第8章 ~新たな決意を胸に~
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ブロロロ……
スバル360が病院の駐車スペースに停車した。
「着きましたよ」
「うん」
二人はシートベルトを外し車外へと出る。歩いて病院の裏口へと向かった。
警備員がいる小さな入口を通り抜け、真っ直ぐに伸びた廊下を進む。昴は突き当たりの『関係者以外立入禁止』と書かれた扉を開けた。
キィ……
「どうぞ」
「ありがとう」
先にりおが中に入ると、続けて昴も扉の向こう側へと体を滑り込ませる。
バタン
扉は静かに閉まった。
「こんにちは、広瀬さん。さあ座って」
ドクターに促されてりおは席につく。昴も隣に座った。
ここは警察病院内にある特別エリア。
公の場で治療が出来ない警察官のための専門医療機関である。
例えば——凄惨な現場に立ち会い、トラウマを抱えた警察官や事件関係者、潜入捜査等で一般の外来で治療出来ないなど——
特別な配慮が必要な場合、こちらで治療を受けることが出来る。
両親の事故のことを思い出したりおは、数日に一度ここで治療を続けていた。
さほど広くない診察室には、担当医とりお、昴の他には誰もいない。
診察室の外には医療補助として看護師が一名のみ。治療で必要な時以外は中には入らない決まりになっている。
三人はお互いの顔が見えるように座ると、前回までの治療の振り返りをした。
その後、家での様子を話すと、担当医は「分かりました」と何度かうなずいた。
「それでは今日も認知行動療法を行います。広瀬さん、大丈夫ですか?」
「…はい…大丈夫です」
「じゃあ…思い出したことを順番に話していただけますか? 呼吸はゆっくり。苦しくなったら言ってください」
「はい」
りおは小さな声で返事をすると、一度深呼吸をした。
昴が心配そうにその様子を見ている。りおはゆっくりと目を閉じ、あの日の記憶をたどった。
「…そ、それから…私は草むらに……!」
母親に背を押され、わずかに開いたドアから車外に脱出した場面。
それまで順調に話していたりおの表情は歪み、額には汗が浮く。いつも車から脱出したあたりから、動揺が激しくなる。
それは自分だけが助かり、両親は死んだという罪悪感からなのか、それとも凄惨な両親の死が近づくからか——
医師も昴も固唾を飲んで見守った。
「頭をぶつけて…意識が……一瞬とん…で……こ、後続のくる…ま……ッ…は、ハッ…ハッ…ハァ、…ハッ…」
「広瀬さん、大丈夫。ゆっくり呼吸してください。大丈夫ですから…」
ドクターが優しく声をかける。が、りおの顔はみるみるうちに蒼白になっていく。
ドクターが昴の方を見てうなずいた。
昴はそれを見て同じようにうなずくと、そっとりおに手を伸ばす。
背中をさすり「りお、大丈夫だ。ゆっくり息をして」と声をかけた。
「はー…、はー…、はー…」
昴の声はりおに届いたのか、言われた通りゆっくりと息を吐く。
その体は小刻みに震えていて、見ていて痛々しい。
昴はりおを自分の元へ引き寄せて肩を抱き、その腕をゆっくりとさする。もう片方の手でりおの手を握った。血の気の引いた手は驚くほど冷たかった。
「今日はここまでにしておきましょうか」
ドクターは優しく微笑むとボイスレコーダーをOFFにする。
キーッとイスを鳴らしてデスクの方へ向くと、サラサラとカルテにペンを走らせた。
***
「だいぶキツそうですね。大丈夫ですか?」
治療を終え、ぐったりと待合ソファーに座るりおに昴は声をかけた。
「う…ん…なん、とか…」
治療後は心身共に疲れ果て、りおは動くこともままならない。
「昴さん…もう、車まで……行けない…かも」
座っている事も辛くなって、りおは昴に訴える。
「わかりました。ナースの方に声をかけてきます」
グッタリと脱力するりおをソファーに横たえ、昴が担当のナースに声をかける。車イスを借りる昴の姿を、りおは一瞬だけ見るとゆっくりまぶたを下ろした。
工藤邸へと向かう車内で、りおは窓にもたれかかったまま眠っている。心の疲労がピークに達したのだろう。到着後は昴に抱きかかえられ、ベッドに寝かされた。
「こうすれば……体を冷やすことも無い」
肩が出ないように毛布を掛け、昴はりおの様子を伺う。真っ青だった顏も少し赤みが戻っていた。
昴は一瞬だけ安堵の表情を見せるものの、すぐに険しい顔になる。
正直なところ、思うように治療が進んでいない。昴は内心焦っていた。
今回は六月の時とは違い、タイムリミットがある。バーボンがジンと交渉してもぎ取った貴重な時間。
悠長なことは言っていられない。現場復帰までに潜入捜査官として捜査が出来る状態まで回復させたい。
いや、百歩譲って潜入捜査までと行かなくても、日常生活が普通に送れるレベルになってくれれば……。そう思うのだが。
(その日常生活レベルすら怪しい。毎日発作を起こす上に、治療に行けばほぼ半日起き上がれない。状態が良くなる兆しもない。どうしたものか……)
昴は険しい顔のまま、静かに眠るりおの頬をそっと撫でた。
二時間ほどして、りおの部屋からガタガタと音がした。もう目を覚\ましたかと思い、昴はりおの部屋へと足を運ぶ。
トントン
「りお?」
ノックをして名を呼ぶが反応は無い。
「開けますよ」
昴は声をかけ、ドアノブに手を掛けた。ドアを開けて部屋を見ると、りおはベッドで体を起こしている。
やや暗い表情でボンヤリとしていた。顔色はまだ青く、体調は思わしくないようだ。
「りお?」
もう一度昴が声をかけると、ようやくりおは昴の方へ顔を上げた。
「昴さん……ごめんね…」
謝罪の言葉を口にするりおに、昴は優しく話しかける。
「突然どうしたのです? 何かイヤな夢でも見ましたか?」
昴は笑顔で近づきベッドに腰を掛けると、りおの顔を覗き込んだ。
「今の私…昴さんの……秀一さんのお荷物でしかないわ。捜査もできない。毎日発作を起こして日常生活も危うい。治療に出掛ければ、その日はベッドで過ごす状態。
これじゃあ…あなたの捜査のどころか、生活までジャマしてしまう……」
りおは切なげに眉根を寄せ、今にも泣きだしそうだった。
「私…工藤邸を出た方が良いのかな……。こんな私がそばに居たら、あなたに迷惑がかかるわ。前みたいに、時々ここに来るくらいの方が……」
そこまで言いかけて、昴の両手がりおに伸びる。グイッと引き寄せられて強く抱きしめられた。
「バカだな。そんなことを気にしていたのか」
まるで子どもをあやすかのように、優しい声でささやく。
そっと体を離し、ウィッグとメガネを外すとチョーカーの電源をOFFにした。
「誰がお荷物だって? 俺がいつ、そんなことを言った?」
元の姿に戻った赤井は、りおの顔を見つめ優しく問いかけた。
「だって…私……」
思い通りにならない自分が歯がゆかった。
そんな自分を甲斐甲斐しく世話をしてくれる赤井に、申し訳なくて仕方がない。
「俺は、俺の意志でお前のそばに居るんだ。お前と一緒にいたいんだよ。それは元気なお前でも、ちょっと元気のないお前でも変わらない。
それとも何か? お前は元気な俺のことは好きだけど、病気になった俺は迷惑か?」
赤井は静かに問いかけた。
「ううん、そんなことない。むしろ病気の時の方が心配で……そばに居たいと思う」
りおは自分で答えてハッとした。
「だろう? 俺だって同じだよ。体や心が参っているお前が心配なんだ。こんな時ほどそばに居たいんだよ。
《沖矢昴》の姿での潜伏は確かにラクじゃないが、四六時中こうしてお前といれるんだ。
今ほどこの生活に感謝したことは無い」
優しく微笑む赤井を見て、りおはぽろぽろと涙をこぼした。
「ごめんね…ありがとう…秀一さん」
「いいんだ。お前は何も気にしなくて良い。ゆっくり焦らず、傷ついた心を癒していこう。だから…泣くな…」
赤井はその大きな手で、りおの涙を拭った。
***
太陽が傾き、ベルツリータワーはオレンジ色の光を受けてキラキラと輝いていた。
そんな美しいタワーを一望できる、小さなホテルの一室。そこにジンとアロンが顔を揃えていた。
「どうだ、分かりそうか?」
「う〜ん……色々試してみたけどダメだね。オドゥムのヤツら、何かしらの手を使って通信妨害をしている。
しかもデジタルアタックマップでこちらの攻撃を可視化している可能性が高いから、何をやっても手の内が丸見えだ」
アロンはやれやれとため息をついた。
「こりゃ正攻法では無理だね。だけど他の手を使うとなると少々時間がかかるしなぁ……。
手をこまねいているうちに、あっちから攻めて来るかもよ?」
アメリカ人らしく、両手を広げてオーバーにジェスチャーをした。
それを見てジンは小さく舌打ちをする。
「ずいぶん前から情報屋や組織の末端たちを放って情報を集めさせたんだが……。やはりヤツらごときではオドゥムの詳細は掴めなかった。
ならば、本国とのやり取りを捉えて実行部隊のアジトを突き止めようと思ったが、それも無理か……」
ジンはソファーに背中を預け、腕を組んだ。しばらく考え込むと、何かを決めたようにアロンを見る。
「アロン、もう少しお前の方で方法を探れ。
それでもダメなら……仕方がない。ラスティーに指令を出す」
「ラスティーに? でも彼女は今……」
ジンの言葉を聞いて、アロンは渋い顔をする。
「体調不良で戦線離脱中だが、調べごとくらいなら出来るだろう。ヤツならお前とは違う別のルートをたくさん知っているからな」
ニヤリと笑うジンを見て、アロンは「ふ〜ん」と返事をした。
(ラスティー……知れば知るほどミステリアスな女だな…)
『ジンのお気に入り』
そう組織内でウワサされるのも納得がいく。なんだかんだ言いながら、ジンはラスティーを頼りにしているからだ。
見た目の美しさだけでなく、高いスキルも併せ持つ。
彼女を手元に置き『その全てを自分のものにしたい』とジンが考えるのも分かる気がした。
(ミステリアスで危険な匂いがする女…。ジンはそういう女が好きそうだ)
余裕の笑みを浮かべタバコを咥えるジンを見て、アロンはフッと口角を持ち上げた。
スバル360が病院の駐車スペースに停車した。
「着きましたよ」
「うん」
二人はシートベルトを外し車外へと出る。歩いて病院の裏口へと向かった。
警備員がいる小さな入口を通り抜け、真っ直ぐに伸びた廊下を進む。昴は突き当たりの『関係者以外立入禁止』と書かれた扉を開けた。
キィ……
「どうぞ」
「ありがとう」
先にりおが中に入ると、続けて昴も扉の向こう側へと体を滑り込ませる。
バタン
扉は静かに閉まった。
「こんにちは、広瀬さん。さあ座って」
ドクターに促されてりおは席につく。昴も隣に座った。
ここは警察病院内にある特別エリア。
公の場で治療が出来ない警察官のための専門医療機関である。
例えば——凄惨な現場に立ち会い、トラウマを抱えた警察官や事件関係者、潜入捜査等で一般の外来で治療出来ないなど——
特別な配慮が必要な場合、こちらで治療を受けることが出来る。
両親の事故のことを思い出したりおは、数日に一度ここで治療を続けていた。
さほど広くない診察室には、担当医とりお、昴の他には誰もいない。
診察室の外には医療補助として看護師が一名のみ。治療で必要な時以外は中には入らない決まりになっている。
三人はお互いの顔が見えるように座ると、前回までの治療の振り返りをした。
その後、家での様子を話すと、担当医は「分かりました」と何度かうなずいた。
「それでは今日も認知行動療法を行います。広瀬さん、大丈夫ですか?」
「…はい…大丈夫です」
「じゃあ…思い出したことを順番に話していただけますか? 呼吸はゆっくり。苦しくなったら言ってください」
「はい」
りおは小さな声で返事をすると、一度深呼吸をした。
昴が心配そうにその様子を見ている。りおはゆっくりと目を閉じ、あの日の記憶をたどった。
「…そ、それから…私は草むらに……!」
母親に背を押され、わずかに開いたドアから車外に脱出した場面。
それまで順調に話していたりおの表情は歪み、額には汗が浮く。いつも車から脱出したあたりから、動揺が激しくなる。
それは自分だけが助かり、両親は死んだという罪悪感からなのか、それとも凄惨な両親の死が近づくからか——
医師も昴も固唾を飲んで見守った。
「頭をぶつけて…意識が……一瞬とん…で……こ、後続のくる…ま……ッ…は、ハッ…ハッ…ハァ、…ハッ…」
「広瀬さん、大丈夫。ゆっくり呼吸してください。大丈夫ですから…」
ドクターが優しく声をかける。が、りおの顔はみるみるうちに蒼白になっていく。
ドクターが昴の方を見てうなずいた。
昴はそれを見て同じようにうなずくと、そっとりおに手を伸ばす。
背中をさすり「りお、大丈夫だ。ゆっくり息をして」と声をかけた。
「はー…、はー…、はー…」
昴の声はりおに届いたのか、言われた通りゆっくりと息を吐く。
その体は小刻みに震えていて、見ていて痛々しい。
昴はりおを自分の元へ引き寄せて肩を抱き、その腕をゆっくりとさする。もう片方の手でりおの手を握った。血の気の引いた手は驚くほど冷たかった。
「今日はここまでにしておきましょうか」
ドクターは優しく微笑むとボイスレコーダーをOFFにする。
キーッとイスを鳴らしてデスクの方へ向くと、サラサラとカルテにペンを走らせた。
***
「だいぶキツそうですね。大丈夫ですか?」
治療を終え、ぐったりと待合ソファーに座るりおに昴は声をかけた。
「う…ん…なん、とか…」
治療後は心身共に疲れ果て、りおは動くこともままならない。
「昴さん…もう、車まで……行けない…かも」
座っている事も辛くなって、りおは昴に訴える。
「わかりました。ナースの方に声をかけてきます」
グッタリと脱力するりおをソファーに横たえ、昴が担当のナースに声をかける。車イスを借りる昴の姿を、りおは一瞬だけ見るとゆっくりまぶたを下ろした。
工藤邸へと向かう車内で、りおは窓にもたれかかったまま眠っている。心の疲労がピークに達したのだろう。到着後は昴に抱きかかえられ、ベッドに寝かされた。
「こうすれば……体を冷やすことも無い」
肩が出ないように毛布を掛け、昴はりおの様子を伺う。真っ青だった顏も少し赤みが戻っていた。
昴は一瞬だけ安堵の表情を見せるものの、すぐに険しい顔になる。
正直なところ、思うように治療が進んでいない。昴は内心焦っていた。
今回は六月の時とは違い、タイムリミットがある。バーボンがジンと交渉してもぎ取った貴重な時間。
悠長なことは言っていられない。現場復帰までに潜入捜査官として捜査が出来る状態まで回復させたい。
いや、百歩譲って潜入捜査までと行かなくても、日常生活が普通に送れるレベルになってくれれば……。そう思うのだが。
(その日常生活レベルすら怪しい。毎日発作を起こす上に、治療に行けばほぼ半日起き上がれない。状態が良くなる兆しもない。どうしたものか……)
昴は険しい顔のまま、静かに眠るりおの頬をそっと撫でた。
二時間ほどして、りおの部屋からガタガタと音がした。もう目を覚\ましたかと思い、昴はりおの部屋へと足を運ぶ。
トントン
「りお?」
ノックをして名を呼ぶが反応は無い。
「開けますよ」
昴は声をかけ、ドアノブに手を掛けた。ドアを開けて部屋を見ると、りおはベッドで体を起こしている。
やや暗い表情でボンヤリとしていた。顔色はまだ青く、体調は思わしくないようだ。
「りお?」
もう一度昴が声をかけると、ようやくりおは昴の方へ顔を上げた。
「昴さん……ごめんね…」
謝罪の言葉を口にするりおに、昴は優しく話しかける。
「突然どうしたのです? 何かイヤな夢でも見ましたか?」
昴は笑顔で近づきベッドに腰を掛けると、りおの顔を覗き込んだ。
「今の私…昴さんの……秀一さんのお荷物でしかないわ。捜査もできない。毎日発作を起こして日常生活も危うい。治療に出掛ければ、その日はベッドで過ごす状態。
これじゃあ…あなたの捜査のどころか、生活までジャマしてしまう……」
りおは切なげに眉根を寄せ、今にも泣きだしそうだった。
「私…工藤邸を出た方が良いのかな……。こんな私がそばに居たら、あなたに迷惑がかかるわ。前みたいに、時々ここに来るくらいの方が……」
そこまで言いかけて、昴の両手がりおに伸びる。グイッと引き寄せられて強く抱きしめられた。
「バカだな。そんなことを気にしていたのか」
まるで子どもをあやすかのように、優しい声でささやく。
そっと体を離し、ウィッグとメガネを外すとチョーカーの電源をOFFにした。
「誰がお荷物だって? 俺がいつ、そんなことを言った?」
元の姿に戻った赤井は、りおの顔を見つめ優しく問いかけた。
「だって…私……」
思い通りにならない自分が歯がゆかった。
そんな自分を甲斐甲斐しく世話をしてくれる赤井に、申し訳なくて仕方がない。
「俺は、俺の意志でお前のそばに居るんだ。お前と一緒にいたいんだよ。それは元気なお前でも、ちょっと元気のないお前でも変わらない。
それとも何か? お前は元気な俺のことは好きだけど、病気になった俺は迷惑か?」
赤井は静かに問いかけた。
「ううん、そんなことない。むしろ病気の時の方が心配で……そばに居たいと思う」
りおは自分で答えてハッとした。
「だろう? 俺だって同じだよ。体や心が参っているお前が心配なんだ。こんな時ほどそばに居たいんだよ。
《沖矢昴》の姿での潜伏は確かにラクじゃないが、四六時中こうしてお前といれるんだ。
今ほどこの生活に感謝したことは無い」
優しく微笑む赤井を見て、りおはぽろぽろと涙をこぼした。
「ごめんね…ありがとう…秀一さん」
「いいんだ。お前は何も気にしなくて良い。ゆっくり焦らず、傷ついた心を癒していこう。だから…泣くな…」
赤井はその大きな手で、りおの涙を拭った。
***
太陽が傾き、ベルツリータワーはオレンジ色の光を受けてキラキラと輝いていた。
そんな美しいタワーを一望できる、小さなホテルの一室。そこにジンとアロンが顔を揃えていた。
「どうだ、分かりそうか?」
「う〜ん……色々試してみたけどダメだね。オドゥムのヤツら、何かしらの手を使って通信妨害をしている。
しかもデジタルアタックマップでこちらの攻撃を可視化している可能性が高いから、何をやっても手の内が丸見えだ」
アロンはやれやれとため息をついた。
「こりゃ正攻法では無理だね。だけど他の手を使うとなると少々時間がかかるしなぁ……。
手をこまねいているうちに、あっちから攻めて来るかもよ?」
アメリカ人らしく、両手を広げてオーバーにジェスチャーをした。
それを見てジンは小さく舌打ちをする。
「ずいぶん前から情報屋や組織の末端たちを放って情報を集めさせたんだが……。やはりヤツらごときではオドゥムの詳細は掴めなかった。
ならば、本国とのやり取りを捉えて実行部隊のアジトを突き止めようと思ったが、それも無理か……」
ジンはソファーに背中を預け、腕を組んだ。しばらく考え込むと、何かを決めたようにアロンを見る。
「アロン、もう少しお前の方で方法を探れ。
それでもダメなら……仕方がない。ラスティーに指令を出す」
「ラスティーに? でも彼女は今……」
ジンの言葉を聞いて、アロンは渋い顔をする。
「体調不良で戦線離脱中だが、調べごとくらいなら出来るだろう。ヤツならお前とは違う別のルートをたくさん知っているからな」
ニヤリと笑うジンを見て、アロンは「ふ〜ん」と返事をした。
(ラスティー……知れば知るほどミステリアスな女だな…)
『ジンのお気に入り』
そう組織内でウワサされるのも納得がいく。なんだかんだ言いながら、ジンはラスティーを頼りにしているからだ。
見た目の美しさだけでなく、高いスキルも併せ持つ。
彼女を手元に置き『その全てを自分のものにしたい』とジンが考えるのも分かる気がした。
(ミステリアスで危険な匂いがする女…。ジンはそういう女が好きそうだ)
余裕の笑みを浮かべタバコを咥えるジンを見て、アロンはフッと口角を持ち上げた。