第6章 ~遠い日の約束~
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「ねえ、さくら……《前島》って、もしかして……」
チェンシーは中国語でそっとさくらに訊ねた。
「ええ。ユーチェンの弟、ユーハンよ。あなた会ったことある?」
「ああ、うん。彼が帰化する前になら何度かあるわ。ユーチェンに頼まれて、誕生日プレゼントのカメラを日本まで届けた時と、彼の死を伝えた時、くらいかな。
あとは帰化したって情報と、日本名を聞かされただけよ」
「…そう…」
さくらは目を閉じた。
『爆発の時、仲間を見捨ててボートで逃げ去った者もいたそうですよ』
前島の声がよぎる。胸の奥にズキリと痛みが走った。一瞬だけフラッシュバックしたのは、地面に横たわる血まみれの仲間——。
さくらは皆に分からないように小さく息を吐き、少し苦しくなった呼吸を整えた。
「現状で分かっているのは、呉が組織に何かしらの情報を渡したか交渉を提示したか、だ。
それが何なのか探る必要があるだろう。
そして、前島と呉の行方も大至急探し出さねばなるまい」
降谷が風見の顔を見る。それに応えるように風見がうなずいた。
「特に前島は広瀬の近くにいる可能性が高いな。なんとしても見つけなくては…」
降谷の言葉を聞いて、風見はさくらの方を見た。いつもは頼もしい部下が、今日ばかりは見た目通りの華奢な女性のように思えた。
「前島に戦闘経験は無いわ。昴さんもそばに居てくれるし、私は大丈夫です」
重苦しい空気の中、さくらは努めて笑顔を向ける。
「さくら、そうとばかりは言い切れません。現状では分からないことだらけです。ましてや、今あなたの心に負荷をかけるようなことは出来るだけ回避するのが得策です。一旦家に戻り、外出は控えた方が良い」
昴は険しい表情を崩さない。風見も昴の見解を聞いて、心配げにさくらを見る。
「確かに呉が組織に何を持ち掛けたのかも分かっていない。沖矢さんが言うように、楽観的に考えるのは危険だろう。
前島のバックにマフィアが居るとなれば、何をしでかすか分からない。最悪……周辺の一般人を巻き込むような手を使ってくることも考えられる」
降谷はアゴに手をやって考え込んだ。
呉は子どもの命すら金に換える非道な男だ。必要とあらば前島に手を貸し、周辺の人間を巻き込むことなどお構いなしに、さくらを狙う可能性もある。
「広瀬は自宅待機だ。家の周りも警備の者を手配する。近所で空き巣があったことにして、制服警察官に変装させた公安刑事を巡回させよう。いいか、絶対に勝手な行動は取るなよ」
降谷が厳しい表情でさくらに念を押した。
昴とさくらが会議室を出ると、室内は降谷と風見、そしてチェンシーの3人となった。
「今回は日本警察も全面協力をします。呉の所在が分かり次第、そちらにも連絡いたします」
降谷がチェンシーに声をかけた。
「お願いするよ。中国警察もずっと呉を追ってたね。アイツ、本国でも麻薬・武器・臓器売買、多くの嫌疑がかけられてる。
これ以上野放しに出来ない男なのは間違いないね」
チェンシーの表情も険しい。
半年前、日本から戻った呉を中国警察も追ったようだが、そこでも上手く捜査網を逃れ、どこかに潜伏していたようだ。
「一つ伺っても良いですか?」
降谷がチェンシーの顔を覗き込むようにして訊ねた。
「今回、広瀬に来日の連絡をしてから今日まで、ずいぶん日数がかかりました。聞けば、今回の事件がらみで中国でやることがあると言っていたそうですね。それは何だったのですか?」
降谷の質問に、チェンシーの肩がわずかに揺れる。降谷の眉がぴくりと反応した。
「さくらに連絡する少し前に、呉の情報屋が行方不明になったね。いろいろ手を回して、どうやら北京からの直行便で日本に向かったって分かったよ。
その情報屋を追って日本に行く前に……ヤツの中国国内での足取りと、行方不明直前に何の情報を手に入れてたか調べてたよ」
「そうですか。それで何か分かりましたか?」
「結局分からずじまいね。だから呉が組織にもたらしたものが何なのか、どこから仕入れたものか、私も知らないね」
「そうですか」
「ちょっと! なんでそんなこと訊く!? なんか私が取り調べ受けてるみたいだよ!」
不機嫌そうに答えるチェンシーを、降谷はやや冷めた目で見ていた。
数日後、夕刻———
バーボンはベルモットに呼び出され、都内の高級レストランに居た。
「今日はいったい何の用ですか?」
食事もほぼ済み、あとはデザートが運ばれて来るのを待つばかり。
なかなか本題に入らないベルモットに、バーボンがしびれを切らして問いかけた。
ベルモットは「ふ~」とため息をつくとナフキンで口元を拭い、静かに口を開いた。
「あなた……うさん臭い中国マフィアの男とは会った?」
ベルモットの問いかけに、バーボンは眉をひそめる。
「いいえ。会っていません。あなたは会ったのですか?」
「私も会っていないわ。やはり、ジンしか会っていないようね。こちらに接触してこないってことはまさか……。ジンのヤツ、本気にしているのかしら」
忌々しそうにベルモットが呟く。こんな彼女を見るのは久しぶりだった。
「いったい何の話ですか?」
バーボンが訝しげに訊ねた。ベルモットは表情を歪ませる。
一瞬だけ言うかどうか迷う素振りを見せ、やがて意を決したように静かに応えた。
「その胡散臭いマフィアの男、ラスティーがNOCだとジンに吹き込んだ」
「なっ!? なんですって!?」
ベルモットの言葉を聞き、バーボンは大声で訊き返した。周りの客が何事かと振り向く。慌てて愛想笑いを振りまいた。
「あら、なんであなたが動揺してるのよ?」
バーボンの様子にベルモットは少しだけ表情を緩める。
「別に……動揺はしていません。ただ驚いただけです」
ゴホンと咳ばらいをしたバーボンは、納得いかない顔を向ける。
「まあ、あんな美人で優秀な子…あなたじゃなくても気になるわ。でもまさかケンバリで、あの子が最後まで守っていた仲間が中国警察のNOCだったなんて……。そいつらと行動を共にしていたのだから、ラスティーもどこかに所属するNOCに違いないと」
ベルモットはそう言うと自身の親指の爪を噛む。
そんな彼女を横目に、バーボンは努めて冷静に声をかけた。
「で、ジンはなんて?」
「『疑わしきは罰する』……と」
(ッ…!)
あの男ならやりかねない。それが例え《お気に入り》とまで言われたラスティーであっても——
ベルモットの言葉にバーボンは凍り付いた。
「と言いたいところだけど。ラスティーの事はジンもかなり気にかけているわ。その高いスキルもね。もう少し泳がせてみるとは言ってる。
ただ少々手荒なことも考えているみたい。ジンの事だから、あの子を痛めつけるかもしれないわ……。なんとしても守らないと。
バーボン、お願い……協力してくれるわよね?」
「分かりました……」
ジンに疑惑の目を向けられればどうなるか——。バーボンは嫌という程知っている。
ギリリと奥歯を噛みしめ、短く返事をした。
ドッドッと早鐘のように打つ自分の鼓動を感じつつ、バーボンはラスティーを心配するベルモットの顔を盗み見る。その表情を見て、ふと疑問が浮かんだ。
「ベルモットは疑っていないのですか? ラスティーがNOCだと」
ジンに疑われているラスティーを『守る』と言ったベルモット。本来ならば、自らもNOC排除に動くはずなのに。
その真意がイマイチ読み取れない。
「あの子がNOCでもそうじゃなくても、私には関係ない事よ。単純に…あの子を愛しているの」
予想外の答えにバーボンは目を見開く。
「ヤダ、ヘンな意味じゃないわよ。強いて言えば…姉のように…? 母のように…? ただ…守りたい。大切にしたいと思ってしまう。正直、自分でも良く分からないわ」
ベルモットは自嘲気味に微笑む。冷たい水の入ったグラスを手に取り、そのグラス越しにバーボンの顔を見る。
「あの子の事…頼んだわよ」
バーボンの目をしっかりと見つめ、そう念を押すとグラスに口をつけた。
(呉がジンに伝えた情報はこれだったのか…)
ベルモットから視線を外し、バーボンは奥歯を噛みしめる。
(まずい…前島だけでなく組織からも……。どうすればいいんだ)
直後にデザートが運ばれてきたものの、バーボンは手を付ける気にはならなかった。
チェンシーは中国語でそっとさくらに訊ねた。
「ええ。ユーチェンの弟、ユーハンよ。あなた会ったことある?」
「ああ、うん。彼が帰化する前になら何度かあるわ。ユーチェンに頼まれて、誕生日プレゼントのカメラを日本まで届けた時と、彼の死を伝えた時、くらいかな。
あとは帰化したって情報と、日本名を聞かされただけよ」
「…そう…」
さくらは目を閉じた。
『爆発の時、仲間を見捨ててボートで逃げ去った者もいたそうですよ』
前島の声がよぎる。胸の奥にズキリと痛みが走った。一瞬だけフラッシュバックしたのは、地面に横たわる血まみれの仲間——。
さくらは皆に分からないように小さく息を吐き、少し苦しくなった呼吸を整えた。
「現状で分かっているのは、呉が組織に何かしらの情報を渡したか交渉を提示したか、だ。
それが何なのか探る必要があるだろう。
そして、前島と呉の行方も大至急探し出さねばなるまい」
降谷が風見の顔を見る。それに応えるように風見がうなずいた。
「特に前島は広瀬の近くにいる可能性が高いな。なんとしても見つけなくては…」
降谷の言葉を聞いて、風見はさくらの方を見た。いつもは頼もしい部下が、今日ばかりは見た目通りの華奢な女性のように思えた。
「前島に戦闘経験は無いわ。昴さんもそばに居てくれるし、私は大丈夫です」
重苦しい空気の中、さくらは努めて笑顔を向ける。
「さくら、そうとばかりは言い切れません。現状では分からないことだらけです。ましてや、今あなたの心に負荷をかけるようなことは出来るだけ回避するのが得策です。一旦家に戻り、外出は控えた方が良い」
昴は険しい表情を崩さない。風見も昴の見解を聞いて、心配げにさくらを見る。
「確かに呉が組織に何を持ち掛けたのかも分かっていない。沖矢さんが言うように、楽観的に考えるのは危険だろう。
前島のバックにマフィアが居るとなれば、何をしでかすか分からない。最悪……周辺の一般人を巻き込むような手を使ってくることも考えられる」
降谷はアゴに手をやって考え込んだ。
呉は子どもの命すら金に換える非道な男だ。必要とあらば前島に手を貸し、周辺の人間を巻き込むことなどお構いなしに、さくらを狙う可能性もある。
「広瀬は自宅待機だ。家の周りも警備の者を手配する。近所で空き巣があったことにして、制服警察官に変装させた公安刑事を巡回させよう。いいか、絶対に勝手な行動は取るなよ」
降谷が厳しい表情でさくらに念を押した。
昴とさくらが会議室を出ると、室内は降谷と風見、そしてチェンシーの3人となった。
「今回は日本警察も全面協力をします。呉の所在が分かり次第、そちらにも連絡いたします」
降谷がチェンシーに声をかけた。
「お願いするよ。中国警察もずっと呉を追ってたね。アイツ、本国でも麻薬・武器・臓器売買、多くの嫌疑がかけられてる。
これ以上野放しに出来ない男なのは間違いないね」
チェンシーの表情も険しい。
半年前、日本から戻った呉を中国警察も追ったようだが、そこでも上手く捜査網を逃れ、どこかに潜伏していたようだ。
「一つ伺っても良いですか?」
降谷がチェンシーの顔を覗き込むようにして訊ねた。
「今回、広瀬に来日の連絡をしてから今日まで、ずいぶん日数がかかりました。聞けば、今回の事件がらみで中国でやることがあると言っていたそうですね。それは何だったのですか?」
降谷の質問に、チェンシーの肩がわずかに揺れる。降谷の眉がぴくりと反応した。
「さくらに連絡する少し前に、呉の情報屋が行方不明になったね。いろいろ手を回して、どうやら北京からの直行便で日本に向かったって分かったよ。
その情報屋を追って日本に行く前に……ヤツの中国国内での足取りと、行方不明直前に何の情報を手に入れてたか調べてたよ」
「そうですか。それで何か分かりましたか?」
「結局分からずじまいね。だから呉が組織にもたらしたものが何なのか、どこから仕入れたものか、私も知らないね」
「そうですか」
「ちょっと! なんでそんなこと訊く!? なんか私が取り調べ受けてるみたいだよ!」
不機嫌そうに答えるチェンシーを、降谷はやや冷めた目で見ていた。
数日後、夕刻———
バーボンはベルモットに呼び出され、都内の高級レストランに居た。
「今日はいったい何の用ですか?」
食事もほぼ済み、あとはデザートが運ばれて来るのを待つばかり。
なかなか本題に入らないベルモットに、バーボンがしびれを切らして問いかけた。
ベルモットは「ふ~」とため息をつくとナフキンで口元を拭い、静かに口を開いた。
「あなた……うさん臭い中国マフィアの男とは会った?」
ベルモットの問いかけに、バーボンは眉をひそめる。
「いいえ。会っていません。あなたは会ったのですか?」
「私も会っていないわ。やはり、ジンしか会っていないようね。こちらに接触してこないってことはまさか……。ジンのヤツ、本気にしているのかしら」
忌々しそうにベルモットが呟く。こんな彼女を見るのは久しぶりだった。
「いったい何の話ですか?」
バーボンが訝しげに訊ねた。ベルモットは表情を歪ませる。
一瞬だけ言うかどうか迷う素振りを見せ、やがて意を決したように静かに応えた。
「その胡散臭いマフィアの男、ラスティーがNOCだとジンに吹き込んだ」
「なっ!? なんですって!?」
ベルモットの言葉を聞き、バーボンは大声で訊き返した。周りの客が何事かと振り向く。慌てて愛想笑いを振りまいた。
「あら、なんであなたが動揺してるのよ?」
バーボンの様子にベルモットは少しだけ表情を緩める。
「別に……動揺はしていません。ただ驚いただけです」
ゴホンと咳ばらいをしたバーボンは、納得いかない顔を向ける。
「まあ、あんな美人で優秀な子…あなたじゃなくても気になるわ。でもまさかケンバリで、あの子が最後まで守っていた仲間が中国警察のNOCだったなんて……。そいつらと行動を共にしていたのだから、ラスティーもどこかに所属するNOCに違いないと」
ベルモットはそう言うと自身の親指の爪を噛む。
そんな彼女を横目に、バーボンは努めて冷静に声をかけた。
「で、ジンはなんて?」
「『疑わしきは罰する』……と」
(ッ…!)
あの男ならやりかねない。それが例え《お気に入り》とまで言われたラスティーであっても——
ベルモットの言葉にバーボンは凍り付いた。
「と言いたいところだけど。ラスティーの事はジンもかなり気にかけているわ。その高いスキルもね。もう少し泳がせてみるとは言ってる。
ただ少々手荒なことも考えているみたい。ジンの事だから、あの子を痛めつけるかもしれないわ……。なんとしても守らないと。
バーボン、お願い……協力してくれるわよね?」
「分かりました……」
ジンに疑惑の目を向けられればどうなるか——。バーボンは嫌という程知っている。
ギリリと奥歯を噛みしめ、短く返事をした。
ドッドッと早鐘のように打つ自分の鼓動を感じつつ、バーボンはラスティーを心配するベルモットの顔を盗み見る。その表情を見て、ふと疑問が浮かんだ。
「ベルモットは疑っていないのですか? ラスティーがNOCだと」
ジンに疑われているラスティーを『守る』と言ったベルモット。本来ならば、自らもNOC排除に動くはずなのに。
その真意がイマイチ読み取れない。
「あの子がNOCでもそうじゃなくても、私には関係ない事よ。単純に…あの子を愛しているの」
予想外の答えにバーボンは目を見開く。
「ヤダ、ヘンな意味じゃないわよ。強いて言えば…姉のように…? 母のように…? ただ…守りたい。大切にしたいと思ってしまう。正直、自分でも良く分からないわ」
ベルモットは自嘲気味に微笑む。冷たい水の入ったグラスを手に取り、そのグラス越しにバーボンの顔を見る。
「あの子の事…頼んだわよ」
バーボンの目をしっかりと見つめ、そう念を押すとグラスに口をつけた。
(呉がジンに伝えた情報はこれだったのか…)
ベルモットから視線を外し、バーボンは奥歯を噛みしめる。
(まずい…前島だけでなく組織からも……。どうすればいいんだ)
直後にデザートが運ばれてきたものの、バーボンは手を付ける気にはならなかった。