第5章 ~カルト集団~
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風見との業務連絡を済ませ、出来上がった書類を手渡すと、りおは警視庁を出た。そのまま近くのカフェへと向かう。
**
雨は止んでいた。畳んだ傘を手に持ち、さくらは空を見上げる。
高層ビルの上部は霧のような雲に覆われていて、その先は全く見えない。湿り気を帯びた冷たい空気が体温を奪っていく。道行く人は皆、肩を窄めて足早に先を急いでいた。
「さむ……もう晩秋ね。そろそろ雪が降るところもありそう……」
さくらはふと、戸隠の美しい景色を思い出す。あちらはもう雪が舞っているかもしれない。赤と黄色に染まった山々が、白い雪に覆われるのももうすぐだ。
さくらは周囲を見回した。コンクリート色の街並みと、どんよりとしたグレーの空は殺風景で、長野よりもずっと冷たい印象を持つ。
はぁ……と零れたため息も、思ったよりずっと白くて、余計に寒々しく感じた。
その時——
ドンッ!
歩道で立ち止まっていたせいで、向こうから歩いてきた人とぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい!」
さくらは慌てて謝罪した。
「いえ、こちらこそスミマ…」
相手も同じように声を発したものの、さくらの顔を見てハッとした。
「あの……どうかしました?」
「ッ! い、いえ。こ、こちらこそスミマセン。考え事をしていたもので…」
三十代後半くらいの男性はそう言うと、慌てた様子で去っていった。
(私の顔見て驚いていたけど…何だろ。まあなんにしても、こんな所でボケッと立っていたらジャマよね)
男性に悪いことしちゃったな……と、さくらは再びため息をついた。
カランコロ~ン
待ち合わせのカフェのドアを、さくらはゆっくりと開けた。
中は、ダークな色調のテーブル席が並ぶ。所々に観葉植物が置かれ、オシャレでどこかホッとする空間が広がっていた。
「いらっしゃいませ」
店員の落ち着いた声が店内に響く。BGMは静かなジャズが流れていた。
ピアノの旋律にウッドベースの落ち着いた響き。そして二つの音をリズムでつなぐスネアドラム。
音量は大きすぎず小さすぎず、耳に心地よい響きを残した。
照明は暖色系のやや黄色みがかった間接照明。所々に設置されたスタンドライトが、店の角を暖かく照らしている。
外のけん騒から離れ、別世界へと足を踏み入れたような錯覚を起こす。
(わぁ…雰囲気の良い店ね…しかも中、暖かい)
さくらは思わず「ふぅ…」と寒さで強張った体が緩むのを感じた。
店内はランチの混雑が落ち着き、客はそれほど多くない。
席に案内しようと近づいたスタッフに、さくらは手で軽く『案内不要』のジェスチャ―をして微笑むと、店の中を見回す。
窓際の明るい席で、読書をしている昴を見つけた。
ややスリムなジーンズにハイネックの黒いセーター。シンプルな装いだが、長身でスタイルの良い昴が着るとオシャレに見える。
その上、長い足を組んで読書をしている姿は、かなり絵になった。近くの席に座っている二人組の女性が、昴に熱視線を送っているのが分かる。
(もう…昴さんかっこ良すぎでしょ…これで秀一さんの姿だったら……私、もっとドキドキしちゃって直視できないわ…)
一度深呼吸をして、わずかに熱を持った頬を手のひらでポンポンと叩く。
気持を落ち着かせたさくらは、昴の席へと足早に近づいた。
「お待たせ。昴さん」
「おや、思っていたより早かったですね」
さくらの姿を見て昴が微笑んだ。
「私もまだコーヒー残っていますから、さくらも一緒に何か飲みませんか?」
「ああ、そうね。じゃあちょっと注文してくるわ」
荷物をイスに置くと、財布だけ持ってクルリと体の向きを変える。
先ほどの女性たちがさくらの登場に驚いているようだった。それに気付かぬふりをして、さくらはカウンターへと向かう。
そんなさくらの後姿を、昴はニコニコしながら見送った。
程なくして、カップを手にしたさくらが席に戻ってきた。
「何を買ったんですか?」
「今日はカプチーノ」
「やっぱりミルク入りなんですね」
昴は本を閉じながらクスクスと笑う。さくらは席に着くと、分かりやすく口を尖らせた。
「どうせお子様ですよ~だ」
「まだ何も言っていませんのに…」
「だって、顔に書いてあるもん」
「それは大変だ……変装失敗したかな」
昴は真顔になると左手で頬を押さえた。
「エッ! ぷっ…ふふふふっ!」
中の人(赤井)からは想像もつかないようなジョークが飛び出したので、さくらは一瞬目を丸くすると、クスクスと楽しそうに笑った。
(こんな日もたまには良いな…)
恋人の到着を待ちながら読書をして、「お待たせ」と言って笑顔で駆け寄るさくらを見た時、昴(赤井)は年甲斐もなく心が躍った。
家で飲むコーヒーも良いが、店のBGMや店員の小気味良い挨拶、周りの客の話し声…どれも普段とは違う良いスパイスになる。
幸せそうな笑顔を見せながらカプチーノを飲むさくらを見て、昴は満足そうに微笑んだ。
カフェを出てしばらく歩くと、二人は雑居ビルが立ち並ぶ通りに出た。
昴とさくらは大きな通りから細いビルの間の道に入ると、迷路のような道をいくつも抜け、とあるビルへと入る。
「…」
「どうしました?」
ビルに入ってすぐのエレベーターホールで、さくらはフッと後ろを振り返る。
「ううん。カフェを出てから誰かに見られているような気がしたけど。もう気配が無いなって」
「ああ、確かに。でも素人って感じでしたね。
あなたキレイだから、男性の目を引いたんじゃないですか?
現にここに来るまでに、男性が何人か振り向いてあなたを見ていましたよ」
「イヤイヤ。私じゃなくて昴さんかもよ。
カフェでかなり目立ってたから! 近くにいた女性がソワソワしてたもん」
なんだかさくらは嬉しそうだ。
「おや、そうでしたか。それを見て嫉妬してくれないのですか?」
「しないよ~。だって私が好きなのは秀一さんだもん」
「ほ~ぉ…それは喜んで良いのか悲しんで良いのか……。少しくらい嫉妬してくれても私は構わないのですけど?」
昴はアゴに手を当てて「ふむ」と、考え込んだ。
(『昴さんのカッコ良さにドキッとした』とか。
『昴さんが女性にモテて嫉妬した』とか。そんなことを私が言ったら、絶対《秀一さん》がヘソを曲げるでしょ)
そうなると、後々面倒くさい。さくらはすでに何度か経験済みである。
(『中の人』が《赤井秀一》だからドキッとするし、嫉妬もするのに…)
うっかり余計なことまで言ったものなら、機嫌が戻るまでに相当な時間が必要になる。しかも、どこに赤井の地雷があるか分からないから、尚のこと面倒だったりする。
(触らぬ神に祟りなし、ね)
さくらは黙ってエレベーターのボタンを押した。
チン……
目的のフロアについたことを知らせるベルが鳴り、エレベーターの扉が開いた。
四階フロアに出ると二人は廊下を進み、突き当りの空き店舗のような部屋の前で足を止めた。
入り口には電子ロック。
古いくさい建物にしては若干違和感のある、セキュリティーのしっかりしたロックがついている。
二人は顔を見合わせ、うなずき合う。さくらが番号を打ち込むと、カチッとロックが開いた音が周囲に響いた。
すりガラス状の大きなドアを押して、二人は中に入った。
**
中は二十畳ほどの事務所のような空間が広がる。物はほとんどなく、簡易の机とパイプ椅子が三つ。
部屋の窓は目張りされていて、外から中は見えないようになっている。部屋には備え付けの小さなキッチンと、それに見合う小さな冷蔵庫が一つ。
奥には和室が一つと、トイレと風呂が一緒になったいわゆる《ユニットバス》が完備されているようだった。
「定期的に誰か来て掃除してるからキレイよ。教官もじきに来ると思うから…和室で待ちましょうか」
どこからともなくハンガーを出してきたりおは、昴に手渡した。
二人はコートを脱ぐと、近くにあった洋服掛けにかける。
「寒いから暖房もつけるわね」
室内の暖房機のスイッチをONにした。
やがて部屋が温まる頃、出入り口の方から「カチッ」とロックが外れる音がした。
「遅くなってすまない。ああ、部屋暖かいな」
鼻の頭を赤くした冴島が中へと入ってきた。
「外、また雨が降りそうだよ」
両手を擦りながら冴島は暖房に手をかざす。
「相変わらず、教官……あ、…校長先生は寒いのダメなんですね」
りおは笑いながらハンガーを手渡した。
「ははは。『教官』で良いよ。お前にとってはその方がなじみ深いだろう。
そういえば…教官室に小さな電気ストーブを持ち込んでいたのを、諸伏に見つけられたっけ。他のヤツには内緒にしてくれって言っておいたはずなのに……。なぜ俺が寒がりだと知ってるんだ?」
「それ、私にだけコッソリ教えてくれたんです。教官の弱みを知ってるって言って」
冴島は「アイツ……」と懐かしそうにつぶやいた。
「そんなこともありましたね」
りおは懐かしそうに目を細めた。