第8章 ~新たな決意を胸に~
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「ええ、残念ながら掛からなかったわ」
カフェを出たベルモットは耳に差し込まれたヘッドセットを押さえ、周囲に気取られぬようにつぶやいた。
『フン、用心深いヤツだ。作戦までに少しでもあちらの情報が手に入ればと思ったが……。まあいい。次の手を考える』
ジンはさほど気にしていないのか、さっさと切り捨てた。
「ちょっとジン、いくらなんでも性急すぎるわ。奴らをぶっ潰したい気持ちは分かるけど……」
ベルモットは建物の陰に隠れ、ことを急ぐジンにくぎを刺す。
「オドゥムの工作員は爆破や暗殺など破壊工作をメインとする実行部隊だけじゃないのよ。
諜報活動を得意とする斥候もいる。しかも奴らは、それを【対組織】【対日本政府】というように細分化しているわ。
実行部隊一つ潰したところで、日本にいる工作員がすぐに再編成されるの。そうなれば、次は私たちが報復を受ける可能性だってあるのよ?」
ベルモットの意見を黙って聞いていたジンは「なるほど」と珍しく肯定的に答えた。
「たしかにお前の言う通りだ。だが斥候どもは基本単独行動。拠点は持たず、絶えず潜伏先で息を潜めているはずだ。
ラスティーが突き止めたアジトは今後実行部隊のみならず、奴らが日本を掌握するために全部隊の拠点となる場所だろう。
そこを潰しちまえば——奴らの両腕をもぎ取るのと同じさ」
ジンは自信ありげに言うと、そのままプツリと電話を切った。ベルモットは耳からヘッドセットを外し、長い髪をかきあげる。
(全部隊の拠点、か。確かにジンの言う通り。アジトを落とせばオドゥムにとって大きな痛手。今後の計画が大きく狂ってくるのは明らかだわ。
でもジン、あなた何か忘れてない? 奴らは死を恐れないクレイジーな集団。攻撃を仕掛けて……果たしてこちらは無傷でいられるかしら)
東都タワーを見上げ、ベルモットは小さくため息をついた。
翌日——
スンホは自ら変装をして東都大学に来ていた。
(アロンとラスティーが接触していたのがこの大学。必ずここに何かある)
スンホは学生に紛れ、通り過ぎる学生の会話に耳をそばだてた。
『あ~あ、今日の講義だり~なぁ』
『誰か前回の講義のノート見せてくれよ』
『なあなあ、お前この後バイト?』
くだらない会話ばかりが聞こえ、スンホは小さく舌打ちをする。
学生たちの集団を抜け、次々と場所を変えた。
やがて理系の学科が集まるエリアへと足を踏み入れる。
『あれから島谷教授の方はどうなの?』
『あ~、あっちこっちのテレビ局が取材に来てるみたいだよ』
『へ〜ぇ。教授話ベタだから大変だね』
(……ッ⁉)
先日、大きな実験を成功させた島谷教授のウワサ話を耳にした。
ラスティーを大学で見かけたのは、確かその教授が実験に成功したと報道があった日だ。
スンホはさらにその学生達の会話に耳を傾ける。
『そういえばさ、星川さん最近全然見ないけど』
『なんかウワサによると、この間の自爆テロの現場に居たんだって』
『えぇ? 彼女あのカフェに居たの?』
『なんかさ、外国人っぽい男と会ってて巻き込まれたらしいよ』
『えぇ⁉ それマジ?』
(ッ!)
自爆テロと聞いて、スンホの目が鋭くなる。しかも外国人の男と会っていた、となると考えられるのは——。
(その『星川』という女は ラスティーのことか?)
スンホはその後もしばらく学生たちの会話を聞いていたが、それ以上の情報は得られなかった。
(大学の関係者で尚且つ、先日の爆破騒ぎでケガをした女。しかも外国人の男と一緒だったとなるとその女がラスティーか? 内偵に探らせる必要があるな……)
スンホはスマホを取り出すと素早くメールを送る。
(あとはベルモット、だな。あの女が頻繁に会っている人物がいる。昨日は俺を出し抜く罠だったが、斥候の報告によれば誰かと会っているのは間違いない。しかもこの大学周辺で……)
火のない所に煙は立たない。ベルモットが東都大学周辺で誰かと会っているのは確実で、しかもラスティーもこの大学に関係している。
組織が隠密に会っている人物がこの近辺にいるのは間違いない。スンホはそう確信していた。
(大学に放った内偵たちが、そのうちに何か掴んでくるだろう)
手にしたスマホをポケットに仕舞うと、スンホは大学の正門に向かって歩き出す。
その様子を女子学生に変装したベルモットが、やや焦りの色を浮かべて睨んでいた。
夕方になって、一通のメールがりおの元に届いた。
(ん? ベルモットから?)
スマホを確認したりおは、すぐさまメールアプリを開く。内容を読んで青ざめた。
「どうしました?」
りおの異変に気付いた昴が声をかける。
「オドゥムの内偵が……大学に紛れ込んでいるかもしれないって、ベルモットからメールが……」
「なんだと?」
ソファーに座っていた昴が素早く立ち上がり、りおのスマホを覗き込む。
「実は先日オドゥムのアジトを探す時に気付いたんだけど……。どうやらアロンと私が大学で会った時に《ダリル》の姿の彼と、彼の車を目撃されたようなの。
おそらくそれを追跡して、待ち合わせのカフェを割り出したんだと思う。
アロンと大学で会った日——。あの日は島谷教授の実験成功で報道関係者が詰めかけていたから、その騒ぎに紛れて周辺の情報収集をしていたんじゃないかな。その視線に気付けなかった私も、いけないんだけど……」
りおが悔し気に唇を噛んだ。
「つまり、大学で偶然あなたとアロンの姿をオドゥムの工作員に目撃された。
当然奴らは、ラスティーが大学と関係していると考える——というわけですね」
「ええ。先日ベルモットにもその事を伝えたから、今日様子を見に行ったようなの。
そしたら……大学の構内でスンホを目撃したって。そうなれば密偵たちが内部にも入り込んでる可能性がある。この後ベルモットが理学部、工学部に忍び込んで何枚か写真を送ってくれるらしいの。
見かけない顔があったら連絡するようにと指示が……」
りおは脱力するようにソファーに背中を付けた。自分のすぐ近くまでオドゥムの魔の手が迫っている。しかも自分の近しい人たちがいる大学に——。りおは頭を抱えた。
「大丈夫か?」
昴が隣に座り、心配そうに声をかけた。
「うん……でも私のことより、大学の仲間の方が心配だわ」
自分のせいで何の関係も無い学生や研究員たちが傷つけられたら——。そう思うとりおの心は痛む。
「奴らの目的は情報収集だ。しかも組織の連中に悟られないように。だからいきなり一般人を拉致して傷つけたり殺したりはしないだろう。事件化して騒ぎになれば、すぐにバレてしまうからな。
心配するな。まずはベルモットからの連絡を待とう」
昴はりおの肩を抱き、安心させるように優しくさする。
「うん、そうね……」
りおは自分にも言い聞かせるようにつぶやいた。
三時間ほどして、ベルモットから何枚もの写真が届く。りおはすぐさまPCを開き、送られた写真の確認作業に入った。
まずは大学のサーバーをハッキングし、学生名簿と職員名簿の顔写真を照合。その中から三名の男女を割り出した。
念のため、倉庫街の防犯カメラに映る人物とも照らし合わせ、その三名がオドゥムの工作員であることを確定した。
「あとはベルモットに知らせればOKよ」
カタカタとキーボードを鳴らしながら、詳細を伝える文面を打ち込む。最後にもう一度チェックをしてマウスに手を伸ばした。
カチリ…
クリックの音が部屋に響く。画面には送信完了の文字が表示された。
「これでオドゥムの内偵は組織が何とかするだろう。お前はもうしばらく大学には近づかない方が良い」
りおの後ろで見守っていた昴が声をかける。
「……ええ……」
小さく答えたりおの手は小刻みに震えていた。
自分の近くまでオドゥムが迫っていたことに不安を隠し切れない。
そして今、こうして内偵者をジンに知らせたことで、この工作員がどういう目に遭うのか——。それを考えると背筋が寒くなった。
「……怖いか?」
昴が問いかける。りおは小さくうなずいた。
何の関係もない、大学の仲間が傷つけられるわけにはいかない。
しかし、相手がいくらオドゥムの工作員であろうと彼らも人間だ。組織の者によって傷つけられ命まで奪われる——。
自分の警察官としての立場と、信念と、それでもどうしようもない現実。自分はいったい何のために戦っているのか。全てを見失いそうになる。
真っ暗闇に突き落とされるような、そんな恐怖がりおを襲った。
「お前の気持ちは痛いほどわかる。だが今は一般人の安全が最優先。俺たちは俺たちの責任を果たす。それだけだ」
冷たいようだが、昴(赤井)なりの精一杯の言葉だった。
『正義』を貫くためには誰かの犠牲を容認しなければならない時もある。『全てを守る』など、キレイごとに過ぎない。時には優先順位を付け、場合によっては切り捨てる——。
いくつもの修羅場をくぐった者しか分からない、辛く悲しい現実だった。
「うん…そうだね……」
りおは目を閉じ、数回うなずいた。
「俺がそばにいる。それしか出来ないが……」
昴はりおの肩を抱き、頬を寄せた。
「あなたがそばに居るだけで……それだけで十分」
りおもまた昴に抱きつく。
二人は互いの体温を感じながら、いつまでも抱き合っていた。
***
「来たわ。ラスティーからの返信」
スマホを手にしたベルモットがジンに声をかける。
「チッ! 東都大学か……マズイな」
工作員の顔写真を確認したジンが舌打ちをした。
「アニキ、どうするんですかい?」
珍しく焦りを見せるジンに、ウォッカが心配そうに訊ねた。
「オドゥムの工作員は追い詰めるとすぐ自爆しやがる。東都大でそんな事をされたら、またラムのヤツがうるせぇだろ。大学の外で銃弾一発ブチ込んで黙らせた方が早い」
ジンはスマホの画面に視線を落とし、メールアプリを起動させた。
「一人ずつだと逃げられる可能性がある。
コルンとキャンティに連絡して、三人一気にカタをつけさせる。但し……ソレで掃討作戦がパァになるのも御免だ。内偵三人の暗殺は掃討作戦の直前。
リュ・スンホが『内偵死亡』の報告を受けるのは、あの世ってことだ」
なるほど、と表情を明るくしたウォッカを見て、ジンもニヤリと口角を上げた。
カフェを出たベルモットは耳に差し込まれたヘッドセットを押さえ、周囲に気取られぬようにつぶやいた。
『フン、用心深いヤツだ。作戦までに少しでもあちらの情報が手に入ればと思ったが……。まあいい。次の手を考える』
ジンはさほど気にしていないのか、さっさと切り捨てた。
「ちょっとジン、いくらなんでも性急すぎるわ。奴らをぶっ潰したい気持ちは分かるけど……」
ベルモットは建物の陰に隠れ、ことを急ぐジンにくぎを刺す。
「オドゥムの工作員は爆破や暗殺など破壊工作をメインとする実行部隊だけじゃないのよ。
諜報活動を得意とする斥候もいる。しかも奴らは、それを【対組織】【対日本政府】というように細分化しているわ。
実行部隊一つ潰したところで、日本にいる工作員がすぐに再編成されるの。そうなれば、次は私たちが報復を受ける可能性だってあるのよ?」
ベルモットの意見を黙って聞いていたジンは「なるほど」と珍しく肯定的に答えた。
「たしかにお前の言う通りだ。だが斥候どもは基本単独行動。拠点は持たず、絶えず潜伏先で息を潜めているはずだ。
ラスティーが突き止めたアジトは今後実行部隊のみならず、奴らが日本を掌握するために全部隊の拠点となる場所だろう。
そこを潰しちまえば——奴らの両腕をもぎ取るのと同じさ」
ジンは自信ありげに言うと、そのままプツリと電話を切った。ベルモットは耳からヘッドセットを外し、長い髪をかきあげる。
(全部隊の拠点、か。確かにジンの言う通り。アジトを落とせばオドゥムにとって大きな痛手。今後の計画が大きく狂ってくるのは明らかだわ。
でもジン、あなた何か忘れてない? 奴らは死を恐れないクレイジーな集団。攻撃を仕掛けて……果たしてこちらは無傷でいられるかしら)
東都タワーを見上げ、ベルモットは小さくため息をついた。
翌日——
スンホは自ら変装をして東都大学に来ていた。
(アロンとラスティーが接触していたのがこの大学。必ずここに何かある)
スンホは学生に紛れ、通り過ぎる学生の会話に耳をそばだてた。
『あ~あ、今日の講義だり~なぁ』
『誰か前回の講義のノート見せてくれよ』
『なあなあ、お前この後バイト?』
くだらない会話ばかりが聞こえ、スンホは小さく舌打ちをする。
学生たちの集団を抜け、次々と場所を変えた。
やがて理系の学科が集まるエリアへと足を踏み入れる。
『あれから島谷教授の方はどうなの?』
『あ~、あっちこっちのテレビ局が取材に来てるみたいだよ』
『へ〜ぇ。教授話ベタだから大変だね』
(……ッ⁉)
先日、大きな実験を成功させた島谷教授のウワサ話を耳にした。
ラスティーを大学で見かけたのは、確かその教授が実験に成功したと報道があった日だ。
スンホはさらにその学生達の会話に耳を傾ける。
『そういえばさ、星川さん最近全然見ないけど』
『なんかウワサによると、この間の自爆テロの現場に居たんだって』
『えぇ? 彼女あのカフェに居たの?』
『なんかさ、外国人っぽい男と会ってて巻き込まれたらしいよ』
『えぇ⁉ それマジ?』
(ッ!)
自爆テロと聞いて、スンホの目が鋭くなる。しかも外国人の男と会っていた、となると考えられるのは——。
(その『星川』という女は ラスティーのことか?)
スンホはその後もしばらく学生たちの会話を聞いていたが、それ以上の情報は得られなかった。
(大学の関係者で尚且つ、先日の爆破騒ぎでケガをした女。しかも外国人の男と一緒だったとなるとその女がラスティーか? 内偵に探らせる必要があるな……)
スンホはスマホを取り出すと素早くメールを送る。
(あとはベルモット、だな。あの女が頻繁に会っている人物がいる。昨日は俺を出し抜く罠だったが、斥候の報告によれば誰かと会っているのは間違いない。しかもこの大学周辺で……)
火のない所に煙は立たない。ベルモットが東都大学周辺で誰かと会っているのは確実で、しかもラスティーもこの大学に関係している。
組織が隠密に会っている人物がこの近辺にいるのは間違いない。スンホはそう確信していた。
(大学に放った内偵たちが、そのうちに何か掴んでくるだろう)
手にしたスマホをポケットに仕舞うと、スンホは大学の正門に向かって歩き出す。
その様子を女子学生に変装したベルモットが、やや焦りの色を浮かべて睨んでいた。
夕方になって、一通のメールがりおの元に届いた。
(ん? ベルモットから?)
スマホを確認したりおは、すぐさまメールアプリを開く。内容を読んで青ざめた。
「どうしました?」
りおの異変に気付いた昴が声をかける。
「オドゥムの内偵が……大学に紛れ込んでいるかもしれないって、ベルモットからメールが……」
「なんだと?」
ソファーに座っていた昴が素早く立ち上がり、りおのスマホを覗き込む。
「実は先日オドゥムのアジトを探す時に気付いたんだけど……。どうやらアロンと私が大学で会った時に《ダリル》の姿の彼と、彼の車を目撃されたようなの。
おそらくそれを追跡して、待ち合わせのカフェを割り出したんだと思う。
アロンと大学で会った日——。あの日は島谷教授の実験成功で報道関係者が詰めかけていたから、その騒ぎに紛れて周辺の情報収集をしていたんじゃないかな。その視線に気付けなかった私も、いけないんだけど……」
りおが悔し気に唇を噛んだ。
「つまり、大学で偶然あなたとアロンの姿をオドゥムの工作員に目撃された。
当然奴らは、ラスティーが大学と関係していると考える——というわけですね」
「ええ。先日ベルモットにもその事を伝えたから、今日様子を見に行ったようなの。
そしたら……大学の構内でスンホを目撃したって。そうなれば密偵たちが内部にも入り込んでる可能性がある。この後ベルモットが理学部、工学部に忍び込んで何枚か写真を送ってくれるらしいの。
見かけない顔があったら連絡するようにと指示が……」
りおは脱力するようにソファーに背中を付けた。自分のすぐ近くまでオドゥムの魔の手が迫っている。しかも自分の近しい人たちがいる大学に——。りおは頭を抱えた。
「大丈夫か?」
昴が隣に座り、心配そうに声をかけた。
「うん……でも私のことより、大学の仲間の方が心配だわ」
自分のせいで何の関係も無い学生や研究員たちが傷つけられたら——。そう思うとりおの心は痛む。
「奴らの目的は情報収集だ。しかも組織の連中に悟られないように。だからいきなり一般人を拉致して傷つけたり殺したりはしないだろう。事件化して騒ぎになれば、すぐにバレてしまうからな。
心配するな。まずはベルモットからの連絡を待とう」
昴はりおの肩を抱き、安心させるように優しくさする。
「うん、そうね……」
りおは自分にも言い聞かせるようにつぶやいた。
三時間ほどして、ベルモットから何枚もの写真が届く。りおはすぐさまPCを開き、送られた写真の確認作業に入った。
まずは大学のサーバーをハッキングし、学生名簿と職員名簿の顔写真を照合。その中から三名の男女を割り出した。
念のため、倉庫街の防犯カメラに映る人物とも照らし合わせ、その三名がオドゥムの工作員であることを確定した。
「あとはベルモットに知らせればOKよ」
カタカタとキーボードを鳴らしながら、詳細を伝える文面を打ち込む。最後にもう一度チェックをしてマウスに手を伸ばした。
カチリ…
クリックの音が部屋に響く。画面には送信完了の文字が表示された。
「これでオドゥムの内偵は組織が何とかするだろう。お前はもうしばらく大学には近づかない方が良い」
りおの後ろで見守っていた昴が声をかける。
「……ええ……」
小さく答えたりおの手は小刻みに震えていた。
自分の近くまでオドゥムが迫っていたことに不安を隠し切れない。
そして今、こうして内偵者をジンに知らせたことで、この工作員がどういう目に遭うのか——。それを考えると背筋が寒くなった。
「……怖いか?」
昴が問いかける。りおは小さくうなずいた。
何の関係もない、大学の仲間が傷つけられるわけにはいかない。
しかし、相手がいくらオドゥムの工作員であろうと彼らも人間だ。組織の者によって傷つけられ命まで奪われる——。
自分の警察官としての立場と、信念と、それでもどうしようもない現実。自分はいったい何のために戦っているのか。全てを見失いそうになる。
真っ暗闇に突き落とされるような、そんな恐怖がりおを襲った。
「お前の気持ちは痛いほどわかる。だが今は一般人の安全が最優先。俺たちは俺たちの責任を果たす。それだけだ」
冷たいようだが、昴(赤井)なりの精一杯の言葉だった。
『正義』を貫くためには誰かの犠牲を容認しなければならない時もある。『全てを守る』など、キレイごとに過ぎない。時には優先順位を付け、場合によっては切り捨てる——。
いくつもの修羅場をくぐった者しか分からない、辛く悲しい現実だった。
「うん…そうだね……」
りおは目を閉じ、数回うなずいた。
「俺がそばにいる。それしか出来ないが……」
昴はりおの肩を抱き、頬を寄せた。
「あなたがそばに居るだけで……それだけで十分」
りおもまた昴に抱きつく。
二人は互いの体温を感じながら、いつまでも抱き合っていた。
***
「来たわ。ラスティーからの返信」
スマホを手にしたベルモットがジンに声をかける。
「チッ! 東都大学か……マズイな」
工作員の顔写真を確認したジンが舌打ちをした。
「アニキ、どうするんですかい?」
珍しく焦りを見せるジンに、ウォッカが心配そうに訊ねた。
「オドゥムの工作員は追い詰めるとすぐ自爆しやがる。東都大でそんな事をされたら、またラムのヤツがうるせぇだろ。大学の外で銃弾一発ブチ込んで黙らせた方が早い」
ジンはスマホの画面に視線を落とし、メールアプリを起動させた。
「一人ずつだと逃げられる可能性がある。
コルンとキャンティに連絡して、三人一気にカタをつけさせる。但し……ソレで掃討作戦がパァになるのも御免だ。内偵三人の暗殺は掃討作戦の直前。
リュ・スンホが『内偵死亡』の報告を受けるのは、あの世ってことだ」
なるほど、と表情を明るくしたウォッカを見て、ジンもニヤリと口角を上げた。