第7章 ~記憶の扉が開くとき~
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***
1時間半後——
事故現場からほど近い病院には、爆発の際にケガをした人たちが数人運ばれていた。
昴は擦り傷程度で大したケガはしていないが、意識を失ったさくらが病室で眠り続けている。
そこへ連絡を受けた冴島が駆けつけた。病室のドアを勢いよく開けた冴島の顔は、酷く青ざめていた。
「沖矢くん、りおは…思い出したのか? 両親が死んだときの事を…」
冴島は震える声で昴に問いかけた。
「......いえ。まだハッキリした事は分かりませんが、意識を失う直前の様子では、全てを思い出したわけではないと思います。
仮に記憶が戻ったとしても、またすぐに忘れてしまう事もあります。以前にもそういうことが有りましたから……。
ただ先ほどドクターにも言われたのですが、何度もそういった事が繰り返されるうちに、段々と思い出す頻度も上がるそうなんです。キッカケさえ揃えば、全てを思い出す日もそう遠くないでしょうと……」
辛そうに応えた昴を見て、冴島はゆっくりとベッドに近づく。そっとりおの頭を撫でた。
「ビーチラインで事故を起こした運転手たち……結局助からなかったそうだね」
冴島はりおを見つめたままつぶやいた。
「…ええ。二人とも焼死したと…先程警察の方から聞きました」
昴もそんな冴島とりおを見ながら答える。
「この子の両親の遺体も、損傷が激しくてね。爆発で完全に燃えてしまっていたから……。とても見れたもんじゃなかったよ」
りおの頭を撫でる冴島の手に涙がポトリと落ちる。
「その時の様子を……この子は目撃していたんだ。相当なショックだろう? 炎で焼かれる両親を目の前で見ていたんだから……。
記憶も失い、声も出なくなるわけさ。9歳の子が見るにはあまりにも残酷だ」
冴島の言葉を昴は黙って聞いていた。
昴の表情は変わらないが、その両手はグッと血が出そうなほど、強く握りしめられていた。
やがて廊下からはコツコツと、もう一つ足音が近付いてくる。病室の前でその足音が止まると、ノックの音が響いた。
トントン
「どうぞ」
昴が返事をすると、ゆっくりドアが開く。中に入ってきたのはFBI捜査官のジェームズ・ブラック。彼の姿を見て驚いたのは冴島だった。
「ッ! ジェームズ!?」
「さ、冴島くんじゃないか! ……久しいな…20年ぶりか」
かつての公安刑事とFBI捜査官。図らずして実現したふたりの再会に、冴島は呆然としている。
「どうして……彼がここに…」
「私が呼んだのです」
昴が静かに応えた。
「君が? 君はいったい……?」
状況を理解しきれない冴島はそれ以上言葉が出ず、ジェームズと昴の顔を交互に見た。
「なるほど。君がFBI捜査官だったとは……。どうやら公安とFBIの色恋沙汰は遺伝するようだな。そしてその姿すらも借りの姿とは……」
昴の正体を知り、冴島は苦笑いした。
「そしてその上司がまたしてもジェームズ、あなただったとは、ね」
「私も最初は驚いたんだよ」
やや照れくさそうにジェームズは冴島を見る。
この二人、当時は何度も顔を合わせていた。同じ敵を追い、同じ悲しみを背負い、同じ時間を共有した。二人は所属組織を越えた戦友だった。
しかし広瀬夫妻の死は、その二人の繋がりをぷっつりと絶ってしまったのだ。
「当時は今以上に合同捜査に理解が無くてね。特に公安は秘密主義だ。広瀬たちの死によって、事後処理終了と同時に合同捜査チームは解散。
来日していたジェームズ達も帰国し、疎遠になってしまったんだ」
冴島は寂しそうに当時を振り返る。
「私も何年かして、風の便りに冴島くんが公安を辞めたと聞いた。もう会うことは無いと思っていた」
ジェームズも視線を落とした。
公安を去った冴島は、それまで使っていた連絡手段を全て削除させられた。連絡を取りたくても日本とアメリカ。ほかに手段が無い。
ジェームズは冴島との連絡手段を絶たれ、ルナの子がどうなったのかも知らずにいたのだ。
「すまない。何度かあなたに連絡しようと思ったんだ。しかし元公安の俺は、その職を辞してからもしばらくは《ゼロ》の監視下に置かれ、自由に連絡を取る事が出来なかった。
国を越えての連絡などもっての外で……。数年後にようやくメールを送った時には、あなたのメ-ルアドレスが変わっていた」
「そうだったのか……。私の方こそ申し訳ない事をした」
冴島の言葉にジェームズは悔しそうに顔を上げる。
「公安警察は秘密主義。そのような事情があると、考えれば分かるものを…。やはりアドレスを変えるべきではなかったな。実は……アドレスを残そうかどうしようか迷ったんだ。
けれど、来るはずのない君からの連絡を期待してしまう自分に嫌気がさしてね。アドレスを変えればもう期待しなくて済む、と思ってしまったんだ」
りおの両親の死後も、二人は辛い時間を過ごしていた。その事実を知って、改めて互いに背負った悲しみの大きさを感じる。
《りおが生きている》
《きっと元気に育っている》
その事実だけが、その悲しみをほんの少しだけ軽くしていたのかもしれない。
「で? 今日我々をここに呼んだ理由を聞かせてくれないか?」
思い出話もそこそこに、ジェームズが目元の涙を拭って昴の顔を見る。冴島も昴の方へ向き直った。
「実はりおが意識を失う前に二人の名を呼んだのです。
『冴島のおじちゃん』『スウィートのおじちゃん』『でたらめ』
私が聞き取れたワードはこの3つ」
昴はジェームズの顔を見る。
「以前私がお聞きしたのは、りおの父親が冴島さんに遺した言葉。
『俺に万が一の事があったら、俺とりおの思い出を聞け』と。
それ以外に遺された言葉は無いそうなんです」ジェームズは時折小さくうなずきながら、昴の言葉を聞く。冴島も真剣な表情で二人を見た。
「ジェームズも知っての通り、広瀬夫妻は二人で組織を追っていた。そして多くの情報を手に入れ、確証が取れた段階で冴島さんに伝えていた。
もちろん夫妻が持ち合わせていた情報の中にはウラが取れず、報告出来ないものもあった。その情報をどこかに隠してあるようなのです。りおの父親はその在りかを示すヒントを、娘に託していた。
ですから、今度はあなたに訊きたい。ジェームズは母親から何か聞いていませんか? どんな些細なことでも良い。何か知っていたら教えてほしいのです」
昴の問いかけに、ジェームズはうーん…と唸って黙り込む。口元の髭を触りながら考え込んだ。
「そういえば…以前空港に迎えに来てもらった時に…ルナから聞かされたな。
『カズマはりおに読み聞かせをしてくれている』と」
「読み聞かせ?」
昴は冴島と顔を見合わせる。確信をもった顔で再び訊ねた。
「ああ。りおが同じ本ばかり『読んで』とねだるので、カズマの方が先に音をあげたと笑っていたよ。
そのうち、その本を元にしたカズマの創作話が始まったと…。最近は原作の方よりカズマの『でたらめ話』ばかり、おねだりしているって……」
ジェームズの話を聞き、冴島はハッとして顔をあげた。
「そうか…! 一真はそのお話の中に証拠のヒントを入れる事を思い付いたのか!」
昴がうなずき、さらにジェームズに訊ねた。
「その創作話の内容については?」
「ルナは『お話はカズマとりおの秘密なので詳しく知らないが、オオカミが出てくる話』だと言っていた。
りおは原作の読み聞かせをすると、決まって『オオカミが可哀想』だと言っていたから…と」
ジェームズの話を聞き、昴と冴島は考え込む。オオカミが悪者の絵本はたくさんあるからだ。
いったいどの物語をベースに『でたらめなお話』を作ったのだろう。
りおの父が創ったという『お話』については分からなかったが、ジェームズのお陰で少し事態は進展した。
「助かりましたジェームズ。お陰でわずかではありますが謎が解けました。また何か思い出したら教えてください。
後は…りおにどの程度影響が残ったか…ですね…」
未だに目を覚まさないりおを見て、3人の顔が険しくなる。
昴は思わずりおの手に触れた。優しく包み込むように、りおの手を握る。
「りお」
両親が付けた名を耳元でそっと呼ぶ。
早く目を覚まして俺を見てくれ。
そう願いを込めて、何度も呼んだ。
「……ん……」
小さな声が聞こえ、りおの手がピクリと動いた。
「ッ」
その反応を感じ取った昴はりおの顔を覗き込む。長いまつげが震え、ゆっくりと目が開く。やがて美しいアンバーの瞳に昴の顔を映した。
「…りお…?」
昴は小さな声でもう一度名を呼んだ。
「すば…る…さ…」
りおは掠れた声で昴の名をつぶやく。ゆっくりと周りを見回し、自分の周りには昴だけでなく、冴島やジェームズがいる事を認識した。
「あれ…、なんで…教官と…ジェームズさんが…」
心配そうに自分の顔を覗き込む二人を見て、りおは不思議そうに訊ねた。
「りお…ここがどこだか分かりますか? そして何故ここにいるか…覚えていますか?」
昴は慎重に言葉を選び、りおに訊ねた。少しずつ覚醒していく頭でりおは考える。
意識が途切れる直前、自分は何をしていたのかを。
「ここは…病院? なんで病院に? 昴さんと海を見てて…私…倒れた? それでお二人にご迷惑を…?」
ジェームズと冴島が顔を見合わせる。
昴はいくつかりおに質問をしたが、りおの口から『事故』の事が出てこない。
走り屋が外壁に激突した事も。
その車が爆発炎上した事も。
(やはり…核心的な部分は…記憶の奥底にしまい込んだか…)
昴は以前公安のセーフハウスで冴島と会った際、思い出しかけた辛い記憶が意識混濁の後に忘れ去られていた事を思い出す。
今回も同様の事が起きたのだろう。それ以上は差し障りのない事を言ってりおを安心させた。
冴島とジェームズも昴の意図を察し、話を合わせてくれた。
***
「じゃあ俺たちはこれで。突然倒れたと連絡が来たからビックリしたんだ。ちゃんと休息を取らなければダメだぞ」
ドクターの診察を終え、ようやく帰れる算段が付いたところで、冴島とジェームズが病室を出て行く。
「お二人共ご心配をおかけしました。以後気を付けます……」
自分が体調不良で倒れたと思っているりおは、肩をすくめて謝った。
「さて、意識もハッキリしてきましたし、ドクターの許可も出ましたから、私達も家に帰りましょうか?」
「うん。ごめんね。せっかくのドライブだったのに……。やっぱりちゃんと体調管理しないとダメね」
ベッドから体を起こし、りおは靴を履く。ゆっくり立ち上がったものの少しフラついた。
「おっと! 大丈夫ですか?」
昴が傾いた体を抱きしめた。
「あ、ご、ごめん。ちょっとフラついただけ。でも……どうしたの? 昴さんの服…なんか燃えた様な匂いがするけど……」
抱きついた昴のジャケットから微かに匂う煙の匂い。
カフェでランチをして浜辺を歩いて——。火に近づいた記憶はりおには無い。
「あ、ああ。このジャケット…そろそろクリーニングに出さなければと思っていたんですよ。先日ちょうどりおが居ない時、探偵団が博士の家の庭で焼き芋をしたんです。その時に着て行ってしまったので…」
昴はとっさに浮かんだ言い訳を口にした。
「わあ…焼き芋か…。良いなぁ。じゃあその時に煙の匂いがしみついちゃったんですね」
りおはクスクスと笑うと昴の顔を見る。もう大丈夫と言って体を離し、歩き出した。
病院を出て駐車場に向かう。
スバル360は爆発の影響を受けず、昴によって病院の駐車場に停められていた。
りおは特に不審に思うことなく、二人は車に乗り込み家路についた。
1時間半後——
事故現場からほど近い病院には、爆発の際にケガをした人たちが数人運ばれていた。
昴は擦り傷程度で大したケガはしていないが、意識を失ったさくらが病室で眠り続けている。
そこへ連絡を受けた冴島が駆けつけた。病室のドアを勢いよく開けた冴島の顔は、酷く青ざめていた。
「沖矢くん、りおは…思い出したのか? 両親が死んだときの事を…」
冴島は震える声で昴に問いかけた。
「......いえ。まだハッキリした事は分かりませんが、意識を失う直前の様子では、全てを思い出したわけではないと思います。
仮に記憶が戻ったとしても、またすぐに忘れてしまう事もあります。以前にもそういうことが有りましたから……。
ただ先ほどドクターにも言われたのですが、何度もそういった事が繰り返されるうちに、段々と思い出す頻度も上がるそうなんです。キッカケさえ揃えば、全てを思い出す日もそう遠くないでしょうと……」
辛そうに応えた昴を見て、冴島はゆっくりとベッドに近づく。そっとりおの頭を撫でた。
「ビーチラインで事故を起こした運転手たち……結局助からなかったそうだね」
冴島はりおを見つめたままつぶやいた。
「…ええ。二人とも焼死したと…先程警察の方から聞きました」
昴もそんな冴島とりおを見ながら答える。
「この子の両親の遺体も、損傷が激しくてね。爆発で完全に燃えてしまっていたから……。とても見れたもんじゃなかったよ」
りおの頭を撫でる冴島の手に涙がポトリと落ちる。
「その時の様子を……この子は目撃していたんだ。相当なショックだろう? 炎で焼かれる両親を目の前で見ていたんだから……。
記憶も失い、声も出なくなるわけさ。9歳の子が見るにはあまりにも残酷だ」
冴島の言葉を昴は黙って聞いていた。
昴の表情は変わらないが、その両手はグッと血が出そうなほど、強く握りしめられていた。
やがて廊下からはコツコツと、もう一つ足音が近付いてくる。病室の前でその足音が止まると、ノックの音が響いた。
トントン
「どうぞ」
昴が返事をすると、ゆっくりドアが開く。中に入ってきたのはFBI捜査官のジェームズ・ブラック。彼の姿を見て驚いたのは冴島だった。
「ッ! ジェームズ!?」
「さ、冴島くんじゃないか! ……久しいな…20年ぶりか」
かつての公安刑事とFBI捜査官。図らずして実現したふたりの再会に、冴島は呆然としている。
「どうして……彼がここに…」
「私が呼んだのです」
昴が静かに応えた。
「君が? 君はいったい……?」
状況を理解しきれない冴島はそれ以上言葉が出ず、ジェームズと昴の顔を交互に見た。
「なるほど。君がFBI捜査官だったとは……。どうやら公安とFBIの色恋沙汰は遺伝するようだな。そしてその姿すらも借りの姿とは……」
昴の正体を知り、冴島は苦笑いした。
「そしてその上司がまたしてもジェームズ、あなただったとは、ね」
「私も最初は驚いたんだよ」
やや照れくさそうにジェームズは冴島を見る。
この二人、当時は何度も顔を合わせていた。同じ敵を追い、同じ悲しみを背負い、同じ時間を共有した。二人は所属組織を越えた戦友だった。
しかし広瀬夫妻の死は、その二人の繋がりをぷっつりと絶ってしまったのだ。
「当時は今以上に合同捜査に理解が無くてね。特に公安は秘密主義だ。広瀬たちの死によって、事後処理終了と同時に合同捜査チームは解散。
来日していたジェームズ達も帰国し、疎遠になってしまったんだ」
冴島は寂しそうに当時を振り返る。
「私も何年かして、風の便りに冴島くんが公安を辞めたと聞いた。もう会うことは無いと思っていた」
ジェームズも視線を落とした。
公安を去った冴島は、それまで使っていた連絡手段を全て削除させられた。連絡を取りたくても日本とアメリカ。ほかに手段が無い。
ジェームズは冴島との連絡手段を絶たれ、ルナの子がどうなったのかも知らずにいたのだ。
「すまない。何度かあなたに連絡しようと思ったんだ。しかし元公安の俺は、その職を辞してからもしばらくは《ゼロ》の監視下に置かれ、自由に連絡を取る事が出来なかった。
国を越えての連絡などもっての外で……。数年後にようやくメールを送った時には、あなたのメ-ルアドレスが変わっていた」
「そうだったのか……。私の方こそ申し訳ない事をした」
冴島の言葉にジェームズは悔しそうに顔を上げる。
「公安警察は秘密主義。そのような事情があると、考えれば分かるものを…。やはりアドレスを変えるべきではなかったな。実は……アドレスを残そうかどうしようか迷ったんだ。
けれど、来るはずのない君からの連絡を期待してしまう自分に嫌気がさしてね。アドレスを変えればもう期待しなくて済む、と思ってしまったんだ」
りおの両親の死後も、二人は辛い時間を過ごしていた。その事実を知って、改めて互いに背負った悲しみの大きさを感じる。
《りおが生きている》
《きっと元気に育っている》
その事実だけが、その悲しみをほんの少しだけ軽くしていたのかもしれない。
「で? 今日我々をここに呼んだ理由を聞かせてくれないか?」
思い出話もそこそこに、ジェームズが目元の涙を拭って昴の顔を見る。冴島も昴の方へ向き直った。
「実はりおが意識を失う前に二人の名を呼んだのです。
『冴島のおじちゃん』『スウィートのおじちゃん』『でたらめ』
私が聞き取れたワードはこの3つ」
昴はジェームズの顔を見る。
「以前私がお聞きしたのは、りおの父親が冴島さんに遺した言葉。
『俺に万が一の事があったら、俺とりおの思い出を聞け』と。
それ以外に遺された言葉は無いそうなんです」ジェームズは時折小さくうなずきながら、昴の言葉を聞く。冴島も真剣な表情で二人を見た。
「ジェームズも知っての通り、広瀬夫妻は二人で組織を追っていた。そして多くの情報を手に入れ、確証が取れた段階で冴島さんに伝えていた。
もちろん夫妻が持ち合わせていた情報の中にはウラが取れず、報告出来ないものもあった。その情報をどこかに隠してあるようなのです。りおの父親はその在りかを示すヒントを、娘に託していた。
ですから、今度はあなたに訊きたい。ジェームズは母親から何か聞いていませんか? どんな些細なことでも良い。何か知っていたら教えてほしいのです」
昴の問いかけに、ジェームズはうーん…と唸って黙り込む。口元の髭を触りながら考え込んだ。
「そういえば…以前空港に迎えに来てもらった時に…ルナから聞かされたな。
『カズマはりおに読み聞かせをしてくれている』と」
「読み聞かせ?」
昴は冴島と顔を見合わせる。確信をもった顔で再び訊ねた。
「ああ。りおが同じ本ばかり『読んで』とねだるので、カズマの方が先に音をあげたと笑っていたよ。
そのうち、その本を元にしたカズマの創作話が始まったと…。最近は原作の方よりカズマの『でたらめ話』ばかり、おねだりしているって……」
ジェームズの話を聞き、冴島はハッとして顔をあげた。
「そうか…! 一真はそのお話の中に証拠のヒントを入れる事を思い付いたのか!」
昴がうなずき、さらにジェームズに訊ねた。
「その創作話の内容については?」
「ルナは『お話はカズマとりおの秘密なので詳しく知らないが、オオカミが出てくる話』だと言っていた。
りおは原作の読み聞かせをすると、決まって『オオカミが可哀想』だと言っていたから…と」
ジェームズの話を聞き、昴と冴島は考え込む。オオカミが悪者の絵本はたくさんあるからだ。
いったいどの物語をベースに『でたらめなお話』を作ったのだろう。
りおの父が創ったという『お話』については分からなかったが、ジェームズのお陰で少し事態は進展した。
「助かりましたジェームズ。お陰でわずかではありますが謎が解けました。また何か思い出したら教えてください。
後は…りおにどの程度影響が残ったか…ですね…」
未だに目を覚まさないりおを見て、3人の顔が険しくなる。
昴は思わずりおの手に触れた。優しく包み込むように、りおの手を握る。
「りお」
両親が付けた名を耳元でそっと呼ぶ。
早く目を覚まして俺を見てくれ。
そう願いを込めて、何度も呼んだ。
「……ん……」
小さな声が聞こえ、りおの手がピクリと動いた。
「ッ」
その反応を感じ取った昴はりおの顔を覗き込む。長いまつげが震え、ゆっくりと目が開く。やがて美しいアンバーの瞳に昴の顔を映した。
「…りお…?」
昴は小さな声でもう一度名を呼んだ。
「すば…る…さ…」
りおは掠れた声で昴の名をつぶやく。ゆっくりと周りを見回し、自分の周りには昴だけでなく、冴島やジェームズがいる事を認識した。
「あれ…、なんで…教官と…ジェームズさんが…」
心配そうに自分の顔を覗き込む二人を見て、りおは不思議そうに訊ねた。
「りお…ここがどこだか分かりますか? そして何故ここにいるか…覚えていますか?」
昴は慎重に言葉を選び、りおに訊ねた。少しずつ覚醒していく頭でりおは考える。
意識が途切れる直前、自分は何をしていたのかを。
「ここは…病院? なんで病院に? 昴さんと海を見てて…私…倒れた? それでお二人にご迷惑を…?」
ジェームズと冴島が顔を見合わせる。
昴はいくつかりおに質問をしたが、りおの口から『事故』の事が出てこない。
走り屋が外壁に激突した事も。
その車が爆発炎上した事も。
(やはり…核心的な部分は…記憶の奥底にしまい込んだか…)
昴は以前公安のセーフハウスで冴島と会った際、思い出しかけた辛い記憶が意識混濁の後に忘れ去られていた事を思い出す。
今回も同様の事が起きたのだろう。それ以上は差し障りのない事を言ってりおを安心させた。
冴島とジェームズも昴の意図を察し、話を合わせてくれた。
***
「じゃあ俺たちはこれで。突然倒れたと連絡が来たからビックリしたんだ。ちゃんと休息を取らなければダメだぞ」
ドクターの診察を終え、ようやく帰れる算段が付いたところで、冴島とジェームズが病室を出て行く。
「お二人共ご心配をおかけしました。以後気を付けます……」
自分が体調不良で倒れたと思っているりおは、肩をすくめて謝った。
「さて、意識もハッキリしてきましたし、ドクターの許可も出ましたから、私達も家に帰りましょうか?」
「うん。ごめんね。せっかくのドライブだったのに……。やっぱりちゃんと体調管理しないとダメね」
ベッドから体を起こし、りおは靴を履く。ゆっくり立ち上がったものの少しフラついた。
「おっと! 大丈夫ですか?」
昴が傾いた体を抱きしめた。
「あ、ご、ごめん。ちょっとフラついただけ。でも……どうしたの? 昴さんの服…なんか燃えた様な匂いがするけど……」
抱きついた昴のジャケットから微かに匂う煙の匂い。
カフェでランチをして浜辺を歩いて——。火に近づいた記憶はりおには無い。
「あ、ああ。このジャケット…そろそろクリーニングに出さなければと思っていたんですよ。先日ちょうどりおが居ない時、探偵団が博士の家の庭で焼き芋をしたんです。その時に着て行ってしまったので…」
昴はとっさに浮かんだ言い訳を口にした。
「わあ…焼き芋か…。良いなぁ。じゃあその時に煙の匂いがしみついちゃったんですね」
りおはクスクスと笑うと昴の顔を見る。もう大丈夫と言って体を離し、歩き出した。
病院を出て駐車場に向かう。
スバル360は爆発の影響を受けず、昴によって病院の駐車場に停められていた。
りおは特に不審に思うことなく、二人は車に乗り込み家路についた。