第5章 ~カルト集団~
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「教官、なんか話が有ったんだよね? 両親の事で……。良かったのかな?」
「冴島さんも、うろ覚えだったようですよ。もう少しちゃんと思い出したら話す、とおっしゃっていました」
「そう……」
まだわずかにぼんやりしながら、りおは答えた。フワフワする意識の中に微かではあるが、心がスッと冷える様な不安が残る。それが何なのか、今のりおには分からない。
不安げな表情を浮かべるりおを、昴はチラリと見る。
(いつか…両親の事は向かい合える日が来る。心も体もちゃんとそれに備えて……。それまでは、今のまま忘れている方が良いんだよ。焦る事は無いんだ)
今日思い出さなくて良かった、と昴は心の中でつぶやいた。
***
二人は電車に乗るため駅に向かう。再び雨が降り出したので、地下通路へと下りた。
退社時間を過ぎた地下通路は、会社や学校帰りの人達で混雑している。はぐれないように二人は手を繋いだ。
先ほど発作を起こしたばかりだったので、昴はゆっくりとさくらの手を引いて歩く。
温かくて大きな昴の手は、触れ合う手のひらだけでなく、さくらの冷えた心までも温かく包み込んだ。
(不思議……昴さんと手を繋ぐだけでこんなに心が満たされる……)
さくらは思わず、ぎゅっとその手を握って腕にしがみ付いた。
「ん? どうしました? 寒い?」
「ん……少し。昴さんの手、あったかいね」
「さくらの手は冷たいですね。そういえば長野でもすぐに冷えていましたし、ホントに冷え性なんですね」
昴はつないださくらの手を、もう片方の手も使って包み込む。
「は~」
温かい息を吹きかけて、そっとさすった。
「ッ! す、昴さん……」
さくらは思わず周りを見回した。もちろん誰も見ていない。帰宅を急ぐサラリーマンや学生が足早に通り過ぎていく。
「ふふ。顔が赤いですよ。でも、この程度ではあなたの氷のような手は温まりませんね。早く帰って温かい物でも飲みましょう」
昴は嬉しそうに微笑んだ。
カシャッ カシャッ
「「ッ!?」」
その時、わずかにシャッター音が聞こえた。先ほどまでの、惚けた気分はあっという間に吹き飛ぶ。
二人は周りを見回すが、人が多くてどこから狙われたのか分からない。
「今、写真………撮られたわよね?」
「ええ。シャッター音が聞こえたので、かなり近かったと思いますが。こう人が多くては……」
結局写真を撮った人物は見つけられなかった。
(昴さんと一緒のところを撮られた? まさか、組織の……?)
ジンにNOCだと気付かれたのだろうか?
さくらの顔からサーッと血の気が引く。昴とつないでいた手が、ふるふると震え出した。
「ッ! さくら……!」
アンバーの瞳が揺れ、明らかに動揺している。
「大丈夫だ。殺気も無かったし組織の気配は感じなかった。正体は分からんが、組織とはおそらく違う」
地下通路の大きな柱に隠れ、二人は抱き合う。昴は震えるさくらの手を握り、背中をさすった。
どうにかさくらをなだめ、工藤邸に帰り着いた。しかし、その日の夕食は発作の影響か、不安のためか、暗い顔をしてあまり食が進まなかった。
翌日——
新聞やテレビは、都内の連続殺人について大きく取り上げていた。
『今日未明、都内の廃ビルで若い女性の遺体が見つかりました。
被害者はナイフのようなもので心臓を一突きにされ、ほぼ即死でした。死亡推定時刻は二日前の深夜とみられています。
殺害方法に加え、被害者のバッグは現場に残されており現金もそのままでした。
以上の点がこれまでに起こった二件の連続殺人と非常に酷似している事から、警察は同一犯の犯行と見て捜査を進めています』
「三人目の被害者……出たんだね」
朝食後、ニュースを見ていたりおが昴に声をかける。
「ええ。被害者はすべて二十代の女性。金品は取られていない。殺害方法も心臓を一突きで即死。一週間前に一人目、その三日後に二人目。
さらにその五日後の今日三人目が発見されています。
先ほどのニュースでは、死亡推定時刻が二日前と言っていましたから、だいたい三日周期で事件が起きている。
そして今のところ、どの事件も目撃情報がありません。これだけ共通点が多いと、おそらく同一犯で間違いないのでしょうね」
テレビのニュースに加え、新聞もチェックしていた昴が答えた。
「私も昨日、風見さんから話を聞いたの。
今は刑事部が捜査に当たっているけど、組織的な犯罪の可能性もあるから、公安にも情報が来てるみたい。
場合によっては、私も捜査に加わる事になりそう」
テレビ画面を見たまま、りおは淡々と業務連絡のように昴に伝える。捜査に加わる可能性を示唆され、昴はため息をついた。
「くれぐれも気を付けてくださいよ。これ以上私の寿命を縮めないでください」
新聞をたたみながらりおに釘をさす。
「昴さんも気を付けてくださいね。昨日の写真……組織が私を《NOC》だと疑いだした可能性もありますから」
りおの表情がとたんに曇る。
「あの時、殺気はありませんでしたし、組織の気配とは違うものを感じましたが……。
まあ外部の情報屋を使っている可能性も無いわけでは無いですし、あなたが心配するなら、こちらも用心しておきます」
不安に沈むりおの顔を見て、昴はさらに大きなため息をついた。
***
この頃から、さくらの周辺で奇妙な事が起こり始める――
三人目の事件報道から四日後。
さくらは今日も午前中講義の資料を作り、間近に迫った森教授の地方講演の打ち合わせで忙しくしていた。
「ッ!」
図書館から借りてきた大量の資料を抱え、大学の構内を歩いていたさくらは、後をつけられている気配を感じ振り返る。
だがそこに人影は無い。
(つけられているのは間違いない。シャッター音は聞こえなかったけど、写真撮られていたかも……。こちらが気配に敏感なのに気づいて、直前に逃げたか…)
尾行の気配はごくわずか。気を抜いていると感じないほどだ。しかも気配を感じてすぐ振り返っても、相手の顔どころか姿すら見たことが無い。
相当尾行に慣れているようだ。お陰で帰宅する時も、相当骨が折れる。
今は途中からタクシーを使って撒いているが、その手もいつまで使えるやら。
(殺気を感じないから襲ってくるつもりは無いということかしら。こちらの生活を観察している?)
NOCを疑う組織の誰かが、正体を暴くための決定的瞬間を狙っているのだろうか…?
(つけ狙っている人物が組織の者ならマズいわ。私の正体を探るうちに、昴さんの正体がバレる事は、絶対に避けなければ……)
《沖矢昴》=《赤井秀一》だとバレれば、再び組織は赤井の命を狙うだろう。
そして赤井の偽装死に加担した、キールの命も危ない。つまり二人の命を危険に晒すことになる。
さくらの脳裏に、赤井が頭を撃たれた時の姿が浮かんだ。動悸がしてぎゅっと胸が痛くなる。
あんな思いはもう二度としたくない。
(私の大切な人たちの命……。絶対守ってみせる)
さくらはスマホを取り出すと、《安室透》を画面に表示させ《通話》をタップした。
三時間後——
「いらっしゃいませ~」
安室のさわやかな声が、ポアロの店内に響く。
「こんにちは~」
「あら、さくらさん! お久しぶり。体の調子はどうですか?」
さくらの姿を見た梓が、ニコニコしながら声をかけた。
「あ、梓さん! 先日はご心配をおかけしました。もうだいぶ良いんですよ~」
いつものヤツお願いします、と言って窓際の席に座る。安室がお冷とおしぼりを持って近づいた。
「前に来た時に比べれば、だいぶ顔色が良いですね」
笑顔を向けて話しかけると、水の入ったグラスを置いた。
「ええ。コナンくんのおかげで、だいぶリフレッシュ出来ました。ところで……」
さくらの目がわずかに細められる。
安室は何も言わず、おしぼりをさくらに手渡した。一緒に小さなコインロッカーのカギを忍ばせる。
「あまり無理をしないで下さいね」
体の事か、それとも先ほど連絡した事か——。どちらとも取れる言葉をさくらに投げかけ、安室はカウンターへと戻っていった。