第4章 ~両親との記憶~
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トントン
部屋のドアをノックするとすぐに返事が聞こえた。
「失礼します」
昴はそう声を掛けて中に入る。
「そろそろ来る頃だと思ったよ」
ジェームズは昴の顔を見るとニッコリ微笑んだ。
「捜査資料は参考になったようかな?」
「ええ。ですが……彼女の知りたいことは、結局分からないようです」
「そうか」
昴の返答に満足げにジェームズは返事をする。その表情を見て昴は確信した。
「ジェームズ。あなた…りおを知っていたのですね。
おそらく、私が彼女と知り合う前から。いや…もっと言えば、彼女の母親を…知っているのでしょう」
昴の問いかけにジェームズは黙ったままだ。
「彼女は先日、ある紳士に出会ったことを思い出しました。
彼女が幼かったある日、空港でメガネをかけて口髭を生やし、イギリス英語を話す紳士と会ったと。
その紳士は彼女の母親の名をこう呼んだ。『ルナ』」
『ルナ』の名を聞き、ジェームズの表情がわずかに変わる。
「もしその紳士があなたとするならば、その『ルナ』という女性はFBIに関係している可能性がある。
申し訳ありませんが調べさせていただきました。
そして私はある事実にたどり着いた。
30年前FBIを退職した女性。その女性の名が『ルナ・グリーン』。彼女が…りおの母親なのではないですか?」
「さすがだよ、赤井くん。良く調べたね。そこまで分かっているなら、何故りおくんに知らせない?」
ジェームズは僅かに微笑むと昴に問いかけた。
「分からないのです。なぜその事をあなたが隠すのか。
この事実を知って、りおにどんな影響があるのか……。
あなたは先日、私にこう言った。
『真実は人を助けることもあれば、傷つけることもある』と。
この事がりおをどう傷つけるのか…。それが分からないうちは、彼女に明かすわけにはいかない」
昴の顔は真剣そのもの。その手は硬く握られている。りおを大切に思う気持ちがそこからも伝わってきた。
かつて自分もそうだった——。ジェームズは懐かしく思った。
「分かった。君にはすべて話そう。まあ座りなさい」
ジェームズは昴の肩を叩くと、ソファーへ座るよう促した。
「君が言う通り、りおくんの母親の名はルナ・グリーン。かつてFBI捜査官だった。
そして余談だが……若かりし日、私が想いを寄せた人物でもある」
「えっ」
意外な言葉に昴は思わず声を上げた。
「ははは。私にも若い時があったんだよ」
ジェームズは照れ笑いをした。
「彼女は32年前に起きた、旅客船爆破事件を追っていた。その船に彼女の両親が乗っていたんだ。
結婚25周年。その記念にと彼女が両親にプレゼントした旅行だった。その旅行で……彼女の両親は死んだ」
「ッ!」
悲しい事実に昴も下を向く。親孝行のつもりでプレゼントした旅行が、図らずとも両親を死につながった——。
その時の『ルナ』の心情を思えば、やりきれない気持ちになった。
「旅客船の持ち主が日本の企業で、しかも実態が良く分からない会社であったため、FBIは捜査チームを日本に送ることを決めた。
ルナは真っ先に手を上げ、日本に行くことを望んだ。その希望は叶えられ、彼女は事件後すぐに日本へと飛んだ。そこで同じ事件を追っている人物と知り合ったんだ」
そこまで話すと、ジェームズは目を閉じた。
昴は黙ってジェームズの顔を見つめる。
「その人物は日本の公安警察官だった。旅客船の事件で親友を失っていた。その親友は新婚旅行で船のパーティーに参加し、犠牲になった。共に大切な人を同じ事件で失い、心に傷を負っていた。二人が惹かれ合うのに、さほど時間はかからなかったよ」
昴の視線に気づき、ジェームズは顔を上げる。フッと口元を緩め、まっすぐ昴の顔を見た。
「その人物の名は『広瀬一真(カズマ)』」
「広瀬?!」
「ああ。りおくんの父親だよ」
そう告げたジェームズの顔は少し悲しげだった。
「来日して2年の月日が経っても、真相はなかなか分からなかった。
そんな時、ルナの妊娠が発覚した。彼女はFBIを辞め、その後りおくんを産んだ。
出産後はスキルを活かして公安の協力者になったんだ。カズマは仕事柄家を空けることが多い。ルナも協力者として行動を共にすることを望んだ。
危険に巻き込まれないようにと、りおくんは彼の両親に預けられていたようだよ」
どうやらりおは、幼い時から両親と一緒に過ごす時間が少なかったようだ。
両親の記憶が曖昧なのには、単に精神的なショックばかりではなく、こんな生い立ちも関係しているのかもしれない。
「長い年月をかけて知り得た情報は、外部への流出を恐れ、二人で管理していたようだ。我々FBIにも、そして公安へも十分な報告はされていない。
おそらく確信はあったが、それを裏付け出来るほどの証拠が集まらなかった…というのもあったのだろう。そんな状況では報告するわけにはいかないからね」
そういってジェームズは、組んだ両手をジッと見つめた。悲し気に揺れるジェームズの瞳。
それが何を意味するか——。昴は予想がついた。