第6章 ~遠い日の約束~
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「カメラマンの前島が!? ケンバリでの彼女の潜入を知っているようだと?」
「ええ。そしてさくらが私たちに連れられ、ボートでその場を離れたことも」
「一体何者なんですか?」
「さあ……。ただ、さくらの事を憎んでいるようでした。何者なのか問いただそうかと思いましたが、直後に数人お客が入ってきて……。
さくらもこんな状態だったので、すぐにギャラリーを出てきました」
「……その男、調べてみる必要がありそうですね」
「ええ」
安室の言葉に昴は小さくうなずいた。
あの戦いの中で、誰もが自身の任務を全うしようと必死だった。
軍も警察もNOCも構成員も。
何故さくら個人を恨むのか理解できない。しかも、前島は《仲間を見捨てて逃げた》と言っていた。
(当時NOCだった者の関係者か?)
昴は浅い呼吸を繰り返すさくらを見ながら、前島という男が何者なのか考えていた。
30分程ポアロで休んだ後、タクシーを呼んでもらい二人は工藤邸へと帰宅した。
りおはリビングに連れられ、水分を取った後はボーッとソファーにもたれたまま。
あれから一言もしゃべらず、空(くう)を見つめている。
「りお? 大丈夫ですか? 自分の部屋で横になりますか?」
「……」
昴が声をかけるがやはり反応が無い。アンバーの瞳に光は無く、かろうじて息をしているのが分かる、といった状態で座っている。
「りお! おい!」
心配になった昴はりおの両肩を掴み、少し強く揺すった。
「ッ! す、すば…るさ…ん?」
ハッと我に返ったようにりおは声を発した。ようやく二人の目が合う。
「大丈夫ですか?」
「え…ええ。ちょっとぼんやりして。ごめんなさい。せっかく個展に連れて行って貰ったのに……」
「いえ、それは良いのですが……。それよりあなた、ギャラリーでの事は覚えていますか?」
「……」
「りお?」
「覚えて……いるわ。前島というカメラマンに言われたことも」
淡々と話すりおの姿に、昴は眉根を寄せる。
「彼に何か心当たりは?」
「……あるわ。言われるまで…気付かなかったけど…」
少しの間をおいて、はっきりと答えた。
「彼は、あなたの仲間の関係者ですか?」
「……ええ。でも、ごめんなさい。もう少し待ってくれる? 今は…とても話せない。心がざわざわして……」
りおは苦しげに胸を押さえると目を閉じた。
「分かりました。ゆっくりあなたのペースで良いですよ。話せるようになった時で構いません」
昴は掴んでいた手を肩から離し、りおの背中に回すとそのまま抱きしめた。
翌日早朝——
工藤邸に安室が訪ねてきた。さくらはまだ自室で眠っている。
「朝早くスミマセン。どうしても会って話した方が良いと思って……」
「構いません。助かります」
明け方近くに安室から連絡を貰っていた為、赤井は変装をして彼を待っていた。
コーヒーを淹れ安室の前に置くと、ダイニングで二人は話した。
「前島翔太について調べてきました。彼は日本に帰化しています。学生時代に中国から留学生として来日。美大を卒業した5年前の春、日本人のプロカメラマンに弟子入りしており、2年前にプロデビューしています。
その時に日本国籍を取得しています」
「元は中国人だったのですか?」
「ええ。前島の中国での名は《王宇航》(ワンユーハン)。
彼の兄の名が《王宇辰》(ワンユーチェン)。
王兄弟は元々台湾出身ですが、父親の仕事の都合で、一家は次男が生まれてすぐ中国本土に移住しました。
移住して数年後に母親が亡くなり、前島が13歳の時に父親も他界。兄弟二人で暮らしていた時期もあったようです。
その後、兄の宇辰(ユーチェン)は中国警察の警察官になり、長いこと組織犯罪の撲滅に尽力していました。
そして——ケンバリにNOCとして潜入し、5年前に……亡くなっています」
「ッ!」
昴が険しい顔で安室を見る。
「つまり、その兄は5年前さくらと共にNOCとして戦っていた。そして最期の日の出来事を、弟である前島も知っていた、ということですか」
「ええ。ですが、前島は兄とは違い一般人です。兄が潜入捜査官としてケンバリにいたことは、伏せられていたはず……。誰かが教えなければ知り得ません」
安室から淡々と告げられる事実。粗方予想していた通りだったが、こうして話を聞くとため息しか出ない。
「では前島にその事を教えた人物が居て、その人物が何か企んでいると考えた方が良さそうですね」
「ええ。中国マフィアの《呉浩然(ウーハオラン)》が日本に再潜伏している、と広瀬から連絡を受けています。
引っかかるのは……前島は最初、僕に接触して写真展のチケットを置いて行ったということ。
それがつまり、彼女と接点を持つ為に《バーボン》と接触したとするならば——。
前島は星川さくらが《ラスティー》だと知っているということになる。組織の存在を知り、尚且つ彼女の組織の顔を知っているとなれば、前島への情報リークも、マフィアの男……呉(ウー)が絡んでいるかもしれません」
組織の動きが気になるものの、大きな事件が片付き、つかの間とはいえ静かな日々が過ごせると思っていたのに……。
またしても彼女を取り巻く何かが、悪い方へ動き出そうとしていた。
「それで…さくらさんの様子はどうですか?」
安室は心配そうに昴に訊ねた。
「家に帰ってきてからは落ち着いています。どうやら前島には心当たりがあるようでした。 気持ちがもう少し落ち着いたら話す…と言っていましたけど……」
そう言って、昴はコーヒーカップに視線を落とした。
ガタッ
物音がして二人はハッとする。
「やっぱり……あの前島というカメラマンがユーチェンの弟なのね」
ダイニングの入口からさくらの声が聞こえた。二人は驚き、昴は思わず立ち上がった。
「さくらッ!」
さくらはパジャマ姿のまま二人に近づく。
「宇辰(ユーチェン)から……よく聞かされていたの。少し年の離れた弟がいると。
絵を描くのが得意で、日本の美大に入ったと言ってた。自分が警察官になって、あまり一緒に居てあげられないから、日本のホストファミリーには感謝してるって嬉しそうだった。
そして、メカにも興味を持つようになったから、誕生日にカメラをプレゼントしたこと……。
ケンバリ壊滅直前の4月……美大を卒業してプロカメラマンに弟子入りしたこと……。たくさん…たくさん、話してくれたわ」
さくらは少し寂しげに微笑んだ。
「ユーチェンは、私が《兄》と慕った人。最後の最後まで…共に戦った仲間よ…」
安室が切なげにさくらの顔を見つめる。
「さくらさん…辛いかもしれませんが……僕たちに話してくれませんか? ケンバリが壊滅したあの日…何があったのか」
昴はうつむき黙っていた。
「はい……」
さくらは二人の顔を交互に見ると、ゆっくり語り始めた。
「ええ。そしてさくらが私たちに連れられ、ボートでその場を離れたことも」
「一体何者なんですか?」
「さあ……。ただ、さくらの事を憎んでいるようでした。何者なのか問いただそうかと思いましたが、直後に数人お客が入ってきて……。
さくらもこんな状態だったので、すぐにギャラリーを出てきました」
「……その男、調べてみる必要がありそうですね」
「ええ」
安室の言葉に昴は小さくうなずいた。
あの戦いの中で、誰もが自身の任務を全うしようと必死だった。
軍も警察もNOCも構成員も。
何故さくら個人を恨むのか理解できない。しかも、前島は《仲間を見捨てて逃げた》と言っていた。
(当時NOCだった者の関係者か?)
昴は浅い呼吸を繰り返すさくらを見ながら、前島という男が何者なのか考えていた。
30分程ポアロで休んだ後、タクシーを呼んでもらい二人は工藤邸へと帰宅した。
りおはリビングに連れられ、水分を取った後はボーッとソファーにもたれたまま。
あれから一言もしゃべらず、空(くう)を見つめている。
「りお? 大丈夫ですか? 自分の部屋で横になりますか?」
「……」
昴が声をかけるがやはり反応が無い。アンバーの瞳に光は無く、かろうじて息をしているのが分かる、といった状態で座っている。
「りお! おい!」
心配になった昴はりおの両肩を掴み、少し強く揺すった。
「ッ! す、すば…るさ…ん?」
ハッと我に返ったようにりおは声を発した。ようやく二人の目が合う。
「大丈夫ですか?」
「え…ええ。ちょっとぼんやりして。ごめんなさい。せっかく個展に連れて行って貰ったのに……」
「いえ、それは良いのですが……。それよりあなた、ギャラリーでの事は覚えていますか?」
「……」
「りお?」
「覚えて……いるわ。前島というカメラマンに言われたことも」
淡々と話すりおの姿に、昴は眉根を寄せる。
「彼に何か心当たりは?」
「……あるわ。言われるまで…気付かなかったけど…」
少しの間をおいて、はっきりと答えた。
「彼は、あなたの仲間の関係者ですか?」
「……ええ。でも、ごめんなさい。もう少し待ってくれる? 今は…とても話せない。心がざわざわして……」
りおは苦しげに胸を押さえると目を閉じた。
「分かりました。ゆっくりあなたのペースで良いですよ。話せるようになった時で構いません」
昴は掴んでいた手を肩から離し、りおの背中に回すとそのまま抱きしめた。
翌日早朝——
工藤邸に安室が訪ねてきた。さくらはまだ自室で眠っている。
「朝早くスミマセン。どうしても会って話した方が良いと思って……」
「構いません。助かります」
明け方近くに安室から連絡を貰っていた為、赤井は変装をして彼を待っていた。
コーヒーを淹れ安室の前に置くと、ダイニングで二人は話した。
「前島翔太について調べてきました。彼は日本に帰化しています。学生時代に中国から留学生として来日。美大を卒業した5年前の春、日本人のプロカメラマンに弟子入りしており、2年前にプロデビューしています。
その時に日本国籍を取得しています」
「元は中国人だったのですか?」
「ええ。前島の中国での名は《王宇航》(ワンユーハン)。
彼の兄の名が《王宇辰》(ワンユーチェン)。
王兄弟は元々台湾出身ですが、父親の仕事の都合で、一家は次男が生まれてすぐ中国本土に移住しました。
移住して数年後に母親が亡くなり、前島が13歳の時に父親も他界。兄弟二人で暮らしていた時期もあったようです。
その後、兄の宇辰(ユーチェン)は中国警察の警察官になり、長いこと組織犯罪の撲滅に尽力していました。
そして——ケンバリにNOCとして潜入し、5年前に……亡くなっています」
「ッ!」
昴が険しい顔で安室を見る。
「つまり、その兄は5年前さくらと共にNOCとして戦っていた。そして最期の日の出来事を、弟である前島も知っていた、ということですか」
「ええ。ですが、前島は兄とは違い一般人です。兄が潜入捜査官としてケンバリにいたことは、伏せられていたはず……。誰かが教えなければ知り得ません」
安室から淡々と告げられる事実。粗方予想していた通りだったが、こうして話を聞くとため息しか出ない。
「では前島にその事を教えた人物が居て、その人物が何か企んでいると考えた方が良さそうですね」
「ええ。中国マフィアの《呉浩然(ウーハオラン)》が日本に再潜伏している、と広瀬から連絡を受けています。
引っかかるのは……前島は最初、僕に接触して写真展のチケットを置いて行ったということ。
それがつまり、彼女と接点を持つ為に《バーボン》と接触したとするならば——。
前島は星川さくらが《ラスティー》だと知っているということになる。組織の存在を知り、尚且つ彼女の組織の顔を知っているとなれば、前島への情報リークも、マフィアの男……呉(ウー)が絡んでいるかもしれません」
組織の動きが気になるものの、大きな事件が片付き、つかの間とはいえ静かな日々が過ごせると思っていたのに……。
またしても彼女を取り巻く何かが、悪い方へ動き出そうとしていた。
「それで…さくらさんの様子はどうですか?」
安室は心配そうに昴に訊ねた。
「家に帰ってきてからは落ち着いています。どうやら前島には心当たりがあるようでした。 気持ちがもう少し落ち着いたら話す…と言っていましたけど……」
そう言って、昴はコーヒーカップに視線を落とした。
ガタッ
物音がして二人はハッとする。
「やっぱり……あの前島というカメラマンがユーチェンの弟なのね」
ダイニングの入口からさくらの声が聞こえた。二人は驚き、昴は思わず立ち上がった。
「さくらッ!」
さくらはパジャマ姿のまま二人に近づく。
「宇辰(ユーチェン)から……よく聞かされていたの。少し年の離れた弟がいると。
絵を描くのが得意で、日本の美大に入ったと言ってた。自分が警察官になって、あまり一緒に居てあげられないから、日本のホストファミリーには感謝してるって嬉しそうだった。
そして、メカにも興味を持つようになったから、誕生日にカメラをプレゼントしたこと……。
ケンバリ壊滅直前の4月……美大を卒業してプロカメラマンに弟子入りしたこと……。たくさん…たくさん、話してくれたわ」
さくらは少し寂しげに微笑んだ。
「ユーチェンは、私が《兄》と慕った人。最後の最後まで…共に戦った仲間よ…」
安室が切なげにさくらの顔を見つめる。
「さくらさん…辛いかもしれませんが……僕たちに話してくれませんか? ケンバリが壊滅したあの日…何があったのか」
昴はうつむき黙っていた。
「はい……」
さくらは二人の顔を交互に見ると、ゆっくり語り始めた。