第3.5章 ~君を想う・君を守る~
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「こんな所までお付き合いさせて、申し訳ありませんでした」
「いえ。警察学校なんて、今回の事が無ければ一般人には縁がありませんから…。
良い経験をさせていただきました」
諸伏の顔を見てさくらは微笑む。
そんなさくらを見て諸伏も微笑むと、「少し…歩きませんか?」と言って手を後ろに組んだまま歩き出した。
学校を出てしばらく歩くと、桜並木のある土手に出た。
「春になれば…ここも桜がきれいなんでしょうね」
諸伏が木々を見上げてつぶやく。
「ええ…。そうですね」
そう答えながらさくらは目を細めた。
知っている——
ココが桜の花で満開になる景色を。
淡いピンク色と真っ青な空の色。
そして桜の花びらをたくさんまとった春の風。
この警察学校を卒業した者なら、一度は目にする光景だ。
今は枯れ葉が舞う季節。
桜に限らず周辺の木々も、だいぶ葉を落としていた。
春に比べればだいぶ寂しい。
「今日は…どうしてもココで知りたいことがあったんです」
前を歩いていた諸伏は歩みと止め、さくらの方へ振り向いた。
「弟には不憫な思いをさせました。
甘えたい年頃には両親もおらず、私もそばに居てやれなかった。
それでも良い仲間と出会い、目指すものを見つけた。それに向かって努力を重ねた。
厳しい訓練を終え、ようやく一人前の警察官として、道を歩み始めたばかりだった。
校長先生がおっしゃられた通り…。
卑怯者と言われても…生きていてほしかった」
諸伏の言葉にさくらはうつむいた。
心臓が早鐘のように速く脈打つ。
景光がトリガーを引く瞬間の顔を思い出して、思わずぎゅっと目をつぶった。
「弟は…。景光は…幸せだったのでしょうか?」
諸伏の言葉にさくらはハッと顔を上げた。
「短い生涯だった。
やりたいこともたくさんあっただろうと思います。
好きな女性も…いたかもしれない。
彼は…幸せだったのだろうか…それだけがずっと気がかりで…」
最後の言葉はわずかに震えていた。
彼の悲しみを察し、胸が痛む。
さくらは目を閉じると大きく深呼吸した。
脳裏に浮かぶ景光の顔はいつも笑顔だ。
辛い訓練の時も、神経をすり減らす組織の中でも。
自身の正義を信じ、例え離れていても心から通じ合った仲間と共に、この日本を守る。
強い信念がいつもあった。
だから、さくらの知る景光はいつも輝いていた。
そんな彼が不幸せであったはずがない。
ゆっくりと目を開けると、真っすぐ諸伏を見上げた。
「弟さんにお会いした事はありませんが…きっと…幸せだったと思います。
こんなにも思ってくれる優しいお兄さんと、気心の知れた良い仲間がいらしたようですから…」
諸伏警部は驚いたように目を見開いた。
そして少し悲しげに微笑む。
「不思議ですね。あなたにそう言っていただけると…そんな気がしてきてしまう…」
ざわざわと時折風が吹く。
頭上の桜の枝が大きく揺れている。
落ち葉が二人の間をカラカラと音を立てて舞っていった。
「あなたは…今、幸せですか?」
諸伏がさくらに問いかけた。
「え? 私…ですか?」
なぜ諸伏がそのような質問をするのか不思議に思いながらも、さくらは考えた。
『幸せか?』その問いに今の自分は何と答えられるだろうか?
自問自答した。
しばらくの考えて、さくらは口を開く。
「今まで…色々な事がありました。
辛いことも、悲しい事も。
時には消えてなくなりたいと思ったこともあります。
進む事も戻る事も出来ず、顔を上げることも出来なくなった…。
でも…たくさんの出会いがあって、支えてくれる人がいて。私は今一人じゃない」
ハッキリと、噛みしめるようにさくらは話す。
言葉にしながら胸に込み上げるものを感じ、目元が熱くなった。
「だから…私は今…幸せです。
私を支えてくれる人が、そしてこんな私を、全身全霊で愛してくれる人がいるから」
その顔はキラキラと輝いていた。
涙のせいで目元がわずかに光る。
それが余計にアンバーの瞳を美しく見せた。
諸伏は思わず息を飲む。
「…良かった。その言葉を聞けて」
諸伏が小さくつぶやいた言葉は、ザワザワと枝を鳴らす風のせいで、さくらには届かなかった。
満足げに微笑んだ諸伏は、クルリと体の向きを変えると桜の木を見上げた。
「来年の春、この桜が咲いたら…見に来ませんか?
もちろん、あなたの《恋人》さんも一緒に。
一人で来たら涙が出そうなので…。ぜひ大勢で」
「はい、ぜひご一緒させてください。
東京は長野よりも早く咲きますから、忘れないでくださいね」
笑顔で話すさくらに、諸伏はフッと笑って「分かりました」と答えた。
しばらく土手沿いを歩き、その後は他愛もない話をしていた。
特に小さな名探偵の話は、大いに盛り上がった。
「あ、そうだ。ご迷惑ついでにもう一軒お付き合い頂けますか?」
話が落ち着いた頃、諸伏がそう切り出した。
「ええ、良いですけど?」
今度は何だろうと思いながら、さくらはタクシーを呼ぶ諸伏の顔をぼんやり見ていた。