第4.5章 二人の遠出~長野旅行編~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
重いものを引きずった跡を追い、二人は登山道を進む。
「このコースは難所の多い場所として有名です。おそらく最初の難所より手前でケースを捨てるはずです」
「確かに90㎏の金塊を持って、崖上りは無理だよね」
今のところ整備された緩やかな道が続いているが、道幅は先ほどとは比べ物にならないほど狭く、左手は崖になっている。その道には確かに重い物を引きずった跡がくっきりと付いていた。
「ん? ココから跡が無いみたい」
「フム…確かに。…もしかしてこの下に?」
「結構な高さがあるけど…」
形跡が途絶えた場所から、二人は崖下を覗き込む。
その時——。
「「ッ!」」
殺気を感じ、二人は同時に振り向く。
ナイフを持った男二人が、昴とさくらに襲い掛かった。
ピゥッ!
とっさに昴たちは左右に分かれ、攻撃をかわすとナイフの刃が空を切る。
相手も二手に分かれ、執拗に攻撃を仕掛けた。
ピュッ!
ヒュゥッ!
ヒュンッ!
「く…ッ!」
間髪入れない攻撃に、さくらは思わず声が出てしまう。ここまでの疲労が蓄積し、足に力が入らない。避けるだけで精一杯だった。
「くそっ! この女!」
何度切り付けても上手くかわされてしまう。なかなか仕留められない苛立ちから、男が足元の砂利をさくらに向かって蹴りつけた。
小石が勢いよくさくらの顔めがけて飛んでくる。
「ッ!」
とっさに腕でガードした。そのスキを突いて男が襲い掛かる。
「死ねぇッ!」
仕留められると思ったのだろう。渾身の力で男はナイフを振り下ろした。だがその攻撃も、さくらは相手の死角へ向かって転がり込んで避けた。
完全に空振りした男は、崖のふちでバランスを崩す。
「う、うわぁッ!」
「あ、危ない!」
さくらが叫び、振り向きざまに男の腕を掴む。しかしガタイの良い男を、さくらの力で引き戻せるはずもなく…。
二人はそのまま崖下へと転がり落ちて行った。
「さくらっ!!」
崖下へと落ちていくさくらに気を取られ、昴も相手の蹴りを食らう。
「ぐぁっ!」
よろけはしたものの、昴は倒れずそのまま踏ん張る。唇の端が切れ、血が流れた。
「お前たちのせいだ…。お前たちのせいで…許さんぞ」
男は懐から銃を取り出し、撃鉄を起こした。
ガチッ!
「ッ!」
狭い登山道、後ろは崖。逃げ道は無い。
まずいと思ったその瞬間、近くで鐘の音が聞こえた。
カーン!
カーン!
カーン!
遊歩道に設置されたクマ避けの鐘。子どもが面白半分に鳴らしたのだろうか。遠くにあるはずのそれは、思いの外大きな音だった。
鐘の音に驚いて野鳥が飛び立つ。
バサササッ!!
「ッ!!」
鐘の音と羽音で男が一瞬怯む。
「!」
そのスキを突いて、昴は崖下へと飛び降りた。
「な、何? 自ら崖に⁉︎」
男はすぐに崖下を覗き込む。崖下は草木が生い茂り、大きく葉を揺らしているだけでその先は全く見えない。
「ココはかなりの高さがある。三人とも生きてはいまい…」
眉間に皺を寄せたまま男は銃を懐に仕舞うと、足早にその場を立ち去った。
ガサッ! ガサササッ!!
「くぅッ!」
昴は太い草木の枝を選んで足をつき、落下スピードを落とす。
細い枝が容赦なく腕や顔の皮膚を切り裂いた。
取り分け大きな枝に足をつく。落下の衝撃と昴の体重を受けて枝は大きくしなった。
限界までしなったところで、枝は大きな音を立てて折れる。
バキバキバキ!!
再び体が落下を始めるが、残ったその枝に手を伸ばしガシッと掴んだ。幸運にも岩場にしっかり根を張った木は、昴の体を支えるのに十分な強度があった。
「……ふ~ぅ…」
ようやく落下が止まった昴の体は、片手で枝を掴み、ぶらぶらと揺れていた。
そのまま崖に足を掛け、ゆっくり下りる。
一番下までたどり着くとそこは沢が流れており、大きな岩がいくつも転がっていた。
男がまだ近くに居るかもしれないので、声は出さずにさくらを探す。
途中、丈夫そうなアタッシュケースを見つけた。かろうじて持ちあがりはするが、一人で運ぶのはムリだろう。
この中に金塊が入っている可能性が高い。とりあえず場所だけ記憶し、さくらを探す。
沢伝いに少し行くと、岩の合間に見覚えのある人影を見つけた。
昴は慌てて駆けよった。
「さくらッ! しっかりしろ! おい!」
さくらの体を抱き起す。頭から血を流しており、顔面は蒼白で全く動かない。昴はさくらの頬を叩き、体を揺すった。
「りお…ッ…頼む…目を開けてくれ……りおッ!」
動揺で体が震える。最悪の事態が頭をよぎった。自身の呼吸すら忘れそうになりながら、昴は何度も彼女の本当の名を呼ぶ。
「…ぅ…ん…」
「!! りお…?」
わずかに声が聞こえ、昴はりおの顔を覗き込む。青白かった顔にうっすらと赤みがさすと、ゆっくりと目を開けた。
「すば…さ……」
「りお! 大丈夫か!?」
「う…ん…。大丈…夫。まだ…死んでない…お化けには…なってない…よ」
「は……?」
崖から落ちて気を失って。心臓が止まるかと思うほど心配して、崖を飛び降りてまで駆けつけた彼氏への第一声。
『死んでないよ、お化けじゃない』
何と間の抜けた返事だろう……。昴の体から力が抜けた。
「あそこの高さから滑り落ちて…砂地だったから…最後受け身取れば…大丈夫って思ったんだけど…。思いの外衝撃が強くて…そのまま岩に頭ぶつけて…意識飛んだ…。ごめん…驚かせ…て…」
りおの真上には折れた木が見える。それより下には植物は無く、一部だけ砂の滑り台のようになったあと、1mほどの段差になっていた。
頭のケガを見るが、出血は多いものの傷自体はそんなに深くないようだ。
「ちょっと待ってろ」
りおの体を横たえ、ポケットからハンカチを出すと沢の水で濡らした。
「少し沁みるかもしれん」
そう言ってケガをしたところの汚れと血液をふき取る。
「ッ!! イタタタ…」
「他に痛みがあるところは?」
「受け身を取った時に背中が…。でもさっきより痛くない。呼吸も正常。アザくらいはあるかも」
「わかった。見せてみろ」
昴は服のボタンをいくつか外してくつろがせ、りおの体を横向きにして背中を見た。
「いや、今のところアザになってない。上手く受け身が取れたんだろう」
背骨や肋骨のあたりにも触れ、折れていないか確認する。
「ん。骨は大丈夫そうだ。良かった…」
一通り体を確認し、昴は安堵の表情を見せた。