第4.5章 二人の遠出~長野旅行編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「お——い‼ ここだ——‼」
「おい! 声がしたぞ! 崖の下だ‼」
にわかに崖の上が騒がしくなるのが聞こえた。
「沖矢さんですか⁉」
「そうです‼ さくらも一緒です‼」
赤井の答えに諸伏は安堵の表情を見せる。
「おケガはありますか⁉」
「さくらが頭部にケガをしています! 近くにおそらく金塊の入ったアタッシュケースもあります!」
やはりそうだったか……。
崖上で諸伏は口元に手を当てた。ここに来るまでの間、いくつか不自然に木々が折れ、雑草が踏みつけられていたところがあった。
(この登山道で争ったのか? だとしたら、お二人はどうやって下に……)
状況を把握しきれない諸伏は小首を傾げた。
「あなたが居るのはもしかして崖下の窪んだ所ですか?」
いくつかのやり取りを黙って聞いていたベテランガイドが昴に問いかける。
昴は「そうです」と答えた。
「他にケガをされた方はいませんか?」
ガイドがさらに声をかけた。
「おそらく犯人だと思いますが、一名すでに亡くなっています!」
「「‼」」
死者がいると聞いて、そこにいた全員が息を飲む。ガイドが無線を使って消防に連絡を取った。
「登山道の崖下で要救助者二名、死者一名。計三名の収容をお願いします」
ジジ…ッという無線の雑音と共に、地元消防から『了解』と返事が聞こえた。二人のいる場所を詳しく説明し、通信を切ったガイドが再び話しかける。
「これからそちらに消防が救助に向かう。今からだと三十分くらいでそっちに着くはずだ。それまでに何か欲しいものはあるかい?」
「焚火をしていますが先ほどの雨で枯れ木も濡れ、もうじき燃え尽きそうです。暖を取るものが欲しい」
「分かった!」
昴の要望を聞き、ガイドが自分のリュックの中からアルミ製の断熱毛布を取り出した。
近くにあった拳大の石に、麻ひもを使って毛布を括り付ける。
「今から断熱毛布を石に括り付けて崖下に落とす。君は崖の窪みにいったん隠れなさい! 沢に向かって左手側に落とすから。毛布がそっちに着地してから窪みを出るんだよ!」
「分かりました!」
赤井(昴)はりおのいる窪みの中に入る。
ガイドは数秒待つと、手に持った毛布付きの石を崖下に落とした。
ガラガラ……ドスン!
重い物が沢に着地した音が聞こえた。
赤井はゆっくり窪みを出て、左手へと進む。スマホのライトを頼りに周りを探すと麻ひもでくくられた毛布を発見した。
「届きました!」
「「よかった…」」
そこにいた人たちは、笑顔でお互いの顔を見合わせた。
赤井は麻ひもを解き、断熱毛布を広げるとりおの元へと急ぐ。焚火の火はすでに風前の灯火だった。二人で毛布に包まる。
「りお、大丈夫か?」
「うん」
りおは毛布の中で衣服を整えた。
「秀一さんも急いで。ウィッグ…焚火が消えないうちにかぶらないと…」
「そ、そうだな…。後ろ前逆とか笑えないぞ」
「私は笑うけど」
「お前だけな」
軽口を叩きながら二人は身支度を整えた。
三十分後——
地元の消防団が現場に到着した。
重い荷物を運ぶための道具や機械を持って来ている。また、遺体を乗せる担架も準備されていた。
救急隊員もいたので、その場でさくらは応急処置をしてもらい、その間に昴はアタッシュケースの場所と遺体の場所を説明した。
「お二人ともよく頑張りましたね。下山しますよ」
消防団に声をかけられ、下山を開始する。
二人は麓の観光センターまで連れて来られ、念のためにと救急車で市内の病院へと運ばれた。
一時間後の夜八時過ぎ——
中央病院の待合に二人の姿があった。各所への手続きを済ませた諸伏と上原が駆け付ける。
「お二人ともご無事で何よりでした!」
ホッとした表情を浮かべ、諸伏が昴に声をかける。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。奥社に行く途中で、何か引きずった跡があったので…。でもまさか犯人がまだいたなんて…」
迂闊でしたと昴は頭を掻いた。
いつだったか——諸伏はこの二人と、東都のデパートで爆弾騒ぎに巻き込まれたことを思い出す。
「あなた達も、案外事件の遭遇率が高いですね」
小さな名探偵の顔を思い浮かべながら、諸伏は苦笑いした。
「そうだ。逃げた男の顔…この写真の中にありますか?」
諸伏は胸ポケットから四枚の写真を取り出し、昴に見せる。
「この左から二番目の男ですね。あと、崖下で死んでいたのは一番右の男です」
「やはりそうか…」
諸伏は残念そうにつぶやいた。
「では…この二人はやはり警察官だったのですね」
「ええ。長野県警ではありませんが、近隣の県警本部に配属する現役の警察官ですよ」
諸伏は写真をしまいながら重いため息をつく。
「金に…目がくらんだのでしょうね…」
これで指名手配されるので、捕まるのは時間の問題だろう。
「ご協力ありがとうございました」
「いえいえ、かえって迷惑をかけてしまって…」
諸伏に礼を言われ、昴は申し訳なさそうに返事をした。
「さくらさんも…ケガをさせてしまってすまなかったね」
「事件に首を突っ込んだ私たちの責任ですから」
ニッコリ微笑むさくらの顔は、額に大きなガーゼが貼られて痛々しい。
「レンタカーは、同僚の上原がホテルまで運転してくれたので明日も使えます。今日はこれでホテルまでお送りしますので、ゆっくり休んでください」
「ありがとうございます」
諸伏は二人をホテルまで送り届けると、また明日といって帰っていった。
「お腹すきましたね」
ホテルに到着後、昴が部屋に軽食を頼んだ。
諸伏が取ってくれた部屋にはツインのベッドが置かれ、カーテンを開けると夜景が見える。
「これくらいの明かりもキレイね」
「ええ。月明かりがあるせいか、山の稜線が薄っすら見えます。キレイですね…」
景色を眺めながら、二人は頼んだ料理を食べた。
「ふ~~。なんか疲れたね…」
先にシャワーを浴びたりおは、ホテルのナイトウェアを着てベッドに寝転がっていた。
「ああ…。一時はどうなるかと思ったよ」
同じくナイトウェアの下だけ履いて、上半身は裸のまま赤井がシャワー室から出て来た。
「ぷっ。温泉の時も浴衣の丈が足りなかったけど…。そのズボンも…裾が短いね」
仕方ないだろ、これしかないんだから…と髪を拭きながら赤井が文句を言っている。
「なんだ、ガーゼは外したままなのか」
「大げさすぎるもん。縫わなくて済んだし。CTも撮ってもらって異常なかったしね。もうほとんど痛みもないよ」
「そうか…よかった」
赤井が安心したように微笑んだ。首にタオルをかけたまま、りおが横になったベッドに腰かける。
「実は今日、二回もお預けを食らっているんだが……」
「二回?」
「鏡池と崖の下」
「あ……そうでしたね」
とぼけるようにりおは目を泳がせた。
「そろそろメインディッシュを頂いてもいいかな」
「め、メインディッシュって……!」
赤井の言い様にりおは真っ赤になる。そんなことはお構いなしに、赤井はりおの隣に寝そべると顔に手を伸ばした。
「今日は余裕がないので、優しくできないかもしれない」
「え?」
りおが聞き返す前に、その唇は奪われた。