第7章 ~記憶の扉が開くとき~
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***
翌朝、工藤邸——
自室のベッドでりおは眠っていた。
トントン
ノックの音と共にドアが開く。トレーを持った赤井が部屋に入ると、その気配でりおが目を覚ました。
「…ん…おはよ…秀一さん…」
「ああ、おはよう。朝食を作ったんだ。起きて食べられそうか?」
赤井はトレーをベッドサイドに置いた。そこには二人分の食事が載っている。
「うん、大丈夫。わぁ…良い匂いがする」
りおは赤井の手を借りて起き上がった。赤井はりおの額に手を伸ばす。
「ん、熱はだいぶ下がったな。体はまだ痛むか?」
「う〜ん……体の小さなケガはもう痛くはないけど、耳は少し痛いかな。耳鳴りがして良く聞こえないの」
りおは自身の右耳にそっと触れた。
「爆発の衝撃で鼓膜が破れてしまったからな…。完全に戻るのに一か月はかかる。それでも内耳までは影響が無かったんだから不幸中の幸いだ」
赤井は自分の分の皿をサイドボードに置くと、残りはトレーごとりおの膝に置いた。
「わぁ! 野菜スープとロールパンだ」
柔らかく煮込まれた野菜たっぷりのスープが湯気をあげている。ロールパンは近くのベーカリーで美味しいと評判のものだ。
「固いものは耳に響くと思ってね。野菜スープはりおも好きだろう? 柔らかくなるまで良く煮てあるから、たくさん食べるといい。
パンもトーストせずに美味しく食べられる物を選んだつもりだ。前に俺がケガをした時に、味付けや固さまで気を使ってくれただろう? アレを真似してみたんだが……」
どうかな? と赤井はやや心配そうに微笑む。
「うん! 美味しそう…ありがとう秀一さん」
りおは満面の笑みを見せる。幸せそうに微笑む姿は赤井の心も満たした。
「一人で食べるのは味気なくてね。冷めないうちに一緒に食べよう」
赤井も笑顔でスプーンを手に取った。
「美味しい!」を連発して、キレイにスープをたいらげたりおは、食器を重ねて部屋を出ようとする赤井に声を掛ける。
「ねぇ、この後着替えたらリビングに居ても良い?」
「お前が辛くないなら」
心配そうに様子を伺う赤井に、りおは「大丈夫、無理はしないから」と応えた。
赤井が行ったあと、身支度を整え壁に手をつきながらゆっくりとリビングへ向かう。ドアを開ければそこには暖かな日の光が差し込んでいた。りおはソファーに近づき腰かける。
右耳だけに聞こえる「キーン」という音以外、静かで誰もいないリビング。
ここだけ時間が止まってしまったような気がして、りおはわずかに寂しさを感じた。
やがて、洗い物を終えた赤井がリビングに顔を出す。
「部屋まで迎えに行こうと思っていたが、もう来ていたのか。ブランケットを出そう。冷えるといけない」
ゴソゴソと戸棚の中からブランケットを取り出し、ふわりとりおの膝に掛けた。
甲斐甲斐しく世話を焼く赤井を見て、りおは先程までの寂しさがどこかに吹き飛んだ気がした。
(あなたがそばに居るだけで、こんなに温かい気持ちになるのに。ブランケットまで掛けてもらって……贅沢ね、私)
膝の上のブランケットを眺めて、フフッとりおは笑う。
「ありがとう。そういえば変装しないの?」
だいぶ日も高いというのに、今日は赤井のままだ。不思議そうにりおは訊ねた。
「博士に頼んで『沖矢昴』はしばらく留守って事にしてあるんだ。おかげで外に出ることも出来ない。こんな引きこもり生活の俺を、お前は構ってくれるか?」
いたずらっ子のような笑みを浮かべて、赤井はりおの顔を見る。
「あ……もしかして、私が『秀一さんと居たい』って言ったから?」
「ああ。普段は絶対に言わないわがままを言われたんだ。聞いてやらない訳にはいかんだろう?」
そう言って赤井はりおに微笑みかけた。
午前中は晴天だったものの、昼過ぎから空には雲が広がり始めた。
やがて小学生が下校する頃になると、分厚い雲が空を覆う。ザワザワと風が吹き、工藤邸の庭木が大きく揺れている。リビングの窓がガタガタと音を立てた。
「降りそうだな」
読んでいた本から視線を上げ、赤井が窓の外を見た。
「うん、そうだね。だからかな…。少し頭が痛いし、右耳の痛みも増した気がする」
ブランケットに包まり、時々ソファーでウトウトしていたりおは、両方のこめかみを押さえ目を閉じる。
「酷くならないうちに薬飲んでおくわ」
これは早めに痛み止めを飲んだ方が良さそうだ。りおは安定剤と共に処方してもらった薬を飲もうと、ソファーから立ち上がった。
その時———
ピカッ!!
ゴロゴロドシャ—ンッ!!!
突然の稲光と轟音。
耳をつんざくような音と共に、近くの木に雷が落ちた。足元に衝撃が響く。窓ガラスが激しく振動した。
「きゃあッ!」
凄まじい衝撃を感じ、りおが両耳を押さえて座り込む。
「りお⁉ どうした? 大丈夫か?」
赤井が慌てて駆け寄った。りおの背中に手を置き顔を覗き込む。
彼女は今耳を傷めている。落雷の轟音や衝撃は思った以上に堪えるのかもしれない。
「音と衝撃がすごかった。りお、耳は大丈夫か?」
赤井はりおの左側から声をかけた。
「ッ!」
うずくまるりおを見てハッとした。その細い肩が震えている。
「は、は…ふ…はぁ……ふぅッ…は…」
「おい! どうした⁉」
耳を、そして頭を押さえ、りおはブルブルと震えたまま浅い呼吸を繰り返す。
耳も頭も痛い。割れるように痛い。
グルグルとめまいがして、段々視界が狭まっていく。目の前がまるで黒く塗りつぶされていくかのように。
広がる暗闇の中、先程見た稲光が脳裏で何度も繰り返された。稲光がやがて轟々と燃えるオレンジの光に変わる。
火を吹く車
人の形をした炎
モクモクと立ち上る黒い煙
全てが燃やし尽くされ、何もかも無くなってしまう。
自分の大切なものが全て———
「はぁ…はぁ…い、いや…いやだ……」
(私から全部奪わないで…)
足元から闇の中へと突き落とされるような不安がりおを襲う。
「りお! 大丈夫だから、こっちを見ろ!」
赤井が何度も声をかけるが、聞こえている様子はない。りおの顔からは血の気が引き、真っ青な顔で震えている。
「は…ッ…はぁ……は……うぅッ…ふ…ぅ…」
涙を流し、不規則な呼吸を続けるりおを、赤井は成す統べなく抱きしめる事しか出来なかった。
翌朝、工藤邸——
自室のベッドでりおは眠っていた。
トントン
ノックの音と共にドアが開く。トレーを持った赤井が部屋に入ると、その気配でりおが目を覚ました。
「…ん…おはよ…秀一さん…」
「ああ、おはよう。朝食を作ったんだ。起きて食べられそうか?」
赤井はトレーをベッドサイドに置いた。そこには二人分の食事が載っている。
「うん、大丈夫。わぁ…良い匂いがする」
りおは赤井の手を借りて起き上がった。赤井はりおの額に手を伸ばす。
「ん、熱はだいぶ下がったな。体はまだ痛むか?」
「う〜ん……体の小さなケガはもう痛くはないけど、耳は少し痛いかな。耳鳴りがして良く聞こえないの」
りおは自身の右耳にそっと触れた。
「爆発の衝撃で鼓膜が破れてしまったからな…。完全に戻るのに一か月はかかる。それでも内耳までは影響が無かったんだから不幸中の幸いだ」
赤井は自分の分の皿をサイドボードに置くと、残りはトレーごとりおの膝に置いた。
「わぁ! 野菜スープとロールパンだ」
柔らかく煮込まれた野菜たっぷりのスープが湯気をあげている。ロールパンは近くのベーカリーで美味しいと評判のものだ。
「固いものは耳に響くと思ってね。野菜スープはりおも好きだろう? 柔らかくなるまで良く煮てあるから、たくさん食べるといい。
パンもトーストせずに美味しく食べられる物を選んだつもりだ。前に俺がケガをした時に、味付けや固さまで気を使ってくれただろう? アレを真似してみたんだが……」
どうかな? と赤井はやや心配そうに微笑む。
「うん! 美味しそう…ありがとう秀一さん」
りおは満面の笑みを見せる。幸せそうに微笑む姿は赤井の心も満たした。
「一人で食べるのは味気なくてね。冷めないうちに一緒に食べよう」
赤井も笑顔でスプーンを手に取った。
「美味しい!」を連発して、キレイにスープをたいらげたりおは、食器を重ねて部屋を出ようとする赤井に声を掛ける。
「ねぇ、この後着替えたらリビングに居ても良い?」
「お前が辛くないなら」
心配そうに様子を伺う赤井に、りおは「大丈夫、無理はしないから」と応えた。
赤井が行ったあと、身支度を整え壁に手をつきながらゆっくりとリビングへ向かう。ドアを開ければそこには暖かな日の光が差し込んでいた。りおはソファーに近づき腰かける。
右耳だけに聞こえる「キーン」という音以外、静かで誰もいないリビング。
ここだけ時間が止まってしまったような気がして、りおはわずかに寂しさを感じた。
やがて、洗い物を終えた赤井がリビングに顔を出す。
「部屋まで迎えに行こうと思っていたが、もう来ていたのか。ブランケットを出そう。冷えるといけない」
ゴソゴソと戸棚の中からブランケットを取り出し、ふわりとりおの膝に掛けた。
甲斐甲斐しく世話を焼く赤井を見て、りおは先程までの寂しさがどこかに吹き飛んだ気がした。
(あなたがそばに居るだけで、こんなに温かい気持ちになるのに。ブランケットまで掛けてもらって……贅沢ね、私)
膝の上のブランケットを眺めて、フフッとりおは笑う。
「ありがとう。そういえば変装しないの?」
だいぶ日も高いというのに、今日は赤井のままだ。不思議そうにりおは訊ねた。
「博士に頼んで『沖矢昴』はしばらく留守って事にしてあるんだ。おかげで外に出ることも出来ない。こんな引きこもり生活の俺を、お前は構ってくれるか?」
いたずらっ子のような笑みを浮かべて、赤井はりおの顔を見る。
「あ……もしかして、私が『秀一さんと居たい』って言ったから?」
「ああ。普段は絶対に言わないわがままを言われたんだ。聞いてやらない訳にはいかんだろう?」
そう言って赤井はりおに微笑みかけた。
午前中は晴天だったものの、昼過ぎから空には雲が広がり始めた。
やがて小学生が下校する頃になると、分厚い雲が空を覆う。ザワザワと風が吹き、工藤邸の庭木が大きく揺れている。リビングの窓がガタガタと音を立てた。
「降りそうだな」
読んでいた本から視線を上げ、赤井が窓の外を見た。
「うん、そうだね。だからかな…。少し頭が痛いし、右耳の痛みも増した気がする」
ブランケットに包まり、時々ソファーでウトウトしていたりおは、両方のこめかみを押さえ目を閉じる。
「酷くならないうちに薬飲んでおくわ」
これは早めに痛み止めを飲んだ方が良さそうだ。りおは安定剤と共に処方してもらった薬を飲もうと、ソファーから立ち上がった。
その時———
ピカッ!!
ゴロゴロドシャ—ンッ!!!
突然の稲光と轟音。
耳をつんざくような音と共に、近くの木に雷が落ちた。足元に衝撃が響く。窓ガラスが激しく振動した。
「きゃあッ!」
凄まじい衝撃を感じ、りおが両耳を押さえて座り込む。
「りお⁉ どうした? 大丈夫か?」
赤井が慌てて駆け寄った。りおの背中に手を置き顔を覗き込む。
彼女は今耳を傷めている。落雷の轟音や衝撃は思った以上に堪えるのかもしれない。
「音と衝撃がすごかった。りお、耳は大丈夫か?」
赤井はりおの左側から声をかけた。
「ッ!」
うずくまるりおを見てハッとした。その細い肩が震えている。
「は、は…ふ…はぁ……ふぅッ…は…」
「おい! どうした⁉」
耳を、そして頭を押さえ、りおはブルブルと震えたまま浅い呼吸を繰り返す。
耳も頭も痛い。割れるように痛い。
グルグルとめまいがして、段々視界が狭まっていく。目の前がまるで黒く塗りつぶされていくかのように。
広がる暗闇の中、先程見た稲光が脳裏で何度も繰り返された。稲光がやがて轟々と燃えるオレンジの光に変わる。
火を吹く車
人の形をした炎
モクモクと立ち上る黒い煙
全てが燃やし尽くされ、何もかも無くなってしまう。
自分の大切なものが全て———
「はぁ…はぁ…い、いや…いやだ……」
(私から全部奪わないで…)
足元から闇の中へと突き落とされるような不安がりおを襲う。
「りお! 大丈夫だから、こっちを見ろ!」
赤井が何度も声をかけるが、聞こえている様子はない。りおの顔からは血の気が引き、真っ青な顔で震えている。
「は…ッ…はぁ……は……うぅッ…ふ…ぅ…」
涙を流し、不規則な呼吸を続けるりおを、赤井は成す統べなく抱きしめる事しか出来なかった。