第3章 ~光と影と~
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
翌日——
ノエルがさくらの病室に顔を出した。
「久しぶりだな、さくら」
「ノエル!」
実に10日ぶりの再会だった。
「俺の事も思い出してくれたか~。良かったよ。
お前に忘れられたシュウの顔ったらなかったからなぁ」
「おい! その話はしない約束だろう」
余計なこと言うなと言わんばかりに、赤井はノエルを睨んだ。
「お~怖ッ! これ以上は身の危険を感じるな」
オーバーに両手を広げてジェスチャーをするノエルを見て、さくらは大笑いしていた。
「あなたが生きていて本当に良かった」
さくらは改めてノエルを見る。その目には涙が溜まっていた。
「お前たちのおかげだよ。俺はCEOのところで死ぬつもりだった。
うすうす分かっていたんだ。俺のやってきたことは正義じゃ無いって。
広場で会ったシュウにそう言われて…電話でお前に泣かれて…。
俺は何をやってきたんだろうって思ったんだ」
ノエルの青い瞳が揺れていた。
その表情は暗く沈んでいるようにも見えた。
「ノエル…」
さくらは名を呼ぶことしか出来ず、アンバーの瞳に再び涙が浮かぶ。そのまま下を向いた。
「お前が気に病むことじゃないんだよ。
お前たちのおかげで目が覚めた。これからは罪を償うんだ。
ミシェルが死に、同時にエヴァンも死んだ。
だが罪が消えるわけじゃない。
俺は明日から別人として生きていくんだ。
ジェームズが…ボスが色々手を回してくれてね。
ボランティアをしながら社会貢献をして、その罪を償えるようにしてくれたんだ」
「さすがジェームズだ。やるな」
ノエルの話を聞いて赤井も微笑んだ。
赤井の言葉にノエルは頷き、フッと微笑んだ。
そしてゆっくりさくらの方を向く。
いつもとはちょっと違う、寂しさを含んだような声だった。
「明日、アメリカに帰国するんだ。二人とは今日でお別れだ」
「え?」
突然の事でさくらは声を上げた。
「あ、明日? 明日発つの?」
「お! 寂しいとか思ってくれちゃった?
嬉しいね~。なんなら今からでも一緒にどう?」
いつもと変わらない明るい笑顔になって、さくらを誘った。
「バカ! 調子に乗るな。行くわけないだろう。
というか、俺が行かせない」
赤井がムッとした顔で突っ込んだ。
「シュウ! お前になんか聞いてないよ。俺はさくらに聞いてるの」
二人のやり取りを聞いて、さくらはくすくす笑う。
「ごめんね、ノエル。私は日本の為に働きたいの。そして大好きな人と一緒に居たい」
さくらの答えを聞いて、ノエルは笑顔を見せた。
「そうか。ま、そう言うと思っていたよ。
あ~あ、俺は見事に失恋しちゃったわけね。
まあ、シュウが相手じゃ勝ち目はないもんなぁ~。
じゃあそんなお前に、俺から一つ忠告だ」
そこまで言うとノエルの笑顔は消え、真顔になった。
「いいかさくら。お前はシュウから離れていたらダメだ。今回の事で分かっただろう。
公安の仕事は…いや組織への潜入捜査は、お前の心をすり減らす。
辛く苦しい事は避けて通れないからだ。
この仕事を続けるなら尚の事、お前たちは一緒に居るべきなんだ。
お前の心を守れるのはシュウしかいないんだよ」
いいな、よく考えるんだぞ。
そう念を押すように言う。
そのまま数歩、ベッドに座るさくらに近づいた。
膝をつき、ふわりとさくらを抱きしめた。
「ありがとう、さくら。そして…さよなら」
最後にぎゅっと強く抱きしめられ、その体は離れて行った。
さくらから離れたノエルは立ち上がると、赤井の顔を見た。
二人は黙ったまま抱き合う。
「シュウ、また…いつか会おう」
「もちろんだ。相棒」
短い言葉を交わし、ノエルは部屋を出て行った。
さらに翌日——
退院の許可が下りたりおは、赤井と共に病室の荷物をまとめていた。
「今頃ノエルは飛行機の中かしらね」
「ああ。そうだな」
ふたりは窓から見える青空を見つめた。
「りお、退院して…また自分のアパートに戻るのか?」
赤井は作業の手を休め、りおに声を掛けた。
「…」
りおは黙ったままうつむいた。
「なあ、りお。俺は…俺にはお前が必要なんだ。
もう一度言わせてくれ。一緒に…暮らさないか?」
人生でこんなに緊張して、誰かに何かを伝えたことがあっただろうか?
赤井は思わず、手に持っていた自分の着替えを握りしめていた。
「秀一さん。私…仕事上の事は話さないし、あなたに秘密をたくさん作るよ。
家に帰らない日もあるだろうし…。それでも?」
「それはお互い様だろう? 仕事上俺だって話せない事もあるし、家に帰らない日もあるさ」
「危険なこともするよ?」
「もちろん、そんな時はフォローする」
「組織にバレたら…キールも守れる?」
「お前もキールも守る」
次々と問いかけるりおに、しびれを切らした赤井はりおの肩を掴んだ。
「お前は? お前は俺と一緒に居たいのか?
それとも居たくないのか? どっちなんだ!」
思わず語気が強くなる。口に出してからしまったと思った。
「…いた…よ」
「え?」
「居たいよ! あなたと一緒に居たい!」
「だったら!!」
赤井はりおを抱きしめた。
「…だったら…一緒にいよう。一緒に暮らそう。
お前の事は、俺が守るから…」
「…うん。…秀一さんのそばに…いさせてください」
りおも赤井の体に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。
病室の窓からは真っ青な空が見える。
抱き合う二人を見守るように、一機の飛行機が白く細い雲を引きながら飛んでいった。
***
「さくらさん、何も遠慮することないから。昴さんと自由にこの家は使って良いからね」
退院した翌日——
コナンが工藤邸にやってくると、さくらにそう声を掛けた。
「赤井さんが《沖矢昴》でいる間は、ずっとここを使うことになるんだし、その恋人であるさくらさんがここに居るのは不自然でもなんでもない。
むしろ、退院したとはいえ病院へはカウンセリングを受けに行くんでしょう?
PTSDの治療は続くんだから、赤井さんから離れちゃダメだよ」
小学一年生にノエルと同じようなことを言われ、さくらは少々気恥ずかしくなった。
「ありがとう。コナンくん。工藤ご夫妻にもよろしく伝えてください」
うん! とニコニコしながら答えたコナンは、昴に呼ばれてダイニングへと行ってしまった。
(ああ、工藤邸に戻ってきちゃったな。8月に…あんなに悩んで決心したのに)
最善を考えてココを出る決心をした8月のあの日…。
昴に『一緒に暮らそう』と言われ、どれだけ『はい』と言いたかったか。
結局無理をして、PTSDをこじらせて皆に迷惑をかけてしまった。
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
(でも、もう無理をしなくて良いんだ…)
そう思うとなんだか肩の力が抜けた。
大好きな人がそばに居る。
それだけで、心がふわりと軽くなった気がした。
「さくら~! カフェオレが入りましたよ」
ダイニングから昴の声が聞こえた。
「は~い!」
さくらは返事をしてゆっくり立ち上がった。
「さくらさん大丈夫? まだ本調子じゃないんでしょ? 足元おぼつかないもの」
心配したコナンが迎えに来てくれた。
二人で手を繋いでダイニングへと向かう。
コナンがさくらの顔を見上げると、キラリと耳元のペリドットが輝いた。
(あれ? 前はアクセサリーとか付けていなかったのに…)
そう思ってピアスを見つめる。
赤いルビーと黄緑のペリドット。
すぐに誰をイメージしているのかが分かった。
(やっぱ二人は、一緒にいなきゃダメだったんだよな)
少し冷たいさくらの手をにぎりながら、コナンは思った。
組織にラスティーと沖矢昴の接点を知られるわけにはいかないという、さくらの気持ちも痛いほどわかる。
だがさくらの心の状態と、彼女の置かれた危うい立場を考えれば、やはり離れてはいけなかったのだ。
ゆっくりとイスに腰かけ、昴の淹れたカフェオレを楽しむさくらと、その姿を優しく見守る昴の顔を見て、コナンは一人安堵のため息をもらした。
工藤邸の庭では少し冷たくなった風をものともせず、真っすぐ太陽に向かって秋の花が咲いていた。
==第3章完==