第4章 ~両親との記憶~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
《キョファン貿易》は都心からは離れているものの、サミット会場爆破事件や火星探査機『はくちょう』でも話題になった『エッジ・オブ・オーシャン』に程近い、臨海地域のオフィス街にある。
表向きとはいえ、貿易会社というだけあって港からも近く、海外から取り寄せた物をすぐに運び込むことが出来るようだ。
もっとも…港を出入りしているのは貿易の品などではなく、『偽札』なのだが。
翌日午前中——
さくらは短めのボブカットのウィッグをかぶり、黒目のカラコン。そしてワンピースを着ていた。
ぱっと見た感じでは、歩美が大人になったようだ。隣で歩く昴がチラリと視線を向ける。思わず笑ってしまった。
「な、なによ……昴さん。何がおかしいの」
「いや、大きな歩美ちゃんみたいで…。どう接して良いか迷いますね」
大人扱いして良いのか、子ども扱いして良いのか——。正直対応に苦慮する。
「《歩美ちゃん》じゃなくて、今日は東都大で知り合った女性です」
さくらは口を尖らせた。
「さくら。お忘れかもしれませんが《沖矢昴》には《星川さくら》という恋人がいるんですよ。それなのに、大学で知り合った女性と何故こんな所を歩いているんでしょうか?」
またあのJK達に目撃されると面倒な事になりそうだ。
昴はため息交じりにさくらに質問した。
「あ~、確かにそうね…。ん~……じゃあ、お世話になってる教授に、娘さんの送迎を頼まれたって設定でどう?
名前は…そうね…『マスミ』とでもしておきましょうか」
「妹と同じ名前?」
「忘れなくていいでしょ」
「忘れませんよ」
「私が忘れそうなの! ただでさえ使用中の名前多いんだから…」
なるほど。安室と同じトリプルフェイス。使い分ける名前も多い。
それにしたって妹の名前に『さん』付けは少々気恥ずかしい気もするが。
(仕方がない。ここは我慢するか……)
スタスタと歩くさくらの後ろを、やれやれと両手を上げた昴がついて行った。
「昴さん、あそこよ」
さくらが歩みを止め、一度昴の顔を見て視線を移す。
視線の先には大きなビルが建っていた。
ビルの入り口には《キョファンビル》と書かれている。
「かなり大きなビルですね。ココを爆破されれば、周囲の建物にも影響が……」
「ええ。どの階に爆弾を仕掛けるか、それによっても被害状況は変わるけど……。
1階や2階に仕掛けられれば通行人や車にも被害が出るし、場合によってはビルが倒壊する可能性も……」
オフィス街の一角であるが故、ひとたび爆破事件が起きれば、その衝撃で他のビルも影響を受けるだろう。
爆破されたビルのみならず、周辺のビルも倒壊する事だって有り得る。
「爆破そのものを止められれば良いのに…」
さくらはビルを見上げ、苦しげにつぶやいた。その顔は青ざめている。体調はほぼ戻ったとはいえ、心への負荷はいつ発作に繋がるか分からない。
「……マスミ…さん。顔色が優れませんね。向かいのカフェでちょっと休みましょうか」
《さくら》という言葉を飲み込み、《マスミ》と呼んで肩に手を掛けた。そのままキョファンビルの斜め向かいにあったカフェへと二人で入った。
飲み物を2つ購入し、2階の大きなはめ込みガラスの前に席を取った。
そこは通りを挟んで、キョファンビルの出入り口を見下ろせる。さくらはイスに座り、体を右に傾けるとガラスにもたれかかった。一度大きく息を吐く。幾分落ち着きを取り戻したようだった。
「カフェオレをどうぞ。気分はどうですか?」
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
さくらはカップを受け取ると、昴の顔を見て微笑んだ。
昴もさくらの向かいに座り、ガラス越しに通りを見下ろす。
コーヒーを一口飲み、ビル周辺にくまなく視線を向けた。
平日のオフィス街。行き交う人は多いが、怪しい人物はいない。
さくらも同じようにカフェオレを一口飲むと、昴とは反対方向へ視線を向けた。
「ッ! 昴さん……ジンとウォッカが…私の位置から2時の方向のビルにいる…。非常階段の5階踊り場」
「ジンとウォッカが?」
「ええ。ウォッカが双眼鏡でキョファンビルの方向を見ているわ。ジンは…スマホで何か話してるみたい」
さくらは目を細め、遠くに見える黒い服の二人組をジッと見つめた。
「ウォッカはどこを見ている?」
「建物の屋上…いえ……中…かしら…」
「なに?! もう建物内に誰か潜入しているって事か?」
昴の表情が強張る。
「……ジンとウォッカが引き上げていくわ。非常階段を下りている。3階から下の部分は死角になってるから分からないけど…ここの通りと交わるT字路には……今のところ姿を見せていない」
「そうか」
昴は小さく返事をした。
やがてキョファンビルから男が一人出てきた。
「あいつだ…。組織の爆破担当……《カーディナル》だ」
男はスーツを着ていた。
ビルを出た男は2、3度周りを見回すと通りに出て右手に歩き出す。3階建ての建物一つ分進んでT字路に出ると、さらに右手へと歩いて行った。
その先でジン達と合流しているに違いない。爆破のための偵察か? それとも……。
「組織の狙いは、やっぱりあの会社でビンゴ……」
さくらがそう言いかけた時…
ドゥオオオオオオオン!!!
「「ッ!!」」
激しい爆発音が響いた。
「さくらッ!!」
昴が素早く立ち上がり、さくらの元へと駆け寄る。肩に手を掛け、ガラスから出来るだけ離れるようにカフェの中央部へと二人でダイブした。
爆破の衝撃が爆音からほんの僅か遅れて、カフェのガラスに伝わる。
ビリビリと揺れたと思った次の瞬間
ガシャーーーンッ!!
大きな音を立ててはめ込みガラスが割れた。
「キャーッ!!!」
次々と悲鳴が上がる。
爆風で店の中の物が砕かれ、破片は四方八方へ飛び散る。
大きなガラス片が音を立ててテーブルや壁に突き刺さった。
やがて爆発の衝撃がおさまると昴は体を起こした。
直前に、昴が盾になるように倒したテーブルのおかげで、大したケガはしていない。
「さくら! 大丈夫ですか?」
「え、ええ…」
昴の体の下にいたさくらも、ゆっくりと体を起こした。
二人で無事を確かめあう。
「ひ、被害状況は…」
さくらがそう呟いて、割れたガラスの外へ視線を移した。
あたりはガラス片が飛び散り、キョファンビルからは黒い煙が立ち上っていた。
道路には爆風でひっくり返った車が何台も見える。数台の車から鳴りっぱなしのクラクションが聞こえた。
カフェの中も、爆風で飛ばされたガラスや物でケガをした人が多数いた。
「き、救助に向かわないと…」
さくらが立ちあがった。
「ま、待って! 今行くのはダメです!」
昴がさくらの手を掴む。さくらは思わず鋭い視線を向けた。
「死人が居るかもしれないから?! そんなこと言っていたら助かる人も助からな…」
ゴゴゴゴゴ………
昴の制止を振り切ろうとした時、不気味な音が聞こえてきた。
「な…?」
やがて地震のような揺れを感じると、キョファンビルは1階が大きな音を立てて潰れ、土煙を上げて倒壊を始めた。
周辺から悲鳴や叫び声が聞こえる。
「す、すば…昴さん…ビルが…人が…ッ!」
「さくらッ! 見るなッ!」
昴はさくらを自身の胸元へ引き寄せ抱きしめる。
逃げ惑う人の叫びや建物が崩れる音を、さくらは昴の腕の中で聞いていた。
建物の倒壊が落ち着き、二人はカフェを出る。
「くっ! 足元が悪い……さくら、少し大回りするぞ」
「うん」
瓦礫だらけになった大通りを何とか渡り切り、倒壊したビルの元へと急いだ。
「ッ! ダメだ…ビルは……完全に崩れていて中には入れない! レスキュー隊の到着を待つしかない。
まず外のケガをした人を安全な所へ誘導するんだ」
「分かったわ!」
「さくらッ!」
さくらが踵を返そうとした時、昴が呼び止めた。
「みんなケガをしている。出血も多い。おそらく死者も…。お前…大丈夫か?」
「血が怖いだなんて…言っていられないでしょ」
さくらは覚悟を決めて現場へと急いだ。
二人は近くにいた軽症の人たちに声をかけ、安全な場所へと重傷者を運んだ。さくらは難を逃れたオフィスから物資を集め、次々と応急処置をしていく。
安全な歩道にはけが人が溢れていた。
一人の男性の腕からはドクドクと出血している。さくらは手元にあった布で圧迫するが、それもみるみるうちに真っ赤に染まる。
「こっちに清潔な布をください!」
「は、はいっ!」
さくらが叫ぶと、近くにいた女性が物資を取りに走っていった。
他にもガラス片や瓦礫でケガをした人や、鉄筋が体に刺さった人、爆風で飛ばされ体を強打した人——
みな重傷だった。明らかに助からない人たちも大勢いた。
何も考えず、ひたすら応急処置をしていく。痛みに苦しむ人たちを放っておく事は出来ない。
ただバクバクと激しく打つ鼓動を、時々深呼吸をしてやり過ごす。
自分の指先が震え、冷たくなっていくのを感じていた。
やがて何台も救急車が到着し、ドクターヘリも着陸場所を探すため、頭上でホバリングしている。
心臓マッサージをしていたさくらは、駆けつけた救急隊員と二言三言言葉を交わすとマッサージを交代した。
ストレッチャーから離れた時には、全身汗だくだった。
意識不明者を救急車へ運ぶのを手伝っていた昴が、隊員と言葉を交わし、すぐにさくらの元へ駆け寄った。
「さくら! 大丈夫ですか?」
「ん…私は…平気……」
はぁはぁと息を切らしている。疲労と極度の緊張、そしてたくさんの血。かなり無理をしたのは明白だった。
「頑張りましたね…」
そっとさくらの体を抱きしめた。さくらもされるがまま、昴の胸元にすり寄る。
見れば昴の服もまた、瓦礫や土埃で汚れ、誰のものかも分からない血痕が着いている。
さくら同様、多くの負傷者を助け出していたに違いない。
「ん…。昴さんも…頑張りました…。お疲れさま……」
昴の体に頬を寄せ両手を回す。体温と呼吸を感じて安心したように目を閉じた。
(ああ、秀一さんが生きてる…)
それだけで心が満たされた気がした。