第3.5章 ~君を想う・君を守る~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
朝——
いつもより日の光が眩しい。
体は鉛のように重くてまったく動けない。
「…ぅ……ん…」
りおはやっとの思いで目を開けると、すぐそこにはよく眠る赤井の顔が。
その後ろにはいつもより大きく開かれたカーテンが見える。
(えっと…月を見てて…秀一さんが来て…それで…)
「ぁ…!」
(そうだ……久しぶりに抱かれたんだった…)
夕べの事を順番に思い出して思わず顔が赤くなる。
自制のきかなくなった赤井は激しかった。
ただ心も体もドロドロに溶かされて、与えられる刺激で体が頂点に達した時、言葉では表現できない程の快感と幸福感を得た事は覚えている。
もちろん激しかったのは赤井だけではい。りお自身も赤井を求めたのだ。
この人なら…この人とならば、行き着く先が天国でも地獄でもどちらだって構わない。
だから自分の全てを受け渡し、相手の全てを奪う。それくらいには彼を愛していると伝えたかった、のだが。
断片的に夕べの事を思い出し、りおは身もだえた。
(ちょ…ちょっと大胆になり過ぎた…かな?
お、思い出しただけで死にそ……っ!)
恥ずかしさで赤井の顔が見れなくて、隠れるように顔を伏せた。
ふと、赤井の胸元が視界に入る。
自分が付けたキスマークにドキリとしたものの、規則的に上下する胸に視線が釘付けになった。
自分に心を許し眠っているのだ思えば、愛おしさで思わず笑みがこぼれる。
そういえば意識を手放す直前、労わるように優しく抱きしめられた。
よく見れば、その時と同じ状況が今も続いている。
(ずっと…こうしてくれてたの…?)
恥ずかしいような、嬉しいような。
再び視線を上げるとスースーとよく眠っている
赤井の寝顔。
りおはフフッと笑うと、思わずその頬にキスをした。
ただ重い体はどうすることも出来ず、赤井の顔を見つめることしか出来ない。
今日はベッドから出ることができるかな…。
自分の事なのにどこか他人事のよう。
そっと赤井の素肌に頬を寄せた。
(温かい……)
そう呟いたのもつかの間…再びまぶたが重くなる。
そのまま眠りに落ちた。
日が少し高くなる頃——
二人は一緒に朝食をとった。が、りおは起きている事が出来ず、ベッドに戻ってしまう。
ゆっくりお休み…と一声かけ、赤井は一人で食卓の片づけを始めた。
カチャカチャと食器を洗う。赤井もまた昨夜の行為を思い出し、ポリポリと頭を掻いた。
「夕べのあれは…やり過ぎだよな…絶対…」
そうは言っても、あれほど…体も心も満たされ、意識を飛ばしたことなど経験が無い。
新しい扉が開いた。まさにそんな感じ。
思い出して思わず顔が赤くなる。
りおと心まで抱き合えたことは正直嬉しかった。
もう絶対に手放しはしないと強く思う。
ただそう思えば思う程、彼女がまた自分を忘れた時——
(俺は…正気でいられるだろうか……)
知らない人を見るようなアンバーの瞳。
思い出すだけでゾクッとする。
「考えるのはよそう…」
赤井は深呼吸をして気持ちを入れ替え、水を出す。洗剤の泡がくるくると円を描いて排水溝に流れていくのをジッと見ていた。
洗い物が終わり、窓の外を見ると落ち葉でいっぱいの庭が目に留まる。
工藤邸は草木が多い。この季節手入れを怠ると大変な事になる。
「変装をしたら、今日も掃除をしないとな…」
そう独り言ちてリビングを出た。
一通り落ち葉集めの作業を終え、掃除道具を片付けている時、博士の家に来ていたコナンが声を掛けてきた。
「こんにちは、昴さん。何してるの?」
「やあコナンくん。庭の落ち葉を片付けていたんだよ。
毎日やってもこの量だからね」
口を縛ったゴミ袋を見ながら昴が微笑む。
「昨日は風も強かったから、結構落ちたもんね…」
庭の草木を見回してコナンも苦笑いをした。
「ところでコナンくん」
さっきより幾分強い調子で、昴がコナンに声を掛ける。
「突然こんなことを聞くのはどうかと思いますが…。
諸伏警部とさくらを引き合わせたのは…君の策略ですか?」
「へっ!?」
かなり直球な質問にコナンは一瞬言葉を失う。
僅かに動揺を見せると、「やっぱり…」と昴は呟いた。
それを聞いて、コナンは慌てて事情を説明した。
「ご、ごめん、昴さん。実は……諸伏警部に頼まれたんだ。
『君は顔が広いから、もしかして警視庁の《広瀬》という女性刑事を知っているか』って」
「警部がそう言ったのですか?」
「うん。写真を見せられたんだ。警察学校の制服を着たさくらさんと、警部の弟さんが一緒に写った写真をね」
「写真?」
写真と聞いて昴は首をひねる。
潜入捜査をする場合、身元がバレないように身辺整理をすることが多い。特に写真などはほとんど処分してしまうし、家族や友人にも任務の事は伝えず、連絡を絶つことがほとんどだ。
スコッチとりおの写真が警部の元にあったと聞いて、昴は驚いた。
「諸伏警部は気付いていたよ。弟さんが公安に居た事も、危険な潜入捜査をしていたことも、その最中に殉職した事も。
そして愛した女性がいた事も…」
(それで…あんな質問をりおにしたのか…)
《あなたは今、幸せですか?》
よく考えれば、会って間もない女性に聞く内容ではない。
ましてや会ったばかりの一般女性を、警察学校に連れて行くなど普通に考えればおかしな話だ。
全てを知っていて…彼女がちゃんと前を向いて歩けているか、それを確かめるために……。
そう考えれば、警部の不可解な行動に説明がつく。
『私は今…幸せです。私を支えてくれる人が、そしてこんな私を全身全霊で愛してくれる人がいるから』
盗聴器からその言葉が聞こえた時、昴は思わず左手で口元を押さえた。
彼女がそう思えるようになったことに、涙が出そうだった。
何よりも、自分が彼女の力になれていることが嬉しい。
(諸伏警部にとっても、一番聞きたかった言葉だったろう…)
りおには聞こえなかったようだが、諸伏の「良かった…」という声は微かに盗聴器のマイクが拾っていたからだ。
(幸せなのは…俺も同じだ…)
昴はりおの言葉に返事をするように、心の中でつぶやいた。
「昴さん?」
黙り込んでしまった昴を、コナンは心配そうに見上げる。
「え、ああ。スミマセン。考え事をしてしまって。
謎が解けてすっきりしました」
時間を取らせてすまなかったと、僅かに笑みを浮かべて片手をあげると、昴はりおの元へと戻っていった。
***
同じ頃——
安室は杯戸町にあるファミレスに来ていた。
「昨日警察学校近くのデパートで事件があったようだが。
現場に広瀬が居たのは本当か?」
目深に帽子をかぶり、ドリンクバーのジュースを手にした安室が、背中合わせに座る風見に声をかけた。
「あ、はい。刑事部の話ですと、長野県警の諸伏警部と一緒だったとか」
「?!」
諸伏の名を聞いて安室は驚いた。現場には一人警察の人間がいたと報告は受けていたが、まさかヒロの兄だったとは。
「男は爆弾を仕掛けようとしていたようです。
もっとも、爆弾だと思われていた物は偽物でしたし、爆破予告もまだ送っていませんでしたから、爆破未遂や威力業務妨害というよりは、警部と広瀬に対する『暴行罪』あたりで起訴されるでしょう」
風見の報告を聞きながらも、安室が気になったのはそこではない。
一番知りたいのは諸伏警部と広瀬がなぜ一緒だったか、だ。
そんな安室の心情を知ってか知らずか、風見は報告を続ける。
「警部は非番でしたから、プライベートで上京されたようです。
なんでも母校の東都大に顔を出したとか」
「…」
大学で偶然会ったのか? だが広瀬の大学復帰はまだ先のはず…。
まあいい。今度直接本人に訊いてみよう。
グラスに半分ほど残っていた炭酸を一気に飲み干した。
「そういえば、少し前にも商業施設で爆破予告があったな…」
藤枝がFBIに逮捕された後、しばらくして起きた事件だった。
《番外編「メロディ」》
現場の商業施設には風見と広瀬が臨場し、爆破物処理班も出動した。
「ええ。結局イタズラで、犯人もすぐに捕まった事件ですね。
犯行も自供していたかと…。確かその裁判ももうすぐだったと思います」
スマホを操作しながら、ニュースアプリを見るフリをして風見が答えた。
「最近そのたぐいの事件が多いな…」
「サミットもありましたし、スポーツの祭典が開かれることも決定しています。
今後《テロ》やそれを模倣した事件が増えるかもしれませんね」
「ああ…」
風見の言葉を聞き、漠然とした不安が安室の胸に広がる。
(爆破事件…か…)
二人の親友を爆弾で失った。
心の古傷がキリッと痛む。
(何も起こらないことを…祈るだけだ)