第7章 ~記憶の扉が開くとき~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
「おお、星川くん! 元気そうで何よりだ。君が行方不明になった時は本当に肝を冷やしたんだよ」
森教授と会うのは大学構内で久瑠美たちに拉致されて以来。教授は心底安心したように満面の笑顔を見せた。
「申し訳ありません。あの後すぐに無事の連絡も差し上げず、ご挨拶も今頃になってしまって……」
研究室の一角にある、小さな接客用のテーブルセットで二人は向かい合わせで座り、さくらは頭を下げた。
「いやいや良いんだよ。あの後は事情聴取や検査、その上入院までしていたそうじゃないか。私に連絡なんて不可能だろう。その後も色々面倒続きだったと聞いている。
風見君が逐一連絡をくれたから、君の無事はすぐに知れたし、ある程度状況は把握している。心配しなくて大丈夫だよ」
ニッコリ微笑む教授の笑顔は、まるで娘を心配する親のようだ。
「教授はお優しいですね……。そうやっていつも私に笑顔を向けて下さる。その優しさに何度励まされたかしれません」
自分にはたくさんの仲間がいる。赤井や降谷のように直接力になってくれる人もそうだが、コナンをはじめ少年探偵団の子ども達や工藤夫妻、蘭、そして森教授のように陰で支えてくれる人たちもたくさんいるのだ。
「ふふふ。君には話していなかったかな……。実は私達夫婦には娘がいたんだよ。生まれてすぐ亡くなってしまったんだ。早産でね。
その子が生きていれば、ちょうど君くらいの歳だ。だからなのかな。君を見ていると自分の娘のような気がしてね」
教授とさくら以外誰もいない研究室で、森教授は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「危険な仕事だとは承知しているが……今日君の顔を見るまでは、本当に心配していたんだ。元気な顔が見れてホッとしたよ」
そう言うと、森はさくらが入れたコーヒーに口を付け、再び微笑んだ。
「あ、そういえば先ほど自販機の前で島谷教授にお会いしました。研究や実験の方も大詰めのようですね。それに最近学会続きで森教授と会えてないって、寂しそうでしたよ」
甘いジュースを手にした島谷の姿を思い出し、さくらはその時のことを森に伝えた。
「ノブが? アイツが細菌やウイルス以外の事に興味を持つとは珍しいな」
森は驚いたように目を見開き、コーヒーカップから口を離す。
「学会か……確かに最近色々顔を出しているから忙しいんだよ…って…あれ? ノブも学会に出てるって?
おかしいな…最近実験の方が忙しいらしくてアイツ、学会には出てないんじゃなかったかな? 先日も僕の出た学会と会場が同じだったんだけど、会わなかったよ」
森は不思議そうに首を傾げた。
「え? そうなんですか? でも島谷教授は『お互い学会続きで会っていない』とおっしゃっていましたけど」
「ふ~ん。まあ、会場広かったし気付かなかっただけかもね」
森はそう言うと、さくらが手土産に持って来たお菓子に手を伸ばした。
「教授、それ1個にしておいてください。血糖値高いんですから!」
「むむッ。久しぶりに聞いたな、君のそのセリフ。でもこのカワイイクッキー、食べて欲しいと言ってるようじゃないか……どれどれ」
さくらが「あ」と声を上げる前に、クッキー3個が森の口の中へ。
「も~ぅッ! 教授! クッキーのせいにしないで下さいッ」
むしゃむしゃと咀嚼しながら「美味い!」と親指を立てた森の顔を見て、さくらは「やれやれ」とため息をついた。
『それでは次のニュースです。最近都内で不審な死が相次いでいます。
今月初めに都内に住む会社員のAさんが通過する電車に飛び込んだ事をきっかけに、主婦のBさん、大学生のCさんなど、自死する人が急増しています。
どのケースも遺書はなく、また自死する理由が見つかっていません。
警察ではネットによる自死勧誘サイトなどを調べ、彼らに何らかの繋がりがあったかどうか慎重に捜査しています』
つけっぱなしになっていた研究室のテレビから、最近話題になっていたニュースが聴こえた。教授の視線がふと、テレビの方へ向く。
「ここのところ、こんなニュースばかりだな」
ため息交じりに小さくつぶやいた。
「ええ。自死者は毎年一定数いますが、今月に入って急激に増えた事もあって、原因究明が急がれているんです。確かに景気はやや低迷していますが、立ち行かなくなるほどでは無いですし……。
どちらかと言えば、あまり悩み事が無かった人たちの自死が目立っているんです。もちろん、心の闇は本人しか分かりませんけれど」
さくらもテレビ画面を見つめ、悲し気につぶやく。
「以前は自死勧誘サイトで希望者を集めて、見ず知らずの男女が集まり、集団で自死する……なんて事もありましたしね」
「自死勧誘サイトねぇ。ネットという便利な道具がそんな使われ方をするとはね」
森は複雑そうにテレビの画面を見つめた。
やがて研究室の外がガヤガヤと騒がしくなる。昼食を済ませた研究生が続々と戻ってきたのだ。静かだった研究室がにわかに活気づく。
「わ~! 星川さん! もう体調は良いんですか?」
「はい、皆さんご心配をおかけしました! 今日からまたよろしくお願いします!」
笑顔を向けるさくらに、研究生たちも思わず頬を赤くした。特に研究生深田の顔の赤さは尋常ではない。大石がチラリと深田の顔を見る。
(こんなに《好き》をダダ洩れにして何が『高嶺の花』だよ。さっさとコクっちまえっての!)
大石は呆れたように自身の頭をかいた。
「じゃあ星川君、早速これ頼むよ」
研究生たちの様子をニヤニヤしながら見ていた教授が、資料をさくらに差し出す。
資料を受け取り、さくらは「はい!」と返事をした。
***
夕方5時半——
「星川君、そろそろ上がって良いよ」
「え? でも今日は午後からでしたし、まだ書類出来上がっていませんけど」
PCから目を離し、さくらは森に向かって返事をした。
他の研究生たちは実験室にこもっていて、部屋には森教授とさくらしかいない。
「ふふふ、そう言うと思った。けど、今日は復帰初日だ。最初からそんなに飛ばさなくても大丈夫だよ。それ、そんなに急ぎでもないしね。また本業の方が忙しくなれば、君の体が心配だ。
実は風見くんからも聞いたんだよ。今回もだいぶ無理をしたようじゃないか。何かの時は、メールで出来上がったところまで送ってくれれば僕が何とかするから、ね?」
今日はもう帰って休みなさい、と森は優しく促す。
「わ、分かりました。じゃあ、これであがります」
「うん。そうして。僕もその方が安心」
PCの電源を落とすさくらを見て、森が微笑む。
「それでは教授。失礼します」
「ああ、お休み。また明日ね」
さくらは森の笑顔に見送られ、研究室を出た。
マフラーを首に巻きながら階段を下り、理学部の事務室前を通り過ぎた際に、突然受付の女性から「星川さん」と声をかけられた。
この女性もさくらの復帰を聞きつけ、さくらが今日ここを通るのを待っていたらしい。体調について訊ねられ、多くの人に心配をかけていたんだな、とさくらは心が痛む。
女性と休職中の体調のことや、ここ数週間の理学部での出来事など、しばらくの間立ち話をした。
『森教授の研究室はいつも楽しそうですね』とか、『島谷教授の学生や研究員は実験が長引いて、みんな死んだ目をしてる』とか、容易に想像できる話にさくらは思わず笑ってしまう。
「それじゃあ」といって建物を出た時には、外はすでに暗くなっていた。
「わぁ……もう真っ暗だわ」
時刻は間もなく夕方6時。空は曇っていて星も月も無いせいか、よけいに暗く感じた。建物を出ると正門へと続くアスファルトの道も驚くほど暗い。
外灯が等間隔に設置されていて、光が届くところだけがそこに道が有る事を教えてくれた。
さくらは「ふぅ…」と小さくため息をつく。白い息が闇に吸い込まれるように消えた。日が短くなったことで、わずかな寂しさを感じる。
一人暮らしをしていた時は、こんな気持ちを抱えながら真っ暗な部屋へと帰っていたけれど。
(早く帰ろ。秀一さん待ってるし……)
今は自分の帰りを待ってくれている人が居る。そう思うだけで自然と顔が緩んでしまう。
(あ、でもこの時間待ってるのは昴さんか。今日の夕ご飯何かな……)
すっかり料理が板についた昴の姿を思い出したせいか、さくらの腹の虫がぐ~っと鳴った。
(なんか、一人なのに二人が待ってるみたい)
帰れば昴が待っていて、夜は赤井がリビングにいる。
時々混乱しそう……などと考えながら、空腹を訴えるおなかをさする。さくらは足早に大学の敷地を出た。
その時——
ブォン! ブオォォン! ブオォォォ……
(ッ! この音……大型バイク…!?)
すぐ近くから聞き覚えのあるエンジン音。さくらは慌てて目の前の大通りを見回した。
(あれだ!)
東の方へ走り去る大型バイクのテールランプを目視したが、運転している人物までは確認出来ない。
(いったい誰? ココからじゃ分からない……)
段々小さくなる赤いランプを見つめたまま、さくらの顔が険しくなる。
ザワ……
わずかに木々を揺らす夜風が、ふわりとさくらの頬を撫でた。
(……ッ! この香り……)
風の中に微かに残る香水の香り。
この香水を好んでつける人物を、さくらは一人しか知らない。
(やっぱり……今のはベルモット…なの?)
アンバーの瞳が動揺で揺れた。
ベルモットは《ラスティー》と《沖矢昴》が恋人同士だと知っている。
相手の男を知るために、彼女は以前にも変装して大学に来たことがある。
自分の様子を見に来ているだけならまだいい。だが、昴の行動についても監視しているとしたら…?
(昴さんは大学院生ってことになってるけど、ほとんど大学には顔を出さないわ。院生とはいえ大学に居ないことを追及されれば、どこまでフォロー出来るか……)
さくらは思わず唇を噛む。
《沖矢昴》の正体を知られる可能性が今までより格段に上がったと言える。
赤井は「心配無い」と言っていたが——。
さくらはバイクの走り去った方を見つめ、しばらく動けなかった。
「おお、星川くん! 元気そうで何よりだ。君が行方不明になった時は本当に肝を冷やしたんだよ」
森教授と会うのは大学構内で久瑠美たちに拉致されて以来。教授は心底安心したように満面の笑顔を見せた。
「申し訳ありません。あの後すぐに無事の連絡も差し上げず、ご挨拶も今頃になってしまって……」
研究室の一角にある、小さな接客用のテーブルセットで二人は向かい合わせで座り、さくらは頭を下げた。
「いやいや良いんだよ。あの後は事情聴取や検査、その上入院までしていたそうじゃないか。私に連絡なんて不可能だろう。その後も色々面倒続きだったと聞いている。
風見君が逐一連絡をくれたから、君の無事はすぐに知れたし、ある程度状況は把握している。心配しなくて大丈夫だよ」
ニッコリ微笑む教授の笑顔は、まるで娘を心配する親のようだ。
「教授はお優しいですね……。そうやっていつも私に笑顔を向けて下さる。その優しさに何度励まされたかしれません」
自分にはたくさんの仲間がいる。赤井や降谷のように直接力になってくれる人もそうだが、コナンをはじめ少年探偵団の子ども達や工藤夫妻、蘭、そして森教授のように陰で支えてくれる人たちもたくさんいるのだ。
「ふふふ。君には話していなかったかな……。実は私達夫婦には娘がいたんだよ。生まれてすぐ亡くなってしまったんだ。早産でね。
その子が生きていれば、ちょうど君くらいの歳だ。だからなのかな。君を見ていると自分の娘のような気がしてね」
教授とさくら以外誰もいない研究室で、森教授は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「危険な仕事だとは承知しているが……今日君の顔を見るまでは、本当に心配していたんだ。元気な顔が見れてホッとしたよ」
そう言うと、森はさくらが入れたコーヒーに口を付け、再び微笑んだ。
「あ、そういえば先ほど自販機の前で島谷教授にお会いしました。研究や実験の方も大詰めのようですね。それに最近学会続きで森教授と会えてないって、寂しそうでしたよ」
甘いジュースを手にした島谷の姿を思い出し、さくらはその時のことを森に伝えた。
「ノブが? アイツが細菌やウイルス以外の事に興味を持つとは珍しいな」
森は驚いたように目を見開き、コーヒーカップから口を離す。
「学会か……確かに最近色々顔を出しているから忙しいんだよ…って…あれ? ノブも学会に出てるって?
おかしいな…最近実験の方が忙しいらしくてアイツ、学会には出てないんじゃなかったかな? 先日も僕の出た学会と会場が同じだったんだけど、会わなかったよ」
森は不思議そうに首を傾げた。
「え? そうなんですか? でも島谷教授は『お互い学会続きで会っていない』とおっしゃっていましたけど」
「ふ~ん。まあ、会場広かったし気付かなかっただけかもね」
森はそう言うと、さくらが手土産に持って来たお菓子に手を伸ばした。
「教授、それ1個にしておいてください。血糖値高いんですから!」
「むむッ。久しぶりに聞いたな、君のそのセリフ。でもこのカワイイクッキー、食べて欲しいと言ってるようじゃないか……どれどれ」
さくらが「あ」と声を上げる前に、クッキー3個が森の口の中へ。
「も~ぅッ! 教授! クッキーのせいにしないで下さいッ」
むしゃむしゃと咀嚼しながら「美味い!」と親指を立てた森の顔を見て、さくらは「やれやれ」とため息をついた。
『それでは次のニュースです。最近都内で不審な死が相次いでいます。
今月初めに都内に住む会社員のAさんが通過する電車に飛び込んだ事をきっかけに、主婦のBさん、大学生のCさんなど、自死する人が急増しています。
どのケースも遺書はなく、また自死する理由が見つかっていません。
警察ではネットによる自死勧誘サイトなどを調べ、彼らに何らかの繋がりがあったかどうか慎重に捜査しています』
つけっぱなしになっていた研究室のテレビから、最近話題になっていたニュースが聴こえた。教授の視線がふと、テレビの方へ向く。
「ここのところ、こんなニュースばかりだな」
ため息交じりに小さくつぶやいた。
「ええ。自死者は毎年一定数いますが、今月に入って急激に増えた事もあって、原因究明が急がれているんです。確かに景気はやや低迷していますが、立ち行かなくなるほどでは無いですし……。
どちらかと言えば、あまり悩み事が無かった人たちの自死が目立っているんです。もちろん、心の闇は本人しか分かりませんけれど」
さくらもテレビ画面を見つめ、悲し気につぶやく。
「以前は自死勧誘サイトで希望者を集めて、見ず知らずの男女が集まり、集団で自死する……なんて事もありましたしね」
「自死勧誘サイトねぇ。ネットという便利な道具がそんな使われ方をするとはね」
森は複雑そうにテレビの画面を見つめた。
やがて研究室の外がガヤガヤと騒がしくなる。昼食を済ませた研究生が続々と戻ってきたのだ。静かだった研究室がにわかに活気づく。
「わ~! 星川さん! もう体調は良いんですか?」
「はい、皆さんご心配をおかけしました! 今日からまたよろしくお願いします!」
笑顔を向けるさくらに、研究生たちも思わず頬を赤くした。特に研究生深田の顔の赤さは尋常ではない。大石がチラリと深田の顔を見る。
(こんなに《好き》をダダ洩れにして何が『高嶺の花』だよ。さっさとコクっちまえっての!)
大石は呆れたように自身の頭をかいた。
「じゃあ星川君、早速これ頼むよ」
研究生たちの様子をニヤニヤしながら見ていた教授が、資料をさくらに差し出す。
資料を受け取り、さくらは「はい!」と返事をした。
***
夕方5時半——
「星川君、そろそろ上がって良いよ」
「え? でも今日は午後からでしたし、まだ書類出来上がっていませんけど」
PCから目を離し、さくらは森に向かって返事をした。
他の研究生たちは実験室にこもっていて、部屋には森教授とさくらしかいない。
「ふふふ、そう言うと思った。けど、今日は復帰初日だ。最初からそんなに飛ばさなくても大丈夫だよ。それ、そんなに急ぎでもないしね。また本業の方が忙しくなれば、君の体が心配だ。
実は風見くんからも聞いたんだよ。今回もだいぶ無理をしたようじゃないか。何かの時は、メールで出来上がったところまで送ってくれれば僕が何とかするから、ね?」
今日はもう帰って休みなさい、と森は優しく促す。
「わ、分かりました。じゃあ、これであがります」
「うん。そうして。僕もその方が安心」
PCの電源を落とすさくらを見て、森が微笑む。
「それでは教授。失礼します」
「ああ、お休み。また明日ね」
さくらは森の笑顔に見送られ、研究室を出た。
マフラーを首に巻きながら階段を下り、理学部の事務室前を通り過ぎた際に、突然受付の女性から「星川さん」と声をかけられた。
この女性もさくらの復帰を聞きつけ、さくらが今日ここを通るのを待っていたらしい。体調について訊ねられ、多くの人に心配をかけていたんだな、とさくらは心が痛む。
女性と休職中の体調のことや、ここ数週間の理学部での出来事など、しばらくの間立ち話をした。
『森教授の研究室はいつも楽しそうですね』とか、『島谷教授の学生や研究員は実験が長引いて、みんな死んだ目をしてる』とか、容易に想像できる話にさくらは思わず笑ってしまう。
「それじゃあ」といって建物を出た時には、外はすでに暗くなっていた。
「わぁ……もう真っ暗だわ」
時刻は間もなく夕方6時。空は曇っていて星も月も無いせいか、よけいに暗く感じた。建物を出ると正門へと続くアスファルトの道も驚くほど暗い。
外灯が等間隔に設置されていて、光が届くところだけがそこに道が有る事を教えてくれた。
さくらは「ふぅ…」と小さくため息をつく。白い息が闇に吸い込まれるように消えた。日が短くなったことで、わずかな寂しさを感じる。
一人暮らしをしていた時は、こんな気持ちを抱えながら真っ暗な部屋へと帰っていたけれど。
(早く帰ろ。秀一さん待ってるし……)
今は自分の帰りを待ってくれている人が居る。そう思うだけで自然と顔が緩んでしまう。
(あ、でもこの時間待ってるのは昴さんか。今日の夕ご飯何かな……)
すっかり料理が板についた昴の姿を思い出したせいか、さくらの腹の虫がぐ~っと鳴った。
(なんか、一人なのに二人が待ってるみたい)
帰れば昴が待っていて、夜は赤井がリビングにいる。
時々混乱しそう……などと考えながら、空腹を訴えるおなかをさする。さくらは足早に大学の敷地を出た。
その時——
ブォン! ブオォォン! ブオォォォ……
(ッ! この音……大型バイク…!?)
すぐ近くから聞き覚えのあるエンジン音。さくらは慌てて目の前の大通りを見回した。
(あれだ!)
東の方へ走り去る大型バイクのテールランプを目視したが、運転している人物までは確認出来ない。
(いったい誰? ココからじゃ分からない……)
段々小さくなる赤いランプを見つめたまま、さくらの顔が険しくなる。
ザワ……
わずかに木々を揺らす夜風が、ふわりとさくらの頬を撫でた。
(……ッ! この香り……)
風の中に微かに残る香水の香り。
この香水を好んでつける人物を、さくらは一人しか知らない。
(やっぱり……今のはベルモット…なの?)
アンバーの瞳が動揺で揺れた。
ベルモットは《ラスティー》と《沖矢昴》が恋人同士だと知っている。
相手の男を知るために、彼女は以前にも変装して大学に来たことがある。
自分の様子を見に来ているだけならまだいい。だが、昴の行動についても監視しているとしたら…?
(昴さんは大学院生ってことになってるけど、ほとんど大学には顔を出さないわ。院生とはいえ大学に居ないことを追及されれば、どこまでフォロー出来るか……)
さくらは思わず唇を噛む。
《沖矢昴》の正体を知られる可能性が今までより格段に上がったと言える。
赤井は「心配無い」と言っていたが——。
さくらはバイクの走り去った方を見つめ、しばらく動けなかった。