第7章 ~記憶の扉が開くとき~
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もしもの時のお守りにと安定剤を処方してもらい、昴とりおは工藤邸へと帰り着く。運転席を出ると昴は助手席側に回り、りおの肩に手を回した。
「ひとりで歩けるよ」
「鼓膜が破れて内圧も変わっている。めまいを起こしてもおかしくないんですよ」
「あ…そっか…」
昴に言われ、りおは肩を抱かれたままバスルームへ直行した。
病院ではさすがに入浴は出来ず、体を拭いてもらっただけだった。
まだ熱はあるが体も動かせるようになったので、耳にカバーを付けてシャワーを浴び、爆発の汚れを完全に落とす。
昴の助けを借りて着替えを済ませると、りおは寝室のベッドに横になった。
「ねえ…外明るいよ…寝るには早いよ」
「しばらく安静って言われたでしょう。まだ熱があるんですから、大人しくしていてくださいね」
「はぁ…い…」
威圧的な昴の態度に、りおは布団を首元まで引っ張り上げ渋々返事をした。確かに熱のせいで体はだるいし耳も痛い。昴はカーテンを引き、部屋を暗くする。
「あ。ねえ、昴さん…」
おやすみ、といって部屋を出ようとした昴に、りおが声をかける。
「ん? どうした?」
「今、思い出したの。爆発の前にアロンと話していたことを…」
りおは「はぁ…」とやや熱い息を吐いて、顔を昴の方へ向けた。
「アロンはダリル・ホリンズで間違いないわ。本人も認めたから。刺客に襲われる直前、私はアロンに『カーディナルから手解きを受けたのはビジネスだけ?』って訊ねたの。
そしたらアロンは『爆破の手解きは受けていないが、もっと別のことを教わった』って言ってたわ」
「別のこと?」
ドアの前にいた昴はりおに近づく。目線を合わせるようにベッドサイドに膝をついた。
「うん。《ホール》って言ってた。誰も気付かない小さな穴。でもそれは【崩壊】が始まる小さな綻びになるって言ってたの。それが何を意味するのか訊こうとしたところで、刺客に襲われて…」
一気にしゃべったせいか少し息が苦しくなって、りおは数回大きく呼吸した。
「分かった。熱も高いんだ、無理するな。アロンがダリルだという事実と《ホール》については俺からエヴァンに知らせておく。
これで公安とFBI本部にもその事実が伝えられるだろう。お前はまずゆっくり休め。いいな」
昴はそっとりおの頭を撫でる。何度か撫でているうちに、りおの目が完全に閉じた。
りおが眠ったことを確認して、昴は静かに部屋を出た。
***
「赤井くん、突然すまない。ちょっと話したいことがあるんだが……いいかな?」
その日の夜、ジェームズが簡単な変装をして工藤邸にやってきた。りおの記憶が戻ったことは、転院のタイミングで冴島とジェームズ双方に伝えてある。
おそらくそれに関連した事を伝えるために、わざわざ出向いてきたのだろう。
「ええ、もちろん。どうぞ」
ジェームズを家の中へと招き入れた赤井は、リビングへと通す。そこにはりおもルームウェアにカーディガンを羽織り、ソファーに座っていた。
「起きていて大丈夫なのかい?」
帽子を取りながらジェームズがりおに訊ねた。
「午後退院してから、さっきまでずっと寝ていたんですよ。さすがに体も痛くって……。昴さんに無理言って連れてきて貰ったんです」
熱で赤い顔をしたりおが微笑んだ。
「熱が高いから止めとけと言ったんですがね」
対照的にやや諦め顔の赤井は、ため息交じりに答える。
相変わらずだね、とジェームズが苦笑いした。
「実は二人に相談があってね…」
ジェームズはゆっくりとソファーに腰を下ろし、二人に話しかけた。
「赤井くん、昨日冴島くんとも相談したんだが…。りおくんをアメリカに送り、あちらで専門のカウンセリングを受けさせてはどうだろう。
アメリカではPTSDの治療のノウハウがしっかりしている。先の中東での戦争後、その効果は実証されているし…。
日本では彼女の性格上、仕事から離れられない。組織や仕事から距離を置き、しっかりと治療を受けた方が良いのではないだろうか」
ジェームズはゆっくりと、二人の顔を交互に見ながら話をした。赤井もりおも、それを黙って聞いている。
「りお、お前はどうしたい?」
ジェームズの提案を聞いて、赤井はりおに訊ねた。
「せっかくのご提案ですが、私は日本を離れるつもりはありません」
りおはキッパリと拒否した。
「お前の気持ちもわかるが……。ジェームズの提案は最善の策だと俺は思う。
記憶が戻ったばかりだし、万が一切迫した状況の時に今回のようなパニックを起こせば、命に関わることに成りかねない」
赤井は丁寧に説明をして、りおの気持ちを解きほぐそうとした。しかしりおは首を横に振る。
「なぜだ? なぜそこまで拒否する?」
何を言っても、どう説得しても、りおの気持ちは変わらない。赤井は理由を訊ねた。
「私は……あなたと離れるのは絶対イヤなの。ノエルにも言われたでしょう? 私たちは離れちゃダメだって。
それに私一人が逃げるみたいで、それもイヤ。私はあなたが居れば…、あなたさえ居てくれれば、ちゃんと自分と向き合うわ。だからアメリカには行きたくない。私は【赤井秀一】のそばに居たいの」
悲しげに微笑むりおの目には涙が光る。それはまるで『私を一人にしないで』と言っているようだった。
「りお…お前…」
りおの本心を聞き、赤井は言葉を失う。
ジェームズは少し残念そうに…しかし納得したようにうなずいた。
「分かったよ…。お前のそばに居るから…」
説得を諦めた赤井は優しく微笑んだ。
***
深夜の倉庫街———
地下のアジトでは、作戦に失敗したスンホが戦々恐々としていた。
「くッ! このままでは私は粛清対象だ。何も成果を挙げないまま死ぬわけにはいかぬ…。差し違えてでも一矢報いなければ…」
部屋の中をうろうろと歩き回り、何か手はないかと考えた。
手負いのラスティーを見つけ出してトドメを刺す事も考えたが、今優先すべき任務はジン(組織)の『計画』を暴くことだ。
今回はアロンを拉致し、その計画を吐かせる事が主たる目的だった。あくまでラスティー暗殺はアロンと居合わせたからというオプションに過ぎない。
「せめてアロンの居場所さえ分かれば……。今回の件でさらに居場所が探しにくくなった。どうする?」
額に汗を浮かべたまま、スンホは次から次へと思考を巡らせる。
ブーッブーッブーッ……
突然スンホのスマホが鳴り出した。電話を取り出し、相手を確認したスンホは顔色を変える。震える手で着信をタップした。
「…は、はい」
『スンホか。私だ。カフェの作戦……ラスティー相手に失敗したそうじゃないか』
ソジュンは驚くほど穏やかな声で言うと、しばし沈黙した。スンホは思わず生唾を飲み込む。
『…まあいい。お前もこのまま終わりたくはないだろう? 今一度チャンスをやることにしよう。
奴らは我々の動きに気付いた。しばらくの間は闇夜に隠れ、組織の追跡の目をくらませるのだ。
先の自爆騒ぎで、おそらくラムが計画を一旦ストップさせるだろう。ラスティーも今回ケガをした。一時的に組織から距離を取ることは間違いない。
その為、奴らの計画を暴くのは容易ではないぞ』
ソジュンの声が冷たく言い放つ。スンホはそれを冷や汗を流しながら聞いていた。
『だが、手が無いわけでは無い。ジンのことだ。ラムの指示を容易く受け入れるとは考えにくい。しかも今回の件、ベルモットが計画の中枢にいたのは確かだ。
奴らの計画を探るにはベルモットをマークするのが得策……。今は泳がせ、徹底的に調べろ。言っておくが……次は無い』
「……ッ! 御意…」
スンホは電話を切ると深く息を吐いた。どうやらまだ、自分は使える駒として認めてもらえているらしい。そしてこれが最後のチャンス。
「必ずや奴らの計画を暴いてごらんに入れます」
ギラリとスンホの目が険しくなった。
「ひとりで歩けるよ」
「鼓膜が破れて内圧も変わっている。めまいを起こしてもおかしくないんですよ」
「あ…そっか…」
昴に言われ、りおは肩を抱かれたままバスルームへ直行した。
病院ではさすがに入浴は出来ず、体を拭いてもらっただけだった。
まだ熱はあるが体も動かせるようになったので、耳にカバーを付けてシャワーを浴び、爆発の汚れを完全に落とす。
昴の助けを借りて着替えを済ませると、りおは寝室のベッドに横になった。
「ねえ…外明るいよ…寝るには早いよ」
「しばらく安静って言われたでしょう。まだ熱があるんですから、大人しくしていてくださいね」
「はぁ…い…」
威圧的な昴の態度に、りおは布団を首元まで引っ張り上げ渋々返事をした。確かに熱のせいで体はだるいし耳も痛い。昴はカーテンを引き、部屋を暗くする。
「あ。ねえ、昴さん…」
おやすみ、といって部屋を出ようとした昴に、りおが声をかける。
「ん? どうした?」
「今、思い出したの。爆発の前にアロンと話していたことを…」
りおは「はぁ…」とやや熱い息を吐いて、顔を昴の方へ向けた。
「アロンはダリル・ホリンズで間違いないわ。本人も認めたから。刺客に襲われる直前、私はアロンに『カーディナルから手解きを受けたのはビジネスだけ?』って訊ねたの。
そしたらアロンは『爆破の手解きは受けていないが、もっと別のことを教わった』って言ってたわ」
「別のこと?」
ドアの前にいた昴はりおに近づく。目線を合わせるようにベッドサイドに膝をついた。
「うん。《ホール》って言ってた。誰も気付かない小さな穴。でもそれは【崩壊】が始まる小さな綻びになるって言ってたの。それが何を意味するのか訊こうとしたところで、刺客に襲われて…」
一気にしゃべったせいか少し息が苦しくなって、りおは数回大きく呼吸した。
「分かった。熱も高いんだ、無理するな。アロンがダリルだという事実と《ホール》については俺からエヴァンに知らせておく。
これで公安とFBI本部にもその事実が伝えられるだろう。お前はまずゆっくり休め。いいな」
昴はそっとりおの頭を撫でる。何度か撫でているうちに、りおの目が完全に閉じた。
りおが眠ったことを確認して、昴は静かに部屋を出た。
***
「赤井くん、突然すまない。ちょっと話したいことがあるんだが……いいかな?」
その日の夜、ジェームズが簡単な変装をして工藤邸にやってきた。りおの記憶が戻ったことは、転院のタイミングで冴島とジェームズ双方に伝えてある。
おそらくそれに関連した事を伝えるために、わざわざ出向いてきたのだろう。
「ええ、もちろん。どうぞ」
ジェームズを家の中へと招き入れた赤井は、リビングへと通す。そこにはりおもルームウェアにカーディガンを羽織り、ソファーに座っていた。
「起きていて大丈夫なのかい?」
帽子を取りながらジェームズがりおに訊ねた。
「午後退院してから、さっきまでずっと寝ていたんですよ。さすがに体も痛くって……。昴さんに無理言って連れてきて貰ったんです」
熱で赤い顔をしたりおが微笑んだ。
「熱が高いから止めとけと言ったんですがね」
対照的にやや諦め顔の赤井は、ため息交じりに答える。
相変わらずだね、とジェームズが苦笑いした。
「実は二人に相談があってね…」
ジェームズはゆっくりとソファーに腰を下ろし、二人に話しかけた。
「赤井くん、昨日冴島くんとも相談したんだが…。りおくんをアメリカに送り、あちらで専門のカウンセリングを受けさせてはどうだろう。
アメリカではPTSDの治療のノウハウがしっかりしている。先の中東での戦争後、その効果は実証されているし…。
日本では彼女の性格上、仕事から離れられない。組織や仕事から距離を置き、しっかりと治療を受けた方が良いのではないだろうか」
ジェームズはゆっくりと、二人の顔を交互に見ながら話をした。赤井もりおも、それを黙って聞いている。
「りお、お前はどうしたい?」
ジェームズの提案を聞いて、赤井はりおに訊ねた。
「せっかくのご提案ですが、私は日本を離れるつもりはありません」
りおはキッパリと拒否した。
「お前の気持ちもわかるが……。ジェームズの提案は最善の策だと俺は思う。
記憶が戻ったばかりだし、万が一切迫した状況の時に今回のようなパニックを起こせば、命に関わることに成りかねない」
赤井は丁寧に説明をして、りおの気持ちを解きほぐそうとした。しかしりおは首を横に振る。
「なぜだ? なぜそこまで拒否する?」
何を言っても、どう説得しても、りおの気持ちは変わらない。赤井は理由を訊ねた。
「私は……あなたと離れるのは絶対イヤなの。ノエルにも言われたでしょう? 私たちは離れちゃダメだって。
それに私一人が逃げるみたいで、それもイヤ。私はあなたが居れば…、あなたさえ居てくれれば、ちゃんと自分と向き合うわ。だからアメリカには行きたくない。私は【赤井秀一】のそばに居たいの」
悲しげに微笑むりおの目には涙が光る。それはまるで『私を一人にしないで』と言っているようだった。
「りお…お前…」
りおの本心を聞き、赤井は言葉を失う。
ジェームズは少し残念そうに…しかし納得したようにうなずいた。
「分かったよ…。お前のそばに居るから…」
説得を諦めた赤井は優しく微笑んだ。
***
深夜の倉庫街———
地下のアジトでは、作戦に失敗したスンホが戦々恐々としていた。
「くッ! このままでは私は粛清対象だ。何も成果を挙げないまま死ぬわけにはいかぬ…。差し違えてでも一矢報いなければ…」
部屋の中をうろうろと歩き回り、何か手はないかと考えた。
手負いのラスティーを見つけ出してトドメを刺す事も考えたが、今優先すべき任務はジン(組織)の『計画』を暴くことだ。
今回はアロンを拉致し、その計画を吐かせる事が主たる目的だった。あくまでラスティー暗殺はアロンと居合わせたからというオプションに過ぎない。
「せめてアロンの居場所さえ分かれば……。今回の件でさらに居場所が探しにくくなった。どうする?」
額に汗を浮かべたまま、スンホは次から次へと思考を巡らせる。
ブーッブーッブーッ……
突然スンホのスマホが鳴り出した。電話を取り出し、相手を確認したスンホは顔色を変える。震える手で着信をタップした。
「…は、はい」
『スンホか。私だ。カフェの作戦……ラスティー相手に失敗したそうじゃないか』
ソジュンは驚くほど穏やかな声で言うと、しばし沈黙した。スンホは思わず生唾を飲み込む。
『…まあいい。お前もこのまま終わりたくはないだろう? 今一度チャンスをやることにしよう。
奴らは我々の動きに気付いた。しばらくの間は闇夜に隠れ、組織の追跡の目をくらませるのだ。
先の自爆騒ぎで、おそらくラムが計画を一旦ストップさせるだろう。ラスティーも今回ケガをした。一時的に組織から距離を取ることは間違いない。
その為、奴らの計画を暴くのは容易ではないぞ』
ソジュンの声が冷たく言い放つ。スンホはそれを冷や汗を流しながら聞いていた。
『だが、手が無いわけでは無い。ジンのことだ。ラムの指示を容易く受け入れるとは考えにくい。しかも今回の件、ベルモットが計画の中枢にいたのは確かだ。
奴らの計画を探るにはベルモットをマークするのが得策……。今は泳がせ、徹底的に調べろ。言っておくが……次は無い』
「……ッ! 御意…」
スンホは電話を切ると深く息を吐いた。どうやらまだ、自分は使える駒として認めてもらえているらしい。そしてこれが最後のチャンス。
「必ずや奴らの計画を暴いてごらんに入れます」
ギラリとスンホの目が険しくなった。