第3章 ~光と影と~
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3人が屋上に姿を現す。
ノエルが両手を上げて、CEOの姿が確認できるところまで前に進み出た。
ノエルの左右には、ノエルに向けて銃を構える赤井とさくらが見える。
「ほ~ぅ。おたくの部下が一緒だというのは本当だったようだ」
CEOはニヤニヤしながら降谷を見た。
「どうやらお別れのようだよ。ミシェルくん」
そう言ってCEOは狙撃手に目で合図を出した。
ターーーン!!
ライフルの銃声がすると、ノエルの胸から血が噴き出し、そのまま崩れるように仰向けに倒れた。
銃を構えていたさくらと赤井が、慌てた様子でノエルに駆け寄るのが降谷からも確認できる。
「犯人が射殺されましたので、これ以上の戦闘は必要ありません。即刻部隊を解散してください。
後日逮捕状を持ってお伺いいたします」
降谷は業務連絡をするかのように淡々と伝えると、その場を去った。
そんな彼の姿をCEOはニヤリと笑って見送った。
「ノエルッ!! ノエル!! しっかりしてッ!」
ノエルに駆け寄り、さくらは必死に呼びかけた。
ノエルの胸からは血が大量に出ていた。
「さくら! 落ち着け!! さあ、こっちに来るんだ!」
赤井は出来るだけ血液が見えないように、さくらをノエルから引き離すと、半ば引きずるように屋上から建物の中へと連れてくる。
ハッハッと呼吸も速く、過呼吸の発作を起こす前兆が出ていた。
「しゅ、いちさ…ノ…ノエルが…のえ…血…血が…たくさん…。
ああ……す、すば…昴さん…昴さんが…ナイフで……く、首を…」
「さくら? おい、大丈夫か? しっかりしろ!」
さくらの口から出てくる言葉が尋常ではない事に気付き、赤井に緊張が走る。
「は、早く! …はぁ、はぁ…早く助け…ないと…す、昴さんが…首を…。
はぁ、はぁ…しゅ、秀一さん…秀一…さんが…! …いや…嫌よ!殺さ…ないで!
あああッ! お願いッ! やめ、やめて! いやあぁぁ!」
「俺はここだ! お前の目の前にいる!」
何度もそう声を掛けるが、もはや目の前は見えていないようだった。
パニックを起こして泣き叫ぶと、やがて力尽きた様に意識を失ってしまった。
「ッ! さくら! さくら!!」
赤井が何度も名を呼ぶ。
だがその体はダラリと力が抜けたままだった。
「くそッ! さくら…目を開けてくれッ!」
赤井は強くさくらの体を抱きしめた。
さくらを抱きしめる赤井の横を、公安警察数名と降谷、風見が通り抜けて行った。
部下数名が担架とシートを持ち、ノエルに近づく。
ノエルは担架に乗せられるとシートをかぶせられ、そのまま敷地の外へと運ばれていった。
担架が行った後、降谷は赤井に近づいた。
「発作を起こしたか…」
「ああ…」
さくらを抱きしめたまま、赤井はうなだれた。
「やはり目の当たりにしてしまっては…回避できなかった」
苦し気につぶやいた赤井の言葉に、降谷は辛そうな表情を浮かべる。
さくらの頬に幾筋も涙の跡があるのを見ると、降谷は直視できず目を逸らした。
「外に車を回してあります。私がご案内します。こちらへ」
風見が赤井に声を掛ける。
「…ああ。すまない」
赤井はさくらの頬をそっと撫でると、そのまま抱き上げた。
一瞬だけ降谷とアイコンタクトを取る。
すぐに視線を外し、そのまま風見の後についていった。
***
ポタ……ポタ……ポタ……
雫が規則的に落ちていく。
落ちた薬液はチューブを通り、細いりおの腕に入る。
その様子を赤井はベッドサイドでぼんやりと眺めていた。
ノエルが狙撃されるところを間近で見たりおは、それまでギリギリ持ちこたえてきた精神の糸が、プツリと切れたようにパニックを起こし意識を失った。
「新出先生の所にもっと早く連れて行っていれば…少しは違っただろうか…」
何度か治療を受けさせるチャンスはあった。
だが事態が目まぐるしく変化し、そのタイミングを逃してしまった。
いや、それは言い訳に過ぎない。
新出先生から『認知行動療法』を提案され、りおが治療を拒否した時、自分自身もりおの苦しむ姿を見たくないという理由からそれを受け入れてしまっていた。
(本当に彼女の事を思うなら…治療を受けるよう説得するべきだった…)
結局自分の気持ちを優先させてしまっていた。
その結果、心の治療は何一つ進んでいない。
元気なフリをするのが上手くなって、周りはすっかり騙されていたのだ。
「こんなになるまで…」
慢性的な睡眠不足で目の下には濃いクマがある。
顔色は蒼白で頬が少しこけ、点滴の繋がった腕は以前より細くなっていた。
気付いていながら、何もしなかった自分にも腹が立った。
赤井はりおの手を取りぎゅっと握る。
だがその手に力はない。だらりと力が抜けたままだ。
冷たい指先を少しでも温めようと、両手のひらで包む様に握っていた。
《ウェストホールディングスCEO逮捕》
大きな見出しが躍る新聞を、風見は公安部の自分のデスクで読んでいた。
降谷と共に逮捕状を持ち、CEOの第2の邸宅を訪れた時は正直生きた心地がしなかった。
各業界に多大な力を持つCEOが、こんな逮捕劇などいくらでももみ消せると豪語していたからだ。
だがノエルが密かに集めていた資料が大量に発見され、さすがのCEOも知らぬ存ぜぬでは通せなくなった。
特に新田が死ぬ前に残した証言は音声がメモリーカードに残され、CEOのこれまでの悪事を事細かに暴露した。
新田の声(証言)は世間を大いに賑わせることとなったのだ。
中でも厚務省や議員まで巻き込んだ、無認可の新薬の治験は、『人体実験』と世間から言われ、ウェストホールディングスの評判を地の底まで落としたのだった。
アメリカや日本を巻き込んでの《ミシェルによる連続殺人》は『犯人射殺』で幕を引いたが、それも公安的配慮により、その事実のみ世間に伝えられた。
公安とFBIによる合同会議も、事後処理がメインとなり、すべてが『解決』として処理が進んでいる。
「後は広瀬が目を覚ませば…」
すべてが上手く回っているというのに、上司も部下も、そしてFBIのメンバーも表情が冴えないのは、一向に目を覚まさないりおを心配しているからに他ならなかった。
特に上司である降谷は、険しい表情のままで時折深いため息をついている。
それでもすべての案件に目を通し、的確に指示を出している姿はさすがである。
「はぁ…」
そうはいっても、この何とも言えない重い空気。
そして失敗ばかりの自分を、いつもさりげなくフォローしてくれるりおが居ないのは、風見にとっても、モヤモヤとして心が晴れないのだった。
トントン
さくらの病室にノックの音が響く。
「どうぞ」
赤井が返事をすると、ゆっくりとドアは横にスライドしていく。
「シュウ…。まださくらは目覚めないのか?」
そこに姿を現したのは、病院着を着たノエルだった。
「もう出歩いて良いのか?」
赤井は立ち上がり、自分が座っていたイスをノエルに差し出した。
「ああ。アバラが数本折れただけだからな」
脇を押さえながら、差し出されたイスに腰かけた。
世間的にノエル、いや《ミシェル》は射殺されたことになっている。
だが実際は、血のり付きの防弾チョッキを着せられ、死んだと思わせていただけだった。
狙撃したスナイパーも、赤井・さくらと一緒に潜入していたキャメル捜査官だったのだ。
もっともライフルで狙撃するにはかなり近い距離で撃たれたため、アバラを数本折っていた。
すべて公安とFBIとで事前に打ち合わせがしてあり、もちろんさくらもその事実は知っていた。
あの場でノエルにも説明している。
それをさくらも聞いていた。
しかしギリギリで保たれていたりおの心は、視覚的な刺激で完全にショートしてしまったのだろう。
ノエルはジッとさくらの顔を見た。
「さくらの方はどうなんだ?」
折り畳みのイスをもう一つ出してきた赤井に、ノエルは問いかけた。
「だいぶ体が参っていたからな。まあそれでも点滴と休息を取れば、体的には問題ないそうだ。
だが心は…目が覚めてみなければ分からないらしい。
以前に2度、失声症になっているから、また声を失っている可能性もある。
もしくは別の症状が出るかもしれない。
もちろん、何の症状も出ないかもしれない」
「なるほど。眠り姫が目を覚まさない事には、何とも言えないってことか」
ノエルは#さくらの顔を見つめる。
「何事も無ければ…良いな…」
ノエルの小さなつぶやきを、赤井は黙って聞いていた。
そんな二人の不安な心を映し出すように、灰色の雲が青空を覆っていった。