第4章 ~両親との記憶~
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時計の針はそろそろ11時を指す頃だった。
朝よりは幾分雲が出ているが、天気は良く暖かい。りおの部屋にも優しい日の光が差し込んでいた。
ベッドサイドでりおの様子を見ていた赤井が、何かに気付いた。
「……ッ」
りおの長いまつげがわずかに動く。
「りお?」
赤井は小さな声で名を呼んだ。静かな部屋の中で、赤井は固唾を飲んでりおの顔を見つめている。
やがて一度開いたまぶたがゆっくりと数回瞬いた。そしてりおの視線は声のした方へと動く。
ようやく二人の視線が重なった。
大きな発作だったので、昴の姿ではなく赤井の姿でりおが目を覚ますのを待っていた。
だがりおは、ぼんやりと赤井の顔を眺めたまま——。
また声が? 記憶が?
赤井の不安はピークに達していた。沈痛な面持ちで、ただ黙ってりおを見つめる。
長い長い沈黙だった。
「秀一さん」
少し掠れてはいたものの、自分の名を呼んでくれたことにも、そして声が出たことにも安堵した。
「なんだ?」
優しく微笑みかける。思わずその顔に触れた。
「落ち葉がいっぱいの公園で、私が見たのは爆弾を仕掛けている若き日のカーディナルだった。
彼の仕事を目撃した女の子……。あれは私だった。
私のせいで…両親は…」
全てを言い終わる前に、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
ジェームズが20年もの間隠し続けた真実を……
りおは知ってしまった。
ジェームズだけではない。当時父親の所属していた公安警察も、その事実を隠した。りおの祖父母にも『事故』だと嘘を付いて。
もっとも…元交番勤務の警察官だったりおの祖父は、その嘘に気付いてしまったようだが。
赤井はりおの頬を撫で、涙を拭う。
「泣くな…」
そうつぶやいて、りおにそっと口づけた。
「りお……。確かにカーディナルがお前に気付いたことで、お前と両親は狙われた。だがそれはキッカケに過ぎないんだ」
赤井はアンバーの瞳を見つめ、ゆっくりと話しかけた。
「私があそこに居なければ…」
「そうじゃない」
りおの言葉を遮るように首を横に振った。
「お前の両親は、32年前の旅客船爆破事件を追っていた。そしてそれが組織と関係がある事を掴んだんだ」
「そ、組織と?!」
衝撃的な事実にりおは目を見開いた。
まさか今自分が追っている組織を、両親も追っていたとは……。自分と組織の因縁めいたものに、思わず身震いする。
「お前の父親はコードネームを貰える直前まで来ていたんだ。父親は《池本蓮/いけもと れん》、母親は《セレナ》の名で潜入していたんだよ。
ある日同じ部署の同僚と接触し、情報を渡していたところを偶然組織の者に目撃された。
もちろんその時はまだ警察だとバレたわけではなかったが…。
【疑わしきは罰する】
組織は夫妻を消す準備を進めていた」
赤井はそこまで話すと一度口を閉じた。視線を落とし呼吸を整える。
りおが知りたい事実を包み隠さず伝えねばならない。だが必要以上にショックを与えたくはない。
何から伝えるべきか……。ゆっくり言葉を選んだ。
「組織は疑わしい行動をする夫妻を消すつもりでいた。その矢先、娘がカーディナルを目撃し、直後に暗殺が阻止された。
そこで正体がバレてしまったんだ。お前の父親が公安警察で母親がその協力者だとな」
「や、やっぱり…父は公安だったの…」
りおは体を起こし小さくつぶやいた。布団を掴む手は固く握られている。
赤井が優しく包み込む様に握ったその手は、緊張でわずかに震えそして冷たかった。
「正体がバレることを承知で、父親は仲間に手を回し暗殺を事前に阻止した。そして家族と共に東京を離れ、身を隠そうとした。
娘には『水族館に行こう』と伝えていたんだ。久しぶりに家族が揃った日。その日に…殺されたんだ」
赤井は握ったりおの手をさすり、なおも優しく語りかける。
「お前の両親は組織に狙われていた。正体がバレるのも時間の問題だった。
お前がカーディナルを目撃した事で、一人の命が……いや、その時巻き込まれたかもしれないたくさんの人の命を救ったんだ。
だがその結果…夫妻の命が失われた…」
赤井は目を閉じ、最後の言葉を辛そうにつぶやいた。
「どうしてそれを…あなたが知っているの?」
りおは辛そうな表情のまま、赤井の顔をジッと見つめる。
「ジェームズが教えてくれたんだ。お前がイギリス英語を話す紳士を思い出した時、ジェームズを問いただしたんだよ」
「な、なぜジェームズさんが…?!」
りおは驚き、強い口調で訊ねた。少し呼吸が速くなる。
赤井はそっと背中をさすり、「ちゃんと全部話すから…」と声をかけた。
りおは大きく息を吐き出し、心を落ち着ける。
「お前の母親が…元FBIだからさ。母親の元同僚だという事で、ジェームズも公安警察から詳細を聞かされたんだ。
一部事実を伏せられた状態でね。
父親はお前が睨んだ通り公安警察だった。父親が密かに情報をやり取りしていた——公安の同僚を特定するのは骨が折れたよ。
ようやく分かっても、なかなか話してくれなくてね」
赤井はりおの瞳をジッと見つめ、わずかに微笑んだ。
「母は…FBIだったの…?!」
「ああ」
赤井はうなずくと話を続けた。
「お前の父親と情報をやり取りしていた同僚だが……俺が彼を訪ねた時は、頑なに証言を拒否したよ…。
公安として知り得た情報は洩らせないと言ってな。だがお前の状況を説明したら、ようやく話してくれたんだ。
お前の父親の死後、彼は責任を感じて現場を離れた。
その後はお前の母校でもある、警察学校の教官になっていたんだ。その教官は…今、そこの校長をしている」
「父の同僚が…冴島教官?!」
次々と明らかになる事実に、りおは言葉を失う。
「良いか、りお。お前がカーディナルを目撃した時、両親はすぐに逃げる選択も出来たはずだ。だがそれをしなかった。危険を承知で、その暗殺阻止に奔走した。
最後の最後まで、お前の両親は人を守る警察官だったんだ。お前のせいじゃないよ」
赤井はりおをそっと抱きしめる。りおは赤井の言葉に声を上げて泣いた。