第8章 ~新たな決意を胸に~
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***
さくらが昴の車を離れてすでに一時間近く——
「さすがに遅いな…」
昴は心配になり、車を大学構内に停めると理学部の建物に向かって歩き出した。
講義もサークル活動もとっくに終わっており、構内に学生の姿は無い。閑散とした敷地内を昴は注意を払いながら歩く。
やがて理学部の入口に差し掛かった時、建物の角から女性が走ってきた。昴の姿を見て「あ!」と声を上げる。
「す、スミマセン! あそこの影で人が倒れていて! 今人を呼ぼうかと……」
「えっ! どこですか?」
「建物の角を曲がってすぐです」
女性が慌てた様子で指さした。昴がすぐにそちらに向かって駆け出す。が、ふと何かを感じすぐに振り返った。
「ッ⁉ い、いない…?」
女性は場所を示しただけで、そのまま煙のように姿を消した。わずかに残る香水の香り——
(今のは……もしかしてベルモットか⁉)
もしそうだとすれば、倒れている人物はいったい誰だ?
「チィッ!」
昴は構うことなく建物の向こう側を目指した。
「ッ! さくら⁉」
昴が建物の角を曲がると、さくらが外壁に寄りかかるようにして倒れていた。
ズザザッ!!
昴が体勢を低くしてさくらに駆け寄る。浅い呼吸をしたさくらがわずかに顔を上げた。どうやら意識はあるようだ。
「さくら⁉︎ どうした? 何があった?」
「…ふ…ぅぅ…」
質問には答えられず、ぽろぽろと涙を流すばかり。見たところケガをしている様子も無い。ベルモットが慌てていたところを見ると、彼女にとっても予想外の出来事だったのだろう。
(変装したベルモットに気付き、その後何かあったか……)
彼女がラスティーを傷つけることはまずない。切迫した状況ではない事を確認し、昴は安堵の息を吐く。
「さくら、何があったか分かりませんが、痛いところは無いのですね?」
昴は親指でさくらの涙を拭い問いかける。小さくうなずいたことを確認して、そっとその体を抱きしめた。
「ケガが無いなら良かった。立てますか? 家に帰りましょう。着いたら温かいカフェオレでも淹れますね」
再び小さくうなずいたさくらの背中を、昴は優しくさすった。
「どうぞ」
昴に差し出されたカップを受け取り、りおはカフェオレを一口飲んだ。ミルクが多めの優しい味。
ふぅ~っと息を吐き出せば、胸の苦しさが少し軽くなった気がした。
「落ち着いたようですね。それを飲んだら自室で休みましょう」
隣でコーヒーカップを持った昴が優しく微笑む。
「…うん……でも、その前に聞いて欲しい事が…」
「聞いて欲しい事? それは構いませんが、休んでからの方が良いのではないですか?」
「今…今聞いて欲しいの。私もまだ憶測の域を出ないけど……昴さんの見解を訊きたい」
思い詰めた表情で話すりおを見て、昴は小さく息を吐くと「分かりました」と答えた。
「それで……いったい何があったのです?」
昴はりおの方へ向き直り、優しく問いかけた。
「呉浩然 の一件が片付いて大学に復帰した翌日。私、降谷さんからある指令を受けたの」
「ある指令?」
「うん。ベルモットが誰かと頻繁に会っているようだから、次彼女と会った時にでもそれとなく聞いてみてくれって」
(なるほど。公安警察もすでに組織の不穏な動きを察知していたのか……)
同じ頃、昴もジンとアロンの密会についてルークから聞かされていた。
公安・ルーク・FBI——それぞれの水面下での動きが繋がり、昴は何度かうなずいた。
「ベルモットとは、彼女のセーフハウスを出てから二人で会う機会は無くて、結局探りを入れることは出来なかった。でも私、大学で彼女らしき影を見たことがあるの。確証が取れているわけではないんだけど。だから、彼女が頻繁に会っているのは大学周辺の誰かだとずっと疑っていた。そして今日、彼女が会っていたのが……」
そこまで言ってりおの表情が歪む。まるで信じられないとでも言うように、両手で顔を覆った。
「それで……? ベルモットは誰と会っていたんだ?」
昴は静かに問いかけた。りおはしばらくの間その問いに答えなかったが、意を決したように顔を上げ昴を見た。
「森教授よ」
「なに⁉」
思いがけない人物の名が出て、昴は細めていた目を見開いた。
「森教授は公安の《協力者》だぞ! しかもお前の正体も、安室くんの正体も知っているんだろう⁉」
「そうよ! だから驚いているの! 彼は公安の《協力者》、しかも管理官とも旧知の仲よ⁉ そんな人が組織の幹部と接触していたの! 降谷さんになんて報告すれば良いの……」
最後は涙声になったりおは、切なげに下を向く。昴もかけるべき言葉を失った。
「ベルモットは何と言っていたんだ」
冷静さを取り戻した昴がようやく声を発した。
「『あなたの事が心配だったから様子を聞きに来ただけ』って……でも、そんな言葉信じられる? 私は信じない! だって! それならこんな短期間に何度も大学に来たりしないわ! 何か他に理由があって来ているとしか思えな……」
「りお、少し落ち着け! また過呼吸を起こすぞ。それ以上熱くなるな!」
語尾が強くなり、はぁはぁとりおの呼吸は浅い。それを制するように、昴はりおの両腕を掴んだ。
「私のNOC疑惑のあと……久しぶりに出勤した日——。私は午後からの出勤だったのに、定時で上がっていいって教授に言われたの。『君の体が心配だから』って。でも、その少し後にベルモットのバイクを見かけて…。それってベルモットと会う約束をしていて、私がいると困るから帰したとも考えられるの。
あの日は学生の実験が立て込んでいたから、私が帰れば部屋には森教授一人。私と入れ違いでベルモットが来たなら……」
信頼していた人物の疑惑。動揺しているりおの呼吸は乱れる一方だ。
「森教授が黒でも白でも、降谷くんには報告した方が良い。彼が『獅子身中の虫』だと思いたくはないが、疑惑が浮上した以上黙っているわけにはいかんだろう。
黒なら今後の対応を考えねばならんし、白なら教授の命に関わる可能性もある。上に判断を任せよう」
昴はチョーカーの電源を切り、赤井の声で静かに提案した。胸元にりおを抱き寄せ、そっと背中をさする。
「…ん……分かったわ……」
りおも昴(赤井)の体に手を回し、消え入りそうな声でそう答えた。
【注:『獅子身中の虫(しししんちゅうのむし)』組織などの内部にいながら害をなす者、裏切り者を指す】
さくらが昴の車を離れてすでに一時間近く——
「さすがに遅いな…」
昴は心配になり、車を大学構内に停めると理学部の建物に向かって歩き出した。
講義もサークル活動もとっくに終わっており、構内に学生の姿は無い。閑散とした敷地内を昴は注意を払いながら歩く。
やがて理学部の入口に差し掛かった時、建物の角から女性が走ってきた。昴の姿を見て「あ!」と声を上げる。
「す、スミマセン! あそこの影で人が倒れていて! 今人を呼ぼうかと……」
「えっ! どこですか?」
「建物の角を曲がってすぐです」
女性が慌てた様子で指さした。昴がすぐにそちらに向かって駆け出す。が、ふと何かを感じすぐに振り返った。
「ッ⁉ い、いない…?」
女性は場所を示しただけで、そのまま煙のように姿を消した。わずかに残る香水の香り——
(今のは……もしかしてベルモットか⁉)
もしそうだとすれば、倒れている人物はいったい誰だ?
「チィッ!」
昴は構うことなく建物の向こう側を目指した。
「ッ! さくら⁉」
昴が建物の角を曲がると、さくらが外壁に寄りかかるようにして倒れていた。
ズザザッ!!
昴が体勢を低くしてさくらに駆け寄る。浅い呼吸をしたさくらがわずかに顔を上げた。どうやら意識はあるようだ。
「さくら⁉︎ どうした? 何があった?」
「…ふ…ぅぅ…」
質問には答えられず、ぽろぽろと涙を流すばかり。見たところケガをしている様子も無い。ベルモットが慌てていたところを見ると、彼女にとっても予想外の出来事だったのだろう。
(変装したベルモットに気付き、その後何かあったか……)
彼女がラスティーを傷つけることはまずない。切迫した状況ではない事を確認し、昴は安堵の息を吐く。
「さくら、何があったか分かりませんが、痛いところは無いのですね?」
昴は親指でさくらの涙を拭い問いかける。小さくうなずいたことを確認して、そっとその体を抱きしめた。
「ケガが無いなら良かった。立てますか? 家に帰りましょう。着いたら温かいカフェオレでも淹れますね」
再び小さくうなずいたさくらの背中を、昴は優しくさすった。
「どうぞ」
昴に差し出されたカップを受け取り、りおはカフェオレを一口飲んだ。ミルクが多めの優しい味。
ふぅ~っと息を吐き出せば、胸の苦しさが少し軽くなった気がした。
「落ち着いたようですね。それを飲んだら自室で休みましょう」
隣でコーヒーカップを持った昴が優しく微笑む。
「…うん……でも、その前に聞いて欲しい事が…」
「聞いて欲しい事? それは構いませんが、休んでからの方が良いのではないですか?」
「今…今聞いて欲しいの。私もまだ憶測の域を出ないけど……昴さんの見解を訊きたい」
思い詰めた表情で話すりおを見て、昴は小さく息を吐くと「分かりました」と答えた。
「それで……いったい何があったのです?」
昴はりおの方へ向き直り、優しく問いかけた。
「
「ある指令?」
「うん。ベルモットが誰かと頻繁に会っているようだから、次彼女と会った時にでもそれとなく聞いてみてくれって」
(なるほど。公安警察もすでに組織の不穏な動きを察知していたのか……)
同じ頃、昴もジンとアロンの密会についてルークから聞かされていた。
公安・ルーク・FBI——それぞれの水面下での動きが繋がり、昴は何度かうなずいた。
「ベルモットとは、彼女のセーフハウスを出てから二人で会う機会は無くて、結局探りを入れることは出来なかった。でも私、大学で彼女らしき影を見たことがあるの。確証が取れているわけではないんだけど。だから、彼女が頻繁に会っているのは大学周辺の誰かだとずっと疑っていた。そして今日、彼女が会っていたのが……」
そこまで言ってりおの表情が歪む。まるで信じられないとでも言うように、両手で顔を覆った。
「それで……? ベルモットは誰と会っていたんだ?」
昴は静かに問いかけた。りおはしばらくの間その問いに答えなかったが、意を決したように顔を上げ昴を見た。
「森教授よ」
「なに⁉」
思いがけない人物の名が出て、昴は細めていた目を見開いた。
「森教授は公安の《協力者》だぞ! しかもお前の正体も、安室くんの正体も知っているんだろう⁉」
「そうよ! だから驚いているの! 彼は公安の《協力者》、しかも管理官とも旧知の仲よ⁉ そんな人が組織の幹部と接触していたの! 降谷さんになんて報告すれば良いの……」
最後は涙声になったりおは、切なげに下を向く。昴もかけるべき言葉を失った。
「ベルモットは何と言っていたんだ」
冷静さを取り戻した昴がようやく声を発した。
「『あなたの事が心配だったから様子を聞きに来ただけ』って……でも、そんな言葉信じられる? 私は信じない! だって! それならこんな短期間に何度も大学に来たりしないわ! 何か他に理由があって来ているとしか思えな……」
「りお、少し落ち着け! また過呼吸を起こすぞ。それ以上熱くなるな!」
語尾が強くなり、はぁはぁとりおの呼吸は浅い。それを制するように、昴はりおの両腕を掴んだ。
「私のNOC疑惑のあと……久しぶりに出勤した日——。私は午後からの出勤だったのに、定時で上がっていいって教授に言われたの。『君の体が心配だから』って。でも、その少し後にベルモットのバイクを見かけて…。それってベルモットと会う約束をしていて、私がいると困るから帰したとも考えられるの。
あの日は学生の実験が立て込んでいたから、私が帰れば部屋には森教授一人。私と入れ違いでベルモットが来たなら……」
信頼していた人物の疑惑。動揺しているりおの呼吸は乱れる一方だ。
「森教授が黒でも白でも、降谷くんには報告した方が良い。彼が『獅子身中の虫』だと思いたくはないが、疑惑が浮上した以上黙っているわけにはいかんだろう。
黒なら今後の対応を考えねばならんし、白なら教授の命に関わる可能性もある。上に判断を任せよう」
昴はチョーカーの電源を切り、赤井の声で静かに提案した。胸元にりおを抱き寄せ、そっと背中をさする。
「…ん……分かったわ……」
りおも昴(赤井)の体に手を回し、消え入りそうな声でそう答えた。
【注:『獅子身中の虫(しししんちゅうのむし)』組織などの内部にいながら害をなす者、裏切り者を指す】