第5章 ~カルト集団~
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二日後の朝———
工藤邸ではいつも通り、二人で朝食の準備をしていた。
「あ、そうだ。今日は午後一番の講義の後、教授は地方講演の為に東京を離れるの。
駅まで送ったら直帰するから、四時頃にはココに着くと思う」
「地方講演ですか。森教授もお忙しいですね」
お堅い講演内容とは裏腹に、少しお茶目な森教授の話は、どこへ行っても評判がいい。講演依頼はかなりあると聞いたことがある。
「その講演のための資料、私が作ったんだけど……今回も大変だったわ。
直前でこのデータと差し替えろだの、市民向けの講演だからもう少しユーモアも入れろだの、いつも以上にリクエストが多かったんだから……」
私にユーモアを求めないで欲しいわ、とウンザリ顔のりおを見て「そりゃ、ご苦労さん」と昴は笑った。
出勤の準備も済み、りおは玄関へと向かう。昴も後ろからついて行った。
「じゃあ、昴さん。行ってきます」
「行ってらっしゃい。くれぐれも気を付けて。腕時計は外しちゃダメですよ」
「は~い」
GPS付き腕時計を外すなという注意喚起。すっかり決まり文句になったなぁ……思いながら、りおは笑顔で工藤邸を出た。
午前中さくらは研究室で仕事をこなし、その後職員たちと一緒に昼食を食べた。
食後、教授の出張準備のため総務・学生課の建物に向かう。
「資料は先方に送ってもらったかしら?」
「はい、大丈夫です。あとこれ、森教授にお渡ししてもらう書類一式です」
「分かりました」
事務的なやり取りをいくつかした後、さくらは理学部に戻るため建物を出た。
その時——
「星川さ~ん!」
突然後ろから声をかけられた。
「え? あ、久瑠美さん!」
振り向くと、先日工学部まで案内した《堀 久瑠美》が駆け寄ってきた。
「先日はありがとうございました。無事に友人と会えました!」
「それは良かった。東都大って広いから、待ち合わせも結構大変ですよね」
ニコニコしている久瑠美を見て、さくらも笑顔になる。
「ええ」と言いながら、久瑠美はさくらの元に歩み寄った。
「実は…星川さんにご相談したいことがあるんですけど……。今、大丈夫ですか?」
まるで内緒話をするかのように口元に手を当て、少し低い声で久瑠美がささやいた。
「え、ええ。午後一番の講義が終わるまでだったら大丈夫ですけど…」
(なんの相談だろう……)
わずかに警戒したものの、特に変わった様子もない。
つい最近まで感じていた尾行や盗撮の影——公園で襲ってきた男の気配——も感じない。
さくらは言われるままに、人気のない建物の裏手へと移動した。
「それで……。相談って何でしょう?」
先に口火を切ったのはさくらだった。
「帝丹小学校ってご存じですか?」
「ええ。知り合いの子どもたちが通っている小学校です」
「あら、そうなんですね。実は今日の午前中、私その小学校へ行ってきたんです。学校からの依頼で、子どもたちにお勧めの児童書を紹介してきたんですよ」
相談という割に要領の得ない話が続き、さくらは小首を傾げた。その様子を見て久瑠美がニヤリと笑う。
「その時に、有毒ガスを発生させる装置を図書館に設置してきたんです」
「え⁉」
久瑠美の言葉に、さくらの表情が一瞬で変わる。それを見て久瑠美は声を上げて笑った。
「頭が良い方は状況把握が早くて助かるわ。死んだ三人の女性達とは、やはり違うわね」
「ッ⁉」
久瑠美の言葉にさくらは驚き、目を見開いた。
「三人の女性って……ま、まさかあなたが連続殺人の?」
「ええ。直接手を下したのは私ではないけれど。でも近くに居て、彼女たちが息絶えるところを見たわ」
久瑠美は悪びれる様子もなく淡々と話す。まさか連続殺人犯の一人が、先日構内を案内した女性だったなんて。さくらは言葉を失う。
「バカな女たちだったわ。夜の街で占い師のフリをして、ちょっと言葉巧みに誘ったらノコノコ廃ビルまでついてきて。
こっちはやっと見つけた金の瞳の女性だったのに、まさかカラコンだったなんて、ね」
久瑠美の顔が苦虫をつぶしたように険しくなる。
「なぜ……なぜ殺したの⁉ 瞳の色が違ったなら、そこで『さようなら』で良いじゃない。
何も殺さなくたって……」
「顔を見られたのだから仕方がないわ。
我々の計画が今、明るみに出るわけにはいかない。危険因子は排除する。それが決まり」
そんな自分勝手な決まりで、女性たちは殺されたというのか⁉
さくらは表情を歪め、奥歯を噛みしめた。
黙ったまま怖い顔をしているさくらを見て、久瑠美は自分のスマホを取り出して操作をする。一枚の画像をさくらに見せた。
「まあ良いわ。話を元に戻すわね。これがさっき話した有毒ガス発生装置。
図書館に『学生さんオススメの児童書』というブックコーナーがあってね。その本棚の奥に、それと分からないように設置してきたの」
確かにブックコーナーの奥に、木で作られた箱のようなものが置かれている。
箱には小さな穴がいくつか開いているように見えた。
通常書籍を見やすく手前に陳列する際、ブックエンドや木製または紙製のブロックを本の後ろにあてがう事が多い。
そのブロックの中に有毒ガス発生装置があっても、誰も怪しまないだろう。
「ッ!」
さくらは唇を噛む。
「このスイッチを押すと箱からガスが噴出するわ」
久瑠美はジャケットのポケットからリモコンスイッチを取り出す。赤いボタンに久瑠美の右手親指が添えられた。
「その写真では箱の中の装置までは確認できない。本当にガスが噴出するのかしら?」
苦し紛れにさくらは問いかける。
「なら……試してみる?」
「くッ!」
装置が本物でもそうでなくても、今確かめることは出来ない。完全に主導権は相手にある。
万が一の事を考えれば、言う事をきくしかないだろう。
「……分かったわ。何が目的なの?」
さくらは体の力を抜き、抵抗する意思がない事を相手に伝える。
「大人しく、私についてきて欲しいの」
久瑠美の言葉が言い終わらないうちに、男が建物の影から現れた。
「⁉」
(この男、公園の…!)
ガタイの良い男がツカツカとさくらに近づいた。
ガッ‼
「うッ!」
……ドサッ……
首元に手刀を入れられ、さくらがその場に倒れた。