第7章 ~記憶の扉が開くとき~
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****
「ルナ! りお! 頭を低くしろ!」
りおの父、広瀬一真が叫んだ。
「一真ッ! このままじゃこの子まで……」
「ああ……」
ハンドルを握る一真は、銃撃をかわしながら奥歯を噛みしめた。
母のルナはりおに覆いかぶさるようにして体勢を低くしている。
車の前にも右横にも後ろにも、組織の車が並走していた。左側は山。逃げ道はない。
横の車からは容赦なく銃撃されている。
車に仕掛けられていた爆弾は乗車する前に気付いて解除したのだが——。
「爆破できないと分かって、直接狙いに来たか…!」
車の防弾ガラスにもひびが入り、一真自身も腕に銃弾を受けていた。
「りお……よく聞け。今からお前は、奴らに気付かれないように車から飛び降りるんだ。
上手く逃げられたら…冴島のおじちゃん…分かるよな? そいつのところに行くんだ」
一真は攻撃を避けながら、りおに分かるように声を掛ける。
「冴島に会ったら、二人でママの友達のジェームズに連絡を取れ。髭のおじちゃん。おぼえているな?」
「うん」
りおは『キャンディ』を『スウィート』だと言って手渡してくれた優しい髭のおじさんを思い出した。
「三人で会ったら、パパと作った『でたらめなお話』を二人に聞かせてやってくれ」
「いつも言っているように、その時はペンダントを忘れないで。必ず持っていくのよ?」
ルナが優しく声をかけた。
「うん。わかった。冴島のおじちゃんと会ったら、スウィートのジェームズおじちゃんに連絡して、二人にパパと作った『でたらめなお話』をするの。
その『でたらめのお話』をする時はペンダントと一緒…でしょ?」
「そうだ、りお。完璧だな!」
一真はルームミラー越しに笑顔を見せる。
「すべてをお前に託したぞ」
「たくさんの人の命が、あなたにかかっているわ!」
「うん、わかった。でも……パパとママは?」
「…」
「…」
りおの問いかけに二人は何も言わなかった。
「?」を浮かべる娘に、ルナは居たたまれず強く抱きしめる。
「りお、愛してるわ。パパとママの分まで幸せになってね」
「りお……パパもお前を愛してるよ」
「え?」
両親の言葉が何を意味するのか分からず、聞き返そうとした時、車が左に大きくカーブした。一真がブレーキを強く踏む。
急に車が減速し、後ろに居た組織の車が驚いてブレーキを掛けた。
キキキキ————ッ!!!!
ドンッ!!!
家族が乗った車に激突した組織の車は、はずみで横を向いた。
一真は再びアクセルを踏む。
次に緩い右カーブに差しかかった時、一真はハンドルを大きく右に振り、隣の車に体当たりした。
組織の車は衝撃でガードレールに弾き飛ばされ、一瞬だけ制御不能になる。先頭の車に乗っていた者たちも、その様子に「アッ」と息を飲んだ。
敵の目が一瞬、りおたちの車から離れる。
その時一真が叫んだ。
「行けッ! りおッ!」
「ぱ、パパ!? ママ!?」
ガチャッ
車のドアがわずかに開く。
ドン!
りおはルナに背中を押され、そのまま草むらへと転がり落ちた。
草がクッションになったものの、体に衝撃が走る。
近くにあった石に頭をぶつけ、流血した。
りおは草むらの中を数回転がり、仰向けのままほんのわずかな時間、意識がフッと遠のく。
草の匂い
日の出直前の空
冷たい空気
耳も塞がれたようにボーッと耳鳴りがして、先程までの緊張感が遠い事のように感じた。
(ッ! そうだ…私行かなきゃ…おじちゃんの所に…ッ!)
ハッと我に返ってりおは体の向きを変え、うつ伏せになる。後続車が行ったことを確認して、りおは体を起こした。
頭からポタポタと血が滴り落ち、服を汚していく。やっと立ち上がったところで大きな音が聞こえた。
キキキ——!!
ド——ン!!
ドゥオオオオン!!!!
タイヤの鳴る音。
何かが激突した音。
そして——大きな爆発音。
「ッ!!!」
イヤな予感がした。
傷の痛みも体の痛みも忘れ、りおはフラフラとアスファルトの道を急ぐ。
大きなカーブを曲がると、そこには激しく燃える3台の車。
衝突に巻き込まれなかった先頭の1台は、その場を去った後だった。
父の車の中には二つの人影が見える。
りおは炎の吹き出る車に駆け寄った。
「ッ!! パパ——ッ!! ママ——ッ!!」
人が燃えているところを初めて見た。
もうその姿も表情すらもわからない。
人の形をした火だるまがそこにあるだけだった。
りおは数歩後ずさり、狂ったように両親を呼び続ける。そのまま世界が真っ暗になった———
****
「さくらッ! おい! しっかりしろ!!」
昴の声でさくらはハッと目を覚ました。ハァハァと荒い呼吸をして、周りを見回す。
昴の他にドクターとナースが心配そうにさくらの顔を覗き込んでいた。
「……?」
さくらは目の前の事が夢なのか現実なのか判断が付かず、尚も不安そうにキョロキョロと視線を動かす。
自分の置かれた状況を理解するのに時間がかかった。
「さくら…?」
「す、すば…る…さん? わ、わたし……ッあ……」
心配そうに自分を見る昴の顔を見て、ようやくカフェの爆発に巻き込まれた事を思い出す。
目の前で押された爆破スイッチ。
カッ! と目の前に広がる閃光と、周りを包むオレンジの光。
その時の事が脳裏をかすめた時、ビーチラインで起きた事故車の爆発と、夢の中で見た光景が重なる。
炎が吹き出す車の中で、自分の大事な家族が燃えている姿を——
「イ、イヤ…イヤぁ…ッ!! パパが…ママが……燃えてる…誰か…だれ、か助けて…誰か火を…火を消して!! 誰か二人を助けて!! 私を一人にしないで!!」
「ッ!!」
さくらの言葉を聞いて昴は息を飲む。そしてすべてを察した。
「さくら! 落ち着け!」
嫌だ、お願い助けてと泣き叫ぶさくらを、昴は強く抱きしめた。が、完全にパニックになっているのか昴の声は届いていない。
ベッドから起き上がり、そこにはいない父と母を追い求めて手を伸ばし泣き叫んだ。
ドクターが慌ててナースに指示を出す。鎮静剤を準備するため、ナースが部屋を飛び出した。
緊迫する室内。昴は何も言わず、たださくらを抱きしめ続ける。
暴れてケガをしないように。
一人ぼっちになったと思わないように。
「さくら、俺がそばに居る。お前は一人なんかじゃないよ…」
泣き叫ぶさくらを、ただひたすら声をかけ抱きしめ続けた。
ドクターによって鎮静剤を打たれたさくらは、やがて昴の腕の中でぐったりと脱力した。
気付けば、さくらも昴も汗だくだった。
昴はドクターに事情を話し、さくらの担当医のいる病院への転院を願い出る。
状況を理解したドクターは、すぐさま手続きを開始した。
***
「なるほど。状況は分かりました。
ケガもしていますし、今夜は病院で様子を見ましょう」
りおがパニックを起こしてから約1時間後、転院先の警察病院——
昴から話を聞いた担当医は穏やかにそう告げた。
「沖矢さんもご一緒の方が良いですね。個室をご準備します。薬が効いて眠っている間に入院の用意をしてきてください」
「分かりました。ありがとうございます」
昴は礼を言ってナースたちにりおを任せ、一旦工藤邸へと戻った。
工藤邸の玄関のカギを開けていると、博士の「昴くん!」という声が聞こえた。
どうやら心配して二人が帰ってくるのを待っていたようだった。
「さくらくんの容態はどうなんじゃ?」
てっきり昴と一緒に帰ってくるものと思っていたのに、肝心のさくらの姿が無い。心配した博士が昴に訊ねた。
「それが……ケガの方は軽傷で済みましたが、昔の記憶が戻ったようなんです。それでパニックを起こして…。今夜はかかりつけ医のいる病院に入院することになりました。その準備の為に一度戻って来たんですよ」
昴はこれまでの経緯を博士に説明した。
「そうじゃったか…。何か体に影響が無ければ良いがのぅ…」
博士は心配そうにつぶやく。
「ええ…」
昴もまた、小さな声で返事をした。
入院の準備をして再び病院へと戻った昴は、病室に入る直前、ナースから小さな紙きれを受け取った。
「前の病院から戴いた紹介状と一緒に、こちらの手紙が入っていました。
広瀬さん、昼間の爆弾テロに巻き込まれたんですよね? その時にご一緒だった方が治療のあと残していかれた物だとメモがありました。
きっとお互いの安否を気にしてのものだと思うので、お渡ししておきますね」
「ありがとうございます」
ナースから手渡された『手紙』はノートを1枚切り取り、キレイにたたまれたものだった。
『助けてくれてありがとう。君のおかげで命拾いした。それよりも君を心配している。意識が戻ったら連絡をくれ。from A』
察するにアロンからの手紙だろう。
(アロン・モーリスのケガも軽傷で済んだようだな……)
昴は元通りに手紙をたたむと、ズボンのポケットへと忍ばせる。反対の手でスマホを取り出すと、りおの上司である降谷に状況を説明するため、通話をタップした。
「ルナ! りお! 頭を低くしろ!」
りおの父、広瀬一真が叫んだ。
「一真ッ! このままじゃこの子まで……」
「ああ……」
ハンドルを握る一真は、銃撃をかわしながら奥歯を噛みしめた。
母のルナはりおに覆いかぶさるようにして体勢を低くしている。
車の前にも右横にも後ろにも、組織の車が並走していた。左側は山。逃げ道はない。
横の車からは容赦なく銃撃されている。
車に仕掛けられていた爆弾は乗車する前に気付いて解除したのだが——。
「爆破できないと分かって、直接狙いに来たか…!」
車の防弾ガラスにもひびが入り、一真自身も腕に銃弾を受けていた。
「りお……よく聞け。今からお前は、奴らに気付かれないように車から飛び降りるんだ。
上手く逃げられたら…冴島のおじちゃん…分かるよな? そいつのところに行くんだ」
一真は攻撃を避けながら、りおに分かるように声を掛ける。
「冴島に会ったら、二人でママの友達のジェームズに連絡を取れ。髭のおじちゃん。おぼえているな?」
「うん」
りおは『キャンディ』を『スウィート』だと言って手渡してくれた優しい髭のおじさんを思い出した。
「三人で会ったら、パパと作った『でたらめなお話』を二人に聞かせてやってくれ」
「いつも言っているように、その時はペンダントを忘れないで。必ず持っていくのよ?」
ルナが優しく声をかけた。
「うん。わかった。冴島のおじちゃんと会ったら、スウィートのジェームズおじちゃんに連絡して、二人にパパと作った『でたらめなお話』をするの。
その『でたらめのお話』をする時はペンダントと一緒…でしょ?」
「そうだ、りお。完璧だな!」
一真はルームミラー越しに笑顔を見せる。
「すべてをお前に託したぞ」
「たくさんの人の命が、あなたにかかっているわ!」
「うん、わかった。でも……パパとママは?」
「…」
「…」
りおの問いかけに二人は何も言わなかった。
「?」を浮かべる娘に、ルナは居たたまれず強く抱きしめる。
「りお、愛してるわ。パパとママの分まで幸せになってね」
「りお……パパもお前を愛してるよ」
「え?」
両親の言葉が何を意味するのか分からず、聞き返そうとした時、車が左に大きくカーブした。一真がブレーキを強く踏む。
急に車が減速し、後ろに居た組織の車が驚いてブレーキを掛けた。
キキキキ————ッ!!!!
ドンッ!!!
家族が乗った車に激突した組織の車は、はずみで横を向いた。
一真は再びアクセルを踏む。
次に緩い右カーブに差しかかった時、一真はハンドルを大きく右に振り、隣の車に体当たりした。
組織の車は衝撃でガードレールに弾き飛ばされ、一瞬だけ制御不能になる。先頭の車に乗っていた者たちも、その様子に「アッ」と息を飲んだ。
敵の目が一瞬、りおたちの車から離れる。
その時一真が叫んだ。
「行けッ! りおッ!」
「ぱ、パパ!? ママ!?」
ガチャッ
車のドアがわずかに開く。
ドン!
りおはルナに背中を押され、そのまま草むらへと転がり落ちた。
草がクッションになったものの、体に衝撃が走る。
近くにあった石に頭をぶつけ、流血した。
りおは草むらの中を数回転がり、仰向けのままほんのわずかな時間、意識がフッと遠のく。
草の匂い
日の出直前の空
冷たい空気
耳も塞がれたようにボーッと耳鳴りがして、先程までの緊張感が遠い事のように感じた。
(ッ! そうだ…私行かなきゃ…おじちゃんの所に…ッ!)
ハッと我に返ってりおは体の向きを変え、うつ伏せになる。後続車が行ったことを確認して、りおは体を起こした。
頭からポタポタと血が滴り落ち、服を汚していく。やっと立ち上がったところで大きな音が聞こえた。
キキキ——!!
ド——ン!!
ドゥオオオオン!!!!
タイヤの鳴る音。
何かが激突した音。
そして——大きな爆発音。
「ッ!!!」
イヤな予感がした。
傷の痛みも体の痛みも忘れ、りおはフラフラとアスファルトの道を急ぐ。
大きなカーブを曲がると、そこには激しく燃える3台の車。
衝突に巻き込まれなかった先頭の1台は、その場を去った後だった。
父の車の中には二つの人影が見える。
りおは炎の吹き出る車に駆け寄った。
「ッ!! パパ——ッ!! ママ——ッ!!」
人が燃えているところを初めて見た。
もうその姿も表情すらもわからない。
人の形をした火だるまがそこにあるだけだった。
りおは数歩後ずさり、狂ったように両親を呼び続ける。そのまま世界が真っ暗になった———
****
「さくらッ! おい! しっかりしろ!!」
昴の声でさくらはハッと目を覚ました。ハァハァと荒い呼吸をして、周りを見回す。
昴の他にドクターとナースが心配そうにさくらの顔を覗き込んでいた。
「……?」
さくらは目の前の事が夢なのか現実なのか判断が付かず、尚も不安そうにキョロキョロと視線を動かす。
自分の置かれた状況を理解するのに時間がかかった。
「さくら…?」
「す、すば…る…さん? わ、わたし……ッあ……」
心配そうに自分を見る昴の顔を見て、ようやくカフェの爆発に巻き込まれた事を思い出す。
目の前で押された爆破スイッチ。
カッ! と目の前に広がる閃光と、周りを包むオレンジの光。
その時の事が脳裏をかすめた時、ビーチラインで起きた事故車の爆発と、夢の中で見た光景が重なる。
炎が吹き出す車の中で、自分の大事な家族が燃えている姿を——
「イ、イヤ…イヤぁ…ッ!! パパが…ママが……燃えてる…誰か…だれ、か助けて…誰か火を…火を消して!! 誰か二人を助けて!! 私を一人にしないで!!」
「ッ!!」
さくらの言葉を聞いて昴は息を飲む。そしてすべてを察した。
「さくら! 落ち着け!」
嫌だ、お願い助けてと泣き叫ぶさくらを、昴は強く抱きしめた。が、完全にパニックになっているのか昴の声は届いていない。
ベッドから起き上がり、そこにはいない父と母を追い求めて手を伸ばし泣き叫んだ。
ドクターが慌ててナースに指示を出す。鎮静剤を準備するため、ナースが部屋を飛び出した。
緊迫する室内。昴は何も言わず、たださくらを抱きしめ続ける。
暴れてケガをしないように。
一人ぼっちになったと思わないように。
「さくら、俺がそばに居る。お前は一人なんかじゃないよ…」
泣き叫ぶさくらを、ただひたすら声をかけ抱きしめ続けた。
ドクターによって鎮静剤を打たれたさくらは、やがて昴の腕の中でぐったりと脱力した。
気付けば、さくらも昴も汗だくだった。
昴はドクターに事情を話し、さくらの担当医のいる病院への転院を願い出る。
状況を理解したドクターは、すぐさま手続きを開始した。
***
「なるほど。状況は分かりました。
ケガもしていますし、今夜は病院で様子を見ましょう」
りおがパニックを起こしてから約1時間後、転院先の警察病院——
昴から話を聞いた担当医は穏やかにそう告げた。
「沖矢さんもご一緒の方が良いですね。個室をご準備します。薬が効いて眠っている間に入院の用意をしてきてください」
「分かりました。ありがとうございます」
昴は礼を言ってナースたちにりおを任せ、一旦工藤邸へと戻った。
工藤邸の玄関のカギを開けていると、博士の「昴くん!」という声が聞こえた。
どうやら心配して二人が帰ってくるのを待っていたようだった。
「さくらくんの容態はどうなんじゃ?」
てっきり昴と一緒に帰ってくるものと思っていたのに、肝心のさくらの姿が無い。心配した博士が昴に訊ねた。
「それが……ケガの方は軽傷で済みましたが、昔の記憶が戻ったようなんです。それでパニックを起こして…。今夜はかかりつけ医のいる病院に入院することになりました。その準備の為に一度戻って来たんですよ」
昴はこれまでの経緯を博士に説明した。
「そうじゃったか…。何か体に影響が無ければ良いがのぅ…」
博士は心配そうにつぶやく。
「ええ…」
昴もまた、小さな声で返事をした。
入院の準備をして再び病院へと戻った昴は、病室に入る直前、ナースから小さな紙きれを受け取った。
「前の病院から戴いた紹介状と一緒に、こちらの手紙が入っていました。
広瀬さん、昼間の爆弾テロに巻き込まれたんですよね? その時にご一緒だった方が治療のあと残していかれた物だとメモがありました。
きっとお互いの安否を気にしてのものだと思うので、お渡ししておきますね」
「ありがとうございます」
ナースから手渡された『手紙』はノートを1枚切り取り、キレイにたたまれたものだった。
『助けてくれてありがとう。君のおかげで命拾いした。それよりも君を心配している。意識が戻ったら連絡をくれ。from A』
察するにアロンからの手紙だろう。
(アロン・モーリスのケガも軽傷で済んだようだな……)
昴は元通りに手紙をたたむと、ズボンのポケットへと忍ばせる。反対の手でスマホを取り出すと、りおの上司である降谷に状況を説明するため、通話をタップした。