第1章 ~運命の再会そして…~
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やがて赤井は、壁の血の跡を流しシャワーを止める。脱衣所のタオルで止血し、髪や体の水分を拭った。
(もしかしたら彼がさくらを連れてここを訪れるかも知れない…)
変装をしてリビングに戻った。
「あれ、また変装したの?」
カフェオレを飲みながら周辺の地図を広げていたコナンが驚いている。
「ええ。実はさっき西の大通りでRX-7がUターンしたのを見かけたんです。誰が乗っているかまでは見えなかったのですが…。
もしかすると公安の彼が、さくらを連れてこのあと来るんじゃないかと思って」
よく見ると昴の右手に絆創膏が貼られている。
(さっきの大きな音は…それか。利き手じゃないのがせめてもの救いだな…。赤井さん、さくらさんのことを…)
コナンは、昴にかける言葉を見つけることが出来なかった。
***
RX-7をUターンさせて新出医院に急ぐ。
疲れたのかさくらはシートに完全に体を預け眠ってしまったようだ。
何度目かの角を曲がると、RX-7は医院の駐車場に到着した。安室はさくらに声をかける。
「ん…」さくらが僅かに目を開けた。
視線が合った事を確認して
「新出医院につきましたよ」ともう一度伝えた。
「えっ…あぁ…ありがとうございます」
さくらは慌てて車を降りようとした。
「あ、待って」
安室がさくらの肩を掴み制止する。運転席の後ろから傘を出し車外に先に出ると、傘をさして助手席側にまわりドアを開けた。
「まだ雨が降っていますよ。さあ、入って」
これ以上濡れないように二人で傘に入り、医院の入口まで歩いた。ドアを開けて中に入ると、丁度先生が待合室のテレビを消そうとしていた。
ずぶ濡れのふたりの姿を見ると、
「ちょっとまってて!」と言ってバスタオルを取りに行ってくれた。
「これ飲んで温まって」
タオルを二人に手渡した後、新出先生は温かいお茶を持ってきてくれた。
「すごい雨だね。こんな日は全然患者さんが来なくて開店休業だよ。もっとも午後から雨の予報だったから、午前中は大賑わいだったけどね」
先生が他愛もない話をしているのは、さくらの緊張をほぐす為だ。さくらが何をしに来たのかなんて、先生にはお見通しなんだろう。
さくらの長い髪はたっぷり水分を含んで、ポタポタと雫がたれた。安室はさくらのバスタオルをそっと手に取ると、髪を包み優しく拭いた。
「あ、安室さん…そんな…大丈夫です」
予想外の行動にさくらは驚いている。
「僕にもこれくらいさせてください」
安室は微笑むと、構わず拭き続ける。
(あなたの体が辛い時、僕は何もできなかったから)
**
お茶を飲み、少し体が温まる。
安室に髪を拭いてもらい、さくらは申し訳ないような、くすぐったい気持ちになった。
(どうして自分の周りにいる人たちは、こんなにみんな優しいのだろう…。)
体だけでなく心まで温かくなるのを感じた。
そのせいなのか…なんだか頭がふわふわする。意識が遠くなったり…不意に現実に戻るような…不思議な感覚。
安室の声が遠くで何かを言っている。
(…? なんだろう…聞こえないよ…きこえな…)
「さくらさん! 大丈夫ですかッ!」
急に大きな声が聞こえ、驚きのあまり体が跳ねた。
「あ、スミマセン。おどかしてしまいました。ただ、意識を失ってしまいそうだったので…」
安室の言葉に、「え?」と思ってまわりを見回す。
そこで気が付いた。安室に肩を掴まれ、新出が身を乗り出してこちらを見ていることを。
(ああ、たくさんの人に心配かけて。迷惑かけて。秀一さんやコナンくん、博士や哀ちゃんも、きっとまた心配してる。安室さん、新出先生も…。
私はこの人たちを失いたくない。いや、守りたい…)
涙が溢れてくる。そうだ逃げていたら戦えない。絶対に守り抜くんだ。自分の命に代えても。
「新出先生…私にPTSDの治療をしてください。お願いします」
ぽろぽろと落ちる涙と一緒に、さくらの決意がその口からこぼれた。
「辛い治療になるよ。それでもやるのかい?」
「はい。私には守らなければならないものがあるから」
「ッ!」
聞いたことのあるセリフに安室は一瞬ドキッとした。
「体力が戻ってからでも遅くないよ。むしろ今やるのは…自殺行為だと思う。それでも?」
「はい」
さくらは顔を上げると真っすぐ新出を見る。
「人は一人では生きられません。私自身も、たくさんの人たちに支えられて生きてきました。
支えてくれた人たちにお返しをすることは、なかなか叶いません。その多くの人たちが、もうすでにいないから…。
でもほかの誰かを支え、守ることは出来ます。私は私を支えてくれた人達のために、ほかの誰かを守りたいんです。
今、目の前にいる私の大切な人達を守る。私の力は微力だけれど、相手を思う気持ちは連鎖します。
それはいつか、大きな力になると信じています」
さくらはかつて警察学校を卒業する時に立てた誓を思い出していた。
ヒロ先輩と警察学校時代に交わした、お互いの正義。彼女の原点はここだった。
「わかったよ。そうか。そうだね」
新出はさくらの決意を聞いて目を閉じた。
(誰かを守ろうとする気持ちは連鎖する。
君が守ろうとすればするほど相手も君を、仲間を、守ろうとするだろう。多くの人を巻き込んで…いつか世界が変わったら素敵だな。きっとそれが君の「正義」なんだ…)
さくらの中の、一体どこにそんな強さを秘めているか不思議だった。そして、早くこの闇の中から助け出してやりたい。
(私もどうやら連鎖の中にいるようだ)
新出はそう強く思った。
「その代わり、私から条件を出しても良いかい?」
新出はさくらの様子を伺うように提案した。
「はい」
寒さのためか青い顔をしたまま、さくらがうなずく。
「ここ数回の君の発作時、そばにいたのは誰だい?」
「昴さんです」
「そうか。なら治療は彼に立ち会ってもらう。それが私の条件だ」
「どういうことですか?」
安室がそれに異議を申し立てるように口をはさんだ。
「発作を起こすと、パニックになったり意識を失うことが多い。そうすると本人の意識と関係なく、暴れたり倒れたりしてしまう。
彼女はこの短い間に何度か発作を起こしているが、彼女にそういった時に出来てしまう傷や怪我が一つもないんだ」
新出はさくらの肩や腕に触れ、視診や触診をしながら話を続ける。
「これはつまり、常に彼女のことを気にかけとっさの時にすぐに手を差し伸べられるようにしている人が近くにいるってこと。
治療の時は通常より強い発作が出ることも考えられる。そんな時対応を熟知している人がいると助かるんだよ」
そう言われると、自分に出来ることは何もないと突きつけられている気がして、安室の心に悔しさがこみ上げる。
「今日はさすがにカウンセリングは出来ないよ。雨に打たれたせいか、また少し熱っぽいようだ。気持ちはわかるが…無茶をしすぎだよ」
先生はさくらを立たせると、処置室へ誘導する。
「これしかないけど…」と言いながら検診用の服を手渡し、看護師さんに指示を出した。
ゴホッゴホッゴホッ!!
処置室から時々さくらの咳が聞こえる。風邪をぶり返してしまったようだ。風邪薬の入った薬袋を持って診察室から先生が出てきた。
「点滴が終わったら、彼女と私を工藤邸まで送ってもらえるかい?」
「はい」
僕が出来るのは、どうやらそれくらいしか無いようだ。
安室は寂しそうに微笑んだ。