第3.5章 ~君を想う・君を守る~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
同日午後——
昴はジョディに呼び出されていた。
「今日は…黒髪ロングですか。高校生じゃなくて良かったです」
少しウェーブのかかった黒髪のウィッグをかぶり、やや大きめのサングラスをかけたジョディが駅前で昴に手を振った。
「さすがにね。シュウに怒られるって分かってて、高校生の格好をリベンジするほどバカじゃないわ」
悪戯っぽくウィンクをしてジョディが微笑む。
「確かにこれで高校生の格好をしてきていたら、知らぬフリをして帰っているところですよ」
そんなに酷かったかな、高校生のコスプレ…と、ジョディががっかりしているのを昴はやれやれと呆れ顔で見ていた。
《番外編「誤解」》
「ところで…こんな所に呼び出して。何の用です?」
まさか変装の出来を見せるために呼んだわけではあるまいな。
いや、ジョディならあり得そうだ…。
昴は隣にいるジョディをジロリと見た。
「今絶対失礼な事思ったでしょ。まったく人を何だと…」
思考を読まれたのか、女のカンか…。ジョディはブツブツと文句を言った。
「今日はエヴァンの近況を知らせようと思ったの!
彼、無事に住むところも決まったのよ。詳細はココに書いてあるわ」
ジョディが封筒を昴に手渡す。
「スラムの中にあった教会が再建されて、そこに住み込みで働くことが正式決定されてね。
教会のボランティア活動を手伝いながら、スラムの子どもたちに勉強を教えるんですって。
教会は将来的に、学校立ち上げを目標にしているのだとか。
エヴァンも忙しくなりそうよ。
あ、そうそう。彼の新しい名前は《Luke・Myers/ルーク・マイヤーズ》
さくらもきっと喜ぶと思うから、知らせてあげて」
「そうか。その知らせを聞けばアイツも大喜びだろう。
それにしても名前が《ルーク》とは…。《大天使》が今度は《光を運ぶもの》になったんだな。
スラムの子に光を運ぶ男か…。ヤツらしい…」
嬉しい知らせに、自然と昴の顔もほころんだ。
「で、さくらはどうなの? ジェームズも心配していたわ。」
「ジェームズが?」
「ええ。第三の事件……厚務省の村中が殺された時だったかしら。
合同会議でさくらを見かけたのよ…。真っ青な顔した彼女を見て、さすがにジェームズも心配になったみたい」
確かにその時は西村の遺体を見て、まだ間もない頃。
徹夜の仕事もあり、体も心も追い詰められていた。
「さくらは元気だよ。体力的にはまだ元通りというわけにはいかないが」
「じゃあ、シュウも少しは安心したんじゃない?」
「…いや…。俺は……」
さくらは元気だというわりに、昴の表情は暗い。
切なげに視線を落とす姿は、見ていて痛々しかった。
ジョディは小さくため息をつく。
(あなた…さくらに忘れられた時…相当参っていたものね…)
あんなシュウを初めて見た。
宮野明美の死を知った時も酷い顔をしていたが、それとは比にならないほど落ち込んでいた。
さくらが入院中、廊下の片隅でシュウがそっと涙を拭う姿を、ジョディは一度だけ目撃している。
(そんなにも…さくらを愛しているのね…)
僅かに寂しさを感じたのも事実だった。
ジョディは昴をジッと見つめる。
「ねえ、私思うんだけど…。もっと彼女を信じてあげて良いんじゃない?」
ジョディの言葉に昴は驚き、視線を彼女に向ける。
「確かに彼女の精神は危うい。でもあなたに対して絶対的な信頼を寄せているわ。
何があってもそこはブレない。
彼女にとって、あなたは唯一の心のよりどころなのよ。あなたが不安になったら、さくらはもっと不安になるわ。
だから、もっとド——ンと構えていなさいよ。
何が有ろうとも、彼女はあなたを愛してる。
必ずあなたの元に帰ってくるわ。
だからあなたも、彼女の愛をもっと信じてあげて」
ジョディのいつもと違う声色に、昴は目を見開く。
そしてその言葉一つ一つが、今の昴には響いた。
いつも彼女の説教は左から右へと流してきたが、今回ばかりは素直に耳に入ってくる。
自分に足りないものは何なのか、指摘された気がした。
(ありがたいことだな。心配してくれる仲間がいるというのは)
急に嬉しいような、照れくさい気持ちになり、思わず笑みがこぼれた。
「な、なに笑ってるの…? とうとうおかしくなっちゃった?」
いつも通りの、文句や小言の多いジョディに戻った気がして、さらに昴は笑った。
「ちょ、ちょっと…あなたホントに頭大丈夫?」
「す、すまん。お前がいつもと違ったから…」
なによ、真面目なこと言う私がそんなにおかしい? と、ジョディは怒っていたが、昴はそのまま笑い続けた。
ひとしきり笑って、
「ジョディ、すまなかったな。お前のおかげで目が覚めたよ。ありがとう」
昴は優しい笑顔をジョディに向ける。じゃあなと言って昴は踵を返した。
(あなたのその顔…ホント反則よ)
もう自分には手が届かない《元恋人》の後姿を、ジョディは黙って見送った。
昴が帰宅すると、ようやくベッドから起き上がれる様になったりおが出迎えてくれた。
「お帰りなさい。ジョディ元気だった?」
昴のジャケットを受け取りながら、嬉しそうに声を掛ける。
「ええ。彼女はいつだって元気ですよ。そういえば良い知らせを聞きました」
「良い知らせ?」
ジャケットをハンガーに掛け、りおは不思議そうに昴を見上げる。
「話は手を洗ってきてからしますよ。それよりいい匂いがしますね」
「あ、うん。スコーンを焼いたの。お茶を入れておくから早くその良い知らせを聞かせて」
「分かりました。すぐダイニングに行きますね」
「待ってるわ」
二人はそろってリビングを出た。
「それで? ジョディからの良い知らせってなあに?」
久々に紅茶を入れ、スコーンにジャムとクロテッドクリームを乗せて一人分ずつ取り分ける。
「まあまあ。そう焦らないで。りおが焼いたスコーンすごく美味しいですよ。子どもの頃を思い出します」
ニコニコしながらスコーンを頬張る昴を、りおはジッと見ている。
「お口に合って良かったです。本場イギリス出身の方に褒めて頂くなんて光栄だわ」
りおは紅茶を一口飲み、昴が話し出すのをうずうずしながら待っている。
「ふふふ。これ以上焦らすと怒られそうですね」
りおの様子を素知らぬ顔で見ていた昴は、そう言って笑い出した。
「も~。意地悪。ねえねえ、早く聞かせてよ」
りおが口を尖らせたので昴はようやく「分かりました」と言って、ジョディから聞かされたエヴァンの近況を話した。
「ほ、ホントに? それって…ノエルの望みが叶ったって事よね?!」
「ええ。ようやく夢の一歩を踏み出したようです」
ノエルの近況を聞き「ああ…」と言ってりおは両手で顔を覆う。
涙がその手を伝ってテーブルに落ちた。
「良かった…本当に…。夢が叶って…彼が生きていてくれて…」
「りお…」
りおは顔を上げる。涙は後から後から溢れていた。
「不思議…嬉しくても涙って出るのね…」
口元を押さえ、溢れる感情を抑えるように静かにりおは泣いている。
「りお…泣きたいだけ泣いて良い。俺の前で感情を押し殺さなくていいんだ」
昴はりおの手を掴むと、ゆっくりと自分の方へ引き寄せた。
その体を包み込む様に抱きしめる。
「ふッ…ぅぅ…えっ…」
りおは昴に抱きしめられながら、小さく声を上げて泣いた。
(以前より感情を素直に出せるようになってきている…。良い変化だ)
赤井は長い時間、華奢な背中を優しくさすっていた。