第4章 ~両親との記憶~
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数日後——。
昴はジェームズが滞在しているホテルに顔を出す。
「珍しいね。君の方から訪ねてくるなんて」
「ええ。この姿であなたと会うのは多少リスクがありますからね」
「そのリスクを承知で……ここに来たのには訳があるのだろう?」
ジェームズの顔がわずかに厳しくなる。だがすぐに、いつもの柔らかい笑顔になった。
「飲み物はコーヒーで良いかね? すぐに注文しよう」
ジェームズは部屋の電話を手に取った。
「で。お願い事は何だね?」
部屋に届けられたコーヒーを一口美味しそうにすすると、ジェームズは昴にそう声をかけた。
「さすが……私が何しに来たのかお見通し、ですね。
実は32年前に、アメリカで起きた大型の旅客船爆破事件。その事件の捜査資料をお借りしたい」
昴の言葉を聞いて、カップを持つジェームズの手がピクリと揺れた。
「乗員乗客百数十名の死者を出した事件だ。当時は大騒ぎになったでしょうし、船の持ち主は日本企業。当然FBIが関わっていたはずです」
ジェームズは何も答えず、再びカップに口を付けた。ソーサーにカップを置くと、小さくため息をつく。
しばらく沈黙が流れた。
「そんな昔の捜査資料……見てどうする気だね?」
「見るのは私ではありません。りおです」
「部外者に捜査資料を見せるというのか? それを私が許可するとでも?」
「無理をお願いしているのは承知の上です。ですが…彼女の記憶を辿るには、それがどうしても必要なんです」
昴の言葉を聞き、ジェームズが目を見開いた。明らかに動揺しているように見えた。
「彼女の記憶……?」
ジェームズはそうつぶやき、昴の顔を見る。
「ええ。ウエストホールディングの事件後、精神的にショックを受けたりおは記憶の混乱を起こしました。
一時は私の事も忘れてしまっていた。今はほとんど思い出し、生活には支障はありません。
ですがそれをきっかけに、曖昧になっていた子どもの頃の記憶が戻りつつあります。中途半端に思い出す記憶に振り回され、彼女は今苦しんでいます。それを何とかするには…思い出した記憶の糸を辿る事だけ…」
昴は今までの経緯を話し、何とかジェームズに理解してもらおうと真剣だった。
昴の話を黙って聞いていたジェームズが口を開く。
「その事件を知ってどうするつもりかね? 真実を知ることが、必ずしも良い方向へ進むとは限らないのだよ」
「ッ!」
ジェームズの言葉に昴は違和感を覚えた。
過去に何か良くない事があったと、まるで知っているような口振りだ。昴はジェームズに鋭い目を向ける。
「…32年前と言えば…あなたはFBIに入局して間もない頃ではないですか? もしかして何か知って——」
「赤井くん!!」
「!」
ジェームズの制止の言葉に昴は驚く。二人の間に気まずい空気が漂う。
やがてジェームズが口を開いた。
「…大きな声を出してすまない…。分かった。良いだろう。ほかでもない君の頼みだ。その事件の捜査資料を取り寄せておくとしよう。だが……真実はいつも1つしかない。
それは時に人の心を助ける事もある。そしてまた時に人の心を傷付ける事もある。
真実を暴くと言う事は……そういう事だ」
ジェームズの優しい瞳が、昴をじっと見つめていた。
***
昴がジェームスと話をしている間——。
さくらはジェームズのホテルからほど近い公園で、コナンと一緒に昴を待っていた。
「ごめんね、コナンくん。こんなことに付き合わせちゃって」
「ううん。大丈夫だよ。どうせ家に居ても蘭姉ちゃんの手伝いさせられてたし…。逃げてくる口実があってラッキーだよ」
コナンはニッと笑ってさくらの顔を見た。
「それより、昴さんがすっごく心配してたよ。さくらさんを一人にしておけないって。最近昔の記憶を思い出す事が多くなったからって」
「うん…まあね。それでずいぶん昴さんに心配かけちゃってるの。なんか申し訳なくて…。
でもね、私もいけないんだけど、彼もすごく心配症なのよね……」
「あ~、分かる。昴さん、さくらさんの事になるとすっごい心配症だよね」
「でしょ~!」
同じことを感じていたと知って、思わず二人は顔を見合わせて笑った。
昴の話になると、とたんに表情が明るくなるさくらを見て、コナンは目を細める。
誰かを好きになるって、こんなに人を元気にさせるんだな、と微笑ましく思った。
昴が訪ねているホテルを見上げて『赤井さん愛されてるな、おい!』と心の中でツッコんだ。
コナンとおしゃべりをしながら、さくらは公園内に居る人たちをぼんやり眺めていた。
犬の散歩をしている人。
ベビーカーを押す若いお母さん。
遊具で仲良く遊ぶ小学生。
週末の昼下がり。たくさんの人たちが公園内でのんびりと過ごしていた。
平和な時間。自然とさくらの顔がほころぶ。
やがて3歳くらいの女の子が目の前を走っていった。
カワイイな…と思った矢先、女の子の足元には誰かが忘れていったおもちゃの車が。
2人はハッとして女の子を見た。
「あ、あぶない!」
予想通り、そのおもちゃに足を取られ、女の子の体がグラリと傾いた。その先の階段に向かって頭から転びそうになる。
ズザザッ!!
さくらはとっさにダッシュし、階段を2段分飛び降りたところで体を低くして女の子の下に滑り込み、間一髪抱き留めた。
女の子は驚いて泣きそうだ。
「大丈夫?」
さくらが声をかけた。
「ふ~~。危なかったね~」
ベンチから慌ててさくらの元へと走ってきたコナンも、ホッとしたように声をかけた。
『危なかったね』
コナンのセリフにさくらの肩がピクッと動く。
そこへ女の子の母親が慌てて駆けてきた。
「モモちゃん!! あ、ありがとうございます!!
ちょっと目を離したスキに居なくなっていて…。本当に助かりました…。なんとお礼を言って良いか…」
「い、いえ…ケガが…無くて…良かった…」
さくらに抱っこされた女の子は、母親の元へ。親子は何度も礼を言って去っていった。
「良かったね」
親子を見送って、コナンはさくらを見上げる。
「ッ! さくらさん? どうしたの?」
さくらの顔は血の気を失くし、アンバーの瞳が揺れていた。
「い、今の…私…知ってる…」
親子の後姿を見つめるさくらの体が、わずかに震えていた。
*****
大きな窓越しに飛行機が何機も見えた。
吹き抜けの大きなターミナル。見回すといくつもの階段やエスカレーターが見える。
日差しは温かいが、周りはみな厚手のコートを羽織っていた。幼いりおも、どうやら厚手のコートを着せられ、まるで雪だるまのようにコロコロとしている。
母親らしき女性の足元に居たが、飛行機の離陸が見えて思わず良く見える窓際へと走った。真っ青な空に大きな機体が舞い上がる。心が躍った。
だが厚着をしているせいで、思うように体が動かない。はやる心とそれに追いつかない体。足がもつれて前のめりになる。目の前には階段。りおは思わず目をつぶった。
ドンッ!
転んだわりに痛くない。そっと目を開けると誰かに抱き留められていた。
りおはゆっくりと顔を上げる。
窓から降り注ぐ太陽の光が逆光となり、抱き留めてくれた人の顔が見えない。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
抱き留めてくれた人は男の人のようだった。
肌触りの良いコートを羽織り、スーツを着ている。
顔は相変わらず逆光で分からないが、どうやら口髭があることと、メガネをしているらしいことは分かった。
「危なかったね。そうだ。きみにスウィートをあげよう」
助けてくれた紳士はそう声を掛けてきた。
「まあ! ……! りおを助けて…ありが……」
駆け寄りながら紳士に話しかける母の声が、断片的に聞こえる。
「ルナ! 君の子かい?…こんなに……。……は、元気かい?」
紳士が母の名を呼んだ。
(ル…ナ…?)
聞き覚えのある名前……いったい誰の……?
ふわふわとした意識の中で、誰の名前だったかな……と曖昧な記憶をたどる。
(そうだ、この名前……)
「さくらさんッ!!」
コナンの声でハッと我に返った。
「大丈夫? 震えているし…倒れちゃうんじゃないかと思って…」
コナンはさくらの冷たい手を握る。温めるように両手で握り込んだ。
「ご、ごめんね…」
さくらは「はぁ…」と一つ大きく息を吐いた。
「何か思い出したの?」
「うん。メガネをかけて…口髭の紳士が…スウィートを…あげる…って……」
そこまで言うとクラリとめまいがした。
「顔……真っ青だよ。ベンチに横になる?」
「う、うん。ごめん……」
コナンに支えられるようにベンチまで移動すると、倒れ込む様に横になった。
さくらはうわごとのように何かをつぶやいた。
「な…まえ…」
「え? なあに? さくらさん」
「母の…な…まえ…ルナ…」
「さくらさんのお母さんの名前?」
「う…ん…」
コナンの問いかけに返事をすると、さくらはそのまま目を閉じる。
「さくらさん? さくらさん!!」
一粒涙がこぼれ、さくらの反応は鈍くなった。
コナンは自分が着ていた上着を脱ぎ、さくらの肩にかける。涙の跡を見て、コナンはその肩をさすった。
「二人ともどうしました?」
それからしばらくして、公園に姿を現した昴が異変を感じ、二人に駆け寄った。
***
昴の車は米花町へと向かっていた。
後部座席で、さくらは昴のジャケットを肩に掛けられて眠っている。助手席に座るコナンが口を開いた。
「女の子を助けてから……様子が変だったんだ」
視線を落とし、先ほど昴に買ってもらったペットボトルを握り閉めていた。
「ぼんやりして…真っ青になって震えてて…。やっと会話が出来ると思ったら、『メガネをかけて口髭の有る紳士に、スウィートをあげるって言われた』って」
「メガネをかけた口髭の紳士が?」
「うん」
「スウィート……お菓子や飴玉のことか?」
「あぁ、そっか。キャンディーはアメリカ英語…。スウィートはイギリス英語だよね。……ッは!」
口に出してから、コナンは目を見開いて昴の顔を見る。
「ああ。ボウヤも気付いたか……。イギリス英語を話すメガネをかけた髭の紳士…」
「ジェームズさんにそっくり……だよね」
「やはり彼は何か知っているな……」
ハンドルを握る昴の手に力が入った。