第7章 ~記憶の扉が開くとき~
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土曜日——
組織の構成員でもある男が経営するホテル。そのホテルのカフェで、アロンとさくらは待ち合わせた。
「へ~ぇ。ココのオーナーが組織の……噂には聞いていたけど」
さくらはカフェを見回す。東都では老舗の高級ホテル。外観は『大正時代』を感じさせる佇まいで、出入口にはガス灯を模した街灯がいくつも並ぶ。
内装にもこだわりがあるようで、伝統的な和の様式と海外から入ってきた文化が融合した、まさに和洋折衷のホテルだった。
このホテルのオーナーが自分たちの組織に所属しているらしい、と聞いたことはあったが実際入るのは初めてだった。
「あ、そんなジロジロ見ないで。安全な店を知りたくてウォッカに教えてもらったんだけど、あんまり人に言うなって釘を刺されたんだから……」
やや困り顔をしたアロンがさくら耳打ちする。
「ハイハイ…」
さくらはつまらなそうに返事をすると、それ以上の詮索を諦め、素直にアロンの後についていった。
席につき、アロンが手を上げウェイトレスを呼ぶ。それぞれオーダーを済ませ、さくらは改めてアロンの顔を見る。
どこからどう見ても『アロン=ダリル』だとは思えない。『昴=赤井』のように、特殊なメイクをしているわけでもないのに。
物珍しそうにアロンの顔を眺めていた。
「そ、そんなに見つめられると照れるなぁ」
アロンはわずかに頬を赤くして、水を一気飲みした。
「え? あ、ごめんなさい。全然印象が違うから感心しちゃって……。ベルモットのように変装術を使っているわけでもないのに、ここまで変われるなんて驚きよ。
で、あなたから話が有るのよね? なあに?」
さくらが笑顔で問いかけると、アロンの顔が一気に真面目になった。
「話というのは僕の先代のことさ。ずいぶん君を気に入っていたようだったから。
僕の先代は君も良く知っている、組織の爆破担当《カーディナル》。ジンから聞いてるかな?
で、実は彼が亡くなる数日前にね、電話で話したんだよ。まるで恋してるみたいに、君の事を話していたんだ。いい年をしたおじさんが…って笑っちゃうだろ?
組織の幹部で『暗殺』や『破壊』を担当していたけど、実際のところ彼は誠実だったし優しい人だった。その彼が最期に恋した人と会ってみたかったんだ」
「こ、恋した人?」
突然の話にさくらは驚いた顔をした。
確かに仕事で組みはしたが、歳だって親子くらい離れている。相手が自分に好意を抱いているとは思っていなかった。
「はは。突然こんなこと言われて驚くよね。でも、間違いなく彼は君に恋したんだと思う。まあでも、一般的な恋愛とはちょっと違うというか……。
激しく燃えるって感じじゃなくて、君の美しさに惹かれてたってのもあるだろうし、あとは我が子のように愛おしかった…というのが近いかなぁ。
彼なりの、ざんげの意味もあったのかもしれない」
「ざんげ……」
アロンの言葉にさくらは両親の事を思い出す。
(彼が私の両親を……)
それでも憎み切れなかった。彼と接した期間は短かったが、会って話した印象は本当に《犯罪者》なのかと疑うほど。何故裏社会に身を置く事になったのかは知る由もないが、彼は善と悪のそれぞれ極端な一面を合わせ持つ稀な人だったのかもしれない。
「彼は君と似た少女と、その家族を殺してしまったことをずっとずっと…長いこと悔いていたんだ。
子どもを殺したのは初めてだったと言っていたからね。暗殺を請け負う男でも、子どもを殺すのは、さすがに良心が痛んだのかな。
人ってさ、死期が近付くと色々過去の事を振り返るのかもしれない。きっと楽しかったり嬉しかった事より、後悔が先に思い出されるんだと思う。まあ、どんなに後悔したところで、それが帳消しになることはないけどね。
今できる何かで、罪滅ぼしをしたかったんじゃないかな。彼にとってそれが、僕を拾う事だったのかもしれない」
アロンは悲しげに微笑んだ。
「僕には優秀な兄がいてさ、次男坊の僕は全然期待されていなかった。期待され過ぎもイヤだけど、まったく期待されないのも結構堪えるんだぜ」
そこまで話した時に、ウエイトレスがテーブルに近づいた。一礼すると慣れた手つきで二人の前に飲み物を置く。彼女が再び一礼してその場を去ると、アロンはコーヒーに口を付けた。
「だから親父の仕事には全然興味を持てなかった。ただ、投資の方法は兄が教えてくれてね。
そこから、先代と縁あって一緒に仕事をすることになったんだ」
自分を認めてくれたのは彼一人だった。
アロンは嬉しそうにその時の事を語る。さくらはジッとそれを聞いていた。
「それが今や、飛ぶ鳥を落とす勢いだとウワサの《Rising Company(ライジングカンパニー)》という会社なわけね。ダリル・ホリンズさん?」
さくらの言葉を聞いてアロンがニッと笑った。
「もう名前まで分かっちゃった? さすがだね」
アロンは感心したように肩をすくめ、さくらを見る。
「あなたがカーディナルから手解きを受けたのはビジネスだけ? 彼は組織で爆破担当だった。彼の腕は確かなものだったわ。ターゲットを生かすも殺すも彼次第。建物の崩壊だってすべて計算しつくされている。その手腕は賞賛に値するわ。その技術をあなたも受け継いだの?」
さくらは努めて優しい声色で問いかけた。
出来るだけ自然に。
相手を褒めながら。
警戒されないように。
必要な情報を引き出すために、さくらは細心の注意を払う。この問いかけにアロンがはぐらかさずに答えてくれれば、おのずと核心が見えてくる。
「爆破の手解きは受けていないよ。もうあれは時代遅れだと彼は言っていた。もっと別のことを教わったんだ」
(かかった!)
さくらの目に光が宿る。
「別のこと?」
表情を変えず、核心部分について問いかけた。
「ああ。Rising Companyという会社はWEBデザインなどを請け負う優良企業さ。でもその裏ではサイバーテロを請け負っているんだ」
「サイバーテロ……って…セキュリティーを破って内部に侵入し、情報を盗んだり改ざんしたり、破壊工作を行うこと…。それをビジネスとして請け負っている、ということ?」
さくらは周りを見回し、やや声のトーンを抑えて問いかけた。
「ああ、そうさ。俺が先代に教わったのは暴力的な破壊工作ではなく、ネットワークシステムの中の破壊、だよ」
アロンは口角を上げ得意げに答えた。
「ネットワークシステムの中の破壊……。でも今はサイバーテロに備えて、どこもセキュリティーを強化しているわ。カーディナルやあなたがどんなに優秀でも、入り込めないところだってあるでしょう?」
今度は相手のプライドを刺激する言葉を、さくらはあえて口にした。
「そんなこと無いさ。簡単だよ。《ホール》を開けるんだ。誰も気付かない、小さな小さな穴だよ。だがそれは【崩壊】が始まる小さな綻びになる。ある意味、彼の【爆破技術】と通ずるものかもしれないね」
アロンは先ほどとは違う、『悪い顔』をして微笑んだ。さくらは眉を寄せ、アロンの顔をジッと見る。
「それって…」
さくらが《ホール》について訊ねようとした時——
二つの黒い影が音もなく二人に近づいた。
「ッ!」
殺気に気付いたさくらは、氷水の入ったグラスを手にすると影に向かって投げつける。
びしゃっ!
ガチャーン!!
「「ッ!!」」
影が驚いているスキに、さくらは座席から身をひるがえし、二人が隠し持っていたナイフや拳銃を次々手刀で叩き落とす。
アロンは口を開けたままあっけにとられていた。
「きゃぁぁーッ!!」
騒ぎに気付いた客が悲鳴を上げる。
「チッ!」
手首を押さえた男の一人が舌打ちをして、真っすぐにアロンに向かった。
「おとなしく捕まっていれば、客にまで被害が及ばずに済んだものを!」
もう一方の男が吐き捨てるようにつぶやいた。
「させないわ!!」
すぐさまさくらはアロンの前に立ちはだかり、男の腕を取った。
手首を掴んで捻りあげ、そのまま男の体を前宙させると床に叩きつける。
間髪入れずに男の腹に肘打ちを食らわせた。
「ぐあぁッ!」
男は唸り声をあげ白目をむいた。
「フン! さすがだな」
残ったもう一人が素早くさくらに近づくと、連続で蹴りや手刀を仕掛けた。
(ッ! この男…さっきの男より強い!)
アロンや客の動きに注意を払い、出来るだけ彼らから距離を取る。
さくらは攻撃を避けながら反撃のチャンスを狙うが、男のスピードが速くなかなかスキを見せない。
ギリギリで攻撃をかわし、防戦一方になる。
(何とかしないと…っ!)
さくらは相手の攻撃に集中した。
ヒュゥッ!!
男がさくらの首元を手刀で狙う。
ガッ!!
さくらは男の手刀を右腕で受け止めた。
まさか止められると思わなかったのだろう。男は驚いた顔をした。
その瞬間を逃さず、左の正拳突きを繰り出した。
ドカッ!
「ぐおおぉ!!」
さくらの拳(こぶし)が脇腹に決まる。
男が膝をついた。
さくらが「よし!」と思ったのもつかの間、男の後ろで先程倒した男が動いたことに気付く。
(ッ! も、もう目を覚ました…!? かなりの力で急所を突いたのに…! マズイ!)
後ろの男が体を起こした瞬間、さくらは叫ぶ。
「アロン! 逃げて!」
今膝をついた男も、まだ意識は失っていない。脇腹を押さえてさくらを睨みつけている。
二人の相手を同時にしながら、アロンを守るのは難しい。その上ここには無関係な客もいる——。
「早く!」
さくらは声を張り上げた。
「あ、ああ!」
アロンが席を立ち、逃げようとしたその時——
「に、逃がすか…ッ」
頭を振り覚醒した男が体を起こすと、懐から小型の投げナイフを取り出す。
ピュッ!
ザシュッ!
「ぐぅッ!」
小さな投げナイフがアロンの太ももに刺さった。
アロンはその場に倒れ込む。
「アロン!!」
アロンが倒れたのを見たさくらは、膝をついていた男の首元にさらに飛び蹴りを仕掛ける。
一度目は避けられたが、連続で技を繰り出した。
「ゴアァッ!」
さくらの蹴りが二発、男の左アゴと腹に決まった。反動で男の体が床に倒れる。
すぐさまさくらは、ナイフを投げた男の元にも駆け寄り、再び腹に蹴りを一発お見舞いした。
「ぐはぁッ!!」
投げナイフを放った男も、再び床に倒れ込んだ。
「アロン! しっかりして!!」
二人が戦闘不能になったことを確認すると、さくらはアロンに駆け寄る。
ハンカチを取り出しキズの上をきつく縛った。見たところキズはそんなに深くない。さくらはナイフを引き抜いた。
「こ、これ……使ってください!」
近くにいたウエイトレスが、持っていたナフキンを差し出す。さくらは礼を言って受け取り、それを傷口に当て圧迫止血する。
「誰か警察に連絡を! 私は彼を病院に…」
そうさくらが声を上げた時、口から血を流した男が一人、ヨロヨロと起き上がる。
その手にはスイッチが握られていた。
「ら、ラスティー…さすがだな…。だがここまでだ…。我々と…ウジン様の元へ行こう…」
「!!」
何をしようとしているのか、さくらはすぐに察知した。
「 み、みんな伏せて———ッ!!!」
さくらは力の限り叫ぶ。とっさにアロンの体に覆いかぶさった。
その直後——
ドゥオオオォォォンッ!!
男の体に仕掛けられていた爆弾が爆発した。