第7章 ~記憶の扉が開くとき~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「そうさ、ダリルはあの資産家の息子だよ。ネクラでオタク。父親の会社経営は兄に任せっきりで、自分は投資だけで生活してたんだ。
儲けた金は全部自分の趣味につぎ込んでいたらしい。で、それが原因で、ある時父親に勘当されてね。あまりのドラ息子ぶりに、さすがの父親も堪忍袋の緒が切れたんだな……。
途方に暮れていたアロンを拾ったのが、あのカーディナルさ。手に負えないドラ息子だけど、資産運用の目利きはピカイチ。何かのキッカケで知り合ったようなんだが、それ以来カーディナルがずっと気にかけていたらしい。親から勘当されたと聞いて、声を掛けたようだ」
ルークは吸い終わったタバコを灰皿に押し付けると、アロンの写真の上にダリルの写真を重ねた。
「カーディナルの元で仕事を一から覚え、もとからあった目利きの力で彼自身もカーディナルの期待に応えた。本人もようやくやる気になったんだろう。メキメキと頭角を現し、今じゃ前社長をしのぐほどのやり手だよ」
「なるほど。で、お前はその『ダリル』がカーディナルから引き継いだものが、《会社経営》だけなのかどうかを調べている、と。
《爆破》の手ほどきも受けているとなれば、我々にとって脅威だ。違法カジノのガサ入れが終わった後も、日本に居続ける本当の理由はこれか」
「ああ。そういうこと。もちろん他にも抱えてる仕事はあるぜ。俺売れっ子だから」
ルークの茶目っ気たっぷりの返事を聞いて「なるほど」と昴はうなずいた。
「現状でダリルとアロンが同一人物であることを知っているのは、俺とボス、そしてお前だけだ。実は公安もアロンを追っている。
ジンがバーボンに調査を頼んだのが《アロン》だったからね」
ルークは一息つくと、カウンターを出て昴の隣に座った。
「なぜ公安にその事を伝えない? 公安はおそらく、ジンがアロンを調べさせた理由を見いだせていないだろう。お前、FBIだけではなく公安にも情報提供しているんじゃないのか?」
昴は不思議そうに訊ねた。
「ああ、確かにそうなんだが……。実は《ほぼ同一人物で間違いないだろう》って段階なんだ。あくまでも情報を精査していってたどり着いた答え。つまり消去法さ。
カーディナルがアロンの手を引き、自身の会社に招き入れたところまでは裏が取れた。
だがアロンがダリルだという確固たる証拠はまだない。本人がカミングアウトしたわけでもないし、指紋やDNAを調べたわけでもない。可能性が高いってだけなんだ」
ルークは湯気の立つマグカップを手に取る。喉を潤すようにゆっくりとコーヒーを飲んだ。
「そもそもカーディナルの会社自体、公安もFBI本部も掴んでいない。その情報はウェストホールディングスの事件の際、たまたま俺がジンから聞かされたモノだったしな。
当然公安もFBI本部も、《アロン・モーリス》と《ダリル・ホリンズ》が同一人物だなんて夢にも思っていないだろう。だからこそ確実な情報になってからじゃないと。
今はまだ公安だけじゃなく、FBI本部にも伝える段階ではない」
トップシークレット級の情報だ。確たる証拠が無ければ報告は出来ない…という事なのだろう。
ジンがバーボンに調査を依頼したとされるアロンモーリスが、カーディナルの後継者であり、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのIT企業の社長——となれば、組織が今後どのような動きを見せるのか、予測するのは難しい。
情報戦争を起こすことも出来るし、物理的に建物を爆破する事も可能かもしれない。ジンが着々と準備を進める《ビジネス》がいったい何なのか…。
現状では何も分からないのだ。
「だから、これはまださくらに知らせるなよ。潜入捜査官にとってガセネタは致命傷にだってなり得るんだ。
情報を伝えるのは細心の注意が必要なんだよ。ボスもその辺を心配していてね。お前にはまだ伝えるな、と言われていたんだ」
ルークはジッと昴の顔を見る。その表情は固い。
「だが……バーボンよりラスティーの方が、よりジンに近い。ジンは何だかんだと言って、今でもバーボンを怪しんでいるのは確かだからな。ラスティーはジンに近い分、危険も多い。
《ジンのお気に入り》と称される事もあるから、ジンに恨みを持つ者が彼女を狙う事もあるだろうし、組織内にだってジンを良く思わないヤツもいる。
ラスティーとして活動する以上、安全な場所は無いと思った方が良い。だから万が一急を要した時、俺を通すよりもお前が知っていた方が、さくらにいち早く伝わると思っただけなんだ。それだけ心得ておいてくれ」
「わかった」
ルークがこの情報を知らせたのは、彼なりの優しさなのだと昴は理解した。
***
その頃——
安室は商店街の裏で極秘に風見と会っていた。梓に頼まれて買い物に出ていたので、肩には食材を入れたショッピングバッグを掛けている。
「これがアロン・モーリスについて調べた調査書だ。風見も目を通しておいてくれ」
「分かりました」
安室から手渡された調査書はクリアファイルに入れられている。かなりの厚さがあった。
「先日ルークから報告があった通り、アロン・モーリスが所有している店は都内で4件。うち1件はガサ入れ後、営業停止状態。現在3件が連日営業中だ。風見も知っている通り、現在店に出入りしている客で、カジノで儲けた連中をルークが追っている。それについての報告はまだ来ていない」
周りを警戒しつつ、安室はやや小声で風見に話しかける。
「アロン・モーリスの詳細な経歴はこの書類に書かれている。調べれば調べるほど、手に負えない道楽息子だよ。資産家の息子でろくに仕事もせずに資産運用だけで儲けている。
ただ、運用の目利きだけはかなりのものだ。そうやって儲けては、自分の趣味に金をつぎ込んでいた。アメリカや日本でナイトクラブを所有するようになったのはここ数年だ」
安室は呆れたように大きなため息をついた。金持ちの考えることはよく分からない、と風見も渋い顔をする。
「とはいえ親に勘当され、今や頼る者はいないはずだ。資産運用とナイトクラブからの収入。金に困らないためとはいえ、その行動には謎が多すぎる。一人でそんなに金を儲けても使いきれるものではないし、事実、儲けた金を派手に使っている様子もない。さらに、容易くあの《ジン》と接触するあたり……《道楽息子》はもしかしたら」
「演じているだけ……と言う事ですか?」
「ああ」
資産運用で儲けた金が、趣味だけではなくナイトクラブを作る事にも使われていた。違法なカジノを拠点に裏社会の人間の出入りを促せば自然と入る怪しい情報。
しかも手口は巧妙で自分には何のリスクも無く、高額で取引されるような情報が手に入る——。
ネクラでオタクな独身男がそんな情報を手に入れ、いったいどうしようというのか。ただの道楽息子とは到底思えなかった。
「しかもここ数年、アロンの姿を見かけた者はいない。もともと極度のコミュ障だとは言われているが、今どこで何をしているのか、まったく情報が上がってこない。
ジンがアロンとどうやって会ったのかも分かっていないし、二人が接触する理由も掴めていない。アロンを情報屋として囲うつもりなのかもしれないが、ジンにはすでに優秀な情報屋が複数いるしな……。
引き続き俺も調査するが、風見の方も別角度から捜査を頼む」
「わかりました」
短いやり取りをして二人は別々の方向へと歩き出した。
儲けた金は全部自分の趣味につぎ込んでいたらしい。で、それが原因で、ある時父親に勘当されてね。あまりのドラ息子ぶりに、さすがの父親も堪忍袋の緒が切れたんだな……。
途方に暮れていたアロンを拾ったのが、あのカーディナルさ。手に負えないドラ息子だけど、資産運用の目利きはピカイチ。何かのキッカケで知り合ったようなんだが、それ以来カーディナルがずっと気にかけていたらしい。親から勘当されたと聞いて、声を掛けたようだ」
ルークは吸い終わったタバコを灰皿に押し付けると、アロンの写真の上にダリルの写真を重ねた。
「カーディナルの元で仕事を一から覚え、もとからあった目利きの力で彼自身もカーディナルの期待に応えた。本人もようやくやる気になったんだろう。メキメキと頭角を現し、今じゃ前社長をしのぐほどのやり手だよ」
「なるほど。で、お前はその『ダリル』がカーディナルから引き継いだものが、《会社経営》だけなのかどうかを調べている、と。
《爆破》の手ほどきも受けているとなれば、我々にとって脅威だ。違法カジノのガサ入れが終わった後も、日本に居続ける本当の理由はこれか」
「ああ。そういうこと。もちろん他にも抱えてる仕事はあるぜ。俺売れっ子だから」
ルークの茶目っ気たっぷりの返事を聞いて「なるほど」と昴はうなずいた。
「現状でダリルとアロンが同一人物であることを知っているのは、俺とボス、そしてお前だけだ。実は公安もアロンを追っている。
ジンがバーボンに調査を頼んだのが《アロン》だったからね」
ルークは一息つくと、カウンターを出て昴の隣に座った。
「なぜ公安にその事を伝えない? 公安はおそらく、ジンがアロンを調べさせた理由を見いだせていないだろう。お前、FBIだけではなく公安にも情報提供しているんじゃないのか?」
昴は不思議そうに訊ねた。
「ああ、確かにそうなんだが……。実は《ほぼ同一人物で間違いないだろう》って段階なんだ。あくまでも情報を精査していってたどり着いた答え。つまり消去法さ。
カーディナルがアロンの手を引き、自身の会社に招き入れたところまでは裏が取れた。
だがアロンがダリルだという確固たる証拠はまだない。本人がカミングアウトしたわけでもないし、指紋やDNAを調べたわけでもない。可能性が高いってだけなんだ」
ルークは湯気の立つマグカップを手に取る。喉を潤すようにゆっくりとコーヒーを飲んだ。
「そもそもカーディナルの会社自体、公安もFBI本部も掴んでいない。その情報はウェストホールディングスの事件の際、たまたま俺がジンから聞かされたモノだったしな。
当然公安もFBI本部も、《アロン・モーリス》と《ダリル・ホリンズ》が同一人物だなんて夢にも思っていないだろう。だからこそ確実な情報になってからじゃないと。
今はまだ公安だけじゃなく、FBI本部にも伝える段階ではない」
トップシークレット級の情報だ。確たる証拠が無ければ報告は出来ない…という事なのだろう。
ジンがバーボンに調査を依頼したとされるアロンモーリスが、カーディナルの後継者であり、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのIT企業の社長——となれば、組織が今後どのような動きを見せるのか、予測するのは難しい。
情報戦争を起こすことも出来るし、物理的に建物を爆破する事も可能かもしれない。ジンが着々と準備を進める《ビジネス》がいったい何なのか…。
現状では何も分からないのだ。
「だから、これはまださくらに知らせるなよ。潜入捜査官にとってガセネタは致命傷にだってなり得るんだ。
情報を伝えるのは細心の注意が必要なんだよ。ボスもその辺を心配していてね。お前にはまだ伝えるな、と言われていたんだ」
ルークはジッと昴の顔を見る。その表情は固い。
「だが……バーボンよりラスティーの方が、よりジンに近い。ジンは何だかんだと言って、今でもバーボンを怪しんでいるのは確かだからな。ラスティーはジンに近い分、危険も多い。
《ジンのお気に入り》と称される事もあるから、ジンに恨みを持つ者が彼女を狙う事もあるだろうし、組織内にだってジンを良く思わないヤツもいる。
ラスティーとして活動する以上、安全な場所は無いと思った方が良い。だから万が一急を要した時、俺を通すよりもお前が知っていた方が、さくらにいち早く伝わると思っただけなんだ。それだけ心得ておいてくれ」
「わかった」
ルークがこの情報を知らせたのは、彼なりの優しさなのだと昴は理解した。
***
その頃——
安室は商店街の裏で極秘に風見と会っていた。梓に頼まれて買い物に出ていたので、肩には食材を入れたショッピングバッグを掛けている。
「これがアロン・モーリスについて調べた調査書だ。風見も目を通しておいてくれ」
「分かりました」
安室から手渡された調査書はクリアファイルに入れられている。かなりの厚さがあった。
「先日ルークから報告があった通り、アロン・モーリスが所有している店は都内で4件。うち1件はガサ入れ後、営業停止状態。現在3件が連日営業中だ。風見も知っている通り、現在店に出入りしている客で、カジノで儲けた連中をルークが追っている。それについての報告はまだ来ていない」
周りを警戒しつつ、安室はやや小声で風見に話しかける。
「アロン・モーリスの詳細な経歴はこの書類に書かれている。調べれば調べるほど、手に負えない道楽息子だよ。資産家の息子でろくに仕事もせずに資産運用だけで儲けている。
ただ、運用の目利きだけはかなりのものだ。そうやって儲けては、自分の趣味に金をつぎ込んでいた。アメリカや日本でナイトクラブを所有するようになったのはここ数年だ」
安室は呆れたように大きなため息をついた。金持ちの考えることはよく分からない、と風見も渋い顔をする。
「とはいえ親に勘当され、今や頼る者はいないはずだ。資産運用とナイトクラブからの収入。金に困らないためとはいえ、その行動には謎が多すぎる。一人でそんなに金を儲けても使いきれるものではないし、事実、儲けた金を派手に使っている様子もない。さらに、容易くあの《ジン》と接触するあたり……《道楽息子》はもしかしたら」
「演じているだけ……と言う事ですか?」
「ああ」
資産運用で儲けた金が、趣味だけではなくナイトクラブを作る事にも使われていた。違法なカジノを拠点に裏社会の人間の出入りを促せば自然と入る怪しい情報。
しかも手口は巧妙で自分には何のリスクも無く、高額で取引されるような情報が手に入る——。
ネクラでオタクな独身男がそんな情報を手に入れ、いったいどうしようというのか。ただの道楽息子とは到底思えなかった。
「しかもここ数年、アロンの姿を見かけた者はいない。もともと極度のコミュ障だとは言われているが、今どこで何をしているのか、まったく情報が上がってこない。
ジンがアロンとどうやって会ったのかも分かっていないし、二人が接触する理由も掴めていない。アロンを情報屋として囲うつもりなのかもしれないが、ジンにはすでに優秀な情報屋が複数いるしな……。
引き続き俺も調査するが、風見の方も別角度から捜査を頼む」
「わかりました」
短いやり取りをして二人は別々の方向へと歩き出した。