第5章 ~カルト集団~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
三人は和室に入るとテーブルを囲んで座った。
「今日お前を呼んだのはほかでもない。一真たちの事だ。先日お前と会った後、思い出したことがあったんだ」
冴島はそう切り出すと、一度言葉を区切った。
「一真とルナさんは二人で捜査をしていた。そこで知り得た情報は、俺を通して管理官へと伝える手はずになっていたんだ。
ただ……相手が大きな組織と分かってからは、なかなか真相が分からず捜査は難航していた。
二人とも、ある程度確証が持てなければ俺に伝えることが出来ない。たくさんの情報を持ちながら、ウラが取れないばっかりに報告出来ないものもあったようなんだ」
冴島はアゴに手を当てながら、当時の事を思い出す。
「昔、一真がこう言ったんだ。『俺に万が一の事があったら、りおに《パパとりおの思い出はなんだ?》と聞いてみると良い』と」
「父との思い出?」
冴島の言葉を聞いて、りおは同じ言葉を繰り返す。
「ああ。報告できる段階ではない情報は、二人で一括して管理していたようなんだ。
おそらくその管理場所を特定するヒントの事を言っていたんだと思う」
りおは下を向き目を閉じた。
(父の顔すらほとんど覚えていないのに、思い出なんて……)
両手でこめかみを押さえる。ギューッと指で押しながら何かないかと考えるが、何一つ思い出せない。
「もちろん、お前は両親の事をほとんど覚えていない。声を失っていた時期の記憶だって、おそらくあまり鮮明ではないだろう。
だから今までも、その事をお前に訊ねたことは無かった。だがもし今後、小さなことでも良い。何か思い出したら……」
冴島は申し訳なさそうにりおの顔を見る。わずかな可能性にかけたその表情を見て、りおは必死に記憶を辿った。
(父との…思い出…。思い……出…)
りおは目を閉じる。
銀杏の葉が舞い落ちる公園
父の部屋
そこに置かれたたくさんのノートや本
ノートに走り書きされたメモ
記された《爆弾》の文字——。
やがてタイヤ付近に膝をつき、車の下を覗き込む男性の後姿を見た気がした。
(誰? 教官? それとも……)
カメラのファインダーを覗いているような、鮮明な景色がフラッシュバックした。
男の人が手に何か持っている。ノートに書いてあったものと似ていた。
(車から…爆弾……外し…た?)
断片的な景色。それ以上は何も見えない。
『……りお……完璧だな!』
ふと父の声でそう言われた事を思い出す。ハッと顔を上げた。
「りお?」
その様子に昴が素早く反応すると、りおの表情を注意深く伺う。
『ガキンッ!! ガキンッ!! ガキンッ!!』
銃弾が固い金属に着弾する音。
『キキキ—―――ッ!!!』
車のタイヤが鳴る音。
耳をつんざくような二つの激しい音を思い出す。
続いて酔いそうなほど荒い運転。
右に左に振られる体。
そんな自分を守るように覆いかぶさった誰か——
「はっ…はっ…はっ…はっ…」
「ッ! りお?!」
肩で息をする様子を見て、昴が慌ててその肩を抱いた。
鳴り響く急ブレーキの音
目の前に迫る草花
輝く朝日
澄んだ青い空
そして———
『ドゥォォオオオン!!!』
何かが爆発する音
確かに聞いたその音を思い出した時、りおは両耳を押さえて叫んだ。
「きゃあああぁぁぁ!!!」
「「!!」」
突然の叫び声に昴と冴島が驚く。
りおの様子を見て昴の顔から血の気が引いた。
(まさか…今…思い出すのか? 《あの時》の事を!)
とっさに昴はりおを抱きしめる。
「大丈夫だ、りお! 落ち着け!」
何度も声をかけた。ガクガクと震えるりおの体。抱きしめる昴の腕にも力が入る。
りおがどんなに耳を押さえても、どこからか声が聞こえた。
『あれが…あれが…パパとママなわけないッ!!!』
イヤだ! ウソだ! と泣き叫んだ遠い記憶
流れ出る血液と共に体が冷えていく感覚
皮膚に伝わる猛烈な熱
むせかえるようなガソリンの匂い
もうもうと立ち上る黒い煙
あの日見た光景が目の前に広がる。呼吸は乱れ、心拍数が跳ね上がった。目の前がチカチカと光り出す。
脳が警鐘を鳴らしていた。
思い出したらダメだ。心が壊れる。今思い出したら……——
ダメだと思うのに周りの景色が歪み、目の前はサーッと炎の色に染まった。
その中にゆらゆらと揺らめく二つの人影。
誰かが…誰かが燃えて……———。
「いやぁぁぁー—ッ!!」
りおが力の限り叫んだ。
「はぁッ…はぁッ…はぁッ…い、イヤ…イヤだ! み、見たくないッ! 思い出したくないッ!! イヤぁぁッ!!!」
りおは泣きながら頭を振り、力の限り叫ぶ。呼吸は速く短くなり、さらにりおを追い詰めた。
「はっはっはっ…ひ…ひぅ…かはっ…ひゅ…」
「大丈夫だ…りお。ゆっくり呼吸するんだ…。思い出したくない事は、思い出さなくて良いから…」
昴は震えるりおの体を強く抱きしめ、時々背中をトントンとあやすように叩く。
「大丈夫。俺がそばに居る。何も心配いらない」
昴は優しく声をかけ続けた。
どれくらいそうしていたか分からない。
やがて過呼吸を起こしていたりおの呼吸は少しずつ整い、体の震えも治まっていく。
「はーっ…はーっ…はーっ…」
「良いぞ…慌てないで…ゆっくり、ゆっくり…」
昴の大きな手がりおの背中を大きく撫でる。その動きに合わせるように呼吸を繰り返した。
昴にしがみつき、まだ少し肩で息をしているが、極度の緊張から解放され、今にも目が閉じそうだ。
「ほら、ラクになって来ただろう…。もう大丈夫だよ…」
優しく語りかける昴の声を聞いて、強くしがみ付いていたりおの手は力を失い、だらりと下を向いた。閉じたまぶたからは一筋の涙が頬を伝う。
りおはそのまま眠りに落ちた。
一部始終を見ていた冴島も、りおが眠ったのを見て、はぁ~~っと大きなため息をついた。