第3章 ~光と影と~
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「私を狙っている暗殺者が立てこもっている?
ミシェルか…。フッ。思った通りだ。
銃を乱射してあぶりだしてやると良い。
全員ハチの巣にしてやれ!」
CEOの命令が下され、傭兵たちは自動小銃と銃弾の準備を始めた。
その脇を降谷が通り抜けた。
「おやめください。ここは日本。
こんなものをぶっ放したら最悪近隣のビルにも被害が及びます。
私たちはあなた方を野放しにはできません」
降谷は努めて冷静に伝えてはいたが、腹の内は怒りでいっぱいだった。
「また君か。警察だか何だか知らんが、銃一つ撃つのにも申請だの許可だのが必要なんだろう?
そんなんじゃ守れるものも守れないじゃないか。
死んだら終わりなんだよ。この命は数億の価値がある。
そこらの虫けらとはワケが違うんだ。
さあ、邪魔だ。君も後ろでこのショーの見物でもしていたまえ」
CEOが手でシッシッと合図を出すと、傭兵数名が降谷に歩み寄りその場から離れるよう、降谷の体を押しのけた。
「CEO!! あそこにいるのは暗殺者だけじゃないんだ! 私の部下が!!」
そう叫んだものの、その声はCEOには届かなかった。
***
「ノエル。聞いても良い?」
さくらは壁に体を預け、銃に弾を装填しながら訊ねた。
「なんだ?」
「来葉峠のドクターはあなたが殺したわけでは無いの?」
今回の事件に関係している殺しの中で、唯一タロットカードが無かった事件だった。
「ああ。あれはジンの仕事だ。
本当は俺の仕事だったんだが…。
あのドクターは西村に弱みを握られていて、仕方なく新薬の治験に手を貸していたんだ。
西村は…彼らの学費を肩代わりしていたんだよ。
表向き、苦学生だった二人を助けるフリをしてね。
最初から自分の手駒にするつもりだったのさ。
新薬が失敗して、CEOはその手駒たちが後々自分をゆすってくるんじゃないかと危惧して、二人の殺害を依頼してきた。
だが、俺は彼らを殺すことは出来なかった。信念に反するからね」
「そっか」
さくらは短く答えた。
やはり『弱い者の為』という信念の元で動いていたのかと納得出来た。
「じゃあ…新田は?
新田はなぜ…西村のように惨殺…しなかったの?」
口に出してしまってから、さくらの脳裏に新田の苦悶の表情が浮かぶ。
「ッ!」
ドクッと心臓が跳ねた。
「さくら? 大丈夫か?」
赤井が異変に気付く。
「ご、ごめん。大丈夫…」
さくらは胸元を押さえ、フーフーと呼吸を整える。
そんなさくらを横目にノエルは口を開いた。
「本当は小さな肉片になるまで切り刻むつもりだったんだ。
治験で死んだ…殺された患者を、『物』を扱うように処理したその男を!」
「エヴァン!!」
赤井が制止しようと叫んだ。
ノエルの言葉でさくらは「ひゅっ」と息を飲んだ。
「おい、さくら! 大丈夫か?
今発作を起こしたらまずい…ッ!」
赤井はさくらを抱きしめ、ノエルをキッと睨んだ。
そんなことは意に介さずノエルは続ける。
「CEOの重要な情報を持っていた新田は、すぐには殺さず目を覚ますのを待っていた。
情報を聞き出した後、眠気を覚ます薬だと嘘を付いて毒薬を盛ってやった。
さくらとの電話を切った後、しばらくしてヤツは血を吐いて絶命したよ。
そのまま機械室のパネル扉で死体を隠した。
とても切り刻む気にはならなかったんだ。
お前の涙が頭から離れなかったから」
「の…のえ…ノエ…ル…」
ハッハッと短く浅い呼吸を繰り返すさくらは、その呼吸の合間にノエルの名を呼ぶ。
「切り…刻ま…な…くて…よかっ…た…」
苦しい呼吸にもかかわらず微笑んだ顔に、ノエルはドキリとした。
フーーーフーーー
長く息を吐き、何とか発作を回避しようとさくらは必死だった。
赤井はさくらの背中をさする。
ノエルは黙ってそれをみていた。
ようやく呼吸が整うと額に汗をにじませ、さくらはそっと体を起こす。
赤井に「ありがとう」と小さく礼を言った。
「それにしてもさっきの傭兵といい、ちょっとあっけなくないか?」
さくらの肩を抱いたまま、赤井はつぶやいた。
「おそらく…初めからこの建物に俺たちを誘い込む作戦だったんだろう。
まんまと思惑通りになったわけだ」
ノエルはニヤリと笑う。
「退路を断ってドカンと木っ端微塵か、ハチの巣にでもするつもりかもな」
ノエルの言葉に、二人は僅かに緊張した。
静かな時間は突然終わりを告げた。
バババババババッ!!!!!
自動小銃から弾丸の雨が降り注ぎ始めた。
「始まったぞ!」
3人は近くの家具や壁に身を隠す。
テーブルやイスは弾丸であっという間に形を失っていった。
「くっそッ!」
ノエルは身を隠しながら、すぐ近くのドアを蹴破った。
「身を隠すものが無くなるぞ! 隣の部屋へ急げ!」
2人は自動小銃の攻撃に合わせて移動しながら、ドアを目指す。
だが隣の部屋もすぐに集中砲火を受け、同じように身を隠す物が無くなっていった。
再びドアを蹴破り、3人は建物の廊下に出る。
攻撃からは部屋の幅分離れるため、威力は削がれるが、それでも弾は壁を突き破り3人へと襲い掛かった。
「移動するぞ!」
身を屈め、攻撃から逃れるように移動した。
「CEO! やめてください!!
向こうは何も反撃していません。戦争ではないんです。
皆殺しの必要はないんだ!!」
降谷はなおも進言するが、CEOは楽し気な顔を向けるだけだ。
「こんな楽しいショーが日本で見られるなんて、そうそう無いからね。
もっと楽しまないと。
逮捕するならしなさい。日本の警察も権力には弱いからね。
すぐに釈放され君の地位が危うくなるだけだ」
CEOは「あはははは」と声をあげて笑う。
「俺たちは何で……何でこんな奴を守っているんだ…」
降谷はそうつぶやいて唇を噛んだ。
降谷のつぶやきはインカムを通して、赤井やさくらにも聞こえていた。むろんノエルにも。
「5年半前、俺が感じたことと同じだな…」
ノエルは当時を思い出し、苦しい表情を見せた。
「さくら、お前はどう思う?
警察の仕事は犯罪を取り締まり、国民を守る事だ。
だが守るべき国民がこのCEOの様に、金に溺れ命を軽んじ、私利私欲しか考えないような男だったら?
お前は守れるか?」
銃の弾が切れたのか、一時的に攻撃が止んでいた。
ノエルの問いかけに、さくらは一瞬目を閉じる。
だがすぐに目を開けるとノエルをまっすぐに見つめた。
「それでも守る」
さくらのその言葉はインカムを通して降谷にも聞こえていた。
「?!」
「なぜだ?! なぜそう思えるんだ?」
降谷に浮かんだ疑問と同じ疑問を、ノエルが口にする。
その質問にさくらは静かに答えた。
「この一面だけ見れば、確かに独り善がりの勝手な人。
でも人間なんてみんなそうじゃないの?
いつもはごく普通の社会人が、ネットの世界では誰かを一方的に攻撃したり。
冷酷な殺し屋が誰かを助けたり…。
人間の心の中にはいつも光と影が存在するわ。
私利私欲しか考えないCEOもまた、一人の人間。
誰かの『夫』であり『父』なの。
誰かを愛し、そして愛される存在。
だったらその人を守るわ。
もう誰も悲しませたくないの」
目を閉じ思い出す。
かつて感じた心の痛みを。
もう誰にも同じ思いをさせたくない。
そう誓った事を。
「憎しみからは何も生まれない。
もちろん彼を守っても何も変わらないかもしれない。
でも新たな憎しみを生むことも無いわ。
例え彼は変わらなくても…彼の周りは変わるかもしれない。
それはいつか…彼を変えるきっかけくらいにはなるかも…。
私は…それを信じたい」
「さくら…」
ノエルはそれ以上言葉を発することが出来なかった。
物事の一面だけで判断するなと、かつてシュウに教えたのは自分だったはずなのに。
何かが足りないから、人は悪事に手を染める。
スラムの子たちは温かい食事と教育、そして何より愛情が足りないが故に、犯罪に手を染めた。
いや、染めざるを得なかった。
CEOにも、何か足りないものがあったんじゃないのか?
金は腐るほどあるが、その心には金では埋められない何かがあったのではないのか?
今まで手にかけてきた者たちにも…家族があったはずだ。
その家族は…今何を思っているだろう。
そこまで考えが及ばなかった自分を恥じた。
降谷もさくらの言葉にハッとする。
自分はこの日本を守るために警察官になろうと決めた。
1億人の人々が暮らす日本。
そこには多種多様な考え方、生き方、環境がある。それでも。
そのすべてを守ると自分は誓ったはずだ。
赤井はさくらの答えにフッと笑う。
「まったく…お前には敵わないな」
その言葉に、さくらは微笑んだ。
弾の補充が終わり、再び攻撃が始まる。
「ッ! とはいえ、どうやってこの状況を打開するんだ?」
ノエルは建物の中を走りながら2人に問う。
「それなら俺に考えがある」
赤井はニヤリと笑った。
「侵入者は屋上に向かっているようです」
傭兵の一人が報告をした。
「逃げられないと観念したか…。
もうショーは終わりのようだ」
心底残念そうにCEOはつぶやいた。
「ライフルを用意し、狙撃手を潜ませておけ」
その様子を遠巻きに降谷が眺めていた。