第5.5章 ~危険なカクテル~
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数日後——
「ねえ、秀一さん。お願いがあるんだけど……」
カジノの一件の報告書も提出し、久しぶりに晴れやかな気分になったりおは赤井に声をかけた。
「ん? なんだ?」
先日買ったシリーズの新刊を読み終え、工藤邸の図書館から持ち出した本の前であれこれ悩んでいた赤井はりおに問いかけた。
「ここへ…一緒に行かない?」
りおはそう言ってペアチケットを差し出した。
「東都芸術館?」
「そう。今写真展やってるの。写真とかって実はあまり良く分からないんだけど……。
この間ポアロに行った時に梓さんにチケット貰ったのよ。せっかくだから行ってみない?」
チケットには最近話題になっているカメラマン《前島翔太》の名が掲載されている。特に風景や動物、子どもの写真などが得意らしい。
赤井も詳しい方ではなかったが、このところ『キレイな景色』や『かわいい動物』には興味がある。
りおの影響であることは間違いない。
「ああ。それならこの後行ってみるか。あ、一つ訊くが……今回は捜査と関係ないんだろうな?」
「ふふっ! 今回は本当にプライベート。デートのお誘いよ。帰りにポアロに寄って、梓さんに感想も伝えなきゃね」
「今日安室くんと顔を合わせたら、前回のお叱りを受けるんじゃないか?」
許可されていない大立ち回りを繰り広げ、風見がずいぶん手を回したと聞いている。
それに——りおに気のある男の前で、デート(写真展)の感想を伝える、というのもかなり気が引けた。
「今日安室さんはポアロお休みだよ。なんでも毛利探偵と長野に出かけるんだとか。トリプルフェイスは忙しそうね」
(なるほど。それなら帰りにポアロのコーヒーを飲むのも良いな)
二人は早速出かける準備を始めた。
***
「わ~。けっこう混んでるね」
「最近テレビでも話題になっているカメラマンですからね」
美術館の入り口には、すでに長い行列が出来ていた。列の最後尾に二人は並ぶ。
「そういえば……顔を見て思い出した。何か賞を取っていたわよね。まだ若くてイケメンだから、あっちこっちのテレビで取材されていたわ」
入り口に貼られた写真展のポスターには、カメラマンの顔写真も掲載されていた。梓に言われた時にはピンとこなかったが、顔を見ればなるほど。有名人であることは確かなようだ。
「若い感性で撮った写真……興味湧きますね」
「ホント! どんな写真を撮ってるんだろう。楽しみだね」
列は少しずつ前へと進み、入り口が近づいてくる。さくらは再び写真展のポスターに目を向けた。
(ん?)
前島翔太というカメラマンと面識はないが、ポスターに掲載された顔写真を見て、何となくホッとする何かを感じた。
(優しそうな人だな…カメラマンっていわば芸術家。鋭い感性を持っていそう)
さくらは期待で胸が膨らむ。順番が来るのを今か今かと待ちわびた。
ようやく自分たちの番となり、チケットを受付で見せると二人は会場の中へと進む。
入ってすぐ正面には、大きなパネルが飾られていた。
「ほぅ……」
「わぁ……」
そこに飾られた景色に二人は息を飲む。
「ここって……」
「ええ。前に二人で行きましたね」
組織とオドゥムの対立を深めてしまった責任を感じ、ふさぎ込んでいた時に勧められた二泊三日の温泉旅行。
最初の日に強盗と鉢合わせした、あのハイキングコースの絶景ポイントから撮った写真だった。
季節は秋真っ只中——
燃えるように赤いもみじ
緑から黄色へとグラデーションを描く銀杏
山肌は赤や茶色、黄色の色鮮やかな衣をまとう。
早朝なのか、全体的に薄っすらと朝もやがかかっている。
そのもやの隙間から青く澄んだ空が見え、遠く霞む海は昇って来たばかりの朝日を浴びてキラキラしていた。
二人がそこへ出かけたのは初秋。紅葉も始まっておらず、まだ葉は青々としていた。
あの日見ることが出来なかった景色。
それが今、目の前に広がっていた。
「キレイだね……。季節が違うだけで、印象が全然違う」
「ええ。私たちが行った場所と同じなのに」
しばらくそのパネルの前で二人は立ち尽くした。
期待以上の写真を目にした二人は、気を良くしてさらに展示場の奥へと進む。案内の矢印に従って、他の写真へも足を向けた。
「わ~。この夕焼け……キレイ……」
「前に夕焼けと満月を見に行った時と似ていますね。あの日も空のグラデーションがこんな感じで美しかった」
夕焼けの空
朝もやが立ち込める湖
黒蒼の闇に浮かぶ大きな満月
輝く夜の街並みと、対照的な星と三日月
どれも美しい写真ばかりだ。二人で写真を見ているうちに、昴はふと気付いた。
美しい景色を見た記憶には、必ずさくらが一緒だという事に。
日の出も夕焼けも満月も。
さくらと出会う以前から、数えきれないくらい見てきたはずだ。しかし、その美しさに心打たれ、記憶に残っているのはいつも二人の時。
さくらが隣にいるだけで——
何気ない日常の出来事がこんなにも輝いて見える。
(そんなことを言ったらりおは照れてしまって、その可愛い顔を見せてくれなくなるのだろうな……)
隣で嬉々として写真を見つめるさくらを見て、昴は思わず口角を上げた。
他にも美しい景色の中に溶け込む水鳥や、街中で昼寝をする猫、散歩途中の犬などの何気ないポーズや一瞬の表情をとらえた写真が、所狭しと飾られていた。
日常の中でも、動物たちはこんなにも表情豊かに過ごしている。あまりに身近過ぎて、自分たちは見過ごしていたようだ。
たくさんの写真に癒されて、二人は美術館を出る。
「ふ~~。満足~。あんなにキレイな景色やカワイイ動物たちを、こんな短時間でたくさん見れるなんて……」
「そうですね。写真展で見るのは一瞬ですけど、風景一つ撮るのにも、それこそ何時間……時には何日も粘るそうですよ。空が自分の撮りたい色になるまで」
「ひえ~。でも確かに考えてみればそうよね。
お天気にも左右されるし、雲や気温だって影響するんだから。必ずしも自分が期待した通りになるとは限らない」
なんだか狙撃手みたいよね~、とさくらは昴の顔を見上げて笑う。
確かに。そう言われてみれば似ているかもしれない。
「ねぇねぇ、昴さんはどれが一番良かった?」
さくらは声を弾ませて問いかけた。
「やっぱり最初の大きな写真が印象的でしたね。自分たちも行ったことのある場所でしたし」
シーズン毎に二人で同じ場所へ行ってみるのも面白いかもしれない、と昴は思った。
花が咲き乱れる春
青々と草木が茂る夏
燃えるように色づく秋
すべてを白く染める冬
すべての季節(とき)を共に過ごせたら——。
(それを望むのは贅沢なのだろうか……)
明日をも知れない自分達には——
チラリとさくらの顔を見て、昴はわずかに心が痛む。
「確かにあの景色また見てみたいな……。そうだ! つり橋が直ったら、日帰りでも良いから行ってみない?
その時は雪が降っているかもしれないけれど」
「雪ですか……。あなた寒い寒いって文句を言いそうですけど」
体温が自分より低いさくらは寒さに弱い。戸隠を訪れた時も、すぐに手足が冷えて動きが悪くなっていた。
「寒かったら……昴さんに温めてもらうもん」
「え?」
「さ~て! ポアロへコーヒー飲みに行こ~!」
何か爆弾発言があったような気がするが、うまくごまかされてしまったようだ。
(今を精一杯生きるしかない。未来を約束できない俺たちは……《今》しかないのだから)
真っ赤な顔をしたまま、何事も無かったように取り繕うさくらを見て、昴は微笑んだ。
「ねえ、秀一さん。お願いがあるんだけど……」
カジノの一件の報告書も提出し、久しぶりに晴れやかな気分になったりおは赤井に声をかけた。
「ん? なんだ?」
先日買ったシリーズの新刊を読み終え、工藤邸の図書館から持ち出した本の前であれこれ悩んでいた赤井はりおに問いかけた。
「ここへ…一緒に行かない?」
りおはそう言ってペアチケットを差し出した。
「東都芸術館?」
「そう。今写真展やってるの。写真とかって実はあまり良く分からないんだけど……。
この間ポアロに行った時に梓さんにチケット貰ったのよ。せっかくだから行ってみない?」
チケットには最近話題になっているカメラマン《前島翔太》の名が掲載されている。特に風景や動物、子どもの写真などが得意らしい。
赤井も詳しい方ではなかったが、このところ『キレイな景色』や『かわいい動物』には興味がある。
りおの影響であることは間違いない。
「ああ。それならこの後行ってみるか。あ、一つ訊くが……今回は捜査と関係ないんだろうな?」
「ふふっ! 今回は本当にプライベート。デートのお誘いよ。帰りにポアロに寄って、梓さんに感想も伝えなきゃね」
「今日安室くんと顔を合わせたら、前回のお叱りを受けるんじゃないか?」
許可されていない大立ち回りを繰り広げ、風見がずいぶん手を回したと聞いている。
それに——りおに気のある男の前で、デート(写真展)の感想を伝える、というのもかなり気が引けた。
「今日安室さんはポアロお休みだよ。なんでも毛利探偵と長野に出かけるんだとか。トリプルフェイスは忙しそうね」
(なるほど。それなら帰りにポアロのコーヒーを飲むのも良いな)
二人は早速出かける準備を始めた。
***
「わ~。けっこう混んでるね」
「最近テレビでも話題になっているカメラマンですからね」
美術館の入り口には、すでに長い行列が出来ていた。列の最後尾に二人は並ぶ。
「そういえば……顔を見て思い出した。何か賞を取っていたわよね。まだ若くてイケメンだから、あっちこっちのテレビで取材されていたわ」
入り口に貼られた写真展のポスターには、カメラマンの顔写真も掲載されていた。梓に言われた時にはピンとこなかったが、顔を見ればなるほど。有名人であることは確かなようだ。
「若い感性で撮った写真……興味湧きますね」
「ホント! どんな写真を撮ってるんだろう。楽しみだね」
列は少しずつ前へと進み、入り口が近づいてくる。さくらは再び写真展のポスターに目を向けた。
(ん?)
前島翔太というカメラマンと面識はないが、ポスターに掲載された顔写真を見て、何となくホッとする何かを感じた。
(優しそうな人だな…カメラマンっていわば芸術家。鋭い感性を持っていそう)
さくらは期待で胸が膨らむ。順番が来るのを今か今かと待ちわびた。
ようやく自分たちの番となり、チケットを受付で見せると二人は会場の中へと進む。
入ってすぐ正面には、大きなパネルが飾られていた。
「ほぅ……」
「わぁ……」
そこに飾られた景色に二人は息を飲む。
「ここって……」
「ええ。前に二人で行きましたね」
組織とオドゥムの対立を深めてしまった責任を感じ、ふさぎ込んでいた時に勧められた二泊三日の温泉旅行。
最初の日に強盗と鉢合わせした、あのハイキングコースの絶景ポイントから撮った写真だった。
季節は秋真っ只中——
燃えるように赤いもみじ
緑から黄色へとグラデーションを描く銀杏
山肌は赤や茶色、黄色の色鮮やかな衣をまとう。
早朝なのか、全体的に薄っすらと朝もやがかかっている。
そのもやの隙間から青く澄んだ空が見え、遠く霞む海は昇って来たばかりの朝日を浴びてキラキラしていた。
二人がそこへ出かけたのは初秋。紅葉も始まっておらず、まだ葉は青々としていた。
あの日見ることが出来なかった景色。
それが今、目の前に広がっていた。
「キレイだね……。季節が違うだけで、印象が全然違う」
「ええ。私たちが行った場所と同じなのに」
しばらくそのパネルの前で二人は立ち尽くした。
期待以上の写真を目にした二人は、気を良くしてさらに展示場の奥へと進む。案内の矢印に従って、他の写真へも足を向けた。
「わ~。この夕焼け……キレイ……」
「前に夕焼けと満月を見に行った時と似ていますね。あの日も空のグラデーションがこんな感じで美しかった」
夕焼けの空
朝もやが立ち込める湖
黒蒼の闇に浮かぶ大きな満月
輝く夜の街並みと、対照的な星と三日月
どれも美しい写真ばかりだ。二人で写真を見ているうちに、昴はふと気付いた。
美しい景色を見た記憶には、必ずさくらが一緒だという事に。
日の出も夕焼けも満月も。
さくらと出会う以前から、数えきれないくらい見てきたはずだ。しかし、その美しさに心打たれ、記憶に残っているのはいつも二人の時。
さくらが隣にいるだけで——
何気ない日常の出来事がこんなにも輝いて見える。
(そんなことを言ったらりおは照れてしまって、その可愛い顔を見せてくれなくなるのだろうな……)
隣で嬉々として写真を見つめるさくらを見て、昴は思わず口角を上げた。
他にも美しい景色の中に溶け込む水鳥や、街中で昼寝をする猫、散歩途中の犬などの何気ないポーズや一瞬の表情をとらえた写真が、所狭しと飾られていた。
日常の中でも、動物たちはこんなにも表情豊かに過ごしている。あまりに身近過ぎて、自分たちは見過ごしていたようだ。
たくさんの写真に癒されて、二人は美術館を出る。
「ふ~~。満足~。あんなにキレイな景色やカワイイ動物たちを、こんな短時間でたくさん見れるなんて……」
「そうですね。写真展で見るのは一瞬ですけど、風景一つ撮るのにも、それこそ何時間……時には何日も粘るそうですよ。空が自分の撮りたい色になるまで」
「ひえ~。でも確かに考えてみればそうよね。
お天気にも左右されるし、雲や気温だって影響するんだから。必ずしも自分が期待した通りになるとは限らない」
なんだか狙撃手みたいよね~、とさくらは昴の顔を見上げて笑う。
確かに。そう言われてみれば似ているかもしれない。
「ねぇねぇ、昴さんはどれが一番良かった?」
さくらは声を弾ませて問いかけた。
「やっぱり最初の大きな写真が印象的でしたね。自分たちも行ったことのある場所でしたし」
シーズン毎に二人で同じ場所へ行ってみるのも面白いかもしれない、と昴は思った。
花が咲き乱れる春
青々と草木が茂る夏
燃えるように色づく秋
すべてを白く染める冬
すべての季節(とき)を共に過ごせたら——。
(それを望むのは贅沢なのだろうか……)
明日をも知れない自分達には——
チラリとさくらの顔を見て、昴はわずかに心が痛む。
「確かにあの景色また見てみたいな……。そうだ! つり橋が直ったら、日帰りでも良いから行ってみない?
その時は雪が降っているかもしれないけれど」
「雪ですか……。あなた寒い寒いって文句を言いそうですけど」
体温が自分より低いさくらは寒さに弱い。戸隠を訪れた時も、すぐに手足が冷えて動きが悪くなっていた。
「寒かったら……昴さんに温めてもらうもん」
「え?」
「さ~て! ポアロへコーヒー飲みに行こ~!」
何か爆弾発言があったような気がするが、うまくごまかされてしまったようだ。
(今を精一杯生きるしかない。未来を約束できない俺たちは……《今》しかないのだから)
真っ赤な顔をしたまま、何事も無かったように取り繕うさくらを見て、昴は微笑んだ。