第4章 ~両親との記憶~
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「両親の死後の話を伺っても?」
昴の判断で両親の死については触れず、その後の事を訊ねた。
心配そうにりおを見ていた冴島が、「ああ」といって再び語り出した。
「一真の死を聞いて、すぐにお前が運び込まれた病院へと駆けつけた。
公安の上司と《ゼロ》の判断で、二人は事故死したと一真の両親に告げた。元警察官だった一真の父親は、何か感じ取っていたようだった。
だが警察組織の上の判断。彼は何も言わなかったよ。
病院に運ばれたお前は、丸一日眠ったままだった。目を覚ました後に診察をしたら、事件の事も両親の事も覚えていなかった。
そして何もしゃべらなくなってしまったんだ。
二人の葬式の時も……お前は涙一つ流さず、ボンヤリと二人の棺を見送っていた。まるで他人事のような顔で……。
一真の両親は、それはそれは心配していたよ」
冴島はりおの顔を見つめ、悲しい顔をした。
「俺はお前が赤ん坊の時から、時々広瀬の実家に顔を出していたんだが、両親の死後は毎月顔を見に行ってたんだ。
声を出さない、そして両親のことをまったく覚えていないお前を見ていて…本当に辛かった。やっとしゃべりだしたのが、事件後1年近く経ってから。だが声が出るようになって、とたんに俺は怖くなったんだ。
『両親が死んだのはあなたのせいだ』と言われるんじゃないかってね。
それ以降ずっとお前には会わず、遠くで見守っていた。
学校へ行っている間に仏壇に線香を上げさせてもらって、登下校の様子を遠くから眺めた。
お前が警察学校に入学するまで、月1~2回そんなことを続けていたんだ」
「ずっと…見守って下さっていたのですか?」
教官と生徒として出会う前から冴島が自分を見守ってくれていたことに、りおは驚いていた。
「ああ。お前が卒業して警察官になった後も、それはずっと続けていた。おばあさんが亡くなってからは…仏壇ではなく墓参りになったがな。
だが、お前が公安部に配属になって約1年後——
突然消息が途絶えた。潜入捜査に携わったと直感的に思った。ずっと……心配していた。
先日諸伏警部とココに来ただろう。
あの時は心臓が止まりそうなほど驚いた。そして…生きているお前を見て…嬉しくて泣きそうだったんだ」
冴島の目には薄っすらと涙が溜まっていた。りおも目を閉じる。涙が幾筋も頬をつたって落ちた。
「教官…教えて下さってありがとうございました。少しでも両親の事が知れてよかった」
顔を上げ、りおは冴島の顔を見つめる。冴島は優しく微笑んでいた。
「広瀬……俺が知っている事は全部教えてやる。お前の心が許す範囲でゆっくりな。
また聞きたくなったらおいで。いつでも歓迎するよ」
「ありがとうございます」
昴とりおは立ち上がり、校長室のドアへと歩みを進める。そんな二人を見送るため、冴島も後ろについて行った。
ドアの手前で立ち止まり、りおは再び冴島に向き直る。
「それでは…教官。また…」
そう言いかけた時、冴島が突然りおを抱きしめた。
「きょ、きょうか……」
何が起こったのか分からず、呆然としていると——
「りお……ごめんな」
りおを抱きしめたまま、涙声で冴島がささやいた。
『りお』
冴島の声で聴いた自分の名。りおの頭の中で何かがはじけた。
『りお! ひと月ぶりだな。元気だったか?』
『お! 抱っこか。よし、いいぞ。よっと!』
『これ、りお! もう3年生なのに……。冴島さん、すみませんねぇ。りおはあなたが好きみたいで』
『いえいえ、これくらい。私も鍛えていますから。
ああ、それから…これ、署からの今月分です』
『毎月届けて下さって…お手数では無いですか?』
『一真に線香も上げたいので…気にしないでください』
『りお。お土産にアイス買ってきたぞ。一緒に食べないか?』
『あはは。声が出なくても、りおはすぐ顔に出るなぁ。
ラズベリー味は食べたことあるか? 俺も初めて買ってみたんだが……ん? りおも食べた事ないのか。じゃあ一緒に食べてみるか?』
『…!』
『…』
「ッ!」
首元にかかった冴島の涙で、ハッと我に返る。
「冴島のおじちゃん…」
「?!」
突然りおの口から飛び出した言葉を聞いて、冴島は体を離し、りおの顔を見た。
「おま…え…」
「……私に…ラズベリーの美味しさを教えてくれたのは…あなただったのですね…」
りおは冴島の顔を見つめる。涙がとめどなく溢れた。
「ああ。そうだよ。最初はアイス。すごく喜んでいたから、次はムースを買っていったんだ。その次に買っていたラズベリーティーは、子どものお前には早かったみたいで、すごく微妙な顔をしていたよ」
冴島の目からも涙が溢れる。まるで親子の様に、二人は遠い昔を思い出していた。
「今でも…私のお気に入りなんです。ラズベリー」
「そうか。俺の顔は忘れても、ラズベリーは覚えていたんだな。食いしん坊のお前らしい」
冴島は泣きながら笑う。
「もう、泣きたいんだか笑いたいんだか分からんな」
「私もです」
二人はしばらく涙を流しながら笑っていた。