第7章 ~記憶の扉が開くとき~
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それから数日が過ぎ———
りおの耳の状態は日増しに良くなっていた。
鼓膜は完治こそしていないが、日中も痛み止めなしで過ごせるようになり、耳鳴りも軽減しつつある。キズが小さくなるにつれて聞こえる音も増えてきた。
ベッドから出て過ごす時間も長くなり、食事もダイニングで赤井と一緒に取れるくらいまで回復していた。
そして徐々にPTSDの症状も明らかになった。
ここ数日の様子から『大きな音』や『強い光』を感じると発作を起こしやすい事が分かっている。他にもちょっとしたことで誘発される場合もあり、いつ発作が起きるか分からない。
(車からの脱出、頭部への外傷、両親が襲撃された時の音、目の前で激しく燃える車——。幼いりおには全てが衝撃的だったということか。
あとはカフェの爆破テロやビーチラインでの事故も、症状を複雑化させているかもしれない……)
爆破テロの轟音と閃光、そして事故の時に見た燃える車。
幼い記憶とリンクした可能性がある。いずれにしても、潜入捜査をする上で軽視できない症状には違いはない。
組織の一員として暗躍する以上、爆発や火災は一般人より遭遇する確率が格段に高いからだ。
そして一度発作を起こすと、めまいや頭痛、時にはフラッシュバックと共に突然不安感や悲壮感に襲われる。
ガタガタと震え、その場から身動きが取れなくなる状態が数十分続く。それが敵地への潜入時であったり、戦闘時であれば命に関わる。
ただ以前のように、意識を失ってしまうようなことは今のところない。
(これまでの治療が功を奏しているのは間違いないが、発作が緊急事態の時に起これば、命の保証はない……)
昼食を終え、片付けをしながら昴は大きなため息をついた。
***
「はぁ…はぁ…はぁ…」
つい二十分程前にも、都内で起きた震度2の地震をきっかけにしてりおは発作を起こし、床に座り込んだ。
「落ち着いたか?」
「う…ん…」
青い顔をしたまま、まだ震えているりおの肩を抱き、赤井はそっとソファーに座らせた。
「何か飲み物でも持ってこようか?」
「ううん……それより…そばにいて…抱きしめて…くれる?」
「ああ、いいさ」
赤井は隣に座り、りおを抱きしめる。りおも赤井の胸元に頬をすり寄せ、すがりついた。
(発作の時間はおよそ十五分から二十分。めまいと頭痛から始まり、強い不安感、浅い呼吸と動悸。発作そのもは以前と比べて軽いように見えるが、今度はその回数が問題だな)
ここ数日、ほぼ毎日起こる発作。過呼吸を起こすことは少ないが、発作後は気力も体力も奪われるらしく、しばらく動けない。
これでは潜入捜査どころか、日常生活にも支障をきたす。
「ごめんね」
しばらくして、りおが小さな声でつぶやいた。
「いや。それは良いんだが……さすがにこのままでいるのは良くない。りお、ドクターに相談に行かないか?
アメリカでのカウンセリングを断ったからといって、一人でどうにかできる問題でもない。日本を離れる気も、捜査から離脱するつもりも無いなら尚の事、ちゃんとドクターに診てもらって二人で治していこう」
「うん、そうする。このままじゃ生活もままならないものね……。かかりつけのドクターのところへ相談に行くわ。『二人で』ね」
りおは赤井の顔を見て微笑んだ。
(これで良かったんだろうか……)
赤井の胸に一抹の不安がよぎる。
潜入捜査官として致命的な症状を抱え、組織に身を置く。それを容認して良いのだろうか。
本心を言えば、赤井はりおをアメリカに送ってしまいたかった。
『自分も一緒に良くから』
そう提案すればあるいは……と思う事もある。
しかし——
FBIに入局する前から追っていた組織。
自分の父が関わったかもしれない相手。
奴らの全容を明かし壊滅に追い込む。
それは赤井の執念であり、FBI捜査官としての信念だ。
二年前の組織離脱から多くの時間と労力、そしてたくさんの犠牲を払った。今度こそ組織の首元に食らいつく。そう決心して再び日本に舞い戻ったのだ。
もしここでアメリカへ戻ったら……それらは全てムダになってしまうだろう。
仮にそれを赤井が受け入れ、日本を一緒に離れようと言っても、りおが納得するはずが無い。
(どうするのが正解なんだ? どうしたら…りおを守れる?)
ソファーに座り、答えの出ない問いを繰り返す。りおの肩を抱いたまま、赤井はギュッと目を閉じた。
***
夕方——。
安室はポアロでいつも通り笑顔を振りまく。そこへコナンが顔を出した。
「やあ、コナンくん。いらっしゃい。もう学校の宿題は終わったのかい?」
「うん。もちろん! あ、ねえ安室さん。ボクちょっと相談したいことがあるんだ~。ポアロのお仕事が終わってからで良いから、お話聞いてくれないかな」
「君が僕に相談ごと? 珍しいね。じゃあ…あと少しで上がるから、待っててくれるかな」
「うん。上に居るから、終わったらメールもらえる?」
「わかった」
安室の返事を聞いて、コナンはクルリと体の向きを変えるとポアロを出て行った。
それから三十分後——
『探偵事務所に来て』というメールの返信を貰った安室は、毛利探偵事務所のドアをノックした。
コンコン
「は~い、どうぞ~」
「失礼しま~す」
安室が中に入ると、事務所にはコナンしかいない。
「蘭姉ちゃんは買い物で遅くなるって。小五郎のおじさんは夕飯までパチンコ行ってくるって出かけたよ」
「じゃあ、コナンくんと二人っきりで話ができるってことだね」
「うん」
子どもっぽい返事をしたコナンは「どうぞ座って」と安室をソファーへ促した。
「実は…さくらさんの事なんだけど…」
安室が腰を下ろしたのを見て、コナンが切り出す。
「さくらさんがどうかした?」
カフェの自爆テロに巻き込まれて軽傷を負った事は報告を受けている。入院は一日だけで、今は自宅療養となっているはずだ。
「そ、それが……。う~ん、どこから話せばいいかな……ビーチラインで事故を目撃したことは、安室さん知ってる?」
「ああ、走り屋の車が事故を起こした……でも、そのことをさくらさんには訊かないでくれって、沖矢さんから言われているんだ。記憶の混乱があったって聞いたけど……」
運転手と同乗者は救出が間に合わず、焼死した事故。死に敏感な彼女が、少なからずショックを受けたであろうことは、安室も予想していた。
「うん…その事故がね、さくらさんのご両親の事故と似てたんだって。それからあまり日を置かずにカフェのテロがあったでしょ。どうやら昔の……さくらさんのご両親が亡くなる瞬間の記憶を取り戻したらしいんだ」
「え!?」
昴(赤井)から大まかな事は知らされていた安室は、事の重大さをすぐに理解した。
「そ、それじゃあ…さくらさんは…?」
「PTSDの発作がまた出てるって。今日学校の帰りにお見舞に行ってみたんだ。そしたらちょうど発作の直後だったみたいで……昴さんに聞いたら、最近毎日発作があるんだって。
これじゃあケガが治っても、捜査に戻るのは無理なんじゃないかって言ってたよ」
「ッ!」
コナンの話を聞いて安室の顔が曇る。
そこまで酷い事になっているとは知らなかった。ケガさえ治れば、いつも通りの日常が戻ってくるとばかり思っていた。
「昴さんがね、近いうちに安室さんに相談したいんだって。でも、今はさくらさんのそばを離れられないって言うんだ。
ある程度の生活は出来ているけど、心が不安定だからいつ発作が起きるか分からないって……」
コナンの話ぶりから、昴が何を望んでいるのか安室は正しく意図をくみ取った。
「なるほど。彼女の精神状態が不安定だから、『大事な話がある』と構えて来られるのは困る…ということか。あくまで自然に……お見舞に行く感じで僕に来て欲しい、ってことかな」
「うん。そういうこと! さくらさん、安定剤を飲むと眠ってしまうから、その時に話をしたいみたい」
上手く伝わったことにホッとしたのか、コナンは笑顔を見せる。
「わかった。じゃあ明日ちょうどポアロのシフト入っていないんだ。お見舞いがてら、工藤邸に行くって沖矢さんに伝えておいてくれないか。出来ればコナンくんも一緒だと助かるよ。僕一人だと彼女に勘繰られるだろ?」
「うん! わかった!」
ポケットからスマホを取り出し、コナンはすぐにメールを打つ。そんな彼の姿を、安室は険しい表情で見つめた。
りおの耳の状態は日増しに良くなっていた。
鼓膜は完治こそしていないが、日中も痛み止めなしで過ごせるようになり、耳鳴りも軽減しつつある。キズが小さくなるにつれて聞こえる音も増えてきた。
ベッドから出て過ごす時間も長くなり、食事もダイニングで赤井と一緒に取れるくらいまで回復していた。
そして徐々にPTSDの症状も明らかになった。
ここ数日の様子から『大きな音』や『強い光』を感じると発作を起こしやすい事が分かっている。他にもちょっとしたことで誘発される場合もあり、いつ発作が起きるか分からない。
(車からの脱出、頭部への外傷、両親が襲撃された時の音、目の前で激しく燃える車——。幼いりおには全てが衝撃的だったということか。
あとはカフェの爆破テロやビーチラインでの事故も、症状を複雑化させているかもしれない……)
爆破テロの轟音と閃光、そして事故の時に見た燃える車。
幼い記憶とリンクした可能性がある。いずれにしても、潜入捜査をする上で軽視できない症状には違いはない。
組織の一員として暗躍する以上、爆発や火災は一般人より遭遇する確率が格段に高いからだ。
そして一度発作を起こすと、めまいや頭痛、時にはフラッシュバックと共に突然不安感や悲壮感に襲われる。
ガタガタと震え、その場から身動きが取れなくなる状態が数十分続く。それが敵地への潜入時であったり、戦闘時であれば命に関わる。
ただ以前のように、意識を失ってしまうようなことは今のところない。
(これまでの治療が功を奏しているのは間違いないが、発作が緊急事態の時に起これば、命の保証はない……)
昼食を終え、片付けをしながら昴は大きなため息をついた。
***
「はぁ…はぁ…はぁ…」
つい二十分程前にも、都内で起きた震度2の地震をきっかけにしてりおは発作を起こし、床に座り込んだ。
「落ち着いたか?」
「う…ん…」
青い顔をしたまま、まだ震えているりおの肩を抱き、赤井はそっとソファーに座らせた。
「何か飲み物でも持ってこようか?」
「ううん……それより…そばにいて…抱きしめて…くれる?」
「ああ、いいさ」
赤井は隣に座り、りおを抱きしめる。りおも赤井の胸元に頬をすり寄せ、すがりついた。
(発作の時間はおよそ十五分から二十分。めまいと頭痛から始まり、強い不安感、浅い呼吸と動悸。発作そのもは以前と比べて軽いように見えるが、今度はその回数が問題だな)
ここ数日、ほぼ毎日起こる発作。過呼吸を起こすことは少ないが、発作後は気力も体力も奪われるらしく、しばらく動けない。
これでは潜入捜査どころか、日常生活にも支障をきたす。
「ごめんね」
しばらくして、りおが小さな声でつぶやいた。
「いや。それは良いんだが……さすがにこのままでいるのは良くない。りお、ドクターに相談に行かないか?
アメリカでのカウンセリングを断ったからといって、一人でどうにかできる問題でもない。日本を離れる気も、捜査から離脱するつもりも無いなら尚の事、ちゃんとドクターに診てもらって二人で治していこう」
「うん、そうする。このままじゃ生活もままならないものね……。かかりつけのドクターのところへ相談に行くわ。『二人で』ね」
りおは赤井の顔を見て微笑んだ。
(これで良かったんだろうか……)
赤井の胸に一抹の不安がよぎる。
潜入捜査官として致命的な症状を抱え、組織に身を置く。それを容認して良いのだろうか。
本心を言えば、赤井はりおをアメリカに送ってしまいたかった。
『自分も一緒に良くから』
そう提案すればあるいは……と思う事もある。
しかし——
FBIに入局する前から追っていた組織。
自分の父が関わったかもしれない相手。
奴らの全容を明かし壊滅に追い込む。
それは赤井の執念であり、FBI捜査官としての信念だ。
二年前の組織離脱から多くの時間と労力、そしてたくさんの犠牲を払った。今度こそ組織の首元に食らいつく。そう決心して再び日本に舞い戻ったのだ。
もしここでアメリカへ戻ったら……それらは全てムダになってしまうだろう。
仮にそれを赤井が受け入れ、日本を一緒に離れようと言っても、りおが納得するはずが無い。
(どうするのが正解なんだ? どうしたら…りおを守れる?)
ソファーに座り、答えの出ない問いを繰り返す。りおの肩を抱いたまま、赤井はギュッと目を閉じた。
***
夕方——。
安室はポアロでいつも通り笑顔を振りまく。そこへコナンが顔を出した。
「やあ、コナンくん。いらっしゃい。もう学校の宿題は終わったのかい?」
「うん。もちろん! あ、ねえ安室さん。ボクちょっと相談したいことがあるんだ~。ポアロのお仕事が終わってからで良いから、お話聞いてくれないかな」
「君が僕に相談ごと? 珍しいね。じゃあ…あと少しで上がるから、待っててくれるかな」
「うん。上に居るから、終わったらメールもらえる?」
「わかった」
安室の返事を聞いて、コナンはクルリと体の向きを変えるとポアロを出て行った。
それから三十分後——
『探偵事務所に来て』というメールの返信を貰った安室は、毛利探偵事務所のドアをノックした。
コンコン
「は~い、どうぞ~」
「失礼しま~す」
安室が中に入ると、事務所にはコナンしかいない。
「蘭姉ちゃんは買い物で遅くなるって。小五郎のおじさんは夕飯までパチンコ行ってくるって出かけたよ」
「じゃあ、コナンくんと二人っきりで話ができるってことだね」
「うん」
子どもっぽい返事をしたコナンは「どうぞ座って」と安室をソファーへ促した。
「実は…さくらさんの事なんだけど…」
安室が腰を下ろしたのを見て、コナンが切り出す。
「さくらさんがどうかした?」
カフェの自爆テロに巻き込まれて軽傷を負った事は報告を受けている。入院は一日だけで、今は自宅療養となっているはずだ。
「そ、それが……。う~ん、どこから話せばいいかな……ビーチラインで事故を目撃したことは、安室さん知ってる?」
「ああ、走り屋の車が事故を起こした……でも、そのことをさくらさんには訊かないでくれって、沖矢さんから言われているんだ。記憶の混乱があったって聞いたけど……」
運転手と同乗者は救出が間に合わず、焼死した事故。死に敏感な彼女が、少なからずショックを受けたであろうことは、安室も予想していた。
「うん…その事故がね、さくらさんのご両親の事故と似てたんだって。それからあまり日を置かずにカフェのテロがあったでしょ。どうやら昔の……さくらさんのご両親が亡くなる瞬間の記憶を取り戻したらしいんだ」
「え!?」
昴(赤井)から大まかな事は知らされていた安室は、事の重大さをすぐに理解した。
「そ、それじゃあ…さくらさんは…?」
「PTSDの発作がまた出てるって。今日学校の帰りにお見舞に行ってみたんだ。そしたらちょうど発作の直後だったみたいで……昴さんに聞いたら、最近毎日発作があるんだって。
これじゃあケガが治っても、捜査に戻るのは無理なんじゃないかって言ってたよ」
「ッ!」
コナンの話を聞いて安室の顔が曇る。
そこまで酷い事になっているとは知らなかった。ケガさえ治れば、いつも通りの日常が戻ってくるとばかり思っていた。
「昴さんがね、近いうちに安室さんに相談したいんだって。でも、今はさくらさんのそばを離れられないって言うんだ。
ある程度の生活は出来ているけど、心が不安定だからいつ発作が起きるか分からないって……」
コナンの話ぶりから、昴が何を望んでいるのか安室は正しく意図をくみ取った。
「なるほど。彼女の精神状態が不安定だから、『大事な話がある』と構えて来られるのは困る…ということか。あくまで自然に……お見舞に行く感じで僕に来て欲しい、ってことかな」
「うん。そういうこと! さくらさん、安定剤を飲むと眠ってしまうから、その時に話をしたいみたい」
上手く伝わったことにホッとしたのか、コナンは笑顔を見せる。
「わかった。じゃあ明日ちょうどポアロのシフト入っていないんだ。お見舞いがてら、工藤邸に行くって沖矢さんに伝えておいてくれないか。出来ればコナンくんも一緒だと助かるよ。僕一人だと彼女に勘繰られるだろ?」
「うん! わかった!」
ポケットからスマホを取り出し、コナンはすぐにメールを打つ。そんな彼の姿を、安室は険しい表情で見つめた。