第4.5章 二人の遠出~長野旅行編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
さくらによる諸伏警部の両手モミモミ——もとい、マッサージを強制終了させて、三人は諸伏の案内で昼食を取る事にした。
「さっきのワイナリーで食べたかったけど、結局今日は店じまいになっちゃったね……」
「殺人事件がありましたからね。仕方ありませんよ」
二人は残念そうだ。
「せっかくの旅行でしたのに、ホントに申し訳ないです。その代わり私のお気に入りのお店、紹介しますから」
諸伏がハンドルを握り、ルームミラー越しに二人に話しかけた。
「わあ! 警部のお気に入りですか? それは楽しみですね~!」
わずかにほろ酔いのさくらはニコニコしている。心なしか体がゆらゆらしているのは、ひと暴れして酔いが回ったせいだろう。
「ええ、そうですね」
チラリとさくらを横目で確認しつつ、昴も答えた。そんな二人を見て諸伏はクスッと笑うと、ゆっくりアクセルを踏む。
ワイナリーを出て20分程で目的のレストランに到着した。
**
「おとぎ話に出てきそうな建物ですね」
「ホントそうだね。石を積み上げて作ったお家に…煙突もあるし…」
まるで小人や魔法使いが出てきそうな石積みの家。周りはハーブなどが植えられ、ブリキのジョロや、鳥かごが置かれている。
「ふふふ。お二人とも上ばかり見てると転びますよ。たくさんの小物が置かれていますからね」
「わ、ホントだ!」
足元には白い石畳。レンガで仕切られた花壇には置物の動物や、小さな鉢植え。どれもこれも目を引く可愛さだった。
チリリ~ン
ドアを開けると甲高いベルの音。
「は~い」
奥から女性の声が聞こえた。
「私の大事なお客様をお連れしました。いつものをお願いしても良いですか?」
「承知しました!」
諸伏が店の女性に声をかける。三人は席に座り、窓から見える景色に視線を移した。
重みで垂れ下がる稲穂や、たわわに実ったリンゴたちが風に揺れている。空の青と稲穂の金とリンゴの赤。この土地の秋の色だ。
「ココのオーナーは以前警察官だったんですよ。捜査中にケガをしてね。足が不自由になってしまって。警察を辞めて奥さんとこの店を始めたのが三年前かな」
「捜査でケガを?」
昴はテーブルの上で手を組むと、やや真剣な顔で諸伏に訊ねた。
「ええ。今日みたいに銃を無差別に乱射する男に、ね。腰を撃たれて脊髄をやられてしまって。立つことも歩くことももう無理だと言われたんです」
諸伏が視線を移す。その先には車イスに乗った男性が、先ほどの女性と楽しそうに話をしている姿があった。
「刑事になる事だけを夢見て来たような男で、ケガをした当初は『刑事を続けられない俺は俺じゃない』って言って…。生きる意味を見失っていたんですよ」
でも——
諸伏はさくらの顔を優しげに見つめる。
「人は生きていればどうにでもなります。生きていさえすれば必ず道は開けます。
私から見ると、あなたたちは生き急いでいる気がしてなりません。もっとご自身を大事にしないと」
グラスに付いた水滴がゆっくりと流れ落ちる。
それを諸伏はジッと見つめた。
「人命を守るため、危険を顧みないというのは聞こえはいいです。ですが私から言わせればエゴですよ。残された者はたまったものではない。
あなたたちはお互いがお互いの支えであるように見える。だから、もしもの時は…自分の命を守る行動を取ってください。それが愛する人を守る事に繋がりますから」
諸伏の言葉は二人の心に深く響いた。危険な事に首を突っ込む自分たちを案じての言葉。しかしそれ以上の重みを二人は感じていた。
「肝に銘じておきます」
「私も…」
「分かって頂けたならそれで良いです」
いつになく真剣な表情の二人を見て、諸伏は微笑んだ。
「お待たせしました~」
3人のテーブルに大きなピザが置かれた。
「このピザは長野県産の食材をふんだんに使っています。ぜひ味わってみてください」
ピザの他にも、サラダやスープなど、コース料理になっていた。
「ワイナリーで売っているソーセージもありますよ。ぜひ食べてみてください」
女性が熱々の鉄皿に載った大きなソーセージを持って来てくれた。
「わ~! 実は気になっていたんですよね~」
ハーブやスパイスを練り込んだソーセージは、焙っただけなのに美味い。ピザも東京では食べられないような、旬の食材がたくさん使われている。
具材はもちろん、生地に使う小麦粉やチーズも地元産なのだそうだ。その美味しさは絶品! 三人で残さず食べてしまった。
「デザートお持ちしますね」
沢山食べたり飲んだりした後に、最後のデザートが運ばれてきた。
「これは?」
「リンゴのコンポートです。諸伏さんの弟さんが大好きだったんですよ」
「!」
小さなガラスのお皿に薄っすらピンク色のリンゴが1/4個分。生クリームとミントの葉が飾られていた。
「どんなリンゴで作っても美味しいのですけど、紅玉という酸味の強い品種で作ったものが、一番おいしくて色もキレイに出るんです」
どうぞと言われて、さくらは小さなフォークを手に取った。わずかに震える手で一口分切り分けると、そっと口へと運ぶ。
「おいしい…」
「そうですか。良かった」
諸伏はそう呟くと、さくらと同じように一口食べた。昴はやや心配げにさくらの顔を見た後、コンポートを味わった。
「母がね…」
「え?」
「子どもの頃、母がよく作ってくれたんですよ。どうしてももう一度食べたくて……ココのオーナーに無理を言って母の味を再現してもらったんです」
フォークを置いた諸伏は、まだ皿に残っているコンポートをジッと見つめた。
「弟を驚かそうと思ってね。彼は母が作ったコンポートが大好物だった。よく私の分まで欲しがって……。だいたい半分くらいは取られてしまうんだ」
当時を思い出したのか、フッと口元が緩む。
「結局…弟に彼らのコンポートを味わってもらう事は出来なかったけど……。あなた達に食べて貰えて良かった」
再びフォークを手にした諸伏は、キラキラ光るコンポートを最後まで美味しそうに食べた。
(ヒロ先輩の…好物…か…。お母さんの味…)
甘酸っぱいコンポート。もしこの場にスコッチがいたなら、きっと破顔して喜んだだろう。兄の粋なサプライズに笑って泣いて……。
容易に想像できるほど、彼は表情豊かだった。
(きっと今もどこかで見てるんじゃないかな。『広瀬、それ美味いだろ』って)
イタズラっぽく笑う彼の顔を想像しながら、さくらは最後の一口を口に入れた。