第1章 ~運命の再会そして…~
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***
(今日僕はなんてことをしてしまったんだろう)
安室は小さなテーブルに肘をつき、頭を抱えていた。
スコッチの死の真相を聞こうと工藤邸の敷地に忍び込んだ。そこで安室は真実を知った。
(僕の足音が、階段を上がる音が、スコッチに追っ手が来たと勘違いさせてしまった。スコッチを死なせたのはほかの誰でもない、僕だった…)
ギリッと安室の手が握られ、金の髪は無造作に束になる。
(その上、頭に血が上った僕は治療中のところに乗り込んでいって…さくらさんを…!)
自分は今まで何を憎んできたんだ? 何に怒っていた? その上何の罪もないさくらを追い詰めて…。
安室は涙が止まらなかった。
ブーッ
安室のスマホにメールが届く。すぐに開く気になれず、しばらく放置していた。しかし送り主がジンや管理官であれば、長時間無視するわけにはいかない。
安室はスマホに手を伸ばした。
けだるい仕草でメールのアプリを開いて差出人を見る。
「…ッ!」
さくらからだった。
沖矢昴からの罵詈雑言でも届いたかと思いながらメールを開く。
そこに書かれたメッセージを見て、また涙が出た。
それと同時に心から安堵した。
「ごめん」
安室は小さく呟いた。
(君は何年もこの苦しさをしまい込んできたんだね。僕は一瞬でギブアップして泣いてしまったのに。君は組織の中で泣いてなんかいなかった。
僕は本当に意気地がなかった…。君のおかげで目が覚めたよ)
**
一晩、安室はヒロのこと、さくら…いや広瀬りおの事を考えた。そして赤井が自分についた嘘についても。
以前新出医院で、りおはたくさんの人に支えられていると言っていた。
今ならその意味が分かる。自分達は一方的に守っているんじゃない。
今、目の前にいる大切な人達を守ることは、それまで自分を守ってくれた人たちへの感謝でもあるだと。
気付かせてくれたのは、ヒロとりおだ。
ヒロは言っていた。
『彼女すごく優しいんだよ』
(そうだな。自分が一番大変な時に…僕に十分すぎるほどの優しさを送ってくれたよ。これで僕もまた戦える)
時計の針は朝の5時を回っていた。
ポケットのスマホを取り出し、昨日仕入れた情報をコナンにメールした。
***
安室にメールを送ったあとも、さくらの頭の中はモヤがかかったままだ。
目を閉じると何かが見えそうなのに見えない。ただ心臓だけがドキドキと早鐘のようだ。
自然と呼吸が速くなって口の中がカラカラになった。
(水が飲みたい)
そう思ってフラフラと部屋を出た。
ダイニングに入ると月明かりが照らしていた。
照明が無くても良いくらいだ。グラスを手に取り、水を汲む。それを一気に飲み干した。
ふう~
自然とため息が出た。もう一杯飲もうかなと思ったところで、足元がふらりとしてグラスを落としてしまった。
ガチャン!
派手な音がして床にガラスが飛び散った。さくらは慌ててしゃがみ込むと破片を拾う。
「っ!」
月明かりしかない室内は破片がよく見えず、左手を深く切ってしまった。ポタポタと鮮血が床に落ちる。
とっさに右手で傷口を押さえたものの、血液は右手の指の隙間からも溢れて滴り落ちた。
「…?」
それを見てさくらの動きが止まる。血溜まりが出来ていくのを黙って見つめていた。
ガラスが割れる音を聞いて赤井がリビングに入って来た。月明かりの中で床に座り込んでいるさくらの後姿が見える。
どうしたのかと近づき、割れたガラスの前で血だらけになっているさくらを見つけてギョッとした。
慌ててリビングの照明を点け、「さくら、何やってるんだッ!」と怒鳴ってしまった。
びくッ!
さくらの体が揺れた。赤井がさくらの左手を取り、傷口のすぐ下をキッチンにあったタオルでキツく縛る。
「他に怪我したところは?」
そう訊ねても、さくらはぼんやりしたままだ。
とりあえず手当をしてガラスの破片を片付け、血液を拭き取った。
ダイニングのイスに座り、尚もぼんやりしたままのさくらを、赤井は抱き寄せた。
(ぼんやりしたままだし、こちらの声掛けにも反応しない…。一体どうしたんだ?)
様子がおかしいので今夜は一緒にいることにした。
さくらの部屋に入り、前にもそうしたようにふたりでベッドに潜り込む。赤井は心臓の音が聞こえるように、自分の胸にさくらの頭を抱き寄せた。
トクン、トクン、トクン……
赤井の鼓動を聞いて、さくらの体がぴくりと反応した。
「さくら?」
もう一度名を呼んでみた。
さくらが顔を上げる。ようやく視線が合った。
「左手痛くないか?」
『?』
「覚えていないのか?」
『覚えていない』
さくらはひらひらと手話で返事をした。
(血液を見たあたりからの記憶が無いんだ。明日先生に相談しよう)
赤井は心配げにさくらの顔を覗き込む。
今日はこのままいっしょに寝ようと言うと、さくらは嬉しそうに抱きついてきた。
「さくら…キス…していいか?」
驚いた顔をするさくらを見つめ、赤井は問いかける。
「応急処置とかじゃなく普通のキスがしたい。ダメか?」
『……良いよ』
さくらは少し照れた顔をして手話で答える。
『そのかわり…』
さくらの手が続きを伝える。
『名前を呼ぶときは《さくら》じゃなくて《りお》って呼んで。私の本当の名前…』
「りお」
返事をする代わりに赤井は名を呼ぶ。
「りお……りお……」
何度も呼んで、触れるだけの優しいキスをした。
赤井は左手でりおの後頭部を支え、次第に深く口づける。どうかこれ以上傷つきませんように。
そう祈りながら…。