第7章 ~記憶の扉が開くとき~
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翌日——
森教授に休みを申請したりおに、赤井はドライブに出掛けようと提案した。
「どうせ家に居ても事件の事を考えてしまうだろう? 気分転換に海にでも行かないか?」
「海? あっ! 以前藤枝に言われて行った砂浜……シーグラスを拾ったところね!」
久しぶりのドライブと聞いて、りおの顔はパッと明るくなる。
お弁当を作る、というりおの提案に赤井は「今日りおは何もするな」と釘を刺す。その代わり海の近くにある美味しいカフェに入ると約束した。
「そのカフェ、今SNSで美味いと評判になっているコーヒー豆も買えるんだ。明日からお前に美味いカフェオレを淹れてやれるだろう?」
美味しいランチを食べて、その上明日から楽しめる豆まで買える。一石二鳥だと赤井は笑う。
「そのカフェ、秀一さんが調べたの? すごく楽しみ! でも……なんだかあなたが一番楽しそうね」
「そりゃあ、だいぶ長いことお前に放置されたしな。物分かりの良い大学院生も、そろそろ限界なんだよ」
ニヤリと笑みを浮かべて、赤井は変装の為に洗面所へと行ってしまう。
「ふふふ。物分かりの良い《大学院生》ねぇ……。中身は三十過ぎですけどね」
今日はタップリ甘えて甘えさせて——休みを満喫しよう。
そんなことを考えながら、りおも出かける準備に取り掛かった。
***
車を走らせ、いつか見た海を目指す。風も無く穏やかな日だ。
久しぶりにゆったりとした時間の流れを感じ、さくらは張り詰めていた緊張がフッと緩んだ気がした。ことのほかおしゃべりに花が咲く。
どうやらさくらが留守中、少年探偵団が何度か工藤邸を訪れていたようだった。
「さくらが居なくてがっかりしていましたよ。特に歩美ちゃんはあなたに会いたがっていました」
「そっかぁ。そう言えばずいぶん会えてないもんなぁ。可哀想な事しちゃったね。じゃあ今度声を掛けてみるわ。工藤邸で一緒にお菓子でも作ろうかな」
「良いですね。味見役ならいくらでも引き受けますよ」
昴はハンドルを握り、前を見たまま笑顔で答える。
「プフッ! それ、元太君と同じじゃない」
「彼は何を食べても『美味しい』と言いますが、私はちゃんと味をチェックして評価します」
「……サラッと元太君に失礼な事言ってるよね?」
昴と他愛もないおしゃべりをするのも本当に久々で、会話が途切れなかった。
おしゃべりをしているうちに車はお目当てのカフェへと到着した。
深緑の外壁に白い窓枠、そして赤いサンシェード。店の入口には大きなテラコッタの植木鉢があり、オリーブの木が植えられている。
ウッドデッキも併設されていて、暖かい時期なら海を見ながら外でランチを楽しめそうだ。
「わ~。オシャレなお店……楽しみ~」
「ココのランチ、美味しいらしいですよ。キャメルのオススメなので間違いありません」
「ふふふっ! 確かに!」
ランチとコーヒー豆はキャメルからの情報だったのか、とさくらは肩をすくめる。
(彼、こんな所までリサーチに来てるのね。米花町からはそれなりに距離があるけど)
FBIってヒマなのかしら?
ホクホク顔でランチを食すキャメルを想像して、さくらは笑った。
カランコロ~ン
ドアベルが鳴り、二人は店内へと入る。無垢材をふんだんに使ったテーブルとチェアが並び、静かなクラシックが流れている。少し早めのランチだったためかお客は数人。思っていたより空いていた。
店員の誘導で窓際の席に座る。遠くに海が見える、景色の良い席だった。
「平日の昼間、大好きなあなたとこうしてランチだなんて……。なんか、幸せね」
昴と向かい合わせで座ったさくらは頬杖を突き、外を眺めながらつぶやいた。
「ッ! ちょっ、さくら……そういうことをケロッと外で言わないでください」
『大好き』なんて普段は滅多に口にしないくせに。それどころか、こうやってデートをするのも久々で。
唐突に発せられたさくらの甘い言葉に昴は少しだけ顔を赤くすると、周囲を見回して軽く咳ばらいをした。
「ふふふ。めっずらし~い。照れてるの? 昴さんカ~ワイイ!」
「もう! からかわないでくださいよ!」
コロコロとよく笑うさくらに、昴は少しムキになって言い返した。
最近は切迫した状況が多かったせいか、さくらの甘い言葉が少々むずがゆい。昴(赤井)は自分でも驚くくらいドキドキしているのが分かる。
(りおの前だと、自分でも知らない『自分』に気付かされるな……)
その場を取り繕うように、昴はメガネをグイっと押し上げた。それを見てさくらがさらに笑う。
「そういえば、そのメガネを上げるのってクセになってるでしょ。この間『秀一さん』の時にもメガネないのにやってたよ」
「ッ! 見てたんですか……。バレてないと思ったのに!」
「バッチリ見ちゃった。何事も無かったように『すまし顔』をキメてたのも知ってる」
ケラケラと笑うさくらを見て、思わず昴も笑う。気付けば二人で大笑いしていた。
(あ~…久しぶりね…こんなに笑ったの…)
1分でも1秒でも長く、この時間が続くと良い。そんなことを考えながら、さくらは笑顔の昴を見つめた。ふと、ルークに言われた言葉を思い出す。
『お前はお前の幸せを追いかけて良いんだよ』
(私の幸せ、か。それはきっと秀一さんといる時。今この瞬間が一番幸せ……)
さくらの肩からフッと力が抜ける。幸せだと自覚しただけで心が温かくなった。
そしてそれは、昴(赤井)にとっても同じなのかもしれない。顔を見れば分かる。今日は変装前からとても嬉しそうだった。
ここ何日かは、不眠不休で捜査する自分を心配して、時々切なそうな顔をしていたことを思い出す。その顔を、さくらは見て見ぬふりをした。
これが私の使命だから。
そう言い訳をして——
「ごめんね……昴さん。私、またひとりで突っ走ってた。あなたの心配を見て見ぬふりをして……本当にごめん」
ひと通り笑って、さくらは小さくつぶやくとスッと昴の手に自身の手を重ねた。
温かい昴の手——
触れただけで自分でも驚くくらい安心する。いつも自分を抱きしめてくれる大きな手。
そして今まで、多くの人を守るためにトリガーを引いてきた『痛み』を知る手。
さくらは昴(赤井)の手が大好きだった。重なり合う手を、昴は空いている方の手でさらに包み込む様に握った。