第5.5章 ~危険なカクテル~
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2日後——
午前中、昴はいつものコンビニへタバコを買いに出かけた。
「!」
店を出たところで視線を感じる。そのまま工藤邸とは反対方向へと足を向けた。
小さなビニール袋を片手に持ち、もう片方の手はズボンのポケットに入れ黙々と歩く。
10分程歩いてとあるアパートへ着くと、ポケットからカギを出し2階の一室へと入った。
(あそこが…ラスティーの男の部屋……)
大型バイクにまたがったベルモットはヘルメットのシールドを上げ、アパートを見上げた。
(大学で男の特徴を聞いたけど…この数日でやっと姿を確認出来たわ…)
アパートの集合ポストに近付き、昴が入った部屋番号を確認すると、ベルモットはアクセルを吹かしてその場を後にする。
昴は部屋の玄関に立ったまま、そのエンジン音が去っていくのを黙って聞いていた。
大型バイクは都内の地下駐車場へと滑り込む。そこは高級タワーマンション。最上階にベルモットのセーフハウスがある。
ベルモットは一度部屋へ戻ると、変装道具を取り出した。かつて師匠から教えてもらった通りの手順を守り、顔を変えていく。
ドレッサーからクローゼットへと移動し、中から適当に服を見繕う。
「ふふ。これで良いわ」
目の前の大きな鏡には、どこにでもいるごく普通の女子大生が映っていた。
「確か……男はラスティーがいる東都大の院生だったわね。どんな男か楽しみね…」
鏡の中の女子大生は、その姿とは不釣り合いな笑みをこぼし、バッグを手に持つとセーフハウスを出て行った。
東都大学構内——
色づいた街路樹が並ぶキャンパス内は、今日も大勢の学生が行き来していた。
「おい、今日も星川さん休みだってよ」
「最近ずっと来ていないよな」
「教授の代わりに地方へも行ってるって聞いたぞ」
理学部の学生が、講堂のある建物へ向かいながら話をしている。
「そういえば、工学部の院生で《沖矢》ってヤツと付き合ってるって話、本当なのかな」
「ああ、あの森教授がお膳立てしたっていう話だぜ。二人揃って買い物している姿を見たヤツもいるよ。美男美女でかなり目立ってたってさ」
「良いなぁ~。俺も彼女作るなら星川さんみたいな人理想だな~。キレイだし優しいし、料理とかも上手そうじゃん」
「そういえば、毎日弁当作って来てるって誰か言ってたな……」
「俺も星川さんの手作り弁当食いてぇ~!」
学生たちは変装したベルモットの目の前を通り過ぎ、好き勝手な事を話している。
(あんなハイスペックな彼女が欲しいなら、まず自分を磨きなさいな)
ベルモットはため息をつきながら、横目で学生たちの後姿を見送った。
(工学部の《沖矢》か……。院生ともなれば毎日講義があるとも限らないわね。
さっきだって、朝からコンビニで買い物をしていたし……。今日会えるかどうかは微妙ね)
工学部のエリアへと移動しつつ、ベルモットは考えた。
(まあ、住まいは割れたから、今日会えなければしばらく張り込んで……)
あれこれと策を講じながら、学生たちの間をすり抜ける。
ドンッ!
「きゃ…」
「おっと、失礼」
考え事をしていたせいで学生と肩がぶつかる。手に持っていたバッグが、ドサッと音を立てて落ちた。
だが、頭上から聞こえた声にベルモットはハッとした。
「大丈夫ですか? 申し訳ありません。考え事をしていたもので……」
落としてしまったバッグを拾ってくれたのは、今まさに探していた《沖矢》という男だった。
「あ、いえ。私も考え事をしていて…」
ベルモットはどうやって探りを入れようかと考えながら、バッグを受け取る。
「工学部では見たことが無い顔ですね。どなたかとお待ち合わせですか?」
柔らかい物腰。明るい髪色。長身。メガネ。
(どこかで見たことがあると思ったら……声を聞いて思い出した。確かロックミュージシャン《波土禄道》が死んだ現場で、一度顔を合わせたわね……)
柄本梓に変装してバーボンと共に東都ホールを訪れた際、バーボンと互角の推理ショーを繰り広げていたあの男が、どうやら《ラスティーの男》のようだ。
「あ、いえ……あの…院生の沖矢さん…ですよね? じ、実は私……あなたのファンなんです!」
「え?」
彼女持ちの男が別の女性から好意を伝えられたらどうするか……。
ベルモットはまず、この男の《誠実さ》を知るために一芝居打つことにした。
「前に工学部に顔を出した時にお見かけして、ステキな人だなって。それからずっと気になっちゃって……。
で、今日もし会えたら告白しようって思ってたんです」
最近のドラマでもこんなチープな設定は無いな……と思いつつ、この偶然を無駄にするわけにはいかない。
ベルモットは努めて、ちょっとミーハーな女子大生を演じた。
「私に好意を持ってくださるのは嬉しいのですが、私には交際中の女性がいまして……。
申し訳ありませんが、あなたのお気持ちに答えることは出来ません」
(あらあら、なかなか真面目な青年じゃないの)
困ったような顔をして、相手を何とか傷つけないように言葉を選ぶ姿は好感が持てた。
「あ、でも私、二番目の女でも良いんです。
一緒に食事をしたり、買い物をするだけでも…。
あなたと一緒に居られるなら一番じゃなくても良いです!」
ベルモットは引き下がらず、尚も昴を揺さぶる。
しょせん男はオオカミ。あからさまに好意を寄せられれば、彼女がいようが一晩の遊びだと割り切って羽目を外す男も多い。
「残念ですが……。私は彼女を愛していますので。彼女を傷つけるような、そしてあなたも傷つけてしまうような、そんな関係は作りたくありません」
ベルモットの揺さぶりにも動じず、昴はキッパリと誘いを断った。
「そんなにその女性が好きなのですか? 理学部の星川さん…でしたっけ。彼女、最近大学も休みがちだとか……。
あなたは彼女がどこで何をしているのか知っているの? もしかしたらあなたに内緒で、別の顔があるもしれないでしょう?」
さらにベルモットは揺さぶりをかける。ラスティーは自身の正体を男に明かしていない。
一般人で、しかもこの年で親のスネをかじって大学院に通う呑気な男が、ラスティーの本当の顔を知ったら——。
あっさり彼女を捨てて逃げだすかもしれない。
(誰であろうと、あの子を傷つけるヤツは許さない)
ベルモットの目が鋭く光った。
「確かに……彼女は私に何か隠しているかもしれません。たまにそんなそぶりもあります。それでも。例えそれが地獄に落ちる様な所業であっても、私は彼女が好きなんです。彼女から離れるつもりはありませんよ」
「‼」
予想もしなかった答えが返って来て、ベルモットは驚く。
「そ、そう…ですか…。どうやらあなたを振り向かせることは…できないようね…」
「申し訳ありません」
よどみのない昴の言葉に、ベルモットはほんの少し安堵した。
弾丸から彼女を守ることは出来なくても、精神面で彼女をサポートすることは出来るだろう。
最近の彼女の落ち着きようを見れば、この男の存在が大きく影響しているのは明らかだ。
(さすが…あの子が惚れるだけの事はあるわね…)
どうやらこれ以上の詮索は無意味なようだ。
午前中、昴はいつものコンビニへタバコを買いに出かけた。
「!」
店を出たところで視線を感じる。そのまま工藤邸とは反対方向へと足を向けた。
小さなビニール袋を片手に持ち、もう片方の手はズボンのポケットに入れ黙々と歩く。
10分程歩いてとあるアパートへ着くと、ポケットからカギを出し2階の一室へと入った。
(あそこが…ラスティーの男の部屋……)
大型バイクにまたがったベルモットはヘルメットのシールドを上げ、アパートを見上げた。
(大学で男の特徴を聞いたけど…この数日でやっと姿を確認出来たわ…)
アパートの集合ポストに近付き、昴が入った部屋番号を確認すると、ベルモットはアクセルを吹かしてその場を後にする。
昴は部屋の玄関に立ったまま、そのエンジン音が去っていくのを黙って聞いていた。
大型バイクは都内の地下駐車場へと滑り込む。そこは高級タワーマンション。最上階にベルモットのセーフハウスがある。
ベルモットは一度部屋へ戻ると、変装道具を取り出した。かつて師匠から教えてもらった通りの手順を守り、顔を変えていく。
ドレッサーからクローゼットへと移動し、中から適当に服を見繕う。
「ふふ。これで良いわ」
目の前の大きな鏡には、どこにでもいるごく普通の女子大生が映っていた。
「確か……男はラスティーがいる東都大の院生だったわね。どんな男か楽しみね…」
鏡の中の女子大生は、その姿とは不釣り合いな笑みをこぼし、バッグを手に持つとセーフハウスを出て行った。
東都大学構内——
色づいた街路樹が並ぶキャンパス内は、今日も大勢の学生が行き来していた。
「おい、今日も星川さん休みだってよ」
「最近ずっと来ていないよな」
「教授の代わりに地方へも行ってるって聞いたぞ」
理学部の学生が、講堂のある建物へ向かいながら話をしている。
「そういえば、工学部の院生で《沖矢》ってヤツと付き合ってるって話、本当なのかな」
「ああ、あの森教授がお膳立てしたっていう話だぜ。二人揃って買い物している姿を見たヤツもいるよ。美男美女でかなり目立ってたってさ」
「良いなぁ~。俺も彼女作るなら星川さんみたいな人理想だな~。キレイだし優しいし、料理とかも上手そうじゃん」
「そういえば、毎日弁当作って来てるって誰か言ってたな……」
「俺も星川さんの手作り弁当食いてぇ~!」
学生たちは変装したベルモットの目の前を通り過ぎ、好き勝手な事を話している。
(あんなハイスペックな彼女が欲しいなら、まず自分を磨きなさいな)
ベルモットはため息をつきながら、横目で学生たちの後姿を見送った。
(工学部の《沖矢》か……。院生ともなれば毎日講義があるとも限らないわね。
さっきだって、朝からコンビニで買い物をしていたし……。今日会えるかどうかは微妙ね)
工学部のエリアへと移動しつつ、ベルモットは考えた。
(まあ、住まいは割れたから、今日会えなければしばらく張り込んで……)
あれこれと策を講じながら、学生たちの間をすり抜ける。
ドンッ!
「きゃ…」
「おっと、失礼」
考え事をしていたせいで学生と肩がぶつかる。手に持っていたバッグが、ドサッと音を立てて落ちた。
だが、頭上から聞こえた声にベルモットはハッとした。
「大丈夫ですか? 申し訳ありません。考え事をしていたもので……」
落としてしまったバッグを拾ってくれたのは、今まさに探していた《沖矢》という男だった。
「あ、いえ。私も考え事をしていて…」
ベルモットはどうやって探りを入れようかと考えながら、バッグを受け取る。
「工学部では見たことが無い顔ですね。どなたかとお待ち合わせですか?」
柔らかい物腰。明るい髪色。長身。メガネ。
(どこかで見たことがあると思ったら……声を聞いて思い出した。確かロックミュージシャン《波土禄道》が死んだ現場で、一度顔を合わせたわね……)
柄本梓に変装してバーボンと共に東都ホールを訪れた際、バーボンと互角の推理ショーを繰り広げていたあの男が、どうやら《ラスティーの男》のようだ。
「あ、いえ……あの…院生の沖矢さん…ですよね? じ、実は私……あなたのファンなんです!」
「え?」
彼女持ちの男が別の女性から好意を伝えられたらどうするか……。
ベルモットはまず、この男の《誠実さ》を知るために一芝居打つことにした。
「前に工学部に顔を出した時にお見かけして、ステキな人だなって。それからずっと気になっちゃって……。
で、今日もし会えたら告白しようって思ってたんです」
最近のドラマでもこんなチープな設定は無いな……と思いつつ、この偶然を無駄にするわけにはいかない。
ベルモットは努めて、ちょっとミーハーな女子大生を演じた。
「私に好意を持ってくださるのは嬉しいのですが、私には交際中の女性がいまして……。
申し訳ありませんが、あなたのお気持ちに答えることは出来ません」
(あらあら、なかなか真面目な青年じゃないの)
困ったような顔をして、相手を何とか傷つけないように言葉を選ぶ姿は好感が持てた。
「あ、でも私、二番目の女でも良いんです。
一緒に食事をしたり、買い物をするだけでも…。
あなたと一緒に居られるなら一番じゃなくても良いです!」
ベルモットは引き下がらず、尚も昴を揺さぶる。
しょせん男はオオカミ。あからさまに好意を寄せられれば、彼女がいようが一晩の遊びだと割り切って羽目を外す男も多い。
「残念ですが……。私は彼女を愛していますので。彼女を傷つけるような、そしてあなたも傷つけてしまうような、そんな関係は作りたくありません」
ベルモットの揺さぶりにも動じず、昴はキッパリと誘いを断った。
「そんなにその女性が好きなのですか? 理学部の星川さん…でしたっけ。彼女、最近大学も休みがちだとか……。
あなたは彼女がどこで何をしているのか知っているの? もしかしたらあなたに内緒で、別の顔があるもしれないでしょう?」
さらにベルモットは揺さぶりをかける。ラスティーは自身の正体を男に明かしていない。
一般人で、しかもこの年で親のスネをかじって大学院に通う呑気な男が、ラスティーの本当の顔を知ったら——。
あっさり彼女を捨てて逃げだすかもしれない。
(誰であろうと、あの子を傷つけるヤツは許さない)
ベルモットの目が鋭く光った。
「確かに……彼女は私に何か隠しているかもしれません。たまにそんなそぶりもあります。それでも。例えそれが地獄に落ちる様な所業であっても、私は彼女が好きなんです。彼女から離れるつもりはありませんよ」
「‼」
予想もしなかった答えが返って来て、ベルモットは驚く。
「そ、そう…ですか…。どうやらあなたを振り向かせることは…できないようね…」
「申し訳ありません」
よどみのない昴の言葉に、ベルモットはほんの少し安堵した。
弾丸から彼女を守ることは出来なくても、精神面で彼女をサポートすることは出来るだろう。
最近の彼女の落ち着きようを見れば、この男の存在が大きく影響しているのは明らかだ。
(さすが…あの子が惚れるだけの事はあるわね…)
どうやらこれ以上の詮索は無意味なようだ。