とし前として、スンホは粛清されるだろう。しかし先々のことを考えると、スンホの生死はハッキリしておきてぇところだ……」
ジンがボソリとつぶやくと、ウォッカが小さくうなずいた。
「スンホを探させやすかい?」
「ああ、ヤツの死体さえ拝めれば……あとは当初の計画通り進めるだけだ」
ジンの目はいつも以上に怪しい光を放っていた。
警察からの追跡を撹乱するために、組織の車はそれぞれ違う方角へと散り散りになって退却した。安室とさくらの乗った車の他に、同じ方角へ逃げた組織の車はない。
安室はポケットからハンカチを出すと公園の水飲み場でそれを濡らす。ギュッと絞って助手席に近づいた。
「大丈夫ですか?」
薄っすらと目を開けたさくらに、安室は声を掛ける。
「はい……だいぶ良くなりました。スミマセン。ご迷惑をかけて……」
か細い声でさくらは答えた。
安室はさくらの様子を伺いながら、濡らしたハンカチを額にのせる。するとわずかばかりさくらの表情が和らいだ。心なしか顔色も先ほどより良くなっているように見える。
「よかった……」
その様子を見て、安室は安堵したように息を吐く。近くで購入したお茶をさくらに差し出した。
「起き上がって飲めますか?」
「ええ……ありがとうございます」
安室からペットボトルを受け取ったさくらは体を起こし、それを少しずつ飲んだ。しかしその手はまだ震えていて、力が入らないのか両手でペットボトルを持っている。
(やはり今の彼女に組織の任務は負担が大きい……)
ペットボトルをホルダーに置き、再び冷たいハンカチを額にのせてさくらは横になる。安室は心配げに彼女を見つめた。
「このまま工藤邸に送りますね」
少し落ち着きを取り戻したさくらを見て、安室が優しく声をかけた。
工藤邸へと送り届けられたりおは、自室へと連れられ眠っている。リビングでは安室と赤井が向かい合わせで座り、話をしていた。
「実行部隊のリーダー、リュ・スンホといったか。そいつをジンは殺し損ねたのだな?」
「ええ。ここへ到着する前にジンから連絡がありました。
消火活動で混乱する現場で、組織の末端がスンホの死体を探したそうですが見つからなかったそうです」
安室はジンからの報告と、掃討作戦の全容を赤井に報告した。
「あちらもカフェの報復が近いうちにあるだろうと読んでいたのでしょう。スンホは【酸化ニッケルサマリウム】での隠れ蓑まで用意していました。
全方向監視赤外線装置による追跡が出来なければ、抜け穴の多いあのアジトではザルで水を汲むようなものです」
【酸化ニッケルサマリウム】と聞いて赤井の片方の眉が動く。
「【酸化ニッケルサマリウム】だと? アメリカでも商品開発までこぎつけてはいない。それを奴らが?」
赤井の問いかけに安室はうなずく。僕も驚いたんだ、と両手を広げた。
「高度な研究ゆえ一国で研究開発したとは考えにくい。どこか支援をしている国があるか、もしくは……」
安室は一度言葉を切ると表情を険しくした。言い辛そうに唇を噛むと一瞬だけ間をおいて再び口を開く。
「アメリカの研究資料が盗まれている可能性も捨てきれない」
「ああ」
赤井も険しい顔をしたままうなずいた。
「アメリカへのサイバー攻撃は年々激しさを増している。FBIも手を焼いているのは確かさ。
個人のハッカーのみならず、ジン達のような犯罪組織、そして国家ぐるみの奴らがアメリカの重要機密を狙っている。軍事機密に相当するとはいえ、そこは他のセキュリティーに比べるとやや甘い。そこに付け入られた可能性もあるな。
【酸化ニッケルサマリウム】の研究がC国に狙われたとしても不思議ではない」
赤井は腕を組み淡々と話す。数々のサイバー攻撃にも柔軟に対応しているアメリカでさえ、こうやって抜け穴は存在する。これが日本だったらと考えると、他人事ではいられない。
「いよいよ僕たちは目には見えない《サイバー攻撃》にも本腰を入れて備えなければならないのか……」
日本のセキュリティーの甘さを知る安室は重いため息をついた。
「日本もそろそろ対岸の火事ではいられない、ということだな。
まあそれはさておき、スンホの死体が見つからなかったとなれば、ヤツはアジトから逃げたことになる。行き先は特定できそうか?」
赤井は安室の心配に同調しつつ、話題を変え問いかけた。
「いえ。今回の掃討作戦で潰したアジトが奴らにとって現在一番大きな拠点。
今後は都内に無数にあるオドゥムの潜伏場所を当たることになるでしょうが、規模も小さく数も正しく把握していません。難航するのは必至でしょう。
ただ分からないのは、なぜその場でスンホは自決しなかったか、ということです。奴らにとって作戦失敗は死を意味するはずだ。
取りあえずその場から逃げ、もう一度チャンスを乞うつもりだったのでしょうか?」
安室はアゴに手を当てて考え込む。自分で可能性を提案しながら、それは無いな、と首を横に振った。
「いや、オドゥムは冷酷です。アジト焼失の罪は重い。いくら命乞いをしたところで——セオリー通りならば、彼は粛清されてしまうでしょうね」
苦虫を潰したような顔をして、安室は赤井を見た。
「ああ、その可能性はあるな。だが、ジンとしてはビジネスに影響を及ぼさないために、なんとしても粛清されたスンホの死体を拝みたいところだろう。となれば、君もスンホ探しに駆り出されるんじゃないか?」
今回、組織側も多くの損害を出した。スンホ捜索はジンにとっても最大の関心事だ。バーボンにその手の任務を与えられる可能性も無くはない。
「ええ、確かにそうですね。出来れば公安の仕事に注力したいので、そういった任務は御免こうむりたいところですが……」
安室はため息をつきながらうなずいた。諜報活動ならまだしも、スンホの死体探しなど考えただけで気が重い。
そんな時間があるなら、オドゥムのアジトから回収された資料に目を通したいくらいだ。
「死体探しも憂鬱だが、実はもう一つ考えられる可能性があるんだ」
表情を変えず、赤井はさらに自身の見解について話し始めた。
「警察もそしてジンも、今回の失態でスンホは粛清されると思っている。しかし君も感じている通り、ヤツがアジトから逃げ出したというのがどうにも解せない。
警察や組織の認識を逆手にとって、オドゥムの幹部がスンホにラストチャンスを与える可能性もあるんじゃないか?
そうなれば、捨て身のスンホは何をしでかすか分からない。組織のアジトを割り出し、同じように吹き飛ばしに行くか、ジンやラスティーをターゲットにして暗殺を企てるかもしれない。
最悪——都内のどこかで自爆テロを起こすことだってあり得る」
スッと赤井の顔が険しくなり、安室が息を詰めた。
「確かにそれも考えられます。奴らの斥候は組織を常に監視している。裏をかかれる可能性は十分にあります。
あなたが言う通り、それはこちらにとっても、あまり歓迎できない方法で……」
「ああ。気を付けた方が良い。奴らは何を考えているか分からん。
しかも自らの命を差し出し、差し違えてでも自分たちの最高指導者に従う。恐ろしい連中だ」
赤井の言葉を聞いて、安室も険しい顔でうなずいた。
同じ頃——
組織のアジトへと戻ってきたジンは忌々しそうにソファーへと腰を下ろした。
オドゥムの拠点を潰せたのは大きな収穫だ。しかし実行部隊長の死体を確認できなかったのは想定外だった。
ハッタリをかまして自爆することを思いとどまらせたが、この借りをどう返してやろうか——。
「大きな拠点をやられた落とし前として、スンホは粛清されるだろう。しかし先々のことを考えると、スンホの生死はハッキリしておきてぇところだ……」
ジンがボソリとつぶやくと、ウォッカが小さくうなずいた。
「スンホを探させやすかい?」
「ああ、ヤツの死体さえ拝めれば……あとは当初の計画通り進めるだけだ」
ジンの目はいつも以上に怪しい光を放っていた。