第5.5章 ~危険なカクテル~
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「さくらッ!」
昴がさくらの肩に触れ、名を呼んだ。過去の記憶の中を漂っていた意識が、急速に現在へと引き戻される。
「ハッ! あ……、ごめんなさい。ちょっとボーッとしちゃって…」
「……少し呼吸が浅い。まずは大きく吐き出せ」
「う、うん……」
さくらは言われた通り大きく息を吐き出した。息を吐ききったところで、今度はゆっくりと吸う。
昴の声掛けに従い、何度か深呼吸をした。
「落ち着いたか?」
血の気を失い、真っ白だった頬が少し色を戻したことを確認して、昴が問いかけた。
「ええ……、ごめんなさい」
浅く短くなっていた呼吸が整い、めまいも治まる。
思い出しかけていた事も、再び霧の中に隠れるように曖昧になっていった。
「さくら、水を飲むか?」
ルークが真剣な面持ちで問いかけた。
「ん…。お願いしてもいいかしら」
「分かった。すぐ用意する」
ルークは足元の小さな冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、グラスに氷を入れて注いだ。それをさくらの前に静かに置く。
「ありがとう」
さくらは礼を言ってグラスに手を伸ばす。
こく…こく…こく…
カラカラになった喉を潤すように、それを一気に飲んだ。
「ふぅ~」
息をつくころには、いつものさくらに戻っていた。
「まだ……安定しないんだな」
「ああ。少しずつ良くなって来てはいるんだが……」
ルークの問いかけに昴が応えた。
「それでも……ここまで良くなったのは、昴さんがそばに居てくれたからよ」
「だから言っただろう? お前たちは離れていてはダメだって」
俺良いこと言ったよな~、といつも通りの陽気なルークが言う。
「うん、そうだね。ルークが背中を押してくれた。
病院で記憶が戻った時、私迷っていたの。秀一さんと一緒に居たい。でも、万が一組織に気付かれたら……って」
その時の事を思い出し、さくらは下を向く。
覚悟を決めきれなかった自分。
そんなさくらの背中をドンと押したのは、ルークと赤井だ。二人が意気地のない自分に喝を入れてくれた。
「さくら……。一つだけ聞かせてくれないか? お前は今、幸せか?」
「えっ?」
突然の問いかけに、さくらは驚いたようにパッと顔を上げる。ルークの青い目がさくらを見ていた。
「警察官であり続ける以上、潜入も捜査も続く。だがお前だってひとりの人間だ。
警察官だからといって、幸せを追いかけちゃいけない理由にはならん。人は自分自身の幸せを知っているから、誰かの幸せを守れるんだ。
それがいかに尊いかを、身をもって知っているから。
つまり、お前だって……自分の幸せを望んで良いんだよ」
ルークの青い瞳が優しく細められる。店のライトが金の髪を照らし、まるで天使のように見えた。
「だから…聞かせてくれ。お前は今、幸せか?」
ルークの問いかけにさくらは小さくうなずいた。
「うん。私は幸せよ。だって……大好きな人がそばにいるんだもの」
「そうか」
さくらの言葉にルークは嬉しそうに微笑んだ。そしてその青い瞳がわずかに左へ動く。
視線の先には……口元を押さえて真っ赤になった昴が、ルークに見られないように顔を背けていた。
「また顔出してくれよ」
風見から現場制圧が完了し、全員が連行されたという連絡を受け、二人は立ち上がる。
「ええ。あなたがこっちに居る間は時々顔を出しますよ」
すっかり昴仕様に気持ちを切り替え、昴が微笑む。
さっきまで完全に地(赤井)だったのに…。
変わり身の早さに感心するやら呆れるやら。
さくらはチラリと昴の顔を見上げ、ため息をついた。
店の扉の前でルークの笑顔に見送られ、二人は店を出た。
「さて、作戦も成功したし…帰りましょ」
「ええ。でもまさか《彼》に会うとはね…」
昴は「してやられた」、と両手を広げる。
「ふふふ。来日して一番に私のところへメールして来たのよ。『今成田に着いた~』って」
まるで子どもみたいでしょ、とさくらはその時のメールを思い出して笑い出す。
「なっ!? アイツ…さくらに『さよなら』って別れの言葉を言ったんだぞ?
俺には『また会おう』とか言ってたくせに、俺じゃなくさくらに連絡するって…どういうことだ!?」
再び地が飛び出した《赤井》はルークの行動に怒り心頭だ。
「まあまあ…落ち着いて。今回は公安がお呼び立てしたのよ。
FBIは関係なかったし、ジェームズさんにも彼の来日については事後報告だったんだから。
今回の潜入もね、ホントはあなたに内緒のつもりだったんだけど、同伴じゃないとカジノに入れなくて……。
予定では、降谷さんと私で行くはずだったんだけど……その日に限ってポアロで大口の予約が入っちゃったのよ。
『安室さん』がお休みしたいって言ったら、ポアロのマスターに泣きつかれちゃったらしくてね。さすがに抜け出せないって大慌てだったわ。
それで苦肉の策として、《沖矢昴》となら潜入しても良いって降谷さんが特別に許可を出してくれたのよ。
でも、あんな大立ち回りまでは許可されてなかったんだけど……」
風見さんの胃に穴が開くんじゃないかしら…、とさくらは苦笑いする。
「作戦は成功したんだから良いじゃないか。あの場に誰かいなければ、イカサマ男はどさくさに紛れて逃げていたかもしれないし」
「まあね。あれだけのボディーガードをつけていたから、突入が分かった時点で彼らが逃がしていたかもしれないわ」
ルーレットのイカサマ男——。実はカジノの責任者だった。
客を装って大勝負に出ては他の客の気を引き、一対一の勝負に持ち込んで金を巻き上げていた。
もちろんさくらが指摘した通り、あのルーレット台は細工がされており、男の意のままにボールを入れることが出来たのだ。
「それでも、今回のカジノはアメリカの実業家が経営するクラブの一つに過ぎないわ…。
都内にはまだいくつもあって、違法な事をしていると分かっているのに、証拠が少なくてまだ摘発出来ない。
テロ組織の資金源になっているなら早めに潰さなきゃいけないんだけど……」
さくらの顔がとたんに曇る。分かっているのに証拠が無くては動けない。
警察組織に属する者なら何度も感じるジレンマだ。
「焦る気持ちも分かる。だが証拠が無くては一時的にその動きを封じても、法で裁く時に逃げられてしまう。それでは意味が無いんだ。今は我慢するしかない」
昴はそっとさくらの肩を抱く。大きくて温かい手で抱きしめられると、フッと肩の力が抜けた。
「うん…そうだね。ありがとう、昴さん」
さくらは「ふ~」っと息を吐き緊張を解いた。
「さて、イケナイ遊び……どうする?」
さくらはフフッと笑って昴を見上げた。
「そうだな…って…おい。イケナイ遊びは『違法カジノのガサ入れ』じゃないのか?」
「まあ、そうだったんだけど」
さくらは口元に手を当てて考え込む。
「昴さんは最初、何を想像したの? ルークもさっき、変なこと言ってたよね? プレイがどうとか……」
「え?」
突然の問いかけに昴は思わず閉口した。
何を想像したかって?
それを今訊くか?
健康体でこんなキレイな恋人がいる男に?
「そ、それは……。ご想像にお任せします」
口調を昴仕様に戻してフイッとそっぽを向く。そんなに特殊なことを想像したわけではないが、口に出すのはさすがにはばかられる。
「ふ~ん。私は…秀一さんがしたいなら…別に…なんでも…良い……ごにょごにょ…」
「えっ?」
聞き逃してはならない一言が聞こえた気がして、昴は思わず訊き返した。
「え? さくら。今なんて…」
「ああもう! 恥ずかしくなってきた! 早く帰ろ!」
「いや、そうじゃなくて…その前…なんて言ったんですか?」
「なんでもな~い!」
「さくら~! 教えてください!」
二人は肩を寄せ合ったまま小さな攻防戦を繰り返す。程よくアルコールが回り、早くお互いに触れたくて家路を急いだ。
二人が帰ったバーでは、ルークが片付けをしていた。
使ったコースターを集め、布巾でカウンターを拭く。グラスを洗い始めると「カラン……」とドアベルが鳴った。
コツコツ……
店内に足音が響く。
「赤井くんに正体を明かしたのかね?」
カウンター席に座ったジェームズがルークに問いかけた。
「ええ。ヤツもFBI捜査官。いずれ伝えねばならないでしょうから…」
「ああ。だが彼は今潜伏中の身だ。詳細が分かるまでは出来るだけ伏せておいて欲しい。彼女のためにも無理はさせたくない」
「はい……分かっています。ボス」
キュッ
止水栓を捻ると流れていた水が止まる。
ルークは洗い上がったグラスをジッと見つめていた。
昴がさくらの肩に触れ、名を呼んだ。過去の記憶の中を漂っていた意識が、急速に現在へと引き戻される。
「ハッ! あ……、ごめんなさい。ちょっとボーッとしちゃって…」
「……少し呼吸が浅い。まずは大きく吐き出せ」
「う、うん……」
さくらは言われた通り大きく息を吐き出した。息を吐ききったところで、今度はゆっくりと吸う。
昴の声掛けに従い、何度か深呼吸をした。
「落ち着いたか?」
血の気を失い、真っ白だった頬が少し色を戻したことを確認して、昴が問いかけた。
「ええ……、ごめんなさい」
浅く短くなっていた呼吸が整い、めまいも治まる。
思い出しかけていた事も、再び霧の中に隠れるように曖昧になっていった。
「さくら、水を飲むか?」
ルークが真剣な面持ちで問いかけた。
「ん…。お願いしてもいいかしら」
「分かった。すぐ用意する」
ルークは足元の小さな冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、グラスに氷を入れて注いだ。それをさくらの前に静かに置く。
「ありがとう」
さくらは礼を言ってグラスに手を伸ばす。
こく…こく…こく…
カラカラになった喉を潤すように、それを一気に飲んだ。
「ふぅ~」
息をつくころには、いつものさくらに戻っていた。
「まだ……安定しないんだな」
「ああ。少しずつ良くなって来てはいるんだが……」
ルークの問いかけに昴が応えた。
「それでも……ここまで良くなったのは、昴さんがそばに居てくれたからよ」
「だから言っただろう? お前たちは離れていてはダメだって」
俺良いこと言ったよな~、といつも通りの陽気なルークが言う。
「うん、そうだね。ルークが背中を押してくれた。
病院で記憶が戻った時、私迷っていたの。秀一さんと一緒に居たい。でも、万が一組織に気付かれたら……って」
その時の事を思い出し、さくらは下を向く。
覚悟を決めきれなかった自分。
そんなさくらの背中をドンと押したのは、ルークと赤井だ。二人が意気地のない自分に喝を入れてくれた。
「さくら……。一つだけ聞かせてくれないか? お前は今、幸せか?」
「えっ?」
突然の問いかけに、さくらは驚いたようにパッと顔を上げる。ルークの青い目がさくらを見ていた。
「警察官であり続ける以上、潜入も捜査も続く。だがお前だってひとりの人間だ。
警察官だからといって、幸せを追いかけちゃいけない理由にはならん。人は自分自身の幸せを知っているから、誰かの幸せを守れるんだ。
それがいかに尊いかを、身をもって知っているから。
つまり、お前だって……自分の幸せを望んで良いんだよ」
ルークの青い瞳が優しく細められる。店のライトが金の髪を照らし、まるで天使のように見えた。
「だから…聞かせてくれ。お前は今、幸せか?」
ルークの問いかけにさくらは小さくうなずいた。
「うん。私は幸せよ。だって……大好きな人がそばにいるんだもの」
「そうか」
さくらの言葉にルークは嬉しそうに微笑んだ。そしてその青い瞳がわずかに左へ動く。
視線の先には……口元を押さえて真っ赤になった昴が、ルークに見られないように顔を背けていた。
「また顔出してくれよ」
風見から現場制圧が完了し、全員が連行されたという連絡を受け、二人は立ち上がる。
「ええ。あなたがこっちに居る間は時々顔を出しますよ」
すっかり昴仕様に気持ちを切り替え、昴が微笑む。
さっきまで完全に地(赤井)だったのに…。
変わり身の早さに感心するやら呆れるやら。
さくらはチラリと昴の顔を見上げ、ため息をついた。
店の扉の前でルークの笑顔に見送られ、二人は店を出た。
「さて、作戦も成功したし…帰りましょ」
「ええ。でもまさか《彼》に会うとはね…」
昴は「してやられた」、と両手を広げる。
「ふふふ。来日して一番に私のところへメールして来たのよ。『今成田に着いた~』って」
まるで子どもみたいでしょ、とさくらはその時のメールを思い出して笑い出す。
「なっ!? アイツ…さくらに『さよなら』って別れの言葉を言ったんだぞ?
俺には『また会おう』とか言ってたくせに、俺じゃなくさくらに連絡するって…どういうことだ!?」
再び地が飛び出した《赤井》はルークの行動に怒り心頭だ。
「まあまあ…落ち着いて。今回は公安がお呼び立てしたのよ。
FBIは関係なかったし、ジェームズさんにも彼の来日については事後報告だったんだから。
今回の潜入もね、ホントはあなたに内緒のつもりだったんだけど、同伴じゃないとカジノに入れなくて……。
予定では、降谷さんと私で行くはずだったんだけど……その日に限ってポアロで大口の予約が入っちゃったのよ。
『安室さん』がお休みしたいって言ったら、ポアロのマスターに泣きつかれちゃったらしくてね。さすがに抜け出せないって大慌てだったわ。
それで苦肉の策として、《沖矢昴》となら潜入しても良いって降谷さんが特別に許可を出してくれたのよ。
でも、あんな大立ち回りまでは許可されてなかったんだけど……」
風見さんの胃に穴が開くんじゃないかしら…、とさくらは苦笑いする。
「作戦は成功したんだから良いじゃないか。あの場に誰かいなければ、イカサマ男はどさくさに紛れて逃げていたかもしれないし」
「まあね。あれだけのボディーガードをつけていたから、突入が分かった時点で彼らが逃がしていたかもしれないわ」
ルーレットのイカサマ男——。実はカジノの責任者だった。
客を装って大勝負に出ては他の客の気を引き、一対一の勝負に持ち込んで金を巻き上げていた。
もちろんさくらが指摘した通り、あのルーレット台は細工がされており、男の意のままにボールを入れることが出来たのだ。
「それでも、今回のカジノはアメリカの実業家が経営するクラブの一つに過ぎないわ…。
都内にはまだいくつもあって、違法な事をしていると分かっているのに、証拠が少なくてまだ摘発出来ない。
テロ組織の資金源になっているなら早めに潰さなきゃいけないんだけど……」
さくらの顔がとたんに曇る。分かっているのに証拠が無くては動けない。
警察組織に属する者なら何度も感じるジレンマだ。
「焦る気持ちも分かる。だが証拠が無くては一時的にその動きを封じても、法で裁く時に逃げられてしまう。それでは意味が無いんだ。今は我慢するしかない」
昴はそっとさくらの肩を抱く。大きくて温かい手で抱きしめられると、フッと肩の力が抜けた。
「うん…そうだね。ありがとう、昴さん」
さくらは「ふ~」っと息を吐き緊張を解いた。
「さて、イケナイ遊び……どうする?」
さくらはフフッと笑って昴を見上げた。
「そうだな…って…おい。イケナイ遊びは『違法カジノのガサ入れ』じゃないのか?」
「まあ、そうだったんだけど」
さくらは口元に手を当てて考え込む。
「昴さんは最初、何を想像したの? ルークもさっき、変なこと言ってたよね? プレイがどうとか……」
「え?」
突然の問いかけに昴は思わず閉口した。
何を想像したかって?
それを今訊くか?
健康体でこんなキレイな恋人がいる男に?
「そ、それは……。ご想像にお任せします」
口調を昴仕様に戻してフイッとそっぽを向く。そんなに特殊なことを想像したわけではないが、口に出すのはさすがにはばかられる。
「ふ~ん。私は…秀一さんがしたいなら…別に…なんでも…良い……ごにょごにょ…」
「えっ?」
聞き逃してはならない一言が聞こえた気がして、昴は思わず訊き返した。
「え? さくら。今なんて…」
「ああもう! 恥ずかしくなってきた! 早く帰ろ!」
「いや、そうじゃなくて…その前…なんて言ったんですか?」
「なんでもな~い!」
「さくら~! 教えてください!」
二人は肩を寄せ合ったまま小さな攻防戦を繰り返す。程よくアルコールが回り、早くお互いに触れたくて家路を急いだ。
二人が帰ったバーでは、ルークが片付けをしていた。
使ったコースターを集め、布巾でカウンターを拭く。グラスを洗い始めると「カラン……」とドアベルが鳴った。
コツコツ……
店内に足音が響く。
「赤井くんに正体を明かしたのかね?」
カウンター席に座ったジェームズがルークに問いかけた。
「ええ。ヤツもFBI捜査官。いずれ伝えねばならないでしょうから…」
「ああ。だが彼は今潜伏中の身だ。詳細が分かるまでは出来るだけ伏せておいて欲しい。彼女のためにも無理はさせたくない」
「はい……分かっています。ボス」
キュッ
止水栓を捻ると流れていた水が止まる。
ルークは洗い上がったグラスをジッと見つめていた。