第8章 ~新たな決意を胸に~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
久しぶりにゆっくり寝て、遅い朝食をとった。
簡単に家事を済ませ、赤井が変装をしている間りおも自室で身支度を整える。ふと顔を上げた時、閉じられたノートパソコンが視界に入った。夕べ送った情報はすでにジンが確認しただろう。長く探していたアジトの場所がようやく分かり、喜んだに違いない。彼の性格を考えれば、すぐに何かしらの行動に出るだろう。
しかし、りおにはもう一つ気がかりなことがあった。パソコンを開き電源を入れ、トップ画面にある島谷教授のファイルを見つめた。
(東都出版の方から聞いた件。こっちも早急に調べないと。少しずつ情報収集はしていたけど、カフェの爆破でずいぶん時間が経ってしまったわ……)
島谷教授は本当に学会に出ていないのか。
出ていないとしたら、研究成功に不可欠な最新情報はどこから手に入れたのか。
わずかに引っかかる《何か》。
違和感として感じるそれが何なのかは分からないが、とにかく放置しておいてはいけない気がした。
(私の思い過ごしならそれはそれで構わない。教授の疑惑も晴れるのだから)
りおはパソコンを見つめながら、ギュッと強く拳を握った。
その日の夕方——
買い物からの帰り道、さくらは昴に頼み込んで大学へと向かった。
「昴さん、ここでちょっと待っててくれる?」
車外に出たさくらは運転席に回り、こちらを見つめる昴と目を合わせる。
「良いですけど……どうしたんですか? 大学に用があるなんて」
昴は車の窓を開けて心配そうに訊ねた。
「島谷教授の事を調べたいの。カフェの爆破事件でずいぶん時間が経ってしまったけど、やっぱり気になっちゃって。ここ最近の学会への参加状況とか、ね。すぐ戻るから」
さくらが説明すると昴は大きなため息をついた。
「どうせ止めてもムダですね。このまま無理やり引き留めても、今度はコッソリ家を抜け出しかねない。私をここまで付き合わせたことは褒めてあげますよ。
ただし、短時間で済ませてください。くれぐれも自分の体を過信しないように!」
「ふふふ。分かったわ! ありがとう、昴さん」
昴の承諾の言葉を聞き、さくらはクルリと踵を返す。足早に理学部の建物へと向かった。
理学部の建物内に入ると、さくらは事務室の受付担当者に声をかけ、学会関係の資料を見せてもらえるよう頼んだ。
(ふぅ……。今日はいつもの人じゃなくてラッキーだったわ)
いつも話をする受付担当者はお休みらしく、今日は代わりの女性だった。顔を知っている程度で話をしたことは無い。
ここしばらくさくらは大学を休んでいる。根掘り葉掘り近況を訊かれずに済むのはありがたい。
「学会関係の資料でしたら、そこの資料棚にありますのでどうぞ」
「ありがとうございます!」
教授の助手をしているさくらは特に不審に思われることも無く、受付の奥にある資料棚へと通された。
森教授の関係書類を探すフリをして、島谷教授の資料を探す。
(免疫学研究室……島谷……島谷……あ、あった)
ファイルを手に取り、そっとページを開く。文字を目で追いながら上着の襟もとに仕込んだカメラで時々資料を撮影した。
一通りチェックを終え、さくらは受付で礼を言うと事務室を出る。
(帰ってから撮影した映像を確認しないと何とも言えないけど……。ザッと資料を見る限りでは、確かに学会への出席は森教授に比べれば少ないわ。でも、かといって全然出ていないわけでは無いみたいね)
大谷の友人が言うほど欠席ばかりでもない。大きな学会には出席しているし、出張にかかった経費も計上されていた。
(島谷教授も優秀な方だし、助手をしていた尾沼さんも優秀で熱心な人だった。尾沼さんが途中で亡くなったとはいえ、教授が結果を出せたのは、やはり日頃の努力の賜物なんじゃ……)
『情報を盗まれた』というのは、先を越された研究員の妬みもあったのでは……
まだ結論を出すには早いが、さくらの心はほんの少し軽くなる。
(さてと、続きは家で見るとして……。昴さん待ってるから急がなきゃ)
さくらは入口のガラス扉を開ける。急いで戻ろうとエントランスの二段しかないタイルの階段を掛け下りた時、何やら話し声が聞こえた。
(この時間ほとんど学生は居ないはず。しかもこの声は……)
不審に思ったさくらは声のする方へと足を向けた。
建物の壁に背中を付け、さくらはそっと角の向こう側を伺う。何やら話をしている様だが、遠すぎて話の内容までは分からない。男性と女性の声だということだけは分かった。
そっと自分の姿を悟られないようにして覗き込み、その人物を見る。
(森教授と……あれは…誰だろう?)
やはり男性の声の主は森教授。その教授と話している女性は初めて見る顔だった。
女子大生だろうか——年若く、かといって目を引くような派手さもない。東都大学ではよくいるタイプの、ちょっと地味な理系女子——教授に講義の事で何か質問でもしているのかもしれない。
(ッ! まって…あのバッグ…まさか⁉)
女性が手にしていたブランドバッグを見て、さくらの表情が固まる。ただのブランドバッグではない。
ある高級ブランドの限定品。普通の女子大生が持てる代物ではない。しかもそれはベルモットが好んで使っているものとまったく同じだった。
(ちょ、ちょっと待って! ま、まさかベルモットが頻繁に会ってる人物って……森教授なの⁉)
さくらは思わず口元を押さえた。
森教授と女性はその後も言葉を交わし、最後は教授が数回うなずいたことで話は終わったようだった。教授が建物の裏口から研究室へと戻ってしまうと、女性は「ふぅ…」と大きく息を吐く。
ジャリ……
砂を踏みしめた音で女性が振り返る。建物の影から姿を現したさくらを見て一瞬驚いた顔をしたが、特に声を発することなく、女性は会釈をしてさくらの横を通り過ぎようとした。
「ベルモット」
通り過ぎざまに名を呼ぶ。ピクリと女性の肩が揺れ立ち止まった。
「ベルモット? 何のことですか?」
女性が不思議そうな顔をしてさくらに訊ねた。
「上手く女子大生に変装したようだけど、私の目はごまかせないわ」
「……?」
「ついクセでいつものバッグを持って来てしまったみたいね」
さくらの視線がスッと女性の方へ向いた。女性はハッとしたようにバッグを見る。
「それに……その香水。あなたの好きな香りだわ」
「ふふふ。さすがねラスティー」
観念したようにベルモットは自身の声でそう答えた。
「森教授と何を話していたの?」
さくらは訝しげにベルモットの顔をじっと見る。
「あらやだ。そんな怖い顔しないで。ジンからあなたがオドゥムの刺客に襲われてケガをしたって聞いたの。それなのに、あなたってば全然連絡くれないんですもの。ちょっと心配になったから『星川さくら』の上司に直接聞きに来たの」
「ウソよ。最近大学によく来ているでしょう? あなたのバイクを見かけたわ。オドゥムの影がちらつく前から……」
さくらは森教授が何か良からぬことに巻き込まれているのではないかと焦りを感じていた。
いやそれよりも——
ジンの新しいビジネス。
そのためにベルモットは誰かと頻繁に会っている。その相手が森教授だとしたら…——
混乱したさくらは、まくし立てるようにベルモットに詰め寄った。
「ねえ! あなた大学に来て何をしているのよ⁉︎」
「シーッ!」
ベルモットが人差し指を唇に当て、さくらの顔を見る。
「落ち着いてラスティー。あなたらしくないわ」
そっとさくらの頬に触れ、優しく微笑んだ。いつもならラスティーを落ち着かせるその行動も、今日はまるで真実を覆い隠す煙のように見える。
「質問に答えて! ベルモット!」
そうはさせない、とさくらは尚も食い下がる。しかし混乱と不安のせいでその体は震えていた。ベルモットの手を払いのけようとしても力が入らない。
「ラスティー……オドゥムにやられたケガは大丈夫なの? 顔色も悪いし、凄く震えてる」
話を逸らし、さくらの質問に答えようとしないベルモットの態度は、余計にさくらを不安にさせた。
「ベル…ベルモット…お、お願い…何とか言って…」
さくらはベルモットの両腕を掴むと、そのままズルズルと座り込んだ。
「ッ! ラスティー! 少し呼吸が浅いわ。落ち着いて。ゆっくり息を吐きなさい。慌てて吸ってはダメよ」
ベルモットはさくらの背中をさすり、声を掛ける。しかしさくらは首を横に振ったまま、尚も問いかけた。
「ベル…モット…きょ…教授と…何…を…」
「本当に何でもないの。あなたには関係ない事よ。余計な詮索はしないことね」
ベルモットは険しい顔をしたまま、断固としてさくらの質問には答えなかった。
久しぶりにゆっくり寝て、遅い朝食をとった。
簡単に家事を済ませ、赤井が変装をしている間りおも自室で身支度を整える。ふと顔を上げた時、閉じられたノートパソコンが視界に入った。夕べ送った情報はすでにジンが確認しただろう。長く探していたアジトの場所がようやく分かり、喜んだに違いない。彼の性格を考えれば、すぐに何かしらの行動に出るだろう。
しかし、りおにはもう一つ気がかりなことがあった。パソコンを開き電源を入れ、トップ画面にある島谷教授のファイルを見つめた。
(東都出版の方から聞いた件。こっちも早急に調べないと。少しずつ情報収集はしていたけど、カフェの爆破でずいぶん時間が経ってしまったわ……)
島谷教授は本当に学会に出ていないのか。
出ていないとしたら、研究成功に不可欠な最新情報はどこから手に入れたのか。
わずかに引っかかる《何か》。
違和感として感じるそれが何なのかは分からないが、とにかく放置しておいてはいけない気がした。
(私の思い過ごしならそれはそれで構わない。教授の疑惑も晴れるのだから)
りおはパソコンを見つめながら、ギュッと強く拳を握った。
その日の夕方——
買い物からの帰り道、さくらは昴に頼み込んで大学へと向かった。
「昴さん、ここでちょっと待っててくれる?」
車外に出たさくらは運転席に回り、こちらを見つめる昴と目を合わせる。
「良いですけど……どうしたんですか? 大学に用があるなんて」
昴は車の窓を開けて心配そうに訊ねた。
「島谷教授の事を調べたいの。カフェの爆破事件でずいぶん時間が経ってしまったけど、やっぱり気になっちゃって。ここ最近の学会への参加状況とか、ね。すぐ戻るから」
さくらが説明すると昴は大きなため息をついた。
「どうせ止めてもムダですね。このまま無理やり引き留めても、今度はコッソリ家を抜け出しかねない。私をここまで付き合わせたことは褒めてあげますよ。
ただし、短時間で済ませてください。くれぐれも自分の体を過信しないように!」
「ふふふ。分かったわ! ありがとう、昴さん」
昴の承諾の言葉を聞き、さくらはクルリと踵を返す。足早に理学部の建物へと向かった。
理学部の建物内に入ると、さくらは事務室の受付担当者に声をかけ、学会関係の資料を見せてもらえるよう頼んだ。
(ふぅ……。今日はいつもの人じゃなくてラッキーだったわ)
いつも話をする受付担当者はお休みらしく、今日は代わりの女性だった。顔を知っている程度で話をしたことは無い。
ここしばらくさくらは大学を休んでいる。根掘り葉掘り近況を訊かれずに済むのはありがたい。
「学会関係の資料でしたら、そこの資料棚にありますのでどうぞ」
「ありがとうございます!」
教授の助手をしているさくらは特に不審に思われることも無く、受付の奥にある資料棚へと通された。
森教授の関係書類を探すフリをして、島谷教授の資料を探す。
(免疫学研究室……島谷……島谷……あ、あった)
ファイルを手に取り、そっとページを開く。文字を目で追いながら上着の襟もとに仕込んだカメラで時々資料を撮影した。
一通りチェックを終え、さくらは受付で礼を言うと事務室を出る。
(帰ってから撮影した映像を確認しないと何とも言えないけど……。ザッと資料を見る限りでは、確かに学会への出席は森教授に比べれば少ないわ。でも、かといって全然出ていないわけでは無いみたいね)
大谷の友人が言うほど欠席ばかりでもない。大きな学会には出席しているし、出張にかかった経費も計上されていた。
(島谷教授も優秀な方だし、助手をしていた尾沼さんも優秀で熱心な人だった。尾沼さんが途中で亡くなったとはいえ、教授が結果を出せたのは、やはり日頃の努力の賜物なんじゃ……)
『情報を盗まれた』というのは、先を越された研究員の妬みもあったのでは……
まだ結論を出すには早いが、さくらの心はほんの少し軽くなる。
(さてと、続きは家で見るとして……。昴さん待ってるから急がなきゃ)
さくらは入口のガラス扉を開ける。急いで戻ろうとエントランスの二段しかないタイルの階段を掛け下りた時、何やら話し声が聞こえた。
(この時間ほとんど学生は居ないはず。しかもこの声は……)
不審に思ったさくらは声のする方へと足を向けた。
建物の壁に背中を付け、さくらはそっと角の向こう側を伺う。何やら話をしている様だが、遠すぎて話の内容までは分からない。男性と女性の声だということだけは分かった。
そっと自分の姿を悟られないようにして覗き込み、その人物を見る。
(森教授と……あれは…誰だろう?)
やはり男性の声の主は森教授。その教授と話している女性は初めて見る顔だった。
女子大生だろうか——年若く、かといって目を引くような派手さもない。東都大学ではよくいるタイプの、ちょっと地味な理系女子——教授に講義の事で何か質問でもしているのかもしれない。
(ッ! まって…あのバッグ…まさか⁉)
女性が手にしていたブランドバッグを見て、さくらの表情が固まる。ただのブランドバッグではない。
ある高級ブランドの限定品。普通の女子大生が持てる代物ではない。しかもそれはベルモットが好んで使っているものとまったく同じだった。
(ちょ、ちょっと待って! ま、まさかベルモットが頻繁に会ってる人物って……森教授なの⁉)
さくらは思わず口元を押さえた。
森教授と女性はその後も言葉を交わし、最後は教授が数回うなずいたことで話は終わったようだった。教授が建物の裏口から研究室へと戻ってしまうと、女性は「ふぅ…」と大きく息を吐く。
ジャリ……
砂を踏みしめた音で女性が振り返る。建物の影から姿を現したさくらを見て一瞬驚いた顔をしたが、特に声を発することなく、女性は会釈をしてさくらの横を通り過ぎようとした。
「ベルモット」
通り過ぎざまに名を呼ぶ。ピクリと女性の肩が揺れ立ち止まった。
「ベルモット? 何のことですか?」
女性が不思議そうな顔をしてさくらに訊ねた。
「上手く女子大生に変装したようだけど、私の目はごまかせないわ」
「……?」
「ついクセでいつものバッグを持って来てしまったみたいね」
さくらの視線がスッと女性の方へ向いた。女性はハッとしたようにバッグを見る。
「それに……その香水。あなたの好きな香りだわ」
「ふふふ。さすがねラスティー」
観念したようにベルモットは自身の声でそう答えた。
「森教授と何を話していたの?」
さくらは訝しげにベルモットの顔をじっと見る。
「あらやだ。そんな怖い顔しないで。ジンからあなたがオドゥムの刺客に襲われてケガをしたって聞いたの。それなのに、あなたってば全然連絡くれないんですもの。ちょっと心配になったから『星川さくら』の上司に直接聞きに来たの」
「ウソよ。最近大学によく来ているでしょう? あなたのバイクを見かけたわ。オドゥムの影がちらつく前から……」
さくらは森教授が何か良からぬことに巻き込まれているのではないかと焦りを感じていた。
いやそれよりも——
ジンの新しいビジネス。
そのためにベルモットは誰かと頻繁に会っている。その相手が森教授だとしたら…——
混乱したさくらは、まくし立てるようにベルモットに詰め寄った。
「ねえ! あなた大学に来て何をしているのよ⁉︎」
「シーッ!」
ベルモットが人差し指を唇に当て、さくらの顔を見る。
「落ち着いてラスティー。あなたらしくないわ」
そっとさくらの頬に触れ、優しく微笑んだ。いつもならラスティーを落ち着かせるその行動も、今日はまるで真実を覆い隠す煙のように見える。
「質問に答えて! ベルモット!」
そうはさせない、とさくらは尚も食い下がる。しかし混乱と不安のせいでその体は震えていた。ベルモットの手を払いのけようとしても力が入らない。
「ラスティー……オドゥムにやられたケガは大丈夫なの? 顔色も悪いし、凄く震えてる」
話を逸らし、さくらの質問に答えようとしないベルモットの態度は、余計にさくらを不安にさせた。
「ベル…ベルモット…お、お願い…何とか言って…」
さくらはベルモットの両腕を掴むと、そのままズルズルと座り込んだ。
「ッ! ラスティー! 少し呼吸が浅いわ。落ち着いて。ゆっくり息を吐きなさい。慌てて吸ってはダメよ」
ベルモットはさくらの背中をさすり、声を掛ける。しかしさくらは首を横に振ったまま、尚も問いかけた。
「ベル…モット…きょ…教授と…何…を…」
「本当に何でもないの。あなたには関係ない事よ。余計な詮索はしないことね」
ベルモットは険しい顔をしたまま、断固としてさくらの質問には答えなかった。