第7章 ~記憶の扉が開くとき~
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翌日、午後——
リンゴ~ン
工藤邸のチャイムが来客を知らせる。
昴がドアを開けるとケーキの箱をもった安室と、小さな花束を持ったコナンが立っていた。
「やあ、よく来てくださいました。お二人ともどうぞ」
「「おじゃましま~す」」
昴に促され、二人は工藤邸へと入る。
「さくらさん、具合はどう?」
リビングへ入ったコナンが心配そうに声をかける。さくらは彼の姿を見るや否や、パッと笑顔になった。
「うん、ケガの方はだいぶ良いよ。耳もね、少しずつ聞こえるようになってきたの」
「わぁ、よかったね。ね、安室さん!」
「ええ。沖矢さんから連絡貰った時はビックリしましたよ」
コナンの後からリビングに入った安室がさくらに微笑んだ。
「ホント、いつも心配ばかりかけてスミマセン…」
バツが悪そうに視線を泳がせるさくらの姿はいつもと変わらない。ただ少しやつれた感じがした。
(PTSDのせいだろうか……)
安室は心配を表情には出さず、微笑み返した。
「さあ、お茶にしましょうか。先程作ったレモンパイも良かったらどうぞ」
トレーに人数分のカップ、紅茶の入ったティーポット、そして作ったばかりのパイを載せて昴がリビングに入ってくる。
「え⁉︎ これ、沖矢さんが作ったんですか?」
手作りのレモンパイと聞いて安室が驚く。煮込み料理が専売特許の昴(しかも中身は赤井)が、スイーツを作るだなんて何の冗談だと身構えた。
「ええ。先日蘭さんに来ていただいた時に教えてもらったんです」
「パイ生地もこねたし、レモンピールも一から作ったんだよね」
その場にいたコナンは得意げに話す。
「ええ、結局ナベから離れられないってことが分かりました」
(そーいや、そんなこと言ってたな……)
コナンはその時のことを思い出して半目になった。
たはは……、と引き笑いをするコナンをよそに、昴はレモンパイの載った皿をそれぞれの前に置き紅茶を手際よく淹れた。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて…」
驚き過ぎて顔をひきつらせた安室が恐る恐るレモンパイに手を伸ばす。
「ん! おいしい……」
「お口に合いましたか。よかった」
「私も最初ビックリしたの。昴さんとても上手だから……」
さくらも嬉しそうにレモンパイを一口食べた。
お茶とお菓子を頂きながら他愛もないおしゃべりをしていると、コナンが突然「あ、ボクちょっとトイレ…」と言って席を立つ。
「おや、今日は本当にトイレですか?」
「昴さん、本当にって……人聞きが悪いなぁ」
いつもそうやって《ウソ》をついてその場を離れ、危険な現場へ向かうのがバレているらしい。
でも今日は本当に、正真正銘トイレに行きたい。コナンはピョンとソファーから飛び降りた。
(やべ…ちょっとガマンしすぎた…)
体が子どもになった分、全ての容量が小さい。高校生の姿であれば余裕であっても、小学生の体では無理があるようだ。慌ててリビングを出ようとした時、大人用の大きなスリッパを履いたせいで足がもつれてしまう。
「うわぁ!」
ガターンッ!
コナンが転んだ際に大きな音がして、さくらがビクリと体を揺らした。
「こ、コナンくん! 大丈夫かい?」
近くに居た安室が慌てて立ち上がり、コナンを抱き起した。豪快にコケたので、音のわりには痛くない。
「あはは…ごめんなさい。慌てちゃって…」
「そんなに切羽詰まるほどガマンしてたのかい? 病気になっちゃうぞ」
やや呆れたような顔で言われ、コナンは恥ずかしそうに照れ笑いをした。
(漏らさなくて良かった…)
安室にもう一度礼を言って、今度こそトイレに行こうと歩き出す。
「は…、はッ…はぁ…」
「さくら?」
昴がさくらの異変に気付き声をかけた。
「わ、私…草むら…に……車から……」
コナンが転倒した姿が、かつて車から脱出した自分の姿と重なる。
草むらの中で息を潜め、立ち上がった時に———
その時見た景色が次々と脳裏に浮かんだ。
「いや…いやだ…み、見たくな…こわ、怖い…!」
「大丈夫だ。俺がそばに居る。何も怖がることは無い」
昴は震えるさくらを抱きしめる。そばにあった薬を手に取ると背中をゆっくりさすり、「大丈夫だ」と何度も声をかけた。
やがて呼吸は落ち着き、発作直後に飲んだ薬が効いたのか、さくらはそのまま眠ってしまった。
「部屋に寝かせてきます」
昴はさくらを抱きかかえるとリビングを出て行った。
***
「見て頂いた通りです。精神的に安定しないので、些細な事で発作が起こる。
今は私が『大丈夫だ、そばに居る』と声をかけ、呼吸の誘導をしているため大きな発作にはなりませんが、これが一人の時に起こればどうなるか私にもわかりません」
リビングに戻ってきた昴が、安室とコナンに詳細を説明した。
「つまり、潜入捜査を続けるのは厳しい……ということですね」
安室が険しい顔で昴に問いかけた。
「ええ」
彼女の上司としての見解を訊きたい。昴は短く答えると安室の顔を見た。
「僕は以前からさくらさんを捜査から外したいと思っていました。それは、ウェストホールディングスの事件の時から考えていた事です。だが……出来なかった。組織とあなた、そして彼女自身との因縁が深すぎるからです」
安室は真っすぐに昴を見る。その顔は少しだけ寂しそうだった。
「あなたとさくらさんは離れてはいけない。そしてあなた達は組織から離れられない。だとしたら——答えは一つだ」
よどみない安室の言葉。コナンは心配そうに二人の顔を見上げた。
「二人で戦うしかないじゃないですか。組織とも、PTSDとも」
「ですが、今のさくらに組織と戦う余力は…!」
それが出来ないから相談しているんじゃないか!
昴は思わず語気が荒くなる。
「守れないんですか?」
熱くなる昴とは対照的に、安室は静かな声で問いかける。
「赤井秀一ともあろう男が、愛する女一人守れない……と?」
「ッ!」
神経を逆なでするような言葉に、昴は目を開け安室を睨む。
ペリドットの瞳が怒りの色を湛える様を、安室はジッと見つめた。
「甘えるのも大概にしとけよ、赤井! お前…さくらさんの信念を忘れたか⁉
彼女は『沖矢昴』と出会う前、ボロボロの状態だったにもかかわらず、何を守ろうとしていた? お前は今まで何を見ていたんだ‼」
安室の叱責に昴(赤井)はハッとした。
『大切な人たちを守る』
自分の大切な人。
誰かの大切な人。
それを守るのが私の使命。
さくら(りお)が警察官になった時に立てた誓い。その信念はブレることなく、今日まで戦ってきた。
「さくらさんは自分がどういう状況だろうと、守って来ただろう。お前を、仲間を、犯人すらも。お前は守れないのか? 愛する女たった一人、守り通せないのか⁉」
安室の言葉が突き刺さる。昴(赤井)は何も言い返せなかった。
「腹をくくれ、赤井! お前しか…彼女を守れないのだから…!」
「…ッ!」
昴は唇を噛み、下を向く。安室が言うことは正論。本当だったら『守り抜く!』と答えたい。
だが姿を変え、息を潜めて組織を狙っている自分が、潜入捜査をしている彼女をどこまで守れる?
現実問題として『守れる』とは言い難い。
握りしめた昴の拳がわずかに震えていた。それを見て、安室が小さく息を吐く。
「時間稼ぎ…だったら…僕が何とかしましょう」
安室が冷静な顔になり、静かに言った。
「6月の時のように一時的にですが、組織の第一線から完全に引かせるのです。耳のケガからの後遺症…とでもしたらどうでしょう。
自爆テロでは死者も出ています。死に敏感なラスティーが体調を崩しても誰も疑いません。もちろん、ジンのビジネスの事もありますから、あまり長くは引っ張れませんが……」
「そっか。そうすればその間は治療に専念できるね!」
コナンが子どもの口調で明るく同意した。
「これでもまだ……彼女を守れませんか?」
先程とは正反対の優しい笑みを浮かべて、安室は再び昴に問いかけた。
「君の言う通り……俺は甘えていたんだな」
数秒の静寂のあと、昴はため息混じりにつぶやいた。
「本当なら『出来ない』『無理だ』と言い出す前に、『守りたいから何とか時間稼ぎをしてくれ』と俺の方から言うべきだった。本当にすまない……」
昴は二人に頭を下げる。そしてゆっくり顔を上げると決意の表情を向けた。
「俺はりおを守る。守り通す。君がくれた貴重な時間で、必ずりおの心を元に戻してみせる」
ようやく腹をくくった昴(赤井)を見て、
「それでこそ赤井だな」
「そうだね!」
安室とコナンは互いに笑顔を見せた。
リンゴ~ン
工藤邸のチャイムが来客を知らせる。
昴がドアを開けるとケーキの箱をもった安室と、小さな花束を持ったコナンが立っていた。
「やあ、よく来てくださいました。お二人ともどうぞ」
「「おじゃましま~す」」
昴に促され、二人は工藤邸へと入る。
「さくらさん、具合はどう?」
リビングへ入ったコナンが心配そうに声をかける。さくらは彼の姿を見るや否や、パッと笑顔になった。
「うん、ケガの方はだいぶ良いよ。耳もね、少しずつ聞こえるようになってきたの」
「わぁ、よかったね。ね、安室さん!」
「ええ。沖矢さんから連絡貰った時はビックリしましたよ」
コナンの後からリビングに入った安室がさくらに微笑んだ。
「ホント、いつも心配ばかりかけてスミマセン…」
バツが悪そうに視線を泳がせるさくらの姿はいつもと変わらない。ただ少しやつれた感じがした。
(PTSDのせいだろうか……)
安室は心配を表情には出さず、微笑み返した。
「さあ、お茶にしましょうか。先程作ったレモンパイも良かったらどうぞ」
トレーに人数分のカップ、紅茶の入ったティーポット、そして作ったばかりのパイを載せて昴がリビングに入ってくる。
「え⁉︎ これ、沖矢さんが作ったんですか?」
手作りのレモンパイと聞いて安室が驚く。煮込み料理が専売特許の昴(しかも中身は赤井)が、スイーツを作るだなんて何の冗談だと身構えた。
「ええ。先日蘭さんに来ていただいた時に教えてもらったんです」
「パイ生地もこねたし、レモンピールも一から作ったんだよね」
その場にいたコナンは得意げに話す。
「ええ、結局ナベから離れられないってことが分かりました」
(そーいや、そんなこと言ってたな……)
コナンはその時のことを思い出して半目になった。
たはは……、と引き笑いをするコナンをよそに、昴はレモンパイの載った皿をそれぞれの前に置き紅茶を手際よく淹れた。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて…」
驚き過ぎて顔をひきつらせた安室が恐る恐るレモンパイに手を伸ばす。
「ん! おいしい……」
「お口に合いましたか。よかった」
「私も最初ビックリしたの。昴さんとても上手だから……」
さくらも嬉しそうにレモンパイを一口食べた。
お茶とお菓子を頂きながら他愛もないおしゃべりをしていると、コナンが突然「あ、ボクちょっとトイレ…」と言って席を立つ。
「おや、今日は本当にトイレですか?」
「昴さん、本当にって……人聞きが悪いなぁ」
いつもそうやって《ウソ》をついてその場を離れ、危険な現場へ向かうのがバレているらしい。
でも今日は本当に、正真正銘トイレに行きたい。コナンはピョンとソファーから飛び降りた。
(やべ…ちょっとガマンしすぎた…)
体が子どもになった分、全ての容量が小さい。高校生の姿であれば余裕であっても、小学生の体では無理があるようだ。慌ててリビングを出ようとした時、大人用の大きなスリッパを履いたせいで足がもつれてしまう。
「うわぁ!」
ガターンッ!
コナンが転んだ際に大きな音がして、さくらがビクリと体を揺らした。
「こ、コナンくん! 大丈夫かい?」
近くに居た安室が慌てて立ち上がり、コナンを抱き起した。豪快にコケたので、音のわりには痛くない。
「あはは…ごめんなさい。慌てちゃって…」
「そんなに切羽詰まるほどガマンしてたのかい? 病気になっちゃうぞ」
やや呆れたような顔で言われ、コナンは恥ずかしそうに照れ笑いをした。
(漏らさなくて良かった…)
安室にもう一度礼を言って、今度こそトイレに行こうと歩き出す。
「は…、はッ…はぁ…」
「さくら?」
昴がさくらの異変に気付き声をかけた。
「わ、私…草むら…に……車から……」
コナンが転倒した姿が、かつて車から脱出した自分の姿と重なる。
草むらの中で息を潜め、立ち上がった時に———
その時見た景色が次々と脳裏に浮かんだ。
「いや…いやだ…み、見たくな…こわ、怖い…!」
「大丈夫だ。俺がそばに居る。何も怖がることは無い」
昴は震えるさくらを抱きしめる。そばにあった薬を手に取ると背中をゆっくりさすり、「大丈夫だ」と何度も声をかけた。
やがて呼吸は落ち着き、発作直後に飲んだ薬が効いたのか、さくらはそのまま眠ってしまった。
「部屋に寝かせてきます」
昴はさくらを抱きかかえるとリビングを出て行った。
***
「見て頂いた通りです。精神的に安定しないので、些細な事で発作が起こる。
今は私が『大丈夫だ、そばに居る』と声をかけ、呼吸の誘導をしているため大きな発作にはなりませんが、これが一人の時に起こればどうなるか私にもわかりません」
リビングに戻ってきた昴が、安室とコナンに詳細を説明した。
「つまり、潜入捜査を続けるのは厳しい……ということですね」
安室が険しい顔で昴に問いかけた。
「ええ」
彼女の上司としての見解を訊きたい。昴は短く答えると安室の顔を見た。
「僕は以前からさくらさんを捜査から外したいと思っていました。それは、ウェストホールディングスの事件の時から考えていた事です。だが……出来なかった。組織とあなた、そして彼女自身との因縁が深すぎるからです」
安室は真っすぐに昴を見る。その顔は少しだけ寂しそうだった。
「あなたとさくらさんは離れてはいけない。そしてあなた達は組織から離れられない。だとしたら——答えは一つだ」
よどみない安室の言葉。コナンは心配そうに二人の顔を見上げた。
「二人で戦うしかないじゃないですか。組織とも、PTSDとも」
「ですが、今のさくらに組織と戦う余力は…!」
それが出来ないから相談しているんじゃないか!
昴は思わず語気が荒くなる。
「守れないんですか?」
熱くなる昴とは対照的に、安室は静かな声で問いかける。
「赤井秀一ともあろう男が、愛する女一人守れない……と?」
「ッ!」
神経を逆なでするような言葉に、昴は目を開け安室を睨む。
ペリドットの瞳が怒りの色を湛える様を、安室はジッと見つめた。
「甘えるのも大概にしとけよ、赤井! お前…さくらさんの信念を忘れたか⁉
彼女は『沖矢昴』と出会う前、ボロボロの状態だったにもかかわらず、何を守ろうとしていた? お前は今まで何を見ていたんだ‼」
安室の叱責に昴(赤井)はハッとした。
『大切な人たちを守る』
自分の大切な人。
誰かの大切な人。
それを守るのが私の使命。
さくら(りお)が警察官になった時に立てた誓い。その信念はブレることなく、今日まで戦ってきた。
「さくらさんは自分がどういう状況だろうと、守って来ただろう。お前を、仲間を、犯人すらも。お前は守れないのか? 愛する女たった一人、守り通せないのか⁉」
安室の言葉が突き刺さる。昴(赤井)は何も言い返せなかった。
「腹をくくれ、赤井! お前しか…彼女を守れないのだから…!」
「…ッ!」
昴は唇を噛み、下を向く。安室が言うことは正論。本当だったら『守り抜く!』と答えたい。
だが姿を変え、息を潜めて組織を狙っている自分が、潜入捜査をしている彼女をどこまで守れる?
現実問題として『守れる』とは言い難い。
握りしめた昴の拳がわずかに震えていた。それを見て、安室が小さく息を吐く。
「時間稼ぎ…だったら…僕が何とかしましょう」
安室が冷静な顔になり、静かに言った。
「6月の時のように一時的にですが、組織の第一線から完全に引かせるのです。耳のケガからの後遺症…とでもしたらどうでしょう。
自爆テロでは死者も出ています。死に敏感なラスティーが体調を崩しても誰も疑いません。もちろん、ジンのビジネスの事もありますから、あまり長くは引っ張れませんが……」
「そっか。そうすればその間は治療に専念できるね!」
コナンが子どもの口調で明るく同意した。
「これでもまだ……彼女を守れませんか?」
先程とは正反対の優しい笑みを浮かべて、安室は再び昴に問いかけた。
「君の言う通り……俺は甘えていたんだな」
数秒の静寂のあと、昴はため息混じりにつぶやいた。
「本当なら『出来ない』『無理だ』と言い出す前に、『守りたいから何とか時間稼ぎをしてくれ』と俺の方から言うべきだった。本当にすまない……」
昴は二人に頭を下げる。そしてゆっくり顔を上げると決意の表情を向けた。
「俺はりおを守る。守り通す。君がくれた貴重な時間で、必ずりおの心を元に戻してみせる」
ようやく腹をくくった昴(赤井)を見て、
「それでこそ赤井だな」
「そうだね!」
安室とコナンは互いに笑顔を見せた。