第6章 ~遠い日の約束~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
りおが拉致されて15分後——
昴のスマホが着信を告げる。相手は安室だった。
『沖矢さん! さくらさんが組織に拉致されたというのは本当ですか?』
安室の声はどこか緊張しているように聞こえた。
「ええ…。外で警護に当たっていたあなたの部下の話では、おそらく拉致したのはキールです。彼女は宅配業者を装ってさくらに玄関ドアを開けさせた。しかし、なぜさくらを……」
事の深刻さを知らない昴は、安室の部下から拉致の状況を聞き出すほどの余裕を見せる。
しかし直後に安室から話を聞き、細めていた目をカッと見開いた。
「な、なに!? 呉がジンに伝えた情報は【ラスティーのNOC疑惑】だと!?」
昴の声は先ほどまでの冷静さが失われ、まくし立てるように問いかける。
『ええ、そうです。それでジンはキールを使って、さくらさんを拉致したのでしょう』
「なんということだ……」
自分がそばに居ながら易々と奪われてしまうとは——。
昴は自分の不甲斐なさに奥歯を噛みしめる。
『僕も夕べ、ベルモットから聞いて……すぐ連絡をと思ったのですが、ジンから別件を頼まれてラボに詰めていたため、今になってしまって。ようやく一人になったところで拉致の連絡が……』
安室の声も硬く、いつもよりやや低く感じる。それが余計に昴の不安を煽った。
『拉致したのがキールならば、おそらく彼女はベルモットにも連絡しているはずです。そうなれば、ベルモットもラスティー擁護の為にアジトに向かっているはずだ。すぐに切迫した事態にはならないはず——。
ッ! いや待てよ……そうか! 僕がラボから持って来た薬! ジンはアレをさくらさんに……ッ! くそっ! 僕もこのままアジトに戻ります!』
また連絡しますとだけ言うと、安室からの電話は切れた。
「りお……」
ペリドットの瞳が不安で揺れる。いったい安室は何をそんなに焦っていたのか。
何一つ状況が分からず、昴はスマホを握ったまま立ち尽くした。
***
キッ‼
黒いバンがアジトの地下駐車場に着くと、キールは運転席から降りる。到着を待ちわびたかのようにウォッカが現れた。
「言われた通り、ラスティーを気絶させて連れて来たわ。悪いけど彼女を運んでくれる?」
「分かった」
ウォッカは気を失っているラスティーの両手に手錠をかけると、そのまま軽々と抱き上げた。
「ご苦労だったなキール。後は俺がやる。お前は戻っていいそうだ」
「分かったわ」
ウォッカはキールの返事を聞き、ラスティーを抱えたまま踵を返す。
その時——
ブォン‼ ブォ—ン‼ キキキ―――ッ‼
ライトをつけた大型バイクが駐車場へと猛スピードで入って来ると、ウォッカのすぐそばで後輪を滑らせて止まった。
エンジンを切った黒いライダーがフルフェイスのヘルメットを取る。ゆるくウェーブのかかった金髪がふわりと揺れた。
「ベルモット!」
ベルモットの派手な登場に、ウォッカが声を上げた。
「ウォッカ。彼女をどこに連れて行く気?」
バイクにまたがったまま、ベルモットは険しい顔を向けて問いかけた。
「ジンのアニキがお呼びなんだ。お前は口を出すな」
「ジンはあの呉とかいう、胡散臭いマフィアの男の言う事を信じるってわけ? つい最近、お気に入りのこの子を抱こうとしていたのに」
ベルモットは挑発するような目でウォッカを見る。
「NOCの疑いがあると言われりゃ、仕方ないだろう」
「ちょっと前まで『もう少し泳がせる』とか言いながら、もう辛抱できなくなった? NOC疑惑を口実に、この子を抱く気じゃあないでしょうね」
そんなこと俺に言っても知るかよ、とウォッカは内心毒づいた。
「言いたいことがあるなら、直接アニキに……」
そこまで言いかけた時———
ジャリ…
コンクリート上の砂を踏みしめる足音が聞こえた。
「あ、アニキ……」
暗闇の中から音もなく姿を現したのはジンだった。
「やっと姿を見せてくれたのね。かくれんぼには飽きたのかしら?」
ベルモットはジンの方へ視線を移し、ニヤリと笑みを見せる。
「ふん。俺がいると分かってて、挑発していたんだろう」
ジンの言葉に「まあね、」とベルモットは答えた。
「俺は気が長い方じゃねぇんだ。泳がせるとは言ったが、万が一ラスティーがNOCだった場合、それを隠すための小細工をしかねない。
早々に決着をつけた方が良いと思っただけだ」
ジンはベルモットを睨みつける。それを見てベルモットはフッと笑った。
「ジン、あなた本当にせっかちね。彼女がNOCだとしても、NOCじゃなかったとしても、尋問すればラスティーの口から出てくる答えは『NO』しかないわ。それをどうやってウソかどうか判断するのよ」
ベルモットの問いかけにジンは黙ったままだ。
「どうせあなたの事だから、痛めつけるか何か薬を使うか……そんなところかしら?」
「……」
ジンは何も言わなかったが、左の眉がわずかに動く。ベルモットはその動きを見逃さなかった。
「どうやら…図星のようね」
ベルモットは「はぁ」と大きなため息をつく。
「私の可愛いラスティーにそれは許さないわ。それとも…あなた…ラスティーの顔が苦痛で歪むのが見たいのかしら?
だとしたら、とんだサディスティック野郎ね。悪趣味にも程があるわ」
ベルモットはあえてジンのプライドを逆なでするような言葉を並べたてる。ジンが挑発に乗りさえすれば、あとはベルモットの意のままだ。
いわば心理作戦。
女優という他人を演じる仕事をしてきたベルモットにとって、相手の心を読み、弱いところを突くというのは最も得意とするところ。
その後は言葉巧みに相手の気持ちに寄りそうフリをして、自身に都合が良いように誘導するのだ。
そうやって時に男を誘惑し、時に情報を引き出し、時に敵を死に追いやって来た。
それを知ってか知らずか、珍しくジンは黙ったままだった。
「言いたいことはそれだけか?」
ジンが冷たく言い放つ。
「ッ!」
ラスティーを助け出すため、思いつく限りの事を並べ立てたが、ジンの方が一枚上手のようだ。
(ッ! どうしたらいいの? どうしたらラスティーを助けられる!?)
ベルモットは表情を崩さず、しかし必死に、次の一手を考えた。
「ベルモット」
ふいにジンが名を呼ぶ。
「なに?」
焦りを気取られないように、努めて冷静に返事をした。
「お前には何か策があるのか。確かにこのまま尋問してもヤツの口から出るのは『NO』だけだ。
痛め付けてもコイツの性格上、真実を吐くとは思えない。だから今回、自白剤を使うつもりでバーボンに使いを頼んだ。
だが俺も呉の事を信じているわけでは無い。出来れば薬なんてものは使いたくねぇ。
ラスティーがNOCかどうか、調べる手立てをお前は持っているのか?」
ジンの問いかけにベルモットは力強く頷いた。
「まずは呉が何を目的としているか、調べる方が先決じゃないの? ヤツがどうして組織と取引をしたがるのか……。
何か裏に企みがあって偽情報をあなたに渡した可能性もあるのだから——」
「なるほど。それで?」
ジンは胸元からタバコを取り出す。一本口にくわえると、ニヤリと笑った。
「中国マフィアと呉を調べた後、ラスティーと当時行動を共にしていたNOCについて調べるわ。
いったいどこの警察組織のNOCだったのか、どうやってその組み合わせは決められたのか。その後彼女に直接訊いてみるっていうのはどう? こちらの情報との相違点があれば、そこをつつけば……ウソかどうか分かるわ」
ふ——ぅ…
ベルモットの話を聞きながら、ジンはタバコの煙を吐き出した。
「ほ~ぅ……なるほどな。回りくどい気もするがそれが一番確実だろうな。
良いだろう。ならばその調査をベルモット、お前に任せる。まあ、お前の事だ。どうせバーボンも巻き込むつもりだろう。それも容認しよう。
ただし…期限は3日。3日後の夕刻、俺がラスティーに尋問する。そこにお前達も立ち会え。いいな」
「分かったわ」
ベルモットの返事を聞いて、ジンは吸い殻をコンクリートに落としグッと踏みつけた。
「どんな結末が待っているか……楽しみだな」
とりあえずの危機を脱し、内心ホッとしているベルモットを横目に、ジンは高らかに笑った。
**
アジトの駐車場にはベルモットの車が一台止められている。その助手席にラスティーは寝かされた。
ウォッカから受け取った鍵を使い、ベルモットが手錠を外しているとラスティーが目を覚ます。
「ん……ぅぅ…ココ…は…?」
殴られた後頭部に手を当て、気怠そうに体を動かす。重いまぶたを開けるとベルモットの横顔があった。
「ん、え? な、なんで? なんでベルモット? …あれ? キールは?」
状況把握が出来ないまま、ラスティーが声を上げる。
「あら、おはよう。お目覚めのところ悪いけど、シートベルトしてくれる? 手錠は外したから」
「へ? 手錠? シートベルト?」
キョロキョロと回りを見回し、とりあえず車の中だと把握して、大人しくシートベルトに手を掛ける。
いまだ状況が分かっていないのか、きょとんとしていた。
「ふふふ。あなた目が覚めたばかりはいつもこんななの? かわいいわね」
「えぇ??」
そりゃ彼氏クンもメロメロね、と小さく笑われたが、寝起きのラスティーには何のことかサッパリ理解できていなかった。
ベルモットの車に乗せられ、ようやく事態を把握したラスティー。
気付けば都内から少し離れた静かな森の中。郊外の別荘地のようだった。
白い外壁のオシャレな建物に入ると、広いリビングに通される。
「まあ掛けて」とベルモットが声をかけた。ラスティーは大きなソファーに体を小さくして座った。
「あらあら、そんなに縮こまらないで。広く座れば良いのに…」
呆れたように声を掛けるベルモットの手には、ワイングラスが二つとワインボトルがある。
「ちょっとベルモット。こんな昼間からお酒なんて……」
「まあ良いじゃないの。たまには…ね♪」
いたずらっ子のような笑顔を向け、ベルモットはボトルを開ける。トクトクとワイングラスに赤い液体を注いだ。
「か~んぱい」
ベルモットが一人でそう声をかけ、グラスを傾けると一気にワインを飲み干す。
(お酒を飲むのは秀一さんの前だけって約束したんだけどな………)
ラスティーは困った顔でグラスを見ていた。
「あら、ラスティーはお酒飲めないの?」
「え…あ、いいえ。そういう訳ではないのだけど……」
せっかくベルモットが開けてくれたのだ。飲むしかないか、と覚悟を決めた時だった。
ベルモットがスッと立ち上がり、ラスティーに近づく。
ラスティーの手からワイングラスをスルリと取った。
「?」
ベルモットの意図が分からず、ラスティーは彼女の顔を見上げる。
ベルモットはグラスのワインを自らの口に流し込むと、突然ラスティーをソファーの背もたれに押しつけた。
「え? ベル……ッ!」
そのままベルモットに口づけされる。
少し生暖かくなったワインと何か錠剤のようなものが口の中に流し込まれた。
「ん!? …ぅん…んん…ん…!」
ゴクッゴクッと流し込まれた液体を飲み込む。
すべて飲み込んだことを確認するように、ベルモットは舌を差し入れ、ラスティーの舌裏をくすぐった。
「っん…ぅッ!」
思わず出てしまった声に、ベルモットはクスリと笑う。
「あなた…ホント感じやすいのね。夜な夜な彼氏クンにかわいがってもらっているのね」
唇を離したベルモットが、ラスティーの頬を撫でながら微笑んだ。
「べ、ベルモット‼ あなたいきなり何をッ!」
ラスティーは濡れた口元を拭いながら問いかけた。
恥ずかしさで顔が真っ赤になる。茹でダコのようになった顔を見て、ベルモットがクスクス笑った。
「ウブなラスティーも良いわね」
「も、もう! からかうのもいい加減に……!?」
悪ふざけが過ぎるベルモットに一言言ってやろうと思ったその瞬間、ぐらりと視界が歪む。
「ふ…ぅ…ぁ……べ、ベル…なに…を…」
グルグル回る視界。そして体の力が抜けていく。
ラスティーはどうすることも出来ないまま、ズルズルとソファーに倒れ込む。
「あなたを守るためよ…。ごめんなさいね」
ドサッ!
大きなソファーにラスティーの栗色の髪が無造作に広がる。
ベルモットはそれを黙ったまま見つめていた。
昴のスマホが着信を告げる。相手は安室だった。
『沖矢さん! さくらさんが組織に拉致されたというのは本当ですか?』
安室の声はどこか緊張しているように聞こえた。
「ええ…。外で警護に当たっていたあなたの部下の話では、おそらく拉致したのはキールです。彼女は宅配業者を装ってさくらに玄関ドアを開けさせた。しかし、なぜさくらを……」
事の深刻さを知らない昴は、安室の部下から拉致の状況を聞き出すほどの余裕を見せる。
しかし直後に安室から話を聞き、細めていた目をカッと見開いた。
「な、なに!? 呉がジンに伝えた情報は【ラスティーのNOC疑惑】だと!?」
昴の声は先ほどまでの冷静さが失われ、まくし立てるように問いかける。
『ええ、そうです。それでジンはキールを使って、さくらさんを拉致したのでしょう』
「なんということだ……」
自分がそばに居ながら易々と奪われてしまうとは——。
昴は自分の不甲斐なさに奥歯を噛みしめる。
『僕も夕べ、ベルモットから聞いて……すぐ連絡をと思ったのですが、ジンから別件を頼まれてラボに詰めていたため、今になってしまって。ようやく一人になったところで拉致の連絡が……』
安室の声も硬く、いつもよりやや低く感じる。それが余計に昴の不安を煽った。
『拉致したのがキールならば、おそらく彼女はベルモットにも連絡しているはずです。そうなれば、ベルモットもラスティー擁護の為にアジトに向かっているはずだ。すぐに切迫した事態にはならないはず——。
ッ! いや待てよ……そうか! 僕がラボから持って来た薬! ジンはアレをさくらさんに……ッ! くそっ! 僕もこのままアジトに戻ります!』
また連絡しますとだけ言うと、安室からの電話は切れた。
「りお……」
ペリドットの瞳が不安で揺れる。いったい安室は何をそんなに焦っていたのか。
何一つ状況が分からず、昴はスマホを握ったまま立ち尽くした。
***
キッ‼
黒いバンがアジトの地下駐車場に着くと、キールは運転席から降りる。到着を待ちわびたかのようにウォッカが現れた。
「言われた通り、ラスティーを気絶させて連れて来たわ。悪いけど彼女を運んでくれる?」
「分かった」
ウォッカは気を失っているラスティーの両手に手錠をかけると、そのまま軽々と抱き上げた。
「ご苦労だったなキール。後は俺がやる。お前は戻っていいそうだ」
「分かったわ」
ウォッカはキールの返事を聞き、ラスティーを抱えたまま踵を返す。
その時——
ブォン‼ ブォ—ン‼ キキキ―――ッ‼
ライトをつけた大型バイクが駐車場へと猛スピードで入って来ると、ウォッカのすぐそばで後輪を滑らせて止まった。
エンジンを切った黒いライダーがフルフェイスのヘルメットを取る。ゆるくウェーブのかかった金髪がふわりと揺れた。
「ベルモット!」
ベルモットの派手な登場に、ウォッカが声を上げた。
「ウォッカ。彼女をどこに連れて行く気?」
バイクにまたがったまま、ベルモットは険しい顔を向けて問いかけた。
「ジンのアニキがお呼びなんだ。お前は口を出すな」
「ジンはあの呉とかいう、胡散臭いマフィアの男の言う事を信じるってわけ? つい最近、お気に入りのこの子を抱こうとしていたのに」
ベルモットは挑発するような目でウォッカを見る。
「NOCの疑いがあると言われりゃ、仕方ないだろう」
「ちょっと前まで『もう少し泳がせる』とか言いながら、もう辛抱できなくなった? NOC疑惑を口実に、この子を抱く気じゃあないでしょうね」
そんなこと俺に言っても知るかよ、とウォッカは内心毒づいた。
「言いたいことがあるなら、直接アニキに……」
そこまで言いかけた時———
ジャリ…
コンクリート上の砂を踏みしめる足音が聞こえた。
「あ、アニキ……」
暗闇の中から音もなく姿を現したのはジンだった。
「やっと姿を見せてくれたのね。かくれんぼには飽きたのかしら?」
ベルモットはジンの方へ視線を移し、ニヤリと笑みを見せる。
「ふん。俺がいると分かってて、挑発していたんだろう」
ジンの言葉に「まあね、」とベルモットは答えた。
「俺は気が長い方じゃねぇんだ。泳がせるとは言ったが、万が一ラスティーがNOCだった場合、それを隠すための小細工をしかねない。
早々に決着をつけた方が良いと思っただけだ」
ジンはベルモットを睨みつける。それを見てベルモットはフッと笑った。
「ジン、あなた本当にせっかちね。彼女がNOCだとしても、NOCじゃなかったとしても、尋問すればラスティーの口から出てくる答えは『NO』しかないわ。それをどうやってウソかどうか判断するのよ」
ベルモットの問いかけにジンは黙ったままだ。
「どうせあなたの事だから、痛めつけるか何か薬を使うか……そんなところかしら?」
「……」
ジンは何も言わなかったが、左の眉がわずかに動く。ベルモットはその動きを見逃さなかった。
「どうやら…図星のようね」
ベルモットは「はぁ」と大きなため息をつく。
「私の可愛いラスティーにそれは許さないわ。それとも…あなた…ラスティーの顔が苦痛で歪むのが見たいのかしら?
だとしたら、とんだサディスティック野郎ね。悪趣味にも程があるわ」
ベルモットはあえてジンのプライドを逆なでするような言葉を並べたてる。ジンが挑発に乗りさえすれば、あとはベルモットの意のままだ。
いわば心理作戦。
女優という他人を演じる仕事をしてきたベルモットにとって、相手の心を読み、弱いところを突くというのは最も得意とするところ。
その後は言葉巧みに相手の気持ちに寄りそうフリをして、自身に都合が良いように誘導するのだ。
そうやって時に男を誘惑し、時に情報を引き出し、時に敵を死に追いやって来た。
それを知ってか知らずか、珍しくジンは黙ったままだった。
「言いたいことはそれだけか?」
ジンが冷たく言い放つ。
「ッ!」
ラスティーを助け出すため、思いつく限りの事を並べ立てたが、ジンの方が一枚上手のようだ。
(ッ! どうしたらいいの? どうしたらラスティーを助けられる!?)
ベルモットは表情を崩さず、しかし必死に、次の一手を考えた。
「ベルモット」
ふいにジンが名を呼ぶ。
「なに?」
焦りを気取られないように、努めて冷静に返事をした。
「お前には何か策があるのか。確かにこのまま尋問してもヤツの口から出るのは『NO』だけだ。
痛め付けてもコイツの性格上、真実を吐くとは思えない。だから今回、自白剤を使うつもりでバーボンに使いを頼んだ。
だが俺も呉の事を信じているわけでは無い。出来れば薬なんてものは使いたくねぇ。
ラスティーがNOCかどうか、調べる手立てをお前は持っているのか?」
ジンの問いかけにベルモットは力強く頷いた。
「まずは呉が何を目的としているか、調べる方が先決じゃないの? ヤツがどうして組織と取引をしたがるのか……。
何か裏に企みがあって偽情報をあなたに渡した可能性もあるのだから——」
「なるほど。それで?」
ジンは胸元からタバコを取り出す。一本口にくわえると、ニヤリと笑った。
「中国マフィアと呉を調べた後、ラスティーと当時行動を共にしていたNOCについて調べるわ。
いったいどこの警察組織のNOCだったのか、どうやってその組み合わせは決められたのか。その後彼女に直接訊いてみるっていうのはどう? こちらの情報との相違点があれば、そこをつつけば……ウソかどうか分かるわ」
ふ——ぅ…
ベルモットの話を聞きながら、ジンはタバコの煙を吐き出した。
「ほ~ぅ……なるほどな。回りくどい気もするがそれが一番確実だろうな。
良いだろう。ならばその調査をベルモット、お前に任せる。まあ、お前の事だ。どうせバーボンも巻き込むつもりだろう。それも容認しよう。
ただし…期限は3日。3日後の夕刻、俺がラスティーに尋問する。そこにお前達も立ち会え。いいな」
「分かったわ」
ベルモットの返事を聞いて、ジンは吸い殻をコンクリートに落としグッと踏みつけた。
「どんな結末が待っているか……楽しみだな」
とりあえずの危機を脱し、内心ホッとしているベルモットを横目に、ジンは高らかに笑った。
**
アジトの駐車場にはベルモットの車が一台止められている。その助手席にラスティーは寝かされた。
ウォッカから受け取った鍵を使い、ベルモットが手錠を外しているとラスティーが目を覚ます。
「ん……ぅぅ…ココ…は…?」
殴られた後頭部に手を当て、気怠そうに体を動かす。重いまぶたを開けるとベルモットの横顔があった。
「ん、え? な、なんで? なんでベルモット? …あれ? キールは?」
状況把握が出来ないまま、ラスティーが声を上げる。
「あら、おはよう。お目覚めのところ悪いけど、シートベルトしてくれる? 手錠は外したから」
「へ? 手錠? シートベルト?」
キョロキョロと回りを見回し、とりあえず車の中だと把握して、大人しくシートベルトに手を掛ける。
いまだ状況が分かっていないのか、きょとんとしていた。
「ふふふ。あなた目が覚めたばかりはいつもこんななの? かわいいわね」
「えぇ??」
そりゃ彼氏クンもメロメロね、と小さく笑われたが、寝起きのラスティーには何のことかサッパリ理解できていなかった。
ベルモットの車に乗せられ、ようやく事態を把握したラスティー。
気付けば都内から少し離れた静かな森の中。郊外の別荘地のようだった。
白い外壁のオシャレな建物に入ると、広いリビングに通される。
「まあ掛けて」とベルモットが声をかけた。ラスティーは大きなソファーに体を小さくして座った。
「あらあら、そんなに縮こまらないで。広く座れば良いのに…」
呆れたように声を掛けるベルモットの手には、ワイングラスが二つとワインボトルがある。
「ちょっとベルモット。こんな昼間からお酒なんて……」
「まあ良いじゃないの。たまには…ね♪」
いたずらっ子のような笑顔を向け、ベルモットはボトルを開ける。トクトクとワイングラスに赤い液体を注いだ。
「か~んぱい」
ベルモットが一人でそう声をかけ、グラスを傾けると一気にワインを飲み干す。
(お酒を飲むのは秀一さんの前だけって約束したんだけどな………)
ラスティーは困った顔でグラスを見ていた。
「あら、ラスティーはお酒飲めないの?」
「え…あ、いいえ。そういう訳ではないのだけど……」
せっかくベルモットが開けてくれたのだ。飲むしかないか、と覚悟を決めた時だった。
ベルモットがスッと立ち上がり、ラスティーに近づく。
ラスティーの手からワイングラスをスルリと取った。
「?」
ベルモットの意図が分からず、ラスティーは彼女の顔を見上げる。
ベルモットはグラスのワインを自らの口に流し込むと、突然ラスティーをソファーの背もたれに押しつけた。
「え? ベル……ッ!」
そのままベルモットに口づけされる。
少し生暖かくなったワインと何か錠剤のようなものが口の中に流し込まれた。
「ん!? …ぅん…んん…ん…!」
ゴクッゴクッと流し込まれた液体を飲み込む。
すべて飲み込んだことを確認するように、ベルモットは舌を差し入れ、ラスティーの舌裏をくすぐった。
「っん…ぅッ!」
思わず出てしまった声に、ベルモットはクスリと笑う。
「あなた…ホント感じやすいのね。夜な夜な彼氏クンにかわいがってもらっているのね」
唇を離したベルモットが、ラスティーの頬を撫でながら微笑んだ。
「べ、ベルモット‼ あなたいきなり何をッ!」
ラスティーは濡れた口元を拭いながら問いかけた。
恥ずかしさで顔が真っ赤になる。茹でダコのようになった顔を見て、ベルモットがクスクス笑った。
「ウブなラスティーも良いわね」
「も、もう! からかうのもいい加減に……!?」
悪ふざけが過ぎるベルモットに一言言ってやろうと思ったその瞬間、ぐらりと視界が歪む。
「ふ…ぅ…ぁ……べ、ベル…なに…を…」
グルグル回る視界。そして体の力が抜けていく。
ラスティーはどうすることも出来ないまま、ズルズルとソファーに倒れ込む。
「あなたを守るためよ…。ごめんなさいね」
ドサッ!
大きなソファーにラスティーの栗色の髪が無造作に広がる。
ベルモットはそれを黙ったまま見つめていた。