第6章 ~遠い日の約束~
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***
チェンシーの電話から4日が過ぎようとしていた。まだ彼女が日本に着いたという連絡はない。
あの日の電話以来、りおはふさぎ込んでいた。情報が少ない分、あれこれと考え込んでしまうのだろう。
先の臓器売買の被害者は数十人にも及ぶ、と以前報告を受けている。その中にはサカモトビルで出会ったような、年端もいかぬ子どもも大勢いたという。
そのほとんどが、誘拐や人身売買で連れて来られた子どもたちだ。自分達の利益の為なら子どもの命すらも厭(いと)わない。
そんなマフィアの幹部《呉浩然(ウーハオラン)》の再潜入は、少なからずりおの心に負荷をかけていた。
しかし現状では情報が少なすぎて打つ手ナシ。今はチェンシーの来日を待つより他に手立ては無い。
(気分転換でもさせるか…)
昴はそう思い立ち、パソコンの画面を見つめる。ネットでいくつか策を講じていた。
「ん? これ…先日りおと行った写真展の……。米花町でも小さな個展をやっているのか」
梓から貰ったチケットで『デート』と称して、若手のプロカメラマン《前島翔太》の写真展に行ったのはつい最近のことだ。
美しい風景の写真やカワイイ動物の写真はどれも心癒されるものばかりで、りおがとても喜んでいたことを思い出す。
(小さな個展ではあるが米花町なら近いし、この前島というカメラマンに会って話が聞けるチャンスかもしれんな)
嬉しそうに写真を眺めていたりおの顔を思い出し、さっそく個展のチラシをダウンロードしてりおに見せた。
翌日——
毛利探偵事務所からほど近い《前島翔太の個展》へと二人は足を運んだ。
「わ~。こんな近くでやってるんですね」
「ええ。先日の写真展では日本の景色や身近な動物の写真がメインでしたけど、米花町の個展の方は海外の風景がたくさん出ているそうですよ」
印刷したチラシを手に二人で肩を並べて歩いた。
今日はずいぶんさくらの顔色も良い。久しぶりに良い笑顔を見れて、自然と昴の顔もほころんだ。
毛利探偵事務所から徒歩数分。
ギャラリーの入り口には、たくさんの花が飾られていた。どれも個展開催を祝う豪華な花ばかり。
その間をすり抜けるように中に入ると、大小さまざまな写真が壁に飾られていた。
室内は少し薄暗く、作品がライトアップされていて、さながら小さな美術館かオシャレなカフェのような雰囲気。そのせいか、写真への期待も膨らむ。
「わ~ぁ…ホント、海外の写真がほとんどですね。これは…ハワイ? 日没の空が海に映ってキレイ……」
「空もキレイですけど…ビーチもすごく雰囲気が出ていますね。白い砂浜とヤシの木。波の音まで聞こえてきそうです」
一つ一つに足を止め、二人でゆっくり写真を眺めた。
遠い外国の風景がそのまま切り取られ、まるで自分がその場にいる様な、フレームのむこう側には本物の景色があるんじゃないか……そんな錯覚に陥る。
特に目を引いたのは『シャーロック・ホームズ』が登場しそうなイギリスの古いストリート。
コナンが見たら大喜びするだろう。その様子を想像して二人は笑う。
その他にも趣(おもむ)きのある街並みや、海、山、湖——。
人々の雑踏や生活音
肌を撫でる風
鼻をかすめるにおい
そのすべてが伝わってくるようだった。
やがて、ある写真の前でさくらの足が止まる。そのまま動かなくなった。不思議に思った昴が声をかけた。
「ん? どうしました? 知っている所でも写って……」
写真の方へ視線を向けた瞬間、昴は息を飲んだ。
(ッ‼ こ、これは…マレーシアの……!)
手前は漆黒の海。写真の中程にはふ頭が写っている。ふ頭よりさらに奥には、遠くに輝く高層ビル群。
空は夕刻から夜を現す赤紫の空が広がっていた。
まさに5年前のあの日——
さくらをボートに乗せてふ頭を離れ、アジトの爆発を見た同じ海、同じ時間帯。
唯一違うところといえば、大爆発を起こし煙が立ち上っていたふ頭が、キレイに整備され整然と倉庫が並んでいることだった。
「ッ!」
昴は思わずさくらの顔を見た。石のように動かなくなったさくらは目を見開き、息をするのを忘れているのではないかと思うほど、真剣にパネルを見つめている。
「さくら?」
小さな声で名を呼ぶ。さくらはハッと我に返り、動揺のためか目が左右に忙しなく揺れた。
はぁはぁと肩で息をして、なんとか呼吸を整えようとしている。
「大丈夫ですか?」
昴は少しかがんで目線を合わせ、さくらの表情を伺う。
「う、うん…。大丈…夫……」
小刻みに震え、胸に手を当ててはいるものの、昴の問いかけには応える事が出来た。
その時——
「その写真、どうかしましたか?」
突然背後から声をかけられた。二人は顔を上げ、声の主に視線を向ける。
そこにいたのは今回の個展の主役——プロカメラマンの前島翔太その人だった。
「その写真、半年ほど前に撮ったものです。今から5年前……その場所で軍や警察が出動するほどの、大きな戦闘があったそうですよ」
前島は少し悲しげな表情で話し始めた。
「その時多くの方が亡くなったと現地の方に教えていただきました。
先の戦争からすでに半世紀以上が経ち、私たち日本人はすっかり平和に慣れてしまっていますが……。
日本と関係の深い国で、数年前にそのようなことがあったのかと心が痛みました」
そう言って写真に近づくと、前島は二人の方へ向き直る。
「私が撮影した時は、すでにその当時破壊されたところはキレイに整備されていましたが、ふ頭周辺は大きな爆発もあって、酷いありさまだったそうです。遺体も多く発見されたと聞きました」
「ッ!」
前島の話を聞き、さくらは表情を歪ませる。それを見て昴は心の中で舌打ちをした。
「そうですか。そんなことがあったのですね。この写真を見ただけでは分からないものですね」
昴はその場を取り繕うように、笑顔を向ける。
「じゃあ、さくら。そろそろ行きましょうか」
お話ありがとうございました、と礼だけ言ってさくらを連れ、その場を離れようと歩き出す。
足早にギャラリーを出ようとする二人を目で追いながら、前島は「そういえば……」とさらに声をかけた。
「その爆発の時、仲間を見捨ててボートで逃げ去った者もいたそうですよ」
「「ッ!」」
ニヤリと笑った前島の顔には、憎しみの色が浮かんでいた。
***
カラン! カラン! カラン‼
ポアロの来客を知らせる鐘がいつもより乱暴に鳴った。
「いらっしゃ……」
振り向き様に発した安室の言葉は、そこで止まる。入ってきた客を見て思わず叫んだ。
「ッ! さくらさん‼」
開店直後でまだ店には客はおらず、梓も出勤前だった為その声に驚く者はいない。昴に抱きかかえられるようにして店に入ったさくらは、呼吸も速く真っ青な顔をしていた。
「とりあえずソファーに……」
安室に誘導され、昴はさくらの体を店のソファーへと横たえた。
「すごい汗だ……おしぼり持ってきます」
安室がカウンター奥へ向かうと、昴は床に膝をつきさくらの顔を覗き込んだ。
首筋に触れるが脈が弱い。意識も朦朧としていた。
(歩行者天国で狙撃を目撃した時と同じ。新出先生はあの時《迷走神経反射》と言っていたな…)
強いストレスで起こる事が多いと以前説明を受けた。前島の言葉は、さくらの心にかなりのプレッシャーをかけたのだろう。
そこへ安室がおしぼりを持って戻ってくる。
「安室さん、ありがとうございます。スミマセン。突然お仕事中に押しかけてしまって…」
おしぼりを受け取りながら昴は謝罪した。
「それは全然かまいませんが……。いったい何があったんですか?」
安室からの問いかけに、昴はさくらの額の汗を拭いながら先ほどの事を話した。
チェンシーの電話から4日が過ぎようとしていた。まだ彼女が日本に着いたという連絡はない。
あの日の電話以来、りおはふさぎ込んでいた。情報が少ない分、あれこれと考え込んでしまうのだろう。
先の臓器売買の被害者は数十人にも及ぶ、と以前報告を受けている。その中にはサカモトビルで出会ったような、年端もいかぬ子どもも大勢いたという。
そのほとんどが、誘拐や人身売買で連れて来られた子どもたちだ。自分達の利益の為なら子どもの命すらも厭(いと)わない。
そんなマフィアの幹部《呉浩然(ウーハオラン)》の再潜入は、少なからずりおの心に負荷をかけていた。
しかし現状では情報が少なすぎて打つ手ナシ。今はチェンシーの来日を待つより他に手立ては無い。
(気分転換でもさせるか…)
昴はそう思い立ち、パソコンの画面を見つめる。ネットでいくつか策を講じていた。
「ん? これ…先日りおと行った写真展の……。米花町でも小さな個展をやっているのか」
梓から貰ったチケットで『デート』と称して、若手のプロカメラマン《前島翔太》の写真展に行ったのはつい最近のことだ。
美しい風景の写真やカワイイ動物の写真はどれも心癒されるものばかりで、りおがとても喜んでいたことを思い出す。
(小さな個展ではあるが米花町なら近いし、この前島というカメラマンに会って話が聞けるチャンスかもしれんな)
嬉しそうに写真を眺めていたりおの顔を思い出し、さっそく個展のチラシをダウンロードしてりおに見せた。
翌日——
毛利探偵事務所からほど近い《前島翔太の個展》へと二人は足を運んだ。
「わ~。こんな近くでやってるんですね」
「ええ。先日の写真展では日本の景色や身近な動物の写真がメインでしたけど、米花町の個展の方は海外の風景がたくさん出ているそうですよ」
印刷したチラシを手に二人で肩を並べて歩いた。
今日はずいぶんさくらの顔色も良い。久しぶりに良い笑顔を見れて、自然と昴の顔もほころんだ。
毛利探偵事務所から徒歩数分。
ギャラリーの入り口には、たくさんの花が飾られていた。どれも個展開催を祝う豪華な花ばかり。
その間をすり抜けるように中に入ると、大小さまざまな写真が壁に飾られていた。
室内は少し薄暗く、作品がライトアップされていて、さながら小さな美術館かオシャレなカフェのような雰囲気。そのせいか、写真への期待も膨らむ。
「わ~ぁ…ホント、海外の写真がほとんどですね。これは…ハワイ? 日没の空が海に映ってキレイ……」
「空もキレイですけど…ビーチもすごく雰囲気が出ていますね。白い砂浜とヤシの木。波の音まで聞こえてきそうです」
一つ一つに足を止め、二人でゆっくり写真を眺めた。
遠い外国の風景がそのまま切り取られ、まるで自分がその場にいる様な、フレームのむこう側には本物の景色があるんじゃないか……そんな錯覚に陥る。
特に目を引いたのは『シャーロック・ホームズ』が登場しそうなイギリスの古いストリート。
コナンが見たら大喜びするだろう。その様子を想像して二人は笑う。
その他にも趣(おもむ)きのある街並みや、海、山、湖——。
人々の雑踏や生活音
肌を撫でる風
鼻をかすめるにおい
そのすべてが伝わってくるようだった。
やがて、ある写真の前でさくらの足が止まる。そのまま動かなくなった。不思議に思った昴が声をかけた。
「ん? どうしました? 知っている所でも写って……」
写真の方へ視線を向けた瞬間、昴は息を飲んだ。
(ッ‼ こ、これは…マレーシアの……!)
手前は漆黒の海。写真の中程にはふ頭が写っている。ふ頭よりさらに奥には、遠くに輝く高層ビル群。
空は夕刻から夜を現す赤紫の空が広がっていた。
まさに5年前のあの日——
さくらをボートに乗せてふ頭を離れ、アジトの爆発を見た同じ海、同じ時間帯。
唯一違うところといえば、大爆発を起こし煙が立ち上っていたふ頭が、キレイに整備され整然と倉庫が並んでいることだった。
「ッ!」
昴は思わずさくらの顔を見た。石のように動かなくなったさくらは目を見開き、息をするのを忘れているのではないかと思うほど、真剣にパネルを見つめている。
「さくら?」
小さな声で名を呼ぶ。さくらはハッと我に返り、動揺のためか目が左右に忙しなく揺れた。
はぁはぁと肩で息をして、なんとか呼吸を整えようとしている。
「大丈夫ですか?」
昴は少しかがんで目線を合わせ、さくらの表情を伺う。
「う、うん…。大丈…夫……」
小刻みに震え、胸に手を当ててはいるものの、昴の問いかけには応える事が出来た。
その時——
「その写真、どうかしましたか?」
突然背後から声をかけられた。二人は顔を上げ、声の主に視線を向ける。
そこにいたのは今回の個展の主役——プロカメラマンの前島翔太その人だった。
「その写真、半年ほど前に撮ったものです。今から5年前……その場所で軍や警察が出動するほどの、大きな戦闘があったそうですよ」
前島は少し悲しげな表情で話し始めた。
「その時多くの方が亡くなったと現地の方に教えていただきました。
先の戦争からすでに半世紀以上が経ち、私たち日本人はすっかり平和に慣れてしまっていますが……。
日本と関係の深い国で、数年前にそのようなことがあったのかと心が痛みました」
そう言って写真に近づくと、前島は二人の方へ向き直る。
「私が撮影した時は、すでにその当時破壊されたところはキレイに整備されていましたが、ふ頭周辺は大きな爆発もあって、酷いありさまだったそうです。遺体も多く発見されたと聞きました」
「ッ!」
前島の話を聞き、さくらは表情を歪ませる。それを見て昴は心の中で舌打ちをした。
「そうですか。そんなことがあったのですね。この写真を見ただけでは分からないものですね」
昴はその場を取り繕うように、笑顔を向ける。
「じゃあ、さくら。そろそろ行きましょうか」
お話ありがとうございました、と礼だけ言ってさくらを連れ、その場を離れようと歩き出す。
足早にギャラリーを出ようとする二人を目で追いながら、前島は「そういえば……」とさらに声をかけた。
「その爆発の時、仲間を見捨ててボートで逃げ去った者もいたそうですよ」
「「ッ!」」
ニヤリと笑った前島の顔には、憎しみの色が浮かんでいた。
***
カラン! カラン! カラン‼
ポアロの来客を知らせる鐘がいつもより乱暴に鳴った。
「いらっしゃ……」
振り向き様に発した安室の言葉は、そこで止まる。入ってきた客を見て思わず叫んだ。
「ッ! さくらさん‼」
開店直後でまだ店には客はおらず、梓も出勤前だった為その声に驚く者はいない。昴に抱きかかえられるようにして店に入ったさくらは、呼吸も速く真っ青な顔をしていた。
「とりあえずソファーに……」
安室に誘導され、昴はさくらの体を店のソファーへと横たえた。
「すごい汗だ……おしぼり持ってきます」
安室がカウンター奥へ向かうと、昴は床に膝をつきさくらの顔を覗き込んだ。
首筋に触れるが脈が弱い。意識も朦朧としていた。
(歩行者天国で狙撃を目撃した時と同じ。新出先生はあの時《迷走神経反射》と言っていたな…)
強いストレスで起こる事が多いと以前説明を受けた。前島の言葉は、さくらの心にかなりのプレッシャーをかけたのだろう。
そこへ安室がおしぼりを持って戻ってくる。
「安室さん、ありがとうございます。スミマセン。突然お仕事中に押しかけてしまって…」
おしぼりを受け取りながら昴は謝罪した。
「それは全然かまいませんが……。いったい何があったんですか?」
安室からの問いかけに、昴はさくらの額の汗を拭いながら先ほどの事を話した。