第4.5章 二人の遠出~長野旅行編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
昴の方へ体重を預けたさくらは、すっかり酔いが回って上機嫌だった。一方の昴は、そんなさくらの肩を抱き、トントンとあやしながら酔いがさめるのを待つ。
「ふふふ……昴さん温かいね」
昴の胸元に頬をよせ、さくらはまるで猫のように甘えている。こんなさくらの姿を見れるのは自分だけだと思うと、昴の口角も自然と上がった。
「まったく…飲み過ぎですよ」
言葉とは裏腹に昴の声は優しい。
常に誰と会うか、誰に見られているか分からない東都の街とは違い、自然豊かな長野では、昴もさくらも普通の男と女でいられた。
ザワザワと風が吹き、木々を揺らす。色づいた木の葉がひらひらと風に舞った。穏やかな時間が流れていく。
「ッ!」
突然さくらが体を硬くした。
「? どうし…」
昴が不思議に思ってさくらの顔を覗き込む。
「……ッ」
そこには先ほどまでのトロンとしたさくらではなく、鋭い眼差しを向けた警察官(広瀬りお)がいた。
『しっ! 昴さん、そのまま。昴さんの右後方に居る客…昨日逃げた犯人だわ…』
『何?』
昴は相手に気付かれないように、そっと右後方に視線を移す。
二人から数十メートル離れたテラスで、男二人が談笑している姿が見える。サングラスをかけてキャップをかぶった方は、確かに昨日昴に銃を向けた男だった。
どうやらテラスにあるテーブル席にワインを持ち込み、《仲間》と会っているようだ。
『このまま昴さんの陰に隠れて諸伏警部に連絡するわ』
『分かった』
さくらは昴の肩にもたれて顔を隠すと、スマホを取り出し諸伏に連絡を入れた。
数回のコールの後、すぐに電話がつながる。声を潜め、さくらは諸伏に状況を説明した。
『えっ? 昨日の犯人がワイナリーに⁉』
「ええ。犯人は男と会って何か話しています。ワインを飲んでいるようなのですぐにこの場を離れることは無いと思いますが、出来るだけ急いでください。
あと、ワイナリ―にはお客が大勢います。犯人は銃を持っていますから、出来るだけ目立たないように…」
『わ、分かりました』
すぐに向かいます、という言葉を残し諸伏は電話を切った。
『警部とは連絡ついたか?』
『ええ』
『だが…警部が来るまでに間に合うか…』
『え⁉』
さくらが連絡している間、相手の様子を伺っていた昴は表情を曇らせる。
『も、もう会計に行ったの?』
昴の言葉を聞いて、さくらは慌てて犯人の方を見た。が、二人の男はまだ話をしている。
『まだおしゃべりしてるじゃない』
『今のところな。だが…そのうち…仲間割れするぞ』
『仲間割れ?』
ガタン!
何故そんなことわかるのかと訊ねようとした時、サングラスをかけた昨日の男がガーデンテーブルを思いきり叩いた。
『ほ~ら、始まった』
昴の口元がニヤリと引きあがる。その後、何やら口論をしているようだった。
周りのお客が怪訝そうに男たちを見ている。やがてサングラスの男が立ち上がった。
(ッ! マズイ‼)
昴は瞬時にさくらの体を起こし、男たちの元へダッシュした。
サングラスの男が懐から銃を取り出す。
ドン!
ドン!
2発の銃声が響いた。
「ッ!」
さっきまでサングラスの男と話していた相手は、腹と頭を撃たれてイスに座ったまま絶命した。
さらに男は、周りで見ていた客に向かって銃口を向ける。
「ま、まさか⁉」
ドン!
ドン!
ドン!
男は躊躇なく銃を撃つ。
そのうち1発は走り込んだ昴に向けて放たれた。
昴は弾丸を避けるように空中に身を躍らせ、芝生に手をついて一回転するとディスプレイとして置かれていた大きな樽の後ろに身を隠す。
辺りは騒然となり、パニックを起こした客が悲鳴を上げた。撃たれた客は芝生に倒れこんだ。
昴は懐にある銃に手を伸ばすが、ハッとして手を戻す。間もなく諸伏警部たちが到着するからだ。
銃を構えた男がゆっくりと、昴がいる樽の方へ歩みを進める。
昴のこめかみから汗が一筋流れた。
「こっちよ!!」
その時、さくらが犯人に向かって走ってきた。
「チッ!」
男は瞬時に銃口をさくらの方へ向ける。
ドン!
ドン!
さくらは男の攻撃を避けながら、男を挟んで昴の居る位置からちょうど対角線上になる場所に移動した。
「このアマ! ちょこまかと‼」
男は片手で持っていた拳銃を両手で持ち、さくらに狙いを定めた。そのタイミングでさくらは立ち止まり、相手を睨む。
男の気が完全にさくらの方へ向いた瞬間———
樽の陰から昴が飛び出し、男の首元にジークンドーの蹴りが入る。
ドガッ‼
「ぐあぁっ!」
男は膝から崩れ落ち、白目をむいて倒れた。
「Case closed…ね」
「ああ」
昴とさくらは顔を見合わせて微笑んだ。
***
「またしてもお手柄ですね。お二人とも」
犯人は連行され、遺体となった男も鑑識等による現場検証のあと運び出された。
撃たれた客も幸い軽傷で、死者は仲間の男一人だった。
「目撃した人の話によれば、お二人の連係プレーは見事だったそうですね。打ち合わせをしたわけでは無いのですよね?」
諸伏は興味ありげに二人に訊ねた。
「ええ。昴さんの動きと犯人の動きを見て…。おそらく他の客に意識が向かないように、昴さんはあの場に飛び出したんだと思ったんです。後は私が犯人に近付きさえすれば、昴さんか私、どちらかが仕留められると思って…」
「フッ」
(やはり伝わっていたか)
さくらの説明を聞いて昴は思わず笑みがこぼれる。
昴の動きを見ただけで意図をくみ取り、思い描いた通りにさくらは動いてくれた。
さくらが歩みを止め、相手を睨んだあの瞬間。
男は完全に昴に背を向ける形になっていた。あの状態ならば、例え犯人が昴の方を向いたとしても、今度はさくらに背を向ける形になる。
どっちを向いても男に勝機は無かったのだ。
犯人との対峙は何度経験しても緊張するが、連係プレーが決まった時の爽快感は癖になりそうだと昴は思った。
(やはり言葉など無くても通じ合えるものがあるんだな…)
自分たちだけの《特別》がある事が嬉しくなり、思わずさくらを見た……のだが。
その光景を見て、昴の目がテンになる。「わぁッ! さくらッ! 何やってるんですかッ⁉」
「ん~? 諸伏警部の手、柔らかそうだな~って思ってね~」
モミモミモミモミ……
「あ、あの~ぅ…さくら…さん?」
無心に諸伏の手を揉むさくらと、それをどう対処して良いか分からず困り果てている諸伏警部。
(そうだ…アイツ…酔っぱらってたんだ…)
ワイナリーでしこたま試飲した事を、昴はすっかり忘れていた。